第4話「鱗とアルミホイル」
レフトさんが来ない。
一日。二日。三日。
光の円はまだある。
消えてはいない。
(それだけが救い)
コンロの前に座って、待つ。
お菓子を並べて。
前に小さなやけどがあったから、絆創膏と軟膏もそばに置いた。一応。
待ちながら、動画視聴アプリ。
でも全然頭に入らない。
(……まだかな)
四日目の昼。
光の円が揺れた。
手が出てくる。
——違った。
鱗。
指先まで覆う、硬い鱗。
爪が伸びて、鋭い。
手全体が一回り大きい。
触れると、熱い。
そして——やけどの痕が、いくつも。
(なにこれ……)
この間の、小さな傷とは比べものにならない。
手の甲も指も、あちこちが焼けただれている。
一瞬、たじろいだ。
でも——この握り方。指の動かし方。
手首をちょっと傾ける癖。
「レフトさん……?」
恐る恐る、指先に触れる。
びくっ、と手が反応する。逃げようとはしない。
「レフトさんだよね」
手がゆっくり、こちらに向かって開いた。
掌を見せる。
鱗の隙間に、あの紋様。
(レフトさんだ)
◇ ◇ ◇
レフトさんの手が震えている。
コンロ周辺を、手探りでまさぐるように動く。 何かを求めている。必死に。
指先が空を切ったり、壁にぶつかったりしながら、何かを探している。
でも何がほしいのか分からない。
とりあえず片っ端から渡した。
塩——手が払う。違う。
胡椒——違う。
スポンジ——違う。
ライター——違う。
手がどんどん焦っている。
触れるたびに切迫感が伝わってくる。
レフトさんが伝え方を変えた。
コンロの上のやかんに手をかざす。
炎魔法。あの、料理の時の遠赤外線みたいなやつ。
やかんがじんわり温まる。
次に、コンロ横のものを順に指差す。
その時——レフトさんの手を握った瞬間、手のひらから熱が逆流してくるような感覚があった。
映像が流れ込んできた。
一瞬だけ。
こんなの、初めてだ。たぶん今だけ。
暗い場所。複数の人影。悪意のある笑み。
そして——炎の魔法が、こちらに向かってくる。
(——ッ)
息が止まる。怖い。
手を離したい。
——だめ。
ぎゅっと握り返す。離さない。
(今の)
(映像?)
(見えた)
(追い詰められてる)
「温めたいもの……じゃなくて……魔法……炎を……防ぎたい?」
手を握ったまま、問いかける。
レフトさんの手が、ぎゅっと強く握り返してきた。痛いほどに。
そのまま、わたしの手を引くように動く。アルミホイルの箱の方へ。
「これ?」
箱に触れると、手がさらに強く震えた。肯定だ。
炎魔法をかける。
——効かない。温まらない。
(あの時と同じだ)
(ホイル焼きの時と)
「アルミホイル……? 魔法が効かないもの……?」
——待って。
思い出す。
この間ホイル焼き作ろうとした時、全然温まらなかった。
(魔法が効かないんだ、これ)
(それがほしいんだ)
アルミホイルを引き出して、丸めて、手のひらに乗せた。
レフトさんの手が掴む。ぎゅっと。
手から伝わる感情——必死さ。そして、かすかな希望。
慌てて引っ込んだ。お礼を言う間もなく。
◇ ◇ ◇
また来なくなった。
一日。二日。三日。
光の円は、まだある。
薬局に行った。
やけど用の軟膏。冷却シート。ガーゼ。テープ。消毒液。
思いつくものを全部買った。
コンロの前に並べて、待つ。
(カップ麺しか食べなかった人間が、コンロの前で誰かのために救急セット並べてる)
(おかしいよね)
向こうで何が起きてるか分からない。
助けに行くこともできない。
アルミホイルを渡すことしかできなかった。
(あれで足りたのかな。間に合ったのかな)
あの映像が頭から離れない。
暗い場所。悪意のある笑み。炎。
(あの炎を、レフトさんはずっと受けてたんだ)
(あのやけどは、全部)
何もできない。
待つことしかできない。
光の円を確認する。
朝と、昼と、夜。
まだある。消えてない。
(お願い。消えないで)
——こんなに誰かのことを心配したの、いつぶりだろう。
◇ ◇ ◇
四日目。
手が出てきた。
戦闘形態のまま。
やけどは増えている。
でも前より手の動きがしっかりしている。
指先がこちらに伸びてくる。
そっと、わたしの手に触れた。
伝わってくるのは——疲労と、安堵。
「おかえり」
声が震えた。自分でびっくりした。
(泣きそう。なんで。わたしが痛いわけじゃないのに)
用意していた消毒液を手に取る。
「しみるよ。ごめんね」
鱗の隙間のやけどに、消毒液を塗った。
手がぎゅっと握られる。
痛い。
レフトさんが痛いんじゃなくて、握る力が強くて、わたしの手が痛い。
(でもいい。握ってて)
「大丈夫、大丈夫」
手のひらで撫でる。
あの最初の日と、同じ言葉。
みかんを渡した時と同じ気持ち。
軟膏を塗る。丁寧に、一つずつ。
ガーゼを当てる。テープで留める。
やけどの数だけ繰り返す。
レフトさんの手の力が少しずつ抜けていく。
痛みが引いたのか。安心したのか。
(たぶん、両方)
全部終わって、手を握った。
鱗ごしでも分かる。この手だ。
翌朝にはガーゼも軟膏も砂になる。分かってる。
でも今はこれでいい。
握ったまま、しばらく離さなかった。
向こうも、離さなかった。




