祈請
さて、子爵領に来た目的は、なんでか必要以上に達成出来てしまった訳だけども、だからと言ってそれでハイ、サヨナラという訳にはいかない。
必要以上に達成出来たからこそ、その感謝を示すのは大事なことで、そういう訳で俺とコーデリアさんはまずはカーター子爵の屋敷に挨拶に向かうことにした。
屋敷に入って応接間に案内されたなら丁寧に挨拶をし、歓待を素直に受けて朗らかに雑談をし……向こうが望む情報があれば素直に話し、ある程度相手が望む条件も受け入れる。
今回ばかりはこちらが得をしすぎたのである意味で全面降伏、余程のことでなければ要求全てを飲まなければならないだろう。
法的義務とかそういう話しではなく道理の話で、お世話になったのだからその恩は返さなければならないという話だ。
そういう訳での全面降伏だが、そこまで出来るのは相手がカーター子爵だからこそ、信頼している相手だからこそだったりもする。
それだけの成果を得たのだからと言って恩返しをしろと貪れば評判を落とすことにもなるし、今後の関係も悪化するしで加減が難しい訳だけども、その辺りのことを心得ている子爵ならば安心出来る訳で、実際に過剰な要求をしてくることはなかった。
今後の展望や未来のためにどんな投資や備えをしておくべきかと、そういったことを聞いてくるだけで、俺はその全て素直に答えていく。
それはあくまで俺の考えであって、子爵もそのままその通りに投資したりはしないだろうが、それでも何らかの参考にはなるはずだ。
更には俺が何を考えているのか、何をしようとしているのか、心の裏を読み取るためには良い材料となるのだろうし、子爵にとってはそういった情報を貰えるだけで十分と言うことなのだろう。
今後の展望……恐らくは産業革命が起きる、既に起きつつあるというか、道半ばという認識も出来るかもしれないが、加速度的に発展をしていくのはここからだろう。
工場制機械工業による工業化、新技術の開発と発展、そして普及、飛空艇と鉄道による交通革命は既に起きているが、それもこれからが本番となるはずだ。
そういった俺なりの展望を語ると、ソファの肘置きに肘をついて体を預けていた子爵が「なるほど」と唸ってから声を上げる。
「つまりは今後必要となるのは適切な投資と労働力か、貴殿が医療と学問の普及に尽力している理由も納得がいった。
適切な労働力を維持するためには健全な出産と成長が必要という訳だ。
……しかしあまり世俗的過ぎるのも良くはなかろうよ。
……よろしい、ではこちらではより優雅に事を進めるとしよう」
カーター子爵には何が見えているのか、どんな狙いがあるのかはよく分からなかったが、とりあえず納得はしてくれたらしい。
子爵は以前の俺の進言を受けて既に鉄道開発を進めていて、男爵領への配慮も思っていた以上の温情を込めてしてくれているらしい。
決断は早いがしかし拙速という訳ではなく、丁寧かつ堅実に……しかし着実に物事を進めていくタイプのようだ。
つまりこれが子爵の言う優雅さ、なのだろう。
俺は拙速を良しとしている。拙くとも速く、まずは行動から。
そして子爵は巧遅を良しとしている。急がば回れ、入念な計画をした上で確実に実行し形を仕上げることこそが最上なのだろう。
これに関してはどちらが良い悪いではないんだろうなぁ、それぞれ良さ悪さがあるし、上手くいく事、いかない事がある。
既に始まっている急発展と急拡大に置いていかれる人がいるはずで、我が領でそうなった人は子爵領に引っ越すのかもしれない。
逆に急発展、急拡大にチャンスを見出して子爵領からやってくる人がいるかもしれない……仲の良い隣領が真逆の方針を取っているというのは、なんだかんだでありがたいものなんだろうなぁ。
……子爵の隣で柔和な笑顔を浮かべているエリザベス嬢は未来的な思考をしているが、しかし子爵のやり方を否定しているようでもない。
笑みの奥に見える瞳の力強い光から察するに、恐らくエリザベス嬢なりの巧遅をやってやろうと虎視眈々、力を蓄えているのだろう。
彼女が子爵の跡を継いだ時にその力が開放されるはずで……うかうかしているとその勢いに飲まれてしまうかもしれないな。
「伯爵のお話は大変勉強になります」
と、そんなコメントをしながらも瞳の光は増し続けていて、本当に油断ならない相手だと思い知らされる。
そんな感じの面会を終えて子爵の屋敷を後にしたなら、今度は本番と言うかセリーナ司教様とポープ大司教様の下に向かう。
本当にこっちが本番だ、今回のラスボスと言っても良い、王とか霞む程の相手で……今回はお世話になりまくったからなぁ。
十分な寄付をしてお願いをした、結果予想外の形で現れてしまい、まさかの展開となって翻弄された。
だけども結果は最上も最上、文句なしの結末となった訳で……文句を言う筋合いにはなく、しっかりとお礼をすべきだろう。
という訳で向かう先はホテル……ではなく最寄りの教会、今日の大司教様は教会でお祈りをしているそうだ。
十分徒歩で行ける範囲なので徒歩で……少し遠出となるのでフィリップ他護衛も連れての散歩となる。
その教会はカーター子爵領らしい外観をしていた。
築100年かそれ以上か、相当に古くそれでいて立派で、見上げる程の高さはは4階か5階建て相当で、それでいて荘厳……かなりの予算をかけて建立したことが見て分かる。
入口には石造りの看板があり、カーター子爵の祖先が建立した旨が刻まれていて……花に囲まれた石畳を進んで中に入ると、金銀の装飾や絵付きの立派なロウソク、そしてステンドグラスに彩られた色鮮やかで美しい世界が俺達を出迎えてくれる。
そこから真っ直ぐに絨毯が神々の像まで伸びていて……その左右には長椅子が並び、いかにも教会らしい光景となっている。
絨毯を踏んで進むと段々と絨毯が分厚くなっていて……横に並ぶ神像の前の祈りの場は、そこで跪くからだろう、特別分厚い絨毯が敷かれていて、絨毯には刺繍で神々を示す紋章が描かれている。
そしてその中央に大司教様と司教様が跪いての祈りを捧げていて……周囲には同じく跪く神父や騎士達、または跪かずに厳しく視線を巡らせて警備をしている騎士の姿もある。
そんな一団の中で大司教様と司教様の堂々たる姿は流石の一言だった。
跪いて胸の前で手を組んで瞑目するという、同じポーズをしているはずなのにその二人だけが特別、独特の雰囲気をまとっているように見える。
オーラがあると言うか、パワーを感じると言うか……揺れず震えず、全く微動だにもしないのもまた凄まじいものがある。
辛いポーズ、という訳ではないが楽なポーズという訳でもない。
周囲の鍛えている騎士ですら僅かに体が揺れているのに、司教様と大司教様は一切揺れていない。
そのために全身に力を込めているのだろうか、そのために必要な筋肉を鍛えているのだろうか。
長年そうしてきたことで体がそういう作りになっているのだろうか……一朝一夕では出来ない何かがあるのだろうなぁ。
ただの祈りと侮ることのできない確かな何かがその姿にはあって、ただただ感心していると警備をしていた騎士の一人が何も言葉を発さずに動き始め、それを受けてか祈りを捧げていた一団も立ち上がって動き始め……そしてセリーナ司教様も立ち上がって、そして俺に大司教様の隣で祈るようにと促してくる。
騎士達も神父達も全員この場を去っていき、コーデリアさんやフィリップ達はセリーナ司教様がどこかへ連れていき、この場には俺と大司教様だけとなって、何かがあるのだろうと察しながら大司教様の隣に跪き、祈りを捧げる。
祈りの言葉などはいらない、これといった作法もない、ただ真剣に祈ること、それが教会の教えとなっている。
では何を祈るのか?
その答えは二つ『世界が平和でありますように』『世界の人々が幸せでありますように』それらこそが正しい祈りとされている。
そんな大層なお題目をただの個人が祈って何の意味があるのか? なんてことを昔は思ったものだが、セリーナ司教様が言うにはそう祈って自らに問いかける時間こそが何より大事、なんだそうだ。
ほんの数分で良いから世界のことを、人々のことを思って欲しい。
そしてそのために自分はどうするべきなのかを真剣に考えて欲しい。
一生のうちのほんの数分、そう考える時間があっても良いじゃないか、たったの数分なら損をする訳でもないだろう。
そしてそう考えたなら自分の心に問いかけて欲しい、果たして自分はそう行動出来ていたのか、そう思考してきたのか。
この数分の祈りの繰り返しが、俺の心の癒やしになるかもしれない、あるいは心の成長のきっかけになるかもしれない。
そしてそれが世界を平和にするかもしれない、死後の冥福を約束してくれるかもしれない。
教会は絶対にそうなるとは断言をしないし、約束もしない……しかしそう努力することに意味はあると保証をしてくれる。
それらの祈りが教会を、教義を作り出し、そしてそれを今も存続させている。
その教会が多くの人々を救ってきている……それは歴史に刻まれた事実であり、祈りがもたらした確かな結果なのだから。
「神々は貴方のことを見ておられます」
真剣に祈っていると大司教様の静かな声が響く。
「神々の導きで貴方が生まれたことには確かな意味があります」
……定型句ではあるのだけど、妙に引っかかる表現だなと、そんなことを思う。
「貴方のように成功した者は少なかった、愛された者は少なかった。
果たしてそれは幸運による結果なのか、それとも貴方の努力による結果なのか……拙は後者であると考えております」
……なるほど?
「そうである限り、拙と教会は貴方の味方となるでしょう、常に努力せよとは申しませぬ、しかし意味ある正しき努力をなさいませ。
世界はそれを求めております、前に進む時がやってきたのです。
神々の使徒たるブライト様、貴方様の誕生を改めて祝福いたします」
流石にそうまで言われては違和感どころの話ではなく、祈りを中断して顔を上げて大司教様の方を見るが、大司教様はいつの間にか立ち上がっていて、その上で口元に指を当てて何も喋るなと仕草で促してくる。
大司教様は恐らく俺が転生者であることを知っている、知った上で先程の発言をしている、そして転生者はどうやら教会にとって特別な存在であるようだ。
……その意味を教えてくれと、何か知っているのかとここで問いかけてしまうと、自分がそうであるということを認めてしまう形となって……結果余計な面倒事を引き込むかもしれない。
宗教とそこまで深く繋がるのは必ずしも正解とは言い切れず、どんな事情が隠されているのか、何も知らないまま無策で突っ込むのは無謀が過ぎる。
だから宣言は出来ない、問いを投げかける訳にはいかない、今動揺する訳にもいかない、表情に考えを出すわけにはいかない。
一旦冷静に考えてから動くが最善で、いくら拙速を常としてもそれは今じゃないだろうと理性が訴えかけてくる。
そういう訳で俺は改めて祈りの姿勢を取り……そうすることで顔と視線を隠し、思考を巡らせる。
その間に大司教様は足音もなく去っていって……遠ざかっていくのが気配で分かるが、それを止めることは出来ず、ただただ祈り続けることしか出来ない。
そうして何分が立ったか、とりあえず教会とその成り立ち、そして大司教様の立場などについて調査を進めて、大司教様とも危なくない程度のやり取りをして情報を探っていくしかないと、そう結論を出した俺は祈りをやめて立ち上がり、振り返る。
するとそれを待っていたらしいセリーナ司教様とコーデリアさん達がいて……俺は両手で顔を覆い、そのまま髪をかきあげてからため息を吐き出し、領主としての顔を作り出す。
「今日は大司教様と一緒にお祈り出来たこと、とても嬉しく光栄でした。
その旨大司教様にお伝えください」
そうしてそう言葉を振り絞るとセリーナ司教様はニッコリと微笑み、お伝えしますと静かに頷いてくれる。
それから俺は落ち着くためにコーデリアさんの手を取って、それを握りながら教会を静かに……出来るだけ冷静に後にするのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は帰還してのあれこれの予定です
そしてご挨拶です
新年あけましておめでとうございます
どうぞ今年もこの作品や、他の作品もよろしくお願いいたします!!
早速の更新となりましたが、しばらくは毎日更新が出来るかは未定です
出来るだけやりたいのですが、忙しい年始でもありますので確約はできません
それでも最低限2日に1回は更新する予定ですので、引き続きの応援をいただければ幸いです!




