老臣達
――――自らの屋敷の自室で 大陸派貴族
自らが働きかけた結果ではあるのだが、それでもまさかこんなことになるとは……と、驚かされることになった彼は、揺り椅子に深く腰掛けながら唸り声を上げていた。
「ふぅ~む」
彼を見誤っていたなぁと、そんなことを思う。
ズレている所があるとは思っていた、性格に問題があるというのも分かっていた。
彼のようなタイプがよく居るものだ、自分の視点でしか物が見られない、相手の視点に立つことが出来ない、いつでも自分のことばかりで相手の心中を察することが出来ない。
得てしてそういったタイプは何らかの才能を持っていて、持っているからこそ自らこそが正しいと思い込み、その道を突き進むことがある。
それで成功するか破滅するかは運次第だが……王太子はどうやら破滅の道を突き進んでいるようだ。
そうなった原因は周囲にもあるが、何よりもウィルバートフォース伯にあるのだろう。
才能に恵まれ周囲にも支えられ成功の道を突き進むはずが、突然壁となって現れた若き伯爵に。
あらゆる手を打つことでそれを打ち砕いたはずだった、視界から除外したはずだった……だというのに伯爵はしつこく生き残り王太子以上の成功を収め続けた。
何度も何度も排除しようとしたが出来ない、どうやっても打ち倒すことが出来ない、自分は王太子なのに相手が跪くこともない。
それによって王太子の心は傷つき砕け……そして今では大きく変形してしまっている。
王太子が生来持っている才能と立場でどうにか日常を送れているが、どちらかが欠けていたなら社会から排除されてしまっていただろうと思うくらいにおかしくなってしまっている。
もっとしっかりと王太子と向き合っていれば、そのことにすぐに気付けていたはずなのだが、彼には彼の目的があって、そちらにばかり意識が向いていたせいで気付くのに遅れてしまった。
大陸で発生した激動に驚かされ、なんとかしなければと焦り、意識の全てを向けて対応しようとし、どうにか出来ないかと策略を練り……そうして気付いた時には手遅れとなってしまっていたようだ。
このことに関して彼に責任がある訳ではない……が、折角の都合の良い手駒が壊れてしまっては困る。
どうにかしなければなぁと思うが……どうしたら良いのかが分からない。
今回しでかした王太子の動き、それを理解すること自体は難しくはない。
大陸の貴族と結び、大陸との婚姻を成立させることで外交的な成功を収めると同時に味方を得ようとしたのだろう。
しかし大陸侵攻を始めたのは王太子で、婚姻先で他家で、支離滅裂と言われても仕方のない結果にしかならないのは明白で、それをやってどうなるのか、何がしたいのかという意図の理解は難しい。
……だが彼には分かっている、伯爵の真似をしようとしただけということは分かっている。
王太子の心の声を勝手に察するならこんな具合なのだろう。
『お前がそういうことをするのなら、俺だってやってやる!』
『俺が悪いんじゃない、先にやったお前が悪いんだ!』
『これで五分五分だ、文句なんて言う権利ないんだからな!!』
恐らくはこんな具合で、そして概ね当たっているはずだと彼は確信していた。
国外の王族と結び、婚姻を成立させ、蛮族という手駒を手に入れたウィルバートフォース伯。
蛮族のことを以前から恐れ警戒していた王太子にとってその一手は相当な衝撃だったはずだ。
そして心が砕けている彼にはそれに耐えることが出来ず、耐えられないからこそなんらかの形での反撃をしなければならなかったのだろう。
やり返してやった、それによってこちらが上になった、相手を上回った。
そういう結果がなければ正気ではいられなかったに違いない。
その結果が今回の一手……支離滅裂で理不尽で法など全てを無視した無茶苦茶な一手。
領地を失い、全てを投げ出して大陸から逃げ出してきたダルデスパン伯爵一家、貴族として情けなく思うしかないその家を庇護し、手駒とし……今後の大陸介入の理由にする。
と、それだけなら良かったのだが、そこから暴走が始まっての今回の無断婚約騒動に至ってしまった。
それに乗るダルデスパン伯もどうかとは思うが、そんな無茶苦茶な手に出る王太子もかなりの問題で……現状は余計な騒動を起こしただけといった印象となってしまっている。
……さてはて、どう決着させるべきなのか、いやむしろどういう決着があり得るのだろうか?
法も恐らく王も、市民の声も味方はすまい。
よりによって大陸貴族なんかを持ち出してしまっては、この国の誰が味方してくれると言うのだろうか?
味方も道理も正義もない、何も無いままで一体何が出来ると言うのか……。
「と言うか、多分あちらは殺しにくるよなぁ」
思わずそんな独り言が漏れる。
自分も同じ立場だったら躊躇なく殺しているだろう、ダルデスパン一家はそれだけのことをやらかしてしまっている。
挙句の果てにわざわざ会いに行くなんて……遠回りな形で自刎しているのと大差がない。
相手は王兄ですらあっさりと、自らの手で下した程だと言うのに、どうして会いに行ってしまったのか……。
その意図を想像するに一理はあるのだろう。
国土の中でも特に重要な地域を奪われ支配され……その支配を盤石なものとされ、そこからの侵攻を止められず、ついに王都までが失陥。
どうにかしたいと思うのが正常で、戦場で手を尽くしたのなら後は搦め手となるのも当然のこと。
後方で支えているウィルバートフォース伯爵をなんとかしたいと思うのも分かるのだが……それでなんとか出来る相手ならば、そもそも王太子がこうはなっていない訳で、一体何をするつもりなのやら。
噂によるとウィルバートフォース伯爵は地方法院と教会を完全に味方につけているそうだ。
伯爵家だけでも厄介だと言うのに、その二つを味方につけたとなってはほぼほぼ難攻不落と言えるだろう。
……王太子も大司教と縁を紡ぐ機会があったのだがなぁ。
と、そんなことを考えると今度は大きなため息が出てきてしまう。
しかしそれも今更のこと……あれこれと思考を巡らせて疲れてしまった大陸派の彼は、今後自分の立場をどうしていくかも考え直さなければならないなぁと、そんなことを考えて、もう一度の大きなため息を吐き出すのだった。
――――与えられた屋敷で バルトロ・エルモ
仕事を終えて帰宅すると、使用人達によって整えられた空間がバルトロを出迎えてくれる。
綺麗に掃除がされて暖炉で適切に暖められ、食事もすぐに摂ることが出来る。
勤勉で実直、大陸の使用人に比べると少し気さく過ぎる気もするが、それもウィルバートフォース伯領の特徴だと言われれば心地よく感じることが出来る。
食事には少しだけ思う所がある、美食というものが明らかに欠けていて、どうしても物足りなさが勝る。
しかしその方が体に良いのだと言われると納得するしかなく、実際に老いた体が癒えているのを感じている身としては文句など言えるはずがない。
逆に今更大陸の頃の食事に戻れるとなっても、恐怖が勝って食欲が湧いてこないことだろう、健康程ありがたいものはないのだから。
身を清め着替えをしたなら食事をし、食事を終えたなら茶を飲みながら新聞を開き、帰宅する使用人を見送り……自分だけの思索の時間が始まる。
伯爵は思っていた以上の大人物だった。
彼の祖父は、恩あって追いかけてきたと考えているようだが、そうではない……噂の伯爵に会いたくて彼の祖父に近付いたのだ。
大陸出身の自分が直接では疑われると考えて、少しの遠回りをしてみたのだが……結果を言えばそれは間違いだったようだ。
伯爵は率直な人物だ、仕えたいと言えばそれだけで良かった、彼は出身などという細かいことを気にする男ではなかった。
役に立つかどうか、真摯かどうか……そういった部分に重きをおいていて、仮に役立たずの頼りない人物であったとしても、相応の職につけるだけのこと……伯爵はそういう人物だった。
そして恐ろしいことも考える人物であった、議会共和制……革命をと騒いでいる連中と似通った考えながら先進的で洗練された考えを持っていた。
ある日に聞いてみたのだ、伯爵の進む道の先には何があるのか、何を成そうとしているのかと。
すると伯爵はなんともあっさりと、その先にあるものを教えてくれた……王制の打倒、議会の成立、市民の声の拾い上げ、洗練された行政制度と産業と交通の大改革。
国主に頼らない政、国主不在でも動き続ける行政、ペンとインクと書類と手紙で動くことになるだろう新社会。
ここ数日の不在で、彼のその理想の一端が見えていて……伯爵不在でも何の問題もなく動き続ける領政を見てバルトロは、その完成形の一端を見たような気分になっていた。
現状の大陸の状況には、大陸出身者として思う所はある、いずれは故郷にまで彼らの手が伸びるのかもしれない。
しかしそれも良いのかもしれないと思ってしまう、我が子はきっと抵抗するのだろうが、すぐにこの先進的な考えを受け入れるはずで……世界全てはいつかはそうなっていくのだろうという確信すらあった。
……それはいつのことだったか、大陸で暴れ続ける彼の父と兄を、陰ながら支え続けていると聞いて興味が勝った。
敵意や殺意などでなく、どんな人物なのかが気になって仕方なかった。
14歳と聞けばそれも当然の話だろう……だから会ってみようと画策をし、そして苦労して会う価値のある男だった。
彼は周囲が思う程有能ではない。
冷静で理知的で、見たことも聞いたこともない案を考え出す男ではあったが、実務能力などを見るに平均よりやや上という評価になる男だった。
優れた案を出せるのならそれで十分だと言う人もいるかもしれない。
しかし男の真骨頂はそうではないはずだ、神々に愛されその力を血に宿したなら、世界を手しようだとか、大陸を統べるだとか、そういった野望を抱くべきだが……それには明らかに才覚が足りていなかった。
だから彼は才覚を必要としない仕組みを作り上げようとしていた、有能な王が一人も生まれなくとも、猛者たる王がある日突然崩御したとしても、全く揺るがぬ国を作り上げようとしていた。
そうと悟った時、バルトロはただただ「参った」としか言えなかった。
自分も足りぬ男だ、だからこそ覇者を……王者となるべき人物を求めてきたが、彼はそんなものは不要だと考え、それこそが正しい道だと示そうとしている。
そのために必要なことをし、必要なものを揃え、余計な苦労を背負い込んで……一人の覇者では作り上げられない、長き良政を作り上げようとしていた。
過去にもそういったことをしようとした人物はいるにはいたが、何かが足りず、どこかが半端で成し得ることが出来ずにいたが……伯爵ならば出来てしまうのだろう。
あらゆる状況が、王族までがそうあれと応援しているかのように動いている、流れが出来上がってしまっている。
……ついにはあの大司教まで動かし、縁を結んだとのこと。
その報告を受けた時、どうにか無表情を繕ったが、あの時ばかりは流石に声を出しそうになってしまった、腰砕けになりそうだった。
「彼は成すのだろう、神々がそう望まれたように」
思わずそんな声が漏れる、完全な独り言で普段なら絶対にしないことだが、想いがどうしても溢れてしまう。
「しかし波乱なしにとはいかないだろう……だからこそ露払いをしなければ」
そう考えると全身に力が漲る、野心が燃える、才覚がない自分でも歴史に名を残せるのではないかと興奮してしまう。
そうして思わず有り余った力で新聞を破ってしまったバルトロは……哀れな姿となった新聞を見てなんとも情けない気分になる。
やはり自分は足りない男、自分だけでは歴史に名を残せない男、しかし伯爵はそうではない道を作ろうとしていて……そのために残りの人生全てを懸けてみるのも悪くないと、そう考えたバルトロは、ひとまず破いてしまった新聞を片付けるために立ち上がり、行動を開始するのだった。
お読みいただきありがとうございました。
これで章の終わりと言ってましたが、もう少し書きたいことがあったので、次回こそ章ラストとなります!




