4 シークベット公爵
「ああ、そういうの気にしなくていいよ。今は公の場ではないし、私もプライベートとしてここへ来たのだから」
そう優しく言ってくれるが、はいはいそうですかとすぐに立ち上がるわけにもいかないだろう。
どうしたものかとそのまま考えていると、シークベット公爵様は私の至近距離まで迫ってきた。
シークベット公爵様が視線を向けているのは、クルウスだ。
「はじめまして。デュール=シークベットだよ」
「んーーー……クルウスッ」
「何歳かな?」
「えーと……………………さんしゃい?」
「もう数字や名前を言えるんだね。素晴らしいよ」
そう言うとシークベット公爵様は微笑んだままクルウスの肩にそっと手を置いて撫でてくれた。
その行動が私にはとても嬉しく、警戒していた気持ちも一気に軽減されたのだ。
だが、まだ油断はできない。
どういった目的でここへ来たのかが全くわからないのだから。
ひとまずは私もご挨拶をしなければ!
「申し遅れました。ミミナと申します」
「ミミナと言うのか。よかった」
「はい?」
「……すまない。名前を知れてよかったということだよ」
まるで会ったことがあるような言い方だ。いや、実際には夜会で会ったしなにがあったかは記憶に全くない。だが、夜会のときに言っていた言葉にもその前から会ったことがあるような言い方だった。
「あの……大変失礼なことをお尋ねしますが、以前どこかでお会いしたことがありますでしょうか?」
これはクルウスを守るための皮肉な策でもある。
もしも人違いであればそのまま何事もなく去ってくれるかもしれない。
一番懸念しているのはクルウスの魔力だ。
この村ではクルウスの回復魔法と治癒魔法が有名になっている。
私自身も背中に負っていた訓練の傷を治してもらった。
さらに言えば、クルウスは無自覚にも産まれる前から私に回復魔法をかけてくれていたのではないかと思っている。
妊娠してから出産に至るまで、ほとんど痛みがなかったのだ。
これは産婆の方も大変驚かれていた。
そんな噂が王都にまで届き、クルウスの力を利用しようとしているという発想がどうしても拭えなかった。
「会っているよ」
「そうでしたか……大変申し訳ございません!」
「いずれもミミナ殿は認識できない状況だったと思う。だがどちらに関しても謝りたかったのだよ」
夜会でお会いしたことはかろうじて認識している。
それ以外は本当にわからない。
私の困った表情が丸出し状態だったからなのか、シークベット公爵様にやたらと気を使わせてしまったらしい。
「どうやらミミナ殿は警戒しているようだね。だが、なにも心配することはない。私はただ、純粋にキミと話をしてみたい、そして本気で謝りたいと思っていたからここへ来たのだよ」
いたずらに微笑んでくる姿に、再びドキりとする。私の心臓の鼓動がいたずらに速くなっていくが、今度は先ほどのようなイヤな理由ではない。
「できればミミナ殿と二人で話したいのだが、さすがに厳しいか」
「護衛の方々にクルウスを護っていただけるのでしたら」
「そうかい? 私のことを疑わないのかい?」
少ない会話ではあるが、シークベット公爵様のことは信頼できるような気がする。
人を疑うことをしなかった私は、今まで散々な目にあっていたが、今回は大丈夫。
そんな気がしていた。
クルウスを護衛に預け、シークベット公爵様と二人きりになる。
「まずは先に聞いておきたいことがある。ミミナ殿の子、あの子は回復治癒魔法を使えるのではないだろうか?」
「それは……」
言い淀んだ。
しかし、すぐにシークベット公爵様は大丈夫だよと優しい声をかけてくれた。
「大方こう思っているのではないかい? 私がクルウス殿を連れ去ろうと考えている。もしくは国のために彼を利用しようと企んでいる……と」
さすがにドストレートな返事はできなかった。言葉を考えていると、またしてもシークベット公爵様が優しい言葉をかけてくれる。
「そう考えるのは当然のこと。遠慮することはないよ。だが私はそのような目的ではないとだけはハッキリ言っておく。もちろん無理する必要はないし、疑ったままで構わないよ」
「お気遣いありがとうございます……」
「王都にいる一部の者には噂があってね。この村で規格外な力を持ち、尚且つ回復治癒魔法を使える子がいるのではないか、と」
考えが甘かった……。
村にいる限りは王都までは情報が轟かない。
そう考えていたのだ。
シークベット公爵様はおそらく連れ去ろうとは考えていない。
だが、ほかの人たちが来たらと思うと怖くなってきた。
ここは正直に伝え、絶対に守ると言う意思だけは言っておきたかった。
「クルウスは回復魔法が使えます。私だけでなく、村民の回復を行い平和に過ごしていますよ」
「なるほど」
「村民もクルウスのことをとても大事にしてくれています」
ここは特に強調しておいた。
シークベット公爵様は、むしろ嬉しそうに話を聞いてくれていたのである。
「そうかそうか。学問についてもミミナ殿が教えたのかい?」
「教えたというよりは、私が仕事をしているところをいつも見学しているのです。文字はまだ読み書きができませんが、数字や簡単な会話ならできるようになりました」
「好奇心も旺盛なのだな」
とても嬉しそうにしている。
となると、クルウスはシークベット公爵様との子になるのだろうか。
できればそうであって欲しい……。
勝手な妄想だけで私は顔が真っ赤になってくる。
だが、シークベット公爵様は自分の子だよとは一切言ってこない。
むしろこのあとは主に私のことばかりを聞いてきたのである。
「……やはりミミナ殿は元々レイバグ伯爵家のところの」
「はい。でもどうか追放されたということなど、村民の方々には内密でお願いできればと……」
「なぜだい?」
「村民の方々には私が元貴族の子だということは話していません。対等に仲良くしたかったのと、気を使われたくなかったからです」
「ほう」
「それに追放されたのは私に魔力適性がないからです。追放されても当然のことでしょう?」
シークベット公爵様は黙ったままなにかを考えているようだった。
今までの会話では楽しそうに聞いてくれていたから、ついそのとおりに喋ってしまった。
今回もうんうんわかったと言ってくれるかと思ったのだが……。
「あ、あの……。レイバグ伯爵家の皆様はお元気にされているかご存知ですか?」
「追放された側なのに心配しているのかい?」
「本当に色々とやってくれていたのですよ」
魔力適性を開花させるために毎日のようにやっていた訓練。身体の普段見えない箇所に魔力を流してもらったり、物理的に痛みによって血行促進の上開花させようとしていたこと。
しかし、この説明をするとシークベット公爵様は首を傾げながら困っているようだった。
「それは違うよ」
「はい?」
「残念ながら、魔力適性を得るためにそのようなことをどんなにやっても無意味だよ」
「へ!?」
ならばなぜブザン伯爵やエル夫人は痛めつける行為を何度もやってきていたのだろう……。
あまり考えたくはなかったが、四年経った今だからこの可能性が思い浮かんでしまう。
もしかしたら、私は嫌われていたのではないだろうか……と。
村での食事は村民から作り立てのアツアツスープや、焼きたての魚をいただいたりすることもある。
とてつもなく贅沢なことだと思っていた。
だが四年前まではどうだっただろう。
スープは冷えていたし時には腐っていた魚を提供されることもあった。
骨にほんの少しついていた肉もご馳走だと思っていた。
全てを思い返してみると、魔力の適性がない理由で虐待を受けていたのではないかと……。
思い返していたら、自然と涙がこぼれ始めていた。
こんな姿をシークベット公爵様に見せるだなんて恥ずかしいし申し訳ない。
しかしシークベット公爵は黙ったままずっとそばにいてくれたのである。
「ミミナ殿に定期的に会いにきても良いかい?」
「私に……ですか?」
「ああ、もちろん。クルウス殿を守るためにも」
シークベット公爵様は味方なんだと、完全に信用して良い。そう思うほど重く優しい言葉だった。
だからこそ私は覚悟を決めて聞いてみることにしたい。




