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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第6章 完全物質と暗黒物質
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第116話 聖女の秘境探索

 わたしたちは引き続き、西の国境に向かって進むことにしました。本来なら《レビテーション》の【式】でも使い、空中を移動するのが楽なのですが、先ほどのような連中が他にいないとも限りません。あれはベルハルトの独断による犯行だったのでしょうが、裏を返せば、彼の『表の動機』である『女神の使徒』の殺害に賛同した者が100人もいたのだと言えるのです。用心に越したことはありません。


 そうした連中が【魔力感知】でわたしの《ステルス・チャフ》を無効化し、魔法の対空砲火を浴びせてきたりすれば、それを防ぐことは困難でしょう。

 そこでやむなく徒歩で進むことにしたのですが、しかし、それに対して異を唱えた人物がいました。


「この先も歩きじゃと? 馬鹿を言うな。いい加減、わらわは疲れたわ」


「また、そういう我儘を……」


 エレンシア嬢が呆れたように言いかけましたが、ベアトリーチェは真面目な顔で首を振ります。


「そうではない。わらわは基本的に、歩くのが苦手じゃ。いかに周囲の景色をスキルで把握しておるからと言っても、肉眼と違い、足元の細かな変化を『視界の隅』で無意識にとらえるようなわけにはいかんのじゃ」


「あ……」


 何かに気付いたように口元に手を当てるエレンシア嬢。どうやらベアトリーチェがグラキエルの館で血だまりに足を取られて転んだのには、そういう理由があったようです。


「す、すみません。わたくしったら、無神経なことを……」


 恐縮したように謝るエレンシア嬢ですが、ベアトリーチェは気にするなとばかりに手を顔の前で左右に振ります。


「まあ、普段の行動に支障がない分、他人が気付かないのは無理もないことじゃ。気にするな」


「で、でも……」


「まあ、どうしても気にしたいというのなら……今度、風呂場でわらわの背中でも流してもらおうかの?」


 またしても変態めいた発言をする聖女様ですが、対するエレンシア嬢は、きょとんとした顔で頷きました。


「そんなことで良いですの? お安いご用ですわ」


「うっひょう! マジじゃろうか?」


 聖女様、興奮のあまり若干言葉が乱れ気味です。


「エレンお嬢様! いけません。危険すぎます!」


「あら、リズ。馬鹿にしないでほしいものだわ。確かにわたくし、貴族として背中を流される側の扱いしか受けたことがないけれど、やり方なら見様見真似で知っていますわよ」


「あ、いえ……そういう問題では……」


「では、何が問題だと言うのかしら?」


 不思議そうな顔で問い返すエレンシア嬢に対し、リズさんは頬を赤らめ、もじもじしながら言葉を探しているようです。


「その……聖女様は少しばかりスキンシップが過剰なようですし……」


「でも、女性同士でしょう? あなたの心配もわかるけれど、わたくしもいつまでも『箱入り娘』のままでいるつもりはありませんの。そういう一般庶民的なお付き合いも学んでいく必要があると思っていますわ」


「あ、うう……」


「くふふふ! それは良い心がけじゃ。エレンよ。女同士、裸の付き合いで親交を深めようではないか」


「ええ、そうですわね」


 自身の言葉とは裏腹に、『箱入り娘』のお嬢様らしい素直さを発揮したエレンシア嬢は、自ら『聖女の毒牙』にかかる道を選択しつつあるようでした。


「……ヒイロ。なんというか僕たち、聖女様の加入で色々と怪しい方向に進んでいる気がしないかい?」


「お言葉はごもっともですが、マスター。そんなに嬉しそうな顔で言われては、説得力がまるでありませんよ?」


「あれ? 僕、そんな顔してたかな?」


 無邪気に笑うマスターに、わたしは何とも言えない気持ちでため息を吐いてしまいました。こんなにも屈託なく笑う少年が、先ほどの黒衣の男たちを襲った見るもおぞましい惨劇を生み出していたとは、どうしても信じられません。


 加えて言うなら、そもそもあの『黒剣』を直に握っておきながら、何の影響も受けずにいられるということ自体、非常識極まりない話でした。


 それはさておき、国境まで歩くことを拒否した聖女様も、ただわがままを言っただけではなく、殊勝にも『代替案』を提示してくれました。


「わらわの《召喚》する、『これ』に乗るのが良い」


 幻想を具現化する空間生成スキル『侵食する禁断の領域パンドラ・ヴァイラス

 そして、実際に具現化するための魔法《聖女の秘境探索》


 ベアトリーチェは、ほとんど呼吸するようにそれらの能力を駆使し、巨大な『幻想生物』を召喚しました。


「うわ……すごい。なにこれ?」


「くふふ。どうじゃ? すごいじゃろう? これこそわらわの移動手段、『グランドタートル』じゃ」


 大きな四つ足が四方から突き出た、ごつごつとした岩のような巨大な甲羅。その生き物を一言で表すなら、巨大亀と言ったところでしょうか。見上げた先にある甲羅の頂上までは、およそ六メートルほどの高さがあるようです。


 しかし、最初こそ感嘆の声を上げていたマスターも、徐々に微妙な顔で首を傾げ始めました。


「ベアトリーチェさん。亀で移動するとか、いくらなんでも移動が遅すぎないかな?」


「移動が遅いじゃと? キョウヤよ。お前は本当に馬鹿じゃのう。馬鹿すぎて解説する気にもならんわ」


 言葉のとおり、馬鹿にした顔で笑うベアトリーチェは、何故かとても楽しそうです。


「む……。今のはさすがの僕も看過できないな。理由も言わずに馬鹿だなんて、随分な言いぐさじゃないか」


「ほほう? じゃが、悔しければ、わらわがお前を馬鹿だと言ったその理由ぐらい、自分で思いつくのじゃな。見ればわかる。その程度のものなのじゃからな」


「むむ。そんなの、簡単さ」


 マスターは胸を張って言いました。しかし、その直後──


〈ヒイロ。教えて〉


〈思考時間ゼロでカンニングですか! まったく……〉


 即座に『早口は三億の得スピード・コミュニケーション』でわたしを頼ってきたマスターに、高速思考伝達であることも忘れて声を荒げてしまいました。


〈わたしも『グランドタートル』という生物のデータは持っていませんが……恐らく、そんなに難しい話ではありませんよ。見ればわかる。彼女がそう言う以上、マスターも冷静になって考えればわかるはずです〉


〈そうかな?〉


〈ええ。ほら、この『亀』は巨大でしょう?〉


〈え? あ、ああ、そっか。確かに単純なことだったね。ベアトリーチェさんが僕を馬鹿にするのも当然のことか〉


 この間、わずかに数秒。意外にも素直に頷いたマスターは、ベアトリーチェに向かって言いました。


「要するに、これだけ大きければ歩幅も大きいから問題ない。そう言いたいんでしょ? 僕だってわかってたさ。ちょっと冗談のつもりで言ってみたんだよ」


 しれっとした顔で得意げに語るマスター。付け加えるなら、陸上での動きが遅い亀は、いわば海亀のように足に水かきがついているタイプのものです。最初から陸上を歩くための足を持った陸亀であれば移動速度もそれほど……っておや?


 わたしはそこまで考えたところで、あることに気付きました。


「……くふふ! わかっていたか。そうか、そうじゃろうなあ。くふふ!」


 何故か愉快そうに笑う聖女様。含みのあるその笑顔は、恐らく、たった今わたしが気付いたことにも関係していることでしょう。何とも意地悪な聖女様です。


 そして一方、別の観点から疑問の声を上げたのはアンジェリカでした。


「いやいや、困るのはむしろ、この巨大さだろう。あんなに高いところに乗るのか? 足を折り曲げてもらっても、ベアトリーチェやリズがよじ登るにはかなりの高さがあるぞ?」


「くふふ。アンジェリカの方は教養が足らんのう。とはいえ、《聖女の秘境探索》で召喚する幻想生物は比較的マイナーなものが多い。無理もないか」


「いちいち、もったいぶるな。何かあるのか?」


「うむ。文献によれば、この巨大亀は、このまま『陸を歩く』わけではない。巨大な足は何物をも踏みつぶさず、ただ、大地を泳ぐように進む。すなわち、大地を泳ぐ亀『グランドタートル』じゃな」


 彼女がそう言い終えた直後、タイミングを測ったように突然、『グランドタートル』の高さが低くなりました。固いはずの地面に『沈む』その足は、水を掻くようにバシャバシャと音を立てて動いています。


 そう、わたしが先ほど気付いたことは、この亀の足に『水かき』がついているということでした。つまり、この亀は『海亀タートル』なのです。


 それはさておき、この時点で亀の高さは、およそ三メートルほどになっています。


「くふふ! ほれ、このとおり。手ごろな高さになったじゃろう? さあ、分かったら早く乗るがいい。頂上部分は比較的平らになっておるし、ここまで低くなれば登れんこともあるまい」


 そう言って聖女様は、慣れた様子で大地を泳ぐ亀に近づき、その甲羅によじ登り始めました。


「あれ? よく考えたら、泳ぐってことは歩幅とかは関係ないんじゃ……」


 どうやらマスターもようやく、聖女に一杯喰わされたことに気付いたようです。『見ればわかる』などと彼女は言いましたが、大きさではなく、水かきの有無を見抜けば気付けた……ということもありえません。そもそも『陸を泳ぐ生き物』の存在など、思いつく方がおかしいのですから。


「キョウヤ。ほれ、何をやっておる。くふふ! 物知り顔で見当はずれのことを語ってくれたことが、そんなにも恥ずかしかったかのう?」


 頂上までよじ登り、馬鹿にしたように笑う聖女様。


「うわあ、性格の悪い聖女様だなあ……」


 しかし、マスターが呆れたように言いながら、亀の甲羅に手をかけた、その時でした。平原内を急に一陣の風が吹き抜け、得意げに甲羅の上で胸を張っていた聖女様が大きくバランスを崩したのです。


「う、うわわ!」


「あ、危ない!」


 甲羅の上を転がり落ちてくる聖女様の真下には、ちょうどマスターが立っていました。彼は落ちてくる彼女を支えるべく両手を広げ、その身体を受けとめながら後ろに倒れ込んでしまいます。


「い、いたた……わ、わらわとしたことが、油断したわ」


 膝を曲げた状態で両足を左右に広げ、お尻をぺたりと地面につける、いわゆる『女の子座り』の姿勢のまま、ベアトリーチェは頭を押さえて呻いています。


「あ」


「うわ」


「これはまた……」


 この声は、リズさん、アンジェリカ、わたしの三人のものです。


「む? なんじゃ?」


 自分の置かれた状況に気付かず、きょとんとした顔でこちらを見る聖女様。

 そして彼女は……


「は、破廉恥ですわ……」


 顔を赤らめるエレンシア嬢を見ていぶかしげな顔になり、


「あははは! ベアトリーチェお姉ちゃん、お馬さんごっこでもしているの?」


 メルティに笑いながら指差されて自分の座る『地面』へと視線を下ろし、


「ぶ、ぶふ……ふがふが……」


「ひゃん! うきゃああああ!」


 自分が跨っていたモノから発せられた声の振動に驚いて飛び上がりました。


「いたたた……。ああ、ベアトリーチェさん。怪我はなかったかい?」


 後頭部をさすりながら、ゆっくりと身体を起こすマスター。一方、耳まで顔を赤くしたベアトリーチェは、両手をスカートの前に当てるようにして身体を小刻みに振るわせています。


 彼女はここ最近、白を基調とした丈の長いワンピースを好んで着ています。しかし、どれだけ丈が長かろうと、スカートはスカートです。足を広げ、『女の子座り』をしたならば当然、その下にあるものには直に下着が接触することになるわけです。


「う、あ、ああ……ま、まさか……」


 男性を毛嫌いするベアトリーチェにとって見れば、マスターの顔に『跨ってしまった』という事実は耐え難いものでしょう。……いえ、あの状況なら他の女性陣でもかなり恥ずかしいに違いありません。


 しかし、そんな『ラッキースケベ』とでも言うべき状況にあったはずのマスターはと言えば、


「いやあ、頭を打ったせいか、少しの間、気絶していたみたいなんだよね。少し息苦しかったけど、何だったんだろう?」


 頭をさすりながら、しきりに首をひねっています。そして、それを見たベアトリーチェは大きく安堵の息を吐いたようでした。


「……ふう。ま、まったく。だが、まあ、不本意ではあるが、わらわを受け止めてくれたことには礼を言わねばならんの」


 さらには珍しくも礼の言葉まで口にした彼女でしたが、どうやらまだまだマスターのことを甘く見ているようです。


「あはは。まあ、気にしないでよ。むしろ、お礼は僕が言うべきだと思うし」


「え?」


 ぎくりとした顔で固まる聖女様。そんな彼女に対し、マスターは恐ろしく意地の悪い表情を向けながら言葉を続けました。


「この怪物を召喚した魔法って、《聖女の秘境探索》って言うんだっけ? 僕もつい先ほど、今まで誰も踏み入ったことのない聖女様の秘きょ……」


「いやああああああああ! それ以上、言うなあああああ!」


 薄紫色の瞳に涙まで浮かべて絶叫した聖女様の周囲に、これでもかというぐらいに禍々しい《拷問具》の数々が出現していきます。


「いやあ、貴重な経験だったなあ!」


 嬉しそうに笑うマスター。恐らくは聖女様が落ちてきたのも、それがマスターの顔の上だったのも、きっと彼の『幸運』を呼ぶスキルの賜物なのでしょう。ですが、マスターはさらにそれを利用して、自分が馬鹿にされたことの『仕返し』をしているようでした。


「あははは! 聖女様って、恥じらう姿も下着の色も可憐だね!」


「こ、殺す! ぜったいに殺してやるうううう!」


 飛来する《拷問具》をひょいひょいとかわしながら笑うマスターと、怒り狂った聖女様の追いかけっこは、それからしばらく続いたのでした。

次回、「第117話 聖女の孤児院」

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