表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

第3話「写真と羊皮紙」

ふと、思った。


(わたしはレフトさんの手を毎日見てるけど、レフトさんはわたしの姿を何も知らない)


こっちの世界がどう見えてるか、伝えたい。


コンロの周辺をスマホで撮った。

アルミホイルの箱、調味料、やかん。いつもの景色。

でもスマホの画面を向こうに見せることはできないから、印刷するしかない。


コンビニのプリンタで、手のひらサイズの写真を刷った。

ペンでレフトさんの手を描き加える。


(画力がひどい)


でもまあ、「ここから手が出てるんだよ」って伝わればいい。


——ついでに。


(自分の顔も送りたいな)


鏡の前に立つ。


(……いつぶりだろう)


休職してからろくに化粧もしてなかった。

クマがすごい。

でも最近、前よりマシな顔してる気がする。


久しぶりにメイクした。

下手になってる。

でもまあ、それなりに。


自撮り。

何枚も撮り直す。角度を変えて、照明を変えて。


(手しか見えない相手に見せるための写真なのに、何やってるんだろ)


(……でも、ちゃんとしたわたしを見てほしい。手だけの相手だからこそ)


コンビニで印刷。

今日二回目の外出。

帰り道、冬の空気が冷たくて気持ちいい。

歩くのが億劫じゃないことに気づいた。


 ◇


コンロの写真を渡す。


レフトさんの手が受け取って、しばらく向こうで何かしている。

じっくり見てくれてるんだと思う。


次に、自撮りの写真を渡した。


長い沈黙。


手が出てきた。

わたしの顔が写った写真の上を、——指先でそろりと撫でた。


(……写真を見て、触りたいと思ってくれたんだ)


胸の奥がじんわりと熱くなって、何も言えなかった。

指先は何度も、何度も写真を確かめている。

その感触を記憶に刻み込もうとするみたいに。


しばらくして、また手が出てきた。

手のひらの上にぼんやりと光が浮かぶ。


(なにこれ、ホログラム?)


何かを映そうとしている。

でもまともに映らない。

古いテレビの砂嵐みたいに、光がパチパチ弾けて消える。

もう一回。また消える。


(……自分の姿を見せたいんだ)


手がぎゅっと握られた。

悔しいのか、悲しいのか。

伝わってくる感情が、切ない。


その手をそっと握り返す。

指先から、震えみたいなものが伝わってくる。


(……こんなに必死なんだ)


「いいよ。大丈夫」


聞こえてないかもしれない。

でも手から何か伝わったのか、力が少し緩んだ。


(お互い、見せたいのに見せられないんだ)


(手だけで伝えられることには限界がある。でも、手だけだからこそ、伝わるものもある——のかもしれない)


◇ ◇ ◇


翌日。

写真は砂になっていた。分かってはいたけど。


レフトさんが何か持って出てきた。

小さな紙。

羊皮紙(ようひし)みたいな質感。インクで絵が描いてある。


(たどたどしい……)


尻尾のある人型のシルエット。


「これ、レフトさん? 尻尾あるの?」


渦巻き模様。

人型が渦に手を突っ込んでいる。

反対側に、二つの手が光る球体を挟んでいる図。

異世界の文字が添えてあるけど、全く読めない。


(レフトさんが渦に手を入れて……光るものを掴む? 試験? 課題?)


「これ、光る丸いものがほしいってこと?」


レフトさんの手を引いて、掌の上に指で丸を描いた。

人差し指で、小さく円を描く。

そして、何かを探すように、こっちの指先でトントンと叩いてみせる。


レフトさんの手が、ぎゅっと握り返してきた。

強く、何度も。


(たぶん肯定)


了解。

光る丸いもの。探そう。


◇ ◇ ◇


光りもの探しが始まった。


ビー玉——きれいだけど反応なし。レフトさんは気に入ったみたいでなかなか返さない。


(それはわたしのビー玉なんだけど。まあいいか。どうせ明日砂だし)


懐中電灯——スイッチを入れると、カチッという感触と、わずかな熱。

渡すと、そのスイッチの感触が気に入ったのか、カチカチいわせながらブンブン振っている。


(光ってるって分かってるのかな。……いや、ただのクリック感を楽しんでるだけかも)


ペンライト——完全に遊んでる。最初はぶんぶん振っていたけど、すぐに飽きたらしく、指先でコンロの端をトントン叩き始めた。


(コンサートかよ。……いや、もう飽きてるし)


100均のキラキラシール——手の甲に貼ってあげたら喜んでた。翌日もつけてきてる。


(砂になる前に剥がして楽しんでたの? かわいいけど、それも違う)


違う。どれも違う。


渡すたびに、レフトさんの手が少しずつ焦りを帯びてくるのが、触れた時に伝わる。


(……焦ってる)


あの絵を書き写したメモをもう一度見る。

砂になる前にスマホで撮ろうとしたけど、なぜか映らなかったから。


光る球体を掴んだら——その先は。

絵の端っこに、ニコニコした顔が描いてある。


(クリアしたら嬉しい、ってことだろう)


(つまり、これには終わりがある)


レフトさんが光るものを見つけたら、この試練は終わる。

もう手を伸ばす理由がなくなる。


胸がきゅっと締まった。


コンロの光の円を見た。

うっすら光っている、あの円。


(いつか消えるんだ、これ)


(うつむ)いていると、レフトさんの指先が、そっと手の甲に触れた。

どうしたの? って聞いてるみたいに。


「ううん、なんでもない」


手を握った。

いつもより少しだけ、強く。

温かかった。


なんでもなくは、なかった。


(——でも今は、まだ、ここにある)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ