14 もういない
不思議なことに、クルウスは歩けるようになった。
この三日間がなにごともなかったかのように元どおりになっている。
デュール様が助けてくださった……。
しかし、デュール様が目覚めない!
クルウスに魔法をかけてからすでに丸一日が過ぎようとしている。
同行してきた護衛たちも心配になっていて、交代で目が覚めないかと常にそばに付き添い状態だ。
全ての事情はここにいる護衛三人は知っているそうで、もちろんクルウスのことも。
クルウスは歩けるようになって家中を飛び跳ねて遊んでいた。
心配しながらも護衛の方々がクルウスの遊び相手まで付き合ってくれるから、とてもありがたかった。
私はというと、すっかり涙が枯れ果ててしまっていてなにもする気になれない。
ただただずっとデュール様が目を覚ますのを待っているだけ……。
「聞いておくべきでした……。私が昔気を失ってからどれくらいで目覚めたのかを」
「申し訳ない……。我々もそこまでは聞かされていなくて」
「このままデュール様が目を覚まさなかったらと思うと……」
私はすっかり弱腰になってしまった。
クルウスが無邪気でいられのがうらやましく思ってしまうくらいだ。
歩けなくなってしまう謎の病に一度かかってしまったから、回復魔法を使わせるのも一旦辞めとくようにお願いしている。
何回か使って病が再発してしまったら、もう命が助からない。
「辛い中こんなことを尋ねるのも酷ではありますが……」
護衛が重い口を開こうとしていた。
辛いのは私だけではない。
一緒に来ていた護衛たちだって気持ちは一緒だと思う。
涙を止めるようコントロールすることはできないが、それでも護衛に顔を向けた。
「翌朝になっても旦那様が目覚めない場合の話です。我々は旦那様から指示されたとおりに行動するつもりです」
「どうされるのですか……? というよりも、目覚めなかった場合のって……」
「はい。旦那様自身も覚悟されていたのです。記憶喪失だけでなく、そのまま永久に目覚めないことも想定しておられていました。そのため、あらゆるパターンを指示されておりまして」
「そうだったのですか……」
クルウスはいずれ歩けなくなる病気にかかる可能性が高く、そのときは身を呈してでも助けるのだと常々口にしていたらしい。
我が子の命の恩人で私の愛する人。
その方の指示なのであれば、私もどんなことだって従う。
おそらくデュール様は私たちが村を出ていくような選択肢は考えていなかったはず……。
私の記憶では短い付き合いではあるが、デュール様の優しさはとても理解している。
「植物状態が続くようであれば、大変心苦しいかと思いますが旦那様を連れて王都へ帰ります。その場合は……ミミナ様およびクルウス様が旦那様にお会いできることは二度とないでしょう……」
「デュール様……どうか、どうか目覚めてください……」
意図は説明されなくともわかった。
このまま私とクルウスがなにごともなかったかのようにこの村で過ごすためなのだと。
そもそもデュール様と会っていなかったことにしようとしてくれている。
もちろん悲しいが、デュール様の優しさでもある。
「仮に目覚めたとしても記憶がなくなっている場合、やはり連れて王都へ帰ります」
「そう……ですか」
辛い。もう一緒にいられる時間がほとんどない。
だからと言って一緒に王都へ行く選択肢は私たちにはないのだ。
デュール様の優しさを無駄にしたくないし、なによりもやはりクルウスを守らなければならない。
王都へ行くのは危険すぎる。
「ですが必ずミミナ様のお話は我々が責任を持って話します。そして、旦那様自らが会いたいと申した際は再びこちらへ連れて参ります。必ず!」
「ありがとう……ござい……ます!」
ほんの少しだけだが希望がある。
そのためには明日の朝までになんとしてでも意識を取り戻してもらわなければ……。
♢
真夜中。
デュール様は呼吸はしているものの、意識が戻る気配が全くない。
だが、どうしても諦めたくない。
昨日の朝から全く眠れていないため、意識も朦朧としてくる。
だが、私ではこのような病を治せるすべが全くないのだ。
「勝手なことをひとつ……よろしいでしょうか」
「どうされましたか?」
私は護衛に朝までで良いから席を外してもらえないだろうかとお願いした。
身勝手なことではある。だが……。
「最期になるかもしれません。デュール様の隣で横になりたい……」
護衛たちは嫌な顔ひとつせず、部屋から退室してくれた。
私も一度部屋を出てグッスリと眠っているクルウスをそっと抱き上げた。
デュール様の寝ている部屋に戻り、少々狭いが三人で川の字になって横になった。
「せめて……ほんの少しだけでも一緒にいられたら……」
クルウスには、父親の紹介がもうできなくなる。
だが、クルウスの命を守ってくれたんだよとしっかりと伝え続けなければ。
三人一緒にいると、不思議と落ち着いてきた。
デュール様もクルウスのために命懸けで頑張ってくれた。
覚悟を決めて頑張ったお相手に悲しい顔はもう見せられない……!
「おやすみなさい」
私はクルウスにやっている頬へ唇を落とし、デュール様にも同じことをした。
疲労が一気に出たようで、そのまま意識を失った。
……………………はっとして目が覚める。
慌てて横を振り向くと、デュール様の姿はない。
クルウスもいなくなっている。
ふと窓を見て時間を確認したが、概ね昼間くらいだろうか。
「あぁ……やはり連れて帰られたのね……」
大きなため息をつきながら、こらえていた涙が再び溢れる。
ひとまず外の太陽の光を浴びよう……。
窓を開けて外の景色を眺める。
「あれ……?」
外にはデュール様が乗ってこられた馬車がまだ止まっていた。
もしかしたらまだほんの少しだけ顔を見ることができるかもしれない。
そう思った私は、着替えることもなく薄着のまま外へ出ようとしてしまった。
そして外へ出るドアへ向かうと……。
「やあ、お目覚めかい?」
聞き慣れた優しい声。
まさかと思い後ろを振り向いた。




