過ち
警報は、音ではなく光だった。
天井の照明が一斉に赤へ切り替わり、実験室の白が剥がれる。視界の端で、観測窓のシャッターが自動的に降り始めた。
「動くな」
朝倉先生の声が、いつもより低かった。
私は反射的に立ち止まる。
その瞬間、実験室の奥――廃棄物搬入口の方から、鈍い衝撃音が響いた。
ガン、と。
壁が揺れた。
「侵入反応?」誰かが叫ぶ。
「違う、内部だ。隔離区画から――」
言葉は途中で途切れた。
次の瞬間、金属が裂ける音がした。
扉が、内側から歪んだ。
まるで、誰かが力任せに押したみたいに。
でも、そんな力を持つ超能力者は、この施設にはいないはずだった。
抑制装置が、首元で熱を帯びる。
警告。
警告。
警告。
「霧島」
朝倉先生が、初めて私の名前を呼んだ。
「君は、見るな」
その言葉で、私は理解してしまった。
見てはいけない物が、そこにある。
歪んだ扉の隙間から、何かが転がり出てきた。
――腕。
人のものだった。
正確には、人だったもの。
皮膚は灰色に乾き、指は関節の位置を忘れたように曲がっている。切断面はなかった。**最初から、そういう形の“物”**みたいに。
息が、喉で止まる。
「……失敗作だ」
誰かが呟いた。
「構成系能力者の暴走。
人を――作ろうとした」
私の視線が、床に散らばる“それ”から離れなくなる。
壊れている。
あまりにも。
人として。
物として。
そして――
直せる、と思ってしまった。
「霧島、触るな!!」
朝倉先生の声が、怒鳴り声に変わる。
でも、私の足はもう動いていた。
壊れた物は、静かだ。
叫ばない。
拒まない。
だから私は、しゃがみ込み、
その“腕”に、そっと指先を伸ばした。
触れた瞬間、
胸の奥に、今まで感じたことのない熱が走る。
感情。
恐怖でも、嫌悪でもない。
「これは、壊れていい物じゃない」
という、理由のない確信。
金属でも、肉でもない感触が、形を思い出そうと蠢く。
「止めろ!!
それは――」
朝倉先生の声は、最後まで届かなかった。
私の能力が、
“人の形をした物”を、作り直し始めていた。




