7 危険が迫る
「王都に提出する書類はこれで全てですね」
ひと仕事終えてふうっと深呼吸をした。
レイバグ伯爵家でとてつもない量の仕事をやらせてもらったため、村での仕事はあっという間に終わってしまう。
そのうえで私とクルウスが安心して生活できるほどの報酬までいただいてしいまうのだから、むしろ心配だ。
今年還暦を迎える村長さんに確認しておこうか。
「毎年のことながら、もらいすぎかと思うのですが……」
「なにをおっしゃいますか……。ミミナさんが来られるまでは、我々が何人も集まって総出でやっていたのですよ。しかも何十日もかけて……。それを一人で任せてしまってるので、これくらいは当然ですしむしろ安すぎるかと」
「働かさせてもらえて助かってます。もしも村の経営が厳しくなりそうでしたら私の報酬は半分くらいでもいいのでその分発展に回してくださいね」
ただでさえ自然豊かで自給自足だって可能である。
お金をいただいても、王都からやってくる商人から買い物をしたり、村人が作った料理を食べに行ったり、クルウスのお世話係を依頼したりすることくらいだ。
お釣りがくるくらいには報酬をいただいているし、元貴族令嬢だからと優遇されているのではないかと何度も思ってしまう。
だが、元貴族令嬢ということは誰にも話していない。変に気を使われたくなかったからである。
「ミミナさんの技量、それにクルウス君の回復魔法にも村一同感謝しているのですよ。本当にこの村も明るくなった」
厳しくしてくれてありがとうございますと、心の中でレイバグ伯爵家の人たちに思っておこう。
だが、追放される前に言われたことは肝に銘じている。
『ミミナの仕事よりも遥かにできる人間に任せる。しょせんおまえはたいした人間ではないのだから、貴族の血が流れているからと言って自惚れるなよ?』
だが自惚れてしまっている。
クルウスという天使のような可愛い子が産まれたし、村の人たちは優しいし、おいしいものがたくさん食べられているし……。
毎日が幸せすぎて、この村に感謝しかない。
そんな場所に来られた私はどう考えても幸せものだと思ってしまう。
そして、最近ではいつシークベット公爵様が訪れるかなあと楽しみが増えている。
シークベット公爵様から忠告されていたこと。クルウスの親が誰なのかは伏せることに関して、しっかりと厳守している。
ところが、村長さんは『そういえば』と一言呟いてから私にとんでもないことを聞いてきたのである。
「クルウス君の魔法、この前いらしたシークベット公爵閣下も使えるのだとか」
「ゔぅえっ!?」
ゆったりと飲んでいたお茶を吹きこぼした。
テーブルに口に含んでいた水分が散乱してしまった。
汚い。幸い村長にはかかっていないのがせめてもの救いだ。
慌ててもっていたハンカチを使って拭く。
「も、申し訳ございません!!」
村長が少々戸惑っているようだった。
すぐに表情は戻り、雑巾を用意してくれた。
毎度のことながらこの村のひとたちは全員、なんと優しいのだろう……。
「まあ驚くのも無理はないでしょう」
「……村長さんも知っていたのですか?」
「閣下の魔法のことですか? 以前お越しくださったときに助けてくださったのですよ」
「はい?」
村長は過去の経緯を思い出しながらとても喜んでいるようだ。
「もう私もいい年ですからね。外で腰をギックリとやってしまったのですが、ちょうどシークベット公爵閣下が助けてくれたのですよ。閣下の魔法で」
「タイミングがよかったのですね。無事でよかった……」
「そのときに閣下が回復魔法を使えることを教えていただいたのですよ」
「そうだったのですね」
シークベット公爵様が誰に対しても優しく、なにかあったら魔法で助けてあげられるお方なのだと知った。
知れてよかったと思うものの、クルウスが彼の子であることがバレないようにしなければだ。
「この村にも回復魔法が使える子どもがいると話したら、閣下はとても驚かれていましたね」
「そうでしょうね……」
「それだけ回復魔法とは極めて珍しい類なのでしょう。現に私がこの村で住んで六十年。初めて会いましたからね」
そして、『いつまでもこの村で過ごしてほしい』と真剣にお願いされた。
むしろ私たちのほうが『ずっとこの村で住みたい』と伝えるととても喜んでくれた。
「ありがたい。回復魔法ももちろん頼っているところはありますが、それよりもミミナさんのお人柄が村民全員好きなのですよ。どうか……どうかいつまでもこの村で……」
何度も同じことをお願いされている。馴染んでいるしそれなりに信用されているとは思うのだけれど……。
まるで私が村から出ていく前提で話されているような雰囲気がした。
「大丈夫ですよ?」
「そ……そうですよね……!」
「どうしましたか?」
「いえ、なんでもありません。ミミナさんの意思が聞けただけでも良かったと思っております」
なにか引っかかる雰囲気もあったが、ひとまずは村長の家を退室し家へと帰った。
♢
村長の家でお茶を吹きこぼしてから三日後のこと。
私の家にドアをノックする音が聞こえてきた。
「はあーーーい」
いつものようにすぐにドアを開けた。
この村はとても平和だから、誰が来ても大歓迎である。
ところが、見たこともない人が立っていた。
「ど……どちらさまでしょうか?」
分厚い服装。これは防具服のようなものだろうか。
腰には剣を装備している。
これは国で唯一認められた騎士だけしか本来身につけることができない。
それ以外の者が装備すると処刑に該当する。
騎士であってもそうでなくともクルウスが危険だと瞬時に察知し、身構える。
「とある方からの命でここへやってきた騎士である。そう警戒する必要はない」
「は……はあ」
そうは言われてもいきなり騎士が来るだなんてただごとではないはずだ。
身構えたまま話は聞く。
「ミミナ、元レイバグ伯爵家ご令嬢で間違いないか?」
「……は、はい」
これはまずいことになったかもしれない……!
なんとかしてクルウスを死守しなければ!




