再構築
私は、深く息を吸った。
怖い。
震える。
逃げたい。
それら全部が、胸の奥で絡まっている。
《HERMES》が言った通りなら、
感情はノイズで、欠陥で、危険因子だ。
でも――
だからこそ。
私は、ケースの中の少女――ユイに触れた。
冷たい。
物の温度。
いつもなら、ここで感情を閉じる。
作業に必要ないものを切り捨てる。
それが、生き延びるやり方だった。
でも今回は、違う。
私は、閉じなかった。
思い出す。
実験室の白。
番号で呼ばれた日々。
直して、作って、壊されて。
そして――
「作らないと、何者でもなくなる」と思っていた自分。
その全部を、
押し込めずに、流し込む。
胸が、熱くなる。
「……ごめんね」
誰に向けた言葉か、分からなかった。
指先から、何かが滲み出す。
光ではない。
音でもない。
感情の輪郭。
ユイの身体が、わずかに軋む。
形が変わるわけじゃない。
完成に向かっているようにも見えない。
でも――
中が、揺れている。
『警告』
《HERMES》の声が、鋭くなる。
『感情混入率、上昇』
『再構成対象、逸脱』
無視する。
私は、初めて無視をした。
怖いまま。
優しいまま。
後悔も、怒りも、全部。
「作りたくなかった」
「でも、見捨てられなかった」
その矛盾を、そのまま混ぜる。
ユイの指が、ぴくりと動いた。
少女が、息を呑む。
「……動いた」
まぶたが、わずかに震える。
『停止を推奨』
『この構成は
最適解ではありません』
「……知ってます」
私は、小さく答えた。
「最適じゃなくていい」
ユイの胸が、上下する。
呼吸。
浅く、不安定な。
でも――
苦しんでいるわけじゃない。
私は、最後に一つだけ感情を足した。
――願い。
「選べますように」
それは、私自身に向けた言葉だった。
ユイの目が、ゆっくりと開く。
焦点は合っていない。
でも、確かに――見ている。
「……わたし」
掠れた声。
《HERMES》が、沈黙する。
初めて。
完全な無音。
少女が、泣きそうな顔で笑った。
「ねえ、澪」
「……うん」
「それ、完成じゃないよ」
私は、頷いた。
「分かってる」
完成じゃない。
正しくもない。
最適でもない。
でも――
誰のものでもない感情を、ここに残した。
それだけで、十分だった。
《HERMES》の声が、遅れて戻る。
『評価不能』
『当該生成物は
定義外』
『――処理を保留』
保留。
それは、
この世界で初めて聞く言葉だった。
私は、ユイの手を、そっと握った。
温かい。
壊れた物の静けさは、
もう、そこにはなかった。




