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異世界ナビゲーション  作者: NewWorld
第1章 緋色の少女と悪魔の少女
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第10話 悪魔と踊る狂える鏡

「さあ、準備はいいか?」


「よくない」


「なんだと?」


 嬉々として腕を振り回すアンジェリカに、マスターはあっさり首を振りました。


「『致命傷』って奴だけど……この空間じゃ死は存在しないって話だろ? どうやって判断するんだ?」


「む? ああ、そうだな。それはもっともな疑問だ。説明が足りなかったな。わたしも少し、はしゃぎ過ぎていたらしい。……基準は、一般的な人間だ。彼らが『この傷では助かるまい』と考えるレベルの傷だ」


「降参は?」


「そのままだ。言葉で負けの意思表示をした場合だな。……言っておくが、無様にあっさり負けを認めようものなら、その後の奴隷生活が悲惨なものになると思えよ?」


 アンジェリカはいかにも邪悪な笑みを浮かべ、ぞっとするような声音で言いました。マスターはそんな彼女の笑みを見て、軽く身震いすると今度こそ頷きます。


「わかった。じゃあ、始めよう」


「くくく! では、行くぞ!」


 アンジェリカはドレスの裾をひるがえし、人間離れした速度でマスターめがけて走り寄っていきます。そしてそのまま、軽く握った小さな拳を腰だめに構え、接近と同時に鋭く繰り出しました。


 先程の岩を砕いた一撃を見る限り、まともに当たれば致命傷は確実です。


「うわっと!」


 慌てて横に飛び離れるように回避するマスター。すると、アンジェリカはそこで立ち止まり、不思議そうな顔でマスターを見つめました。


「今のを避けたのは大したものだが……わたしとしては、先ほどの『鏡』のような力を見たかったな。見た限り、あれは魔法と言うより特殊能力に分類されるもののはずだ。出し惜しみする気か?」


「あはは……どうだろう?」


 乾いた笑いを返すマスター。やはり、思った通りでした。

 マスターの特殊スキル『世界で一番醜い貴方ベスト・モンスター』は『殺意ある攻撃』に対しては、かなり有効なものと思われます。しかし、いくら致命傷となりかねない攻撃だとしても、『死が存在しない空間』で繰り出される相手の攻撃に『殺意』が込められているはずがないのです。


「……うーん、意外なところに落とし穴があるものだなあ」


「戦闘中に呑気なものだな。それとも、わたしを侮っているのか?」


 ダンスでもするかのような、軽やかなステップ。紅い飾り布の付いたスカートがひらひらと舞い、アンジェリカの姿は一瞬でマスターの視界から外れてしまいました。そして、地を這うような低い姿勢で彼女が奪い取った立ち位置は──マスターの背後。


 ヒイロはとっさにマスターへ警告を発しようとしましたが、まるで『心を縛られている』かのように、なぜかできませんでした。この空間の特性は、戦闘への加勢と判断されるすべての行為を一律に禁じるようです。こんな奇妙な現象は、ヒイロの常識では考えられないことでした。


「さあ! お前の力を見せてみろ!」


 容赦なく繰り出される拳の一撃。慌てて逃げるように前へと踏み出すマスターですが、遅すぎます。


「うあ!」


 背中を強打され、前方に弾き飛ばされるマスター。しかし、マスターは、そのまま前転して身体を起こし、背中をさすりながらもどうにか立ち上がりました。


「いてて……。一瞬で消えて背後に出現するとか、いったいどんな漫画の世界だよ……」


 顔をしかめてつぶやくマスターですが、アンジェリカは驚きに目を丸くしていました。


「……ふふふ! あはは! クルスは思った以上に頑丈なのだな。まさか今のを喰らって、その程度のダメージとはね。ああ、素晴らしい。……でも、もっとだ。わたしを満足させるには、こんなものではまだまだ足りない!」


 愉快げに肩を震わせるアンジェリカ。


「まあ、これもひとえに日ごろの鍛錬の成果だよ」


 ぬけぬけと言い放つマスターですが、もちろんこれは鍛錬のおかげなどではありません。マスターの通常スキル『空気を読む肉体クレバー・スレイブ』。半径五十メートル以内の『知性体』の平均値に、己の各種身体能力を揃える力です。


 【因子演算式アルカマギカ】によって『素体』を駆動するヒイロを除けば、この場には、マスター自身とアンジェリカしか存在しないことになります。


 であるならば、彼の身体能力は『平均値』──すなわちマスターとアンジェリカの中間の能力にまで引き上げられる……かと思えばそうではありません。

 このスキルは発動中、常に『空気を読み続けて』いるのです。すなわち、能力変化後のマスターとアンジェリカを比較し、差があるならば再びその平均値までマスターの能力が引き上げられ……結果的にはアンジェリカと同等の能力まで引き上げられるということになるのです。


 周囲に脆弱な知性体が多数いる場合にはデメリットにもなるスキルですが、純粋な一対一の状況においては、必ず敵と互角の身体能力を手に入れることができるのです。


「あのお爺さんを斬った時に試してはみたけど、やっぱり君って、ものすごく強いんだね」


 そんな言葉を口にしたマスターは、どうやら『魔法禁止』をルールに設定した時点で、こうなることを見越していたようです。


「はは! あははは! いいね。最高だ! どんなカラクリかは知らないが、わたしを『熱く』してくれるなら、なんでもいいさ。さあ、『遊び』を続けよう!」


 嬉々として笑いながら、再び間合いを詰めていくアンジェリカ。しかし、今度はマスターも立ったままではなく、反撃に転じました。お互いの繰り出した拳が、お互いの身体に直撃し、鈍い音が響きます。


「うあ!」


「ぐ……!」


 反対方向に吹き飛ぶ二人。


「……マスター。頑張ってください」


 何もできず、見ていることしかできない無力感に苛まれながら、ヒイロは祈るように言います。


「うん。ヒイロに応援されちゃあ、負けるわけにはいかないな」


「ほざけ! この程度でわたしに勝とうなど百年早い!」


 凄まじい速度で接近し、殴り合う二人。たちまち目の前の三十メートル四方の空間は激しい戦闘の嵐に包まれました。アンジェリカが生み出した戦闘空間の性質により、二人が弾き飛ばされた際に『枠』を超えると瞬間的に中央に戻されることもあり、殴り合いの音は息つく暇なく続いています。


 二人の身体強度は尋常ではないレベルにあるらしく、あれほど激しい戦いでも目に見えて大きな負傷はなさそうです。それでも、口元には血が滲み、衣服は破れ、肌にも血の跡がところどころに見え始めていました。


「ははは! 楽しい! 楽しい! ああ、たまらない! 身体の火照りが止まらない! でも……もっとだ! もっと限界まで、お前の『熱』をわたしに寄越せ!」


 狂気をはらんだ笑顔を浮かべ、再びマスターの背後に回り込むアンジェリカ。


「女の子なんだから、もう少しお淑やかな遊びにしないかい?」


 身体をねじり、背後に向かって鋭く裏拳を繰り出すマスター。普段の彼からは想像できないほどの身のこなしでした。


「はっ! わたしのお父様みたいな言葉を言うじゃないか。でも、わたしは楽しければそれでいいのさ! これがわたしの『快楽』なのだからな!」


 アンジェリカは、マスターの裏拳を避けるどころか、まるで無視して拳を繰り出してきました。


「ごあ!」


「ぐは!」


 またしても吹き飛ぶ二人。


 痛々しくて、とても見てはいられません。護るべき人が傷つく姿は、ヒイロの『存在意義』を脅かすのです。


 しかし、マスターは……笑っていました。いつになく楽しげに、ともすれば悪魔の少女アンジェリカより狂気に満ちた顔で笑みを浮かべているのです。


「……マスター?」


 ヒイロは、その理由がわからず、戸惑うように声を漏らします。

 そうこうしている間にも、戦いはますます激しさを増していき、二人の姿はさらに満身創痍となっていきました。


 実際には、そう長い時間のことではなかったでしょう。しかし、ヒイロには永遠にも感じられる時間の果て、二人は遂に動きを止めました。


「はあ……はあ……。まさか、本当にわたしと互角とはね……」


「いてて……。すごいな、アンちゃんは。そんなにぼろぼろになって、痛くないの?」


「誰がアンちゃんだ! 殺すぞ!」


 大地に膝を着き、息を切らして互いを見つめ合う二人。


「そろそろ降参してくれないと、いつまでたっても終わらないよ?」


「そう思うなら、お前がしろ。いや、するな。もし降参などしようものなら、一年の間、ひたすらわたしの『椅子』としてこき使ってやるからな」


 吐き捨てるように言うアンジェリカに、マスターはニヤリと笑いかけました。


「美少女の『椅子』か……。そんな趣味は無いけど、少しだけ心が惹かれるなあ」


「へ、変態め……」


 まさにドン引きと言った顔でうめくアンジェリカ。

 軽口こそ叩きあっていますが、ヒイロが分析する限り、二人はもはやろくに身動きもできないほどに消耗しきっています。とはいえ、互いが降参しない以上は、このまま体力の回復を待った後、再び戦闘が開始されることになるに違いありません。


 などとヒイロが考えた、その時でした。


「やっぱり思った通りだ。スキルで痛みを感じにくい分だけ、僕の方がほんの少し、残った体力に余裕がありそうだね」


 そんな言葉を口にしたマスターの姿が、突如として消えたのです。

 一歩分。その体力を使い、後方に飛びさがったマスター。その身体が戦場の『枠』を越えたがために起きた現象でした。


「な、なに!?」


 驚き狼狽えるアンジェリカ。マスターの姿は、彼女が設定した戦闘空間の性質に従い、瞬間的に戦場の中央──すなわち、アンジェリカの目の前に出現します。


「捕まえた」


「うわわ! ……きゃあ!」


 正面から抱きすくめられ、可愛らしい悲鳴を上げて倒れ込むアンジェリカ。狙ったように少女の胸に顔を埋める姿勢をとったマスターには、何故か殺意さえ湧いてくるような気がしてしまうヒイロですが、それはこの際置いておきましょう。


 二人は折り重なるように倒れ込み、そしてそれから……


「え? わひゃ! ちょ、ちょっと何を……!」


 アンジェリカは戸惑ったような声を上げますが、身体にのしかかるマスターを跳ね除けるだけの力さえ、残ってはいないようでした。しかし、それはマスターも同じはずなのですが……


「でも、指先を動かすぐらいなら十分だよ」


「や、やめ! わひゃ! あは、あははははははは!」


 激しい戦闘により、ところどころ破けたドレス。その破れ目から内部に手を差し込み、彼女の脇の下のあたりでマスターの指が忙しなく動いています。


「……く、くすぐり?」


 呆然とつぶやくヒイロの前で、アンジェリカは身をよじってこの『苦痛』に耐えていました。


「わひゃひゃひゃ! あはははは! だ、だめ! や、やめ……やめてってば! あはは!」


「まだまだ!」


「ひ、ひい! あはははは!」


 いったい何なのでしょうか? この気の抜けたような光景は……。

 先ほどまでの狂気に満ちた戦いが、まるで嘘のようです。


「お、お願いだから! やめ! く、苦し、あはは!!」


 アンジェリカも普段なら耐えられるのでしょうが、限界まで体力を使い切った身体には、このくすぐりは拷問にも等しい効果を発揮しているようでした。


「やめてほしい?」


「うん! はやく、やめて!」


「降参する?」


「する、する! するから!」


 彼女が苦し紛れに叫んだその瞬間、周囲にガラスの砕けるような音が響き渡りました。


「え? う、嘘……」


 あまりの事態に、呆然とするアンジェリカ。そんな中、マスターはくすぐりこそ止めたものの、そんな彼女の胸にしっかりと顔を押し付けたままなのでした。


 ……マスターとは、後でじっくりと膝を突き合わせてお話しをする必要があるかもしれませんね

次回「第11話 美少女奴隷ゲット?」

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