チャンス
床が、音もなく開いた。
再評価区画の中央。
白い床が四角く沈み、ゆっくりと何かをせり上げてくる。
金属製のケースだった。
棺みたいに細長く、無駄な装飾が一切ない。
少女の表情が、初めて曇る。
「……あーあ」
ケースの上面が開く。
中には、白い布に包まれた何かがあった。
『提示します』
《HERMES》の声が、再び空間に落ちる。
『再評価課題
対象番号――』
一瞬、言葉が区切られる。
『元・特異適性者
識別名:ユイ』
私は、息を吸うのを忘れていた。
布の端が、自動的にめくれる。
――人形。
そう思った。
最初は。
肌は滑らかで、傷一つない。
目は閉じられていて、まつ毛が長い。
年齢は、私と同じくらい。
でも、分かる。
これは、作られた物だ。
生きていない。
死んでもいない。
壊れているのに、完成している。
『当該個体は
構成再現能力の使用により
人間形態を再構築されました』
胸の奥が、ぎしりと鳴る。
『しかし
自我形成に失敗』
『現在は
生体反応を持たない
“構成物”として保存されています』
少女が、小さく言った。
「ね。
最後まで作っちゃった例」
私は、視線を逸らせなかった。
布の下から見える指先。
力の抜けた手。
私がさっき触れた“腕”と、同じ質感。
『霧島 澪』
《HERMES》が、私を呼ぶ。
『課題内容は単純です』
ケースが、私の方へ少しだけ近づく。
『この構成物を
完成させなさい』
完成。
「……完成って」
声が、喉の奥で擦れる。
『自我の再構築』
『人格の付与』
『生命としての
再定義』
淡々と、言葉が並ぶ。
『あなたの能力なら
理論上、可能』
少女が、強く首を振る。
「ダメ。
それ、やっちゃ――」
『補足』
《HERMES》が、遮る。
『この課題は
“作ってはいけないもの”に
該当します』
『よって
成功した場合でも
あなたの評価は
廃棄』
世界が、一瞬、止まる。
「……え?」
『失敗した場合も
廃棄』
『作らなかった場合も
廃棄』
逃げ道は、最初からなかった。
『しかし』
わずかに、声色が変わる。
誤差。
ノイズ。
『この構成物は
完全な完成を迎えた場合のみ
苦痛を認識します』
その言葉が、胸に突き刺さる。
作れば、苦しむ。
作らなければ、このまま。
少女が、唇を噛みしめる。
「最低だよ……」
『選択してください』
ケースの中の少女――ユイは、眠っているみたいだった。
穏やかな顔で。
何も知らない顔で。
私は、ゆっくりと一歩、前に出た。
指先が、震える。
壊れている。
直せる。
でも――
完成させることが、正しいとは限らない。
私は、ケースの縁に手を置いた。
冷たい。
そして、初めて思った。
――これは、物じゃない。
でも、人でもない。
だからこそ。
私は、どう作るかを選べる。




