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幽霊と将棋

作者: 進藤伐斗
掲載日:2026/05/05

 夜も遅くなり、並べていた将棋の投了図から初期配置に駒を戻した所で本を閉じた。そしてもう寝ようと思い、盤上の駒を片付けずに電気を消して布団に入った。

 うとうとしかけた頃にパチリという音が聞こえた。体を起こして音のした方を見てみると、窓から漏れる月の明りが将棋盤を照らしていて、初期配置の状態から歩が一つ動いているように見えた。

 布団から出て盤の傍に寄ってみると、間違いなく動いている。角道を開ける一手が指されている。何だかよく分からないが、反対側の駒を動かしてみる。3四歩。

 するとすかさず相手陣の歩が一つ持ち上がって宙に浮いたかと思うと一マス前進させられた。2六歩。半ば寝ぼけながら次の手を指してみる、8四歩。するとまた駒だけが勝手に動いて2五歩、と指された。

 電気を付けてみる。しかし誰もいない。どうもよく分からない。駒が勝手に動いているようである。深くは考えずに盤の前に座り、続きを指してみる。8五歩。またも即座に、7八金。

「何だこれは? 幽霊なのか?」

 声に出してみた。返事はない。とにかく続けて3二金と指す。すぐに2四歩。同歩、同飛、8六歩……横歩取りの将棋になった。

 どうも目に見えない何かが盤の前にいるようなのだが、将棋指しの性さがというのか将棋の局面の方が気になった。局面は内藤流の空中戦法になって、最新形とは違うが激しい展開となった。しかし途中から相手がポッキリと折れたようなカッコとなってその後は一方的にこちらが押し切った。

 勝った、と思っていると、相手陣の駒が次々の動いて初期の陣形に戻っていった。ポカンとして眺めていると、今度はこちらの陣形の駒も動き出して元に戻そうとしているのが分かった。

「なんだ、もう一局やろうってのか?」

 気付いて自分でも駒を動かしてたちまち初期配置に戻った。するとすかさず、7六歩と指してきた。こちらは8四歩。6八銀、3四歩、7七銀……相矢倉の将棋になった。

 がっぷり組み合って相手からの先攻を覚悟していたが、様子見のような手を指してきたのでこちらから攻める事になった。それ程自信のある展開でもなかったのだが、相手の受け方があまり上手くなかったのであっさりと決まってしまった。

 やっぱりそんなに強くないな、と思っているとまた駒を並べ直し始めた。また次の将棋が始まった。

 2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金、2四歩、同歩、同飛……相懸かりの将棋となった。浮き飛車に対して引き飛車で玉を固めて相手の動きを見ていると、どうも駒の使い方が拙い。簡単に攻めを切らせてしまい、あっという間にこちらの勝勢となった。

 勝負がつくとまた駒が並べ直されて新しい将棋が始まる。角換わり、中飛車、四間飛車、三間飛車……色々な将棋になったがどれも勝った。

 どうも中盤で簡単に差がつく事が多く、そしてそのまま勝ってしまうというケースがほとんどだ。たまにはこちらもミスして危なくもなったが、必ず終盤のどこかで大きなミスをしてくれたりして結局は一度も負けていない。

「ふあああああ……もう何局指したんだろ? そろそろ眠らせてもらうぞ……」

 電気を消して布団に潜ろうとした。その時、ズシリとした途轍もない重みが肩にのしかかったような気がした……。悲しみ、苦しみ、怒り、切なさ、寂しさ……様々な負の感情が胸の中に流れ込んできたような気がした。

 そして、体がものすごく重い……。布団に入りたいのだが、思うように体が動かない。

「な、なんだ、一体これは……」

 いきなり重病人にでもなったような感覚に襲われた。一体何事が起きたのか、どうすればいいのか……半ばパニックになり、首を左右に動かしてみる。将棋盤が目に入った。すると重みが半分くらいになったような気がした。そのまま将棋盤に近付いてみる。近付くにつれて段々と体が軽くなっていくのが分かった。

「どういう事だ。将棋を続けろという事なのか……」

 一瞬、喜びの感情が流れ込んだように感じ、そしてまた敵陣の歩が動く。7六歩。

「やはりこいつの仕業なのか? このまま指し続けるしかないのか……?」

 3四歩と返すと2二角成ときた。同銀、4五角。筋違い角となった。

「呪われてしまったのか? これは呪いなのか?」

 指している間は苦しさもなく普通に指せる。とにかく将棋を進めた。奇襲戦法できても中盤からこちらが優勢となり結果は今までと変わりなかった。決着すればまた駒が並べ直され、また次の将棋が始まる……。

 石田流、鬼殺し、角頭歩、立石流四間飛車、アヒル、ヒラメ……色んな戦法を試してくるが悲しいかな通じない。将棋の力が違うので何でこようとも結局はこちらが勝ってしまうのである。しかしこちらの勝ち星がいくら積み上がろうが何の成果もなく、疲労と不安な気持ちはどんどん蓄積されていくのだった……。

「なあ、もう止めていいか……?」

 その途端にズシリとした重みがくるのである。将棋を続ければまた正常に戻る。しかしこのまま続けていくとどうなるのだろう……。

 どのくらい時間が過ぎたのだろう? 一体何局の将棋を指したのだろうか? 分からない。何の希望もなく、何の可能性も見い出せず、ただただ目の前の将棋を指し続けていくだけだった。すでに正常な判断力は失われているのではないかとも思えるのだが、局面に対しては真面目に考えてしまい、そして勝ち続けた。

 何十局目かの終盤の入口で、

「うわあ、何指してるんだ。これは酷い」

 目を覆うような悪手を指して思わず叫んでしまった。本能的に粘ってみるがなかなか差が詰まらない。相手の寄せは遅いがこちらに有効な手もない。

「これは初黒星かな……」

 一手違いにはなったが結局逆転には至らなかった。ついに自玉の頭に金が乗った。

 その瞬間、これ以上ない最大級の喜びの感情を受け取ったような気がした。そしていくら待っても駒が並べ直される気配はなかった。

「……ようやく開放されたんだろうか?」

 ポツリと呟いたが返事はない。勝てるまで続けるつもりだったのだろうか? そもそもあれは一体何だったのだろうか、やはり幽霊だったのだろうか……? いくら考えても結論は出ない。

 それ以上頭を働かせる気もしなく、疲れた体を布団に運んでそのまま眠りについた。

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