予想外
色々と驚かされてしまいながらも、それからは何事もなく無事に帰還準備が整った。
改めてカーター子爵と司教様、大司教様に挨拶をし……一応王にも挨拶をしようとしたが、忙しいとかで会うことは出来ず、それで用事は終了となり飛空艇での帰還となった。
そういう訳で乗り込みの準備をしていると……ビフとボガーがやってくる。
事前に送り込んで周囲の調査や危険がないかなどの確認をさせていて、ついでに少しの給金を前払いして何事もなければ観光をしてこいと送り出していたのだけど、結局二人に頼ることなく今回の旅行は終わってしまったなぁ。
まぁ、暇なら暇で楽しんで来たのだろうし問題はないかと、そんなことを考えていると、二人が妙に深刻な顔でこちらにやってくる。
「ブライト様、報告です、列車を貸し切った貴族の一団がウィルバートフォース領に向かったそうです」
と、ビフ。
「様子もただ事ではなかったそうで、すぐに帰還した方が良いかもしれません」
と、ボガー。
どちらも背筋を伸ばしてハキハキと報告していて、以前よりも成長したことが感じられる。
そして貴族の一団……か。
列車を貸し切ってとなるとただ事ではないようだ、しかもビフとボガーがこのタイミングで報告をしたということは、連中はカーター子爵に挨拶することなく子爵領を通り抜けたということなのだろう。
それだけでもただ事ではないが、あえて報告に上げるということは他にも尋常ではない様子の一団だったのだろう。
「分かったすぐに発つ。
ビフとボガーも乗れ、全員で対処するぞ」
これ以上ここで考えても仕方ないと、そう号令を発すると全員が頷いて動いてくれて、飛空艇の乗員達もすぐさま出立準備を整えてくれる。
そうして乗り込んだならすぐに出発し、出来るだけ早く屋敷近くの空港に戻ってもらい、そこから俺とコーデリアさんは馬車で、フィリップ達には早馬で屋敷に戻ってもらい、事態の把握を始めてもらう。
馬車の中でコーデリアさんは少しだけ不安そうにしていたが、同時に堂々たる態度も取っていて、領民達からの声かけがあれば窓から顔を出し手を振って応えたりもしている。
俺が忙しくしている間も母上やエリザベス嬢と貴族夫人としての振る舞いを学んでいて……ちゃんと成果が出ているようだ。
色々と、本当に色々とありはしたが、我が家としては何もかも順調と言って良いだろう。
全てが良い方向に進んでいるし、盤石と言って良い状況にもあるし……これなら王族を殺せる日も遠くないのかもしれない。
と、そんなことを考えていると馬車が屋敷に到着し、困り顔のフィリップ達が俺達を出迎える。
どうしたら良いのか分からない、早く俺に動いて欲しい。
フィリップ達の顔がそう語りかけていて……俺はそれを受けて訝しがる。
まだ列車は到着していないはず、飛空艇のほうが早く到着出来たはず、列車に乗っている連中が到着したとしてもまだ関所の前辺りのはずで、一体何が起きたと言うのだろうか?
なんてことを考えながらフィリップ達の出迎えを受けながら屋敷の敷地内に踏み込むと、瞬間物凄い勢いで姉上が駆けてきて抱きついてくる。
「姉上、どうかしましたか?」
勢いは凄まじいが、姉上はそこまで力がある訳でもなく、しっかりと受け止めることが出来て……まぁ、これもハグみたいなものだろうと落ち着いて対応する。
体が冷え切って震えていて、何かに恐れているらしい姉上の背中を撫でて落ち着かせて、それから話を促していると、姉上が震える手で手紙を差し出してくる。
立派な家紋入りの封筒、貴族からの手紙、それなら普通は家長である俺に届くものだが、なぜだか宛先は姉上で、どうやらこれを読んで恐怖に震えてしまっているらしい。
何事だろうかと受け取り、読み始めると……すぐに口から思わずといった形で声が漏れる。
「あぁ?」
太く低く、怒りがそのまま声になったような音が出てくる。
「旦那様? どのようなお手紙だったのですか?」
心配そうにこちらを覗き込んできたコーデリアさんにそう問われて俺は、改めて手紙を読んでから言葉を返す。
「要約すると王太子の命令の下、どこぞの貴族と姉上の婚約が成立したから、これから迎えにいくとの連絡を寄越しやがったようです」
するとコーデリアさんの表情に疑問の色が浮かぶ。
多分こんなことを考えているのだろう、王太子の命令でそんなことが可能なのか? とか、家長である俺や本人の同意なしで婚約? とか、そんな疑問だろう。
俺も同じ疑問を抱いているが……今はそこらを突き詰めても仕方ない、まずは対処すべきことから対処していくべきだろう。
「……姉上、この手紙が届いたのは?」
俺がそう問いかけると姉上は、か細い声で「今朝」と返してくる。
……なるほど、手紙を出すと同時に出立したか、出立してから近場の郵便局に手紙を出すかしたかな。
それをビフとボガーが見かけて尋常ではない様子と判断したとか……かもしれない。
つまりこれは王太子の策略だ、俺が不在と見て動いたか……そもそも王をけしかけたのも王太子だったのかもしれない。
これこそが本当の狙いで王のあれこれは時間稼ぎであり、俺を屋敷から引き離すための策だったのかもしれないな。
今回俺は王が動く前に出向いた、王から連絡があってから出向いて応対していたでは、こんなに早くは決着しなかっただろう。
大司教様がいなければもっともっと時間がかかっていただろうしなぁ……そう考えると辻褄は合うように思う。
……あの野郎、まーだ姉上を諦めていなかったのか。
しかし自分で手に入れるのではなく、臣下に婚約させるとはなぁ……名目だけそうするつもりなのか、それとも手に入らないならと自棄になりでもしたのか……。
いや、王太子の思惑はこの際どうでも良いだろう、それよりも今は対処をするために動くべきだろうな。
「フィリップ、地方法院に向かってフリーニとアダムソンと連携し、マーカス卿も巻き込んで法廷闘争の準備をしろ。
こんな不当な婚約宣言、認められるはずがない上に我が家への侮辱となる、直ちに法院に訴える旨を伝えて彼らを動かせ。
法院が動いていると知れ渡るだけでも意味がある。
ビフ、ボガー、戻ったばかりで悪いがすぐにカーター子爵領に向かってくれ、セリーナ司教様に事情を説明した上で助力を願え、大司教様に関しては我々に動かせる方ではないので関わろうとしなくて良い。
向こうから関わろうとしてきた場合は丁寧に応対し、俺にその旨を伝えろ、俺が話をつける。
コーデリアさん、姉上のことをお願いします、事態が落ち着くまで側にいてやってください。
……おかしな連中が近付いてきた場合は、全力でぶちのめしても構いません。
バトラー! お祖父様はどこだ! お祖父様の手も借りたい! それと不在の間の報告をすぐに用意しろ! 執務室で話を聞く!」
と、俺がそう声を上げると、フィリップ達はすぐさま駆け出してくれて、コーデリアさんは姉上を抱き上げて修繕がすっかりと終わった屋敷の中へ、バトラーも駆け出し屋敷内にいるらしいお祖父様を呼びに行ってくれて……俺の声を聞いてか、アレス男爵他、知った顔が姿を見せてくれる。
バルトロやルムルア、博士も屋敷に来ていたらしい。
しかしまずは執務室だとそうした面々を引き連れて執務室に向かう。
するとお祖父様が執務室で待ってくれていて……軽い挨拶をしてからいつもの執務机に向かい、まずは不在時の報告を受ける。
特に問題なし、トラブルなし、緊急で対応すべき問題はこの手紙以外なし。
そういう準備はしておいたのだが、それでも問題が起きずに済んでくれたことは嬉しいことで安堵のため息が出る。
……問題はこの手紙か。
「お祖父様はどうお考えですか?」
そう言って手紙を差し出すと、ソファから立ち上がったお祖父様がそれを受け取り読んでくれて……大きなため息を吐き出してから言葉を返してくる。
「論外だろう、話にならん。
貴族の婚約がなんたるかを知ってすらおらんのだろうなぁ。
こんな内容では何の意味も持たんぞ、王太子の命令と言うのならせめて王太子の署名や印章がなければ話にならんと言うのにそれもない。
……あるいはそういう書類をこれから持ってくるつもりなのかもしれんが、それも真偽が怪しい所だ。
何も知らん者が行動を起こしたか、見えていない策略が何かあるのか、こんな手紙では拙すぎて何も言えんな。
同時にこんな拙い真似で我が家の子女を奪おうなどと言語道断、この手紙一枚だけでも宣戦布告と見なすことも出来るだろう」
お祖父様はグレイ侯爵家の人間で、我が家の人間ではないのだけど……まぁ、そこは今突っ込む話でもないか。
我が家に身を寄せて我が家で暮らし、祖父として振る舞っているのだからそれで良い。
問題はこの手紙だ、王太子への殺意が増したことはもちろんで、もう首を落として寄越せとか、そんな生温い殺し方では済まなくなっているのだけど……もう一つ。
これに乗っかってそして恐らくこちらに向かっているだろう連中も許せたものではない。
その言動全てが我が家への侮辱、挑発、お祖父様が言う所の宣戦布告。
姉上をあれだけ怖がらせたことも許しがたいが、我が家の名誉への挑戦という意味でも当然許せるものではない。
「どう殺したものでしょうかね」
思わずそんな声が漏れる。
ここまでの殺意を見せたのは久しぶりのことで、初見ということになるらしいバルトロは少し顔が強張っている。
「一番楽なのは決闘だろう、決闘の場で殺す分にはどこからも文句は出まい。
相手が受けるかどうかの問題はあるが……こんな話をふっかけておいて受けないという選択肢はないだろう。
暗殺でもまぁ、自領なら片付けるのは容易だろうな。
お前は法廷での決着も視野に入れているようだが、あれは時間がかかるばかりでなぁ……その間に何かをやらかされてはたまらんからなぁ、あくまで補助的な手段と考えておくべきだろうな」
「ありがとうございます、参考にさせていただきます。
……それともう一つ、こちらの貴族について何かご存知ですか?」
「……いや、聞いたことのない家名だ、紋章にも見覚えがない。
そもそもなんだ、この家名は、本当にこの国の貴族なのか?
伯爵ということはそれなりの家なのだろうが……それで儂が覚えていないというのもなぁ。
大陸の貴族なのかもしれんが、王太子の命令で動くというのも話がおかしくなる。
いっそ大陸の貴族が王太子の名を勝手に使っていると考えた方がしっくり来るだろうな。
最近の大陸事情を鑑みるに、それもあり得る話だろう」
……なるほど、それもあり得る話だろう。
父上と兄上が手のつけられない状況だから、後方支援をしている実家をなんとかする、十分にあり得る話だ。
全く聞いたことのない家名ということは、最近まで没落していて一発逆転を狙って我が家との縁を繋ごうとした、なんてこともあるかもしれない。
……それを王太子が利用したとか、なんとか。
……あらゆる可能性を考える必要はあるが、恐らくはその辺りになるんだろうなぁ。
全く、大司教様のこととか、兄上の今後のこととか、色々と考えることやることがあると言うのに、余計な手間をかけさせやがって。
かと言って姉上の様子を見るに、しっかりとした対処をしない訳にもいかないし……しばらくはこちらにかかりきりになることだろう。
しかし我が家の状況は盤石、十分な人材も揃っている……なんとでも対処を出来るはずだ。
そう考えて俺は咳払いをしてから居住まいを正し、執務室に集まってくれた一同とこの事態にどう対処するかを話し合っていくのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は今章ラストとなります
姉上関連の解決はまた次章に




