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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第5章 無垢な少女と気高き聖女
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第98話 書き換えられた台本

 マスターが戦っている間に、わたしは動きを封じられている女性陣の状況を確認することにしました。もし彼女たちが聖女によって『洗脳』され、マスターに襲い掛かってきたりすれば、大変なことになります。弱体化させられているだけのエレンシア嬢は別としても、他のメンバーに関しては、その可能性も否定できない状態なのです。


 精神的なダメージが大きいせいか、今のわたしには大した【式】も使用できそうにはありません。そういう意味でも、聖女との戦いはマスターに任せ、わたしは彼女たちの護りを固める必要がありました。


 彼女たち四人は、依然として『天秤の砂』による束縛を受け続けていましたが、束縛の程度はそれぞれの『砂』の色によって異なっているようです。


「くそ! さっきから何なのだ、この『砂』は! 魔法も上手く使えないし……身体もろくに動かん!」


 悔しげに苛立った声を上げているのは、『灰色の砂』に囲まれたアンジェリカでした。時折彼女の周囲に炎が収束していく気配こそあるのですが、ある程度までそれが進んだところで、唐突に霧散してしまうようです。やはり聖女の魔法は、肉体と精神、両方に効果を及ぼしているのでしょう。


「ヒイロさん、先ほどは辛そうでしたが……もう大丈夫なのですか?」


 そう尋ねてきたのは、『銀の砂』に囲まれたリズさんです。彼女は動作こそ鈍いながらも比較的自由に行動できているらしく、辛そうにしゃがみ込んだメルティの身体をさすってあげているようでした。


「はい。マスターのおかげで。ですが……どうやらメルティが一番大変そうですね」


 それもそのはず、メルティの周りには、他の三人よりも色の濃い『深紫の砂』が渦を巻いているのです。それだけに束縛の力も強力なのでしょう。


「駄目なの。……なんか、力が入らないの」


 言葉どおり、力なくつぶやくメルティ。


「メルティ。でも、貴女には魔法を減衰する隻眼があるはずです。それで何とかならないのですか?」


「メルティの中に入ってきてるモノは……無理。でも、誰か他の人のなら……壊せるかも」


「……そうですか。お願いできますか?」


 メルティの言葉に多少の希望を見出したことで、わたしは安堵の息を吐きました。実際のところ、聖女と交戦中のマスターは、『空間冷却』などの広範囲に効果が及ぶ攻撃を控えています。恐らくは狭い室内での戦闘で、彼女たちを巻き込まないようにとの配慮なのでしょう


 そう考えれば、一刻も早く彼女たちを解放する必要がありました。


「うん。でも、全員は無理。……できそうなのは……リズお姉ちゃんか、エレンのどっちかかな?」


「では、エレンお嬢様にお願いします。わたしではお役に立てませんので」


「リズ……ありがとう。ええ、わたくしが必ず、あの女に目に物を見せてやりますわ」


 エレンシア嬢は、申し訳なさそうな複雑そうな顔でリズさんを見ますが、ここはそれが最善の手でしょう。エレンシア嬢には、依然として精神支配は効いていません。彼女が動けないのは、《女神の天秤》による弱体化効果によるものだけなのです。


 最悪、ベアトリーチェが洗脳の魔法をかけてくることを考えれば、彼女を回復させることこそが最善の手でした。


「メルティ。お願いしますわ」


「うん。わかった。……ちょっと大変だけど、頑張る」


 そう言うと、メルティは額の瞳を開き、そこから真っ赤な光を放ち始めたのでした。




 ──そうこうしている間にも、マスターとベアトリーチェの戦闘は続いています。しかし、膠着状態はなかなか打破されていないようでした。先ほどの『ケンタリウス』については、どうやら『マルチレンジ・ナイフ』の牽制モード《ノイズ》により、『大きな音』という弱点を突くことで撃破できたのですが、今度はさらに別の怪物が姿を現したのです。


 倒されても倒されても次から次へと復活する『幻想の怪物』たちには、マスターの使う『知性体』を対象としたスキルが通じず、一体一体を地道に魔法で倒さざるを得ないようでした。


 さらに言うなら、そのたびにわたしがマスターにデータベースから仕入れた怪物の弱点を伝え、それをもとに攻撃手段を選択しなければならないせいで、マスターの行動の自由が制限されてしまっている部分があります。


 しかし一方、ベアトリーチェにとっても、生み出した怪物は《レーザー》や《ブルー・ペレット》などの攻撃に対する壁代わりに使わざるを得ない中、いつ背後に現れるかわからない鏡像への対処のために《女神の拷問具》を背後に回しているせいで、同じく攻勢に出ることができないようです。


〈……とはいえ、彼女自身を攻撃しようにも……目も耳も利かないんじゃ、僕のスキルも使いづらいんだよね〉


 マスターは高速思考伝達を使って、わたしにアンジェリカたちの無事を確認する際、そんなつぶやきを漏らしていました。


〈『規則違反の女王入城キャスリング・オブ・アリス』はいかがですか? 耳が聞こえなくても会話なら、十分に交わしているはずですが〉 


〈それも考えたんだけど……僕の目や耳が利かなくなりそうだしね。……かといって、心の傷に限定するのも微妙だよ。そもそも彼女には、まだ聞かなきゃいけないことがある〉


 確かに、考えてみればリスクは大きいかもしれません。


「ふん! 他に気を向けている暇があるのか? わらわが召喚できるものには、こんなモノもおるぞ? 《聖女の降魔儀式》……我に従え、『ディアボロス』」


 翼を広げた巨大な悪魔を召喚するベアトリーチェ。しかし、マスターは全く動じる気配もなく、意地の悪そうな笑みを浮かべて言いました。


「まったく、少しよそ見をしたからって、そんなに拗ねなくてもいいのにね。君の攻撃があまりにも単調だから、退屈で仕方がなかったんだよ」


「ぬかせ!」


 マスターはへらへらと気の抜けた動きを見せながらも、片手間に悪魔が口から吐いてきた炎を限定的な『空間冷却』で消し去っています。そしてそのまま、『マルチレンジ・ナイフ』の牽制モードである《フラッシュ》を使い、『弱点』の光を浴びせてディアボロス』を消滅させてしまいました。


「……く」


 そのあまりにさりげない手際に、さすがの彼女もマスターの言葉はハッタリではないことがわかったのでしょう。わずかに動揺する気配がありました。実のところ、狭い室内に心身を拘束された仲間がいるというこの状況がなければ、マスターには他にも大量の人形を生み出すなど、もっと有効な戦い方ならいくらでもあるはずなのです。


 そうしたことに気付いているのかいないのか、ベアトリーチェは苛立ちを隠しきれない表情のまま、ひたすらに『空想の怪物』を召喚し続け、《拷問具》の魔法を護りに使って戦い続けていました。


「じゃあ、……まずは『ひとつめ』だ。君のお仲間に会わせてあげるよ」


 マスターは、片腕の『動かぬ魔王の長い腕マジック・ハンド』で新たに出現した怪物が近づかないよう牽制しながら、反対の手で腰の小物入れから赤みを帯びた金属を出しました。


対魔法銀ミスリルだと? だが、その程度のもので、わらわの魔法を封じられると思うてか!」


「違う違う。これはこう使うのさ……《デモンズ・マリオネット》」


 マスターがその金属を床に放り投げた次の瞬間でした。


〈造物主様。ゴ命令ヲ……〉


 出現したのは、うっすらと赤みを帯びた金属の身体を持った、一人の初老の男性です。


「な、なに? なんだ、それは……?」


「なんだとは、ひどいね。かつての君の仲間じゃないか。覚えてないかい? よく見てごらんよ」


 マスターに言われ、赤い金属人形を見つめるベアトリーチェ。すると彼女は、何かに気付いたように目を見開きました。


「パウエル司教!?」


「そのとおり。さあ、思う存分、久闊を叙するといい」


 マスターの言葉に合わせ、『パウエル人形』は掌を前に突き出し、その魔法を発動させます。


「《女神の鉄槌》」


「く! 《女神の拷問具》!」


 輝きながら飛来するハンマーは、彼女の生み出した多種多様な『道具』に激突し、砕け散りました。『女神』の魔法使いとしての力量は、明らかにパウエルよりベアトリーチェの方が上のようです。


「おや? いいのかな? 後ろの守りが甘くなるよ」


「おのれ!」


 慌てて背後に意識を向ける彼女ですが、実際にはマスターとの向きがずれていたせいか、『鏡像』は出現していませんでした。


「ほら、今度は目の前がお留守だ」


 三つ首の『魔獣ケルベロス』を牽制し続けながら、マスターは《レーザー》を彼女めがけて放ちます。徐々にではありますが、マスターの動きには余裕が出てきているようです。


「くあ!」


 しかし、彼女の右肩に直撃したかに思えた《レーザー》は、すんでのところで《女神の拷問具》の一つによって防がれていたようです。


「なぜ貴様が、パウエル司教を……。だが、タイミングよく『イメージ』も整ったところじゃ。ここで『とっておきの怪物』を出してやろうぞ」


 《パウエル人形》という新たな敵が出現したこの状況においても、彼女は焦ることなく再び余裕の笑みを浮かべました。


「……《聖女の秘境探索》。生まれ出でよ、『スライム・クイーン』」


 ベアトリーチェの足元に湧き立つ、奇妙な粘液。虹色のそれは次第に凝縮して寄り集まり、人間の身長ほどもある不定形の塊となって持ち上がりました。


 『スライム・クイーン』──知名度はあまり高くありませんが、わたしのデータベースにかろうじて記録されていたところによれば、この化け物にも間違いなく『弱点』があります。

 しかし、伝承によればその弱点は、『満月の夜に汲んだ湧き水』という、現時点では絶対に入手不可能なものでした。だからこそ、彼女も『とっておきの怪物』と言ったのでしょう。


「行け、『スライム・クイーン』」


 ベアトリーチェの号令に合わせ、粘液上の怪物は身体を収縮させると、一気に伸びあがるように跳躍し……そして、《女神の鉄槌》を乱射する《パウエル人形》に覆いかぶさったのです。


「うわ……まさか、溶かしてる?」


 マスターの言葉どおり、ジュージューと激しい音を立てながら、対魔法銀ミスリルでできた人形の赤い身体が形を失っていきます。


「くふふ! この怪物の知名度は低めだったからな。呼び出すイメージに苦労はしたが……今度こそ終わりじゃ!」


 勝利を確信するように笑うベアトリーチェ。しかし、マスターはやれやれと首を振るだけでした。


「へえ? パウエルの人形を消したくらいで、随分自信満々じゃあないか」


「ふん。強がりを言うな。貴様には、生きながらに溶かされる苦しみを味わってもらうぞ」


 彼女の周囲には、依然としてノコギリやアイアン・メイデンをはじめとした、多種多様な拷問具が浮かんでおり、先ほどからマスターが繰り返している鏡像との挟み撃ち攻撃も、そのことごとくを防いでしまっているようです。


「さあ、やれ。『スライム・クイーン』」


「満月の夜に汲んだ水……ね。まさにおとぎ話の世界だけど……その中に『僕』はいない」


 マスターはそういうと、手にしたナイフを真っ直ぐに突き出し、宣言します。


「『存在しない登場人物シナリオ・リライター』──弱点以外でも、僕はこの空間で生まれた怪物を殺すことができる」


 宣言と同時、放たれた《レーザー》は『スライム・クイーン』の中央部に突き刺さり、激しい音と共にその身体を一瞬で蒸発させてしまいました。


「な! そんな馬鹿な……」


 あり得ない現実を見せつけられて、目を丸くするベアトリーチェ。


「悪かったね。実を言えば、君の怪物ならいつでも簡単に倒せたんだ。でも、ヒイロから君の能力を教えてもらってなければできないことだったし、すぐに使ったんじゃフェアじゃないだろ?」


○特殊スキル(個人の性質に依存)

台本にない登場人物シナリオ・リライター

 任意に発動可。物理法則・魔法効果・スキル効果などによって自分が強制させられている『法則性』をひとつだけ指定し、自分をその例外とする。ただし、その法則性の内容を『理解』していなければ使用できない。


 つまり、つい先ほどまでマスターは、戦況を簡単にひっくり返せるはずのこのスキルを、あえて使わずに戦っていたのです。今さらですが、命の取り合いをする戦場において、そんな冗談のような真似をする彼の神経の太さは異常でした。そして同時に、彼のこの言葉は、ベアトリーチェの心に衝撃を与えるには十分だったようです。


「……よりにもよって、わらわに、手加減していたというのか?」


「手加減じゃないよ。これも君への『攻撃』だ。それだけ衝撃を受けた君の顔を見る限り、どうやらこの『攻撃』は成功みたいだね」


「……ぐ」


 しかし、ベアトリーチェは悔しげに歯噛みしながらも、反論の言葉を口にすることはありませんでした。


 しかし、マスターはそんな彼女にさらなる追い打ちをかけるように、軽く片手を掲げてみせます。


「これ、なーんだ?」


「な、なに?」


 間延びしたマスターの声に、戸惑い気味の返事を返すベアトリーチェ。


 マスターの指先につままれたもの。それは……銀色の糸のようなものでした。


「これはね。君の髪の毛だよ」


「な、なに!? ど、どうしてそんなものを!」


 意味不明な展開に、声を荒げる彼女。いきなり男性に自分の髪の毛を手にして見せられれば、動揺しても無理はないでしょう。


「え? どうしてって……そりゃあ、君が脱ぎ散らかしたエプロンドレスとか下着とかを漁って見つけたんだけど……」


 さも当然のように、いたって真面目な顔でいうマスターですが、それはものすごく変態的な発言です。


「な! な……ま、まさか、貴様! わらわが風呂に入っている間に!」


「うん。だって、お風呂を勧めたのって、このためだったし」


「うあああ! こ、この変態めが! こ、殺す! 貴様は絶対に殺してやる!」


「うるさいなあ。殺すなんて言葉、軽々しく使っちゃいけないって先生に教わらなかったのかい?」


 マスターは銀の髪の毛を片手で振りかざしながら笑います。


「そんな髪の毛で、何をするつもりじゃ!」


「うん。君に『否定できない本物の自分』って奴を見せてやろうと思ってね」


 どうやらマスターは、彼女の『心を折る』ことにしたようです。

次回「第99話 えっちな拷問」

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