策謀
――――カーター子爵屋敷の貴賓室で エリーク王
カーター子爵の屋敷には王族や上位貴族を迎えるための貴賓室がある。
家宝と言って良い絵画に彫刻、武器や防具などを飾り、絨毯、クッション、ソファ、ベッドは毎回新品を用意するために真新しく、水浴びなどが可能な総大理石の部屋もある。
貴人を迎えるために最大限に尽力がされたその部屋に入ったことで王はどうにか落ち着くことが出来た。
こんなはずではなかった、偉大な王家の権威でもって若き英雄を取り込むはずが、全く予想もしていなかった横槍のせいで失敗してしまった。
失敗も失敗、大失敗、あんなことをされては時期を見てとか別の手段でとか、そういったやり方も出来なくなってしまう。
ただただ蛮族との婚姻を認める以外に道はなく、今思い出しても腸が煮えくり返る。
本音を言うのであれば蛮族それ自体に思う所はない。
古代の出来事などにそこまでの興味はないし、今となっては蛮族も脅威ではなく、手間暇をかけてまで迫害をする気にもならない。
だからこそウィルバートフォース家に押し付けていたのだが、それがまさかこんな形で繋がってしまうとは……。
本来であれば他国の姫との婚姻となれば、王家の許可を取るのが筋だ、義務ではないが道理ではあるはずだ。
しかしそれを強く言うことはできない、かつての大欠地王が貴族達と今後一切そういう口出しをしないと、そういう約定を結んでしまったからだ。
王が情けなく判断力に欠けるのだから自分達で他国と結び、外交するしかない。
そんな貴族達の意見にも一理があって、未だにその約定を破棄することは出来ていない。
それがなければまた別の手段も取れたはずなのだが……。
なんてことを入口に立ったまま考え込んでいた王は、大きなため息を吐き出してから横に大きく深く、刺繍が隙間なくされたソファへと腰を下ろす。
肘置きに体を預けて斜めにかまえて大股を開く、玉座に座る際にそうせよと教わった姿勢となったなら、大きなため息を吐き出す。
と、そのタイミングでノックがあり、静かに控えていた侍従に対応させると現れたのはハミルトン大公で、近くによれと手招きをしたなら、ゆっくりと口を開く。
「駄目だった、貴殿の娘には悪いことをしたな、わざわざこんな田舎にまで来てもらったと言うのに」
「いえ、陛下の気遣いには感謝するばかりです。
それにまだ全ての手が尽きたという訳でもないかと考えます。
娘も自ら動こうと考えているようですし、もう少しだけ足掻いてみようと思います」
「王家のためにそこまでの献身、ありがたいばかりだ。
余も何か良い手がないか考えてみるが……大司教だけはなぁ、どうにもならんだろうな」
「……ま、まぁ、大司教様に関しては触れない方が良いでしょうな。
温和な方ではありますが、一線を超えれば容赦をしない方でもあります。
同時に極めて現実的な方でもありますので、こちらから無礼を働かない限りは積極的に何かをしてくることはないでしょう。
……今回ここまで足を運ばれたのは、ウィルバートフォース伯の働きかけあってのことでしょうが、まったく……どれほどの寄付をしたなら、あの方を動かせるのやら」
二人は知っていた、基本的にポープ大司教が世俗に関わることはないということを。
大陸で巻き起こっている革命騒ぎ、これを受けて各王家は教会に援助を求めたが、ポープ大司教の判断で教会は騒ぎに一切関わらないとの宣言をした。
革命、政争、後継者争い、そういった世俗のことには関わらず、世俗のことは世俗で決めよというのは大司教の考え方だったようだ。
そんな宣言をされてしまった各王家は絶望することになったが……結果としてそれは各王家を助けることにもなった。
教会は中立であると革命側にも知れ渡り、革命側はもしかしたら教会に認めてもらえるかも? という希望を抱くことになった。
希望を抱いたからこそ教会に異端認定されるようなことは慎もうという流れが発生し、無秩序な暴徒でしかなかった集団に秩序が生まれて、戦いやすく交渉しやすい相手へと変化した。
それ以前の革命運動家達は盗賊よりもたちが悪いとまで言われていたのがその変化、恐らくはそれこそが宣言の……ポープ大司教の狙いだったのだろう。
そんな大司教を動かしたブライト、寄付だけでなく様々な譲歩が行われたはずで……更には大司教によるなんらかの企みがあっての登場だったことは明らかだった。
「……大司教に関しては避けるしかないだろうな。
あるいは余かお前のどちらかが大司教と会談し、その隙でもって動くしかないだろう。
大司教と言えど二箇所に同時に存在することは出来ないだろうからなぁ。
……その上でどうすべきか、しっかりと話し合う必要があるだろう」
「は、承知いたしました。
ではまず、娘をどう動かすか、から―――」
そうして二人での話し合いが本格化し、それを見て侍従がワインや簡単な食事を用意しはじめ……王と大公の話し合いは、翌朝まで続くことになるのだった。
――――ホテルに戻って ブライト
記者からの取材を終えて大司教様への挨拶を終えて俺達はホテルへと戻ることにした。
……で、その際に明らかになったことなんだけども、大司教様と司教様も同じホテルに泊まっているらしい。
同じホテルなのだけども建物が別、つまりは別棟で祈りの場などが用意されている教会関係者用の特別棟を貸し切ってそこに泊まっているらしい。
二人で貸し切り? と、驚かされたが当然そんな訳もなく、護衛の騎士や先ほどの記者、こちらの国の事情や鉄道などに詳しい案内人にそれぞれの弟子達と、なんだかんだと50人くらいで来ているそうで、その全員でそこに泊まっているらしい。
記者もやはり大司教様の仕込みで、普段から大司教様の側を離れず、こういった巡行があった際には同行する記者達であったようだ。
その全員が貴族の次男三男で、高等教育を受けていて礼儀作法にも精通、当然ながら信心深く、大司教様の人柄に心酔もしているので、記事は中々愉快な内容になってくれそうだ。
個人的には記者はあまり好きではない、前世の記者にも大概なのがいたが、こちらは一層倫理観に欠けていて品性下劣、下劣な記事の方が売れるからと酷い内容ばかりで、売れるのだからそれで良いだろうという有り様。
そんな状況なものだから、貴族の中には新聞の発行を禁止している者までいて、そちらの方が支持を集めていたりもする……が、民主的な議会を開こうとしている立場としては禁止する訳にはいかず、逆に全ての新聞を購読し、記者の名前までしっかりと読み込んで記憶することで、良い記者悪い記者を見分けて、相応の対応をしていくべきだと考えている。
そんな俺からすると先程の記者は流石大司教様付きとあって他を圧倒する上品さを持った一級品、これからも良い関係を維持しておきたい相手と言えて、その質問のほとんどに正直に答えることにした。
貴族は記者を嫌うのが当然と考えている記者達はそれに大いに驚きながらも、あっという間に俺の思惑を理解したようで、どんどんと調子に乗って様々な質問をしてくれた。
それでも一線を守り無礼を働かない辺りは流石と言えるだろうなぁ。
ああいう記者の記事はもしかしたら一般受けはしないのかもしれない、ゴシップを求める者には退屈なのかもしれないが……それでも、いや、だからこそ買い支えてやる必要があるのだろう。
「と、言う訳であの記者達が書いている新聞は領内の役所などで購読するように」
「いや、何がという訳なのさ」
ホテルのリビングに戻ってソファに腰掛けての第一声に、側に立つフィリップが中々の切れ味のツッコミを返してくる。
今リビングにいるのはそのフィリップと側に控えるライデル、コーデリアさんの世話をしているシアイアとジョージナ……そしてソファに腰掛け、俯いた上で真っ赤になった顔を両手で覆い隠しているコーデリアさん。
「……記者の前で散々惚気倒したそうだけど、それを領内で買いまくれって、一体全体どういうことなのさ、更に惚気倒したいの??」
フィリップが更に言葉を続けてきて、俺はいやいやと首を左右に振ってから言葉を返す。
「内容の問題ではなく、道理を弁えた話の通じる記者とは今後も仲良くしていきたいと、そういう話だ。
こちらがあれだけ胸襟を開いても、コーデリアさんを侮辱したり辱めたりするような質問は一切なし、俺への態度も徹底していて最後の最後まで丁寧かつ紳士的で上品。
……報道の自由を保障する身として記者や新聞を規制したりするつもりはないが、一級品を支えることはしていきたいからな、領内で買うだけでもまぁまぁの部数となってあの記者達の名を挙げることが出来るはずだ」
「ああ、そういう……。
確かにね、ヤバい新聞ってほんとヤバいからねぇ……最近も海賊や盗賊を褒め称えて、その被害者にどんな気持ち? って取材しているようなクソ記者がいたりしたね。
……んで、その記者達にどんな話したの? どんな話したら姉貴がああなっちゃうの??」
「……そう言われてもな、馴れ初めからを正直に話しただけだぞ。
嘘は当然として特におかしな誇張もなし、覚えている限りの馴れ初めというだけだ」
「いや、それでこうはならないでしょ。
……えっと、姉貴、兄貴は一体何を言っちゃったの?」
と、フィリップが声をかけるとコーデリアさんは両手で顔を覆ったまま、ボソボソと何かを話す。
それをどうにか聞き取ろうとシアイアとジョージナが顔を近付けて……そしてジョージナも顔を赤くしてそっぽを向き、呆れ顔となったシアイアが報告をしてくれる。
「……旦那様が正直に話したのが問題だそうです。
出会った頃からの想いをそのまま言葉にされたそうで……コーデリア様もそこまで想ってもらえていたとは予想外だったようで、しかもそれが記事になるとのことで、それが恥ずかしくて恥ずかしくて赤面なさっているようです」
あー……なるほどね?
まぁ、コーデリアさんとは会った頃から悪印象はないからなぁ……女性として魅力的だと思うし、不満というか嫌いな所もない。
貴族夫人としてはまだまだ未熟な部分もあるけども、それさえも可愛さの一つと言えて、母上や家族とも良い関係を築いてくれていて、完璧な奥さんだと思っている。
……と、言うか正直に愛していると、これまでに何度も言ってきたと思うのだけどなぁ……社交辞令と思われたか、しっかり伝わっていなかったか。
一応政略結婚ではあるので、もしかしたらその辺りがコーデリアさんの認識を曇らせていたのかもしれないなぁ。
「……まぁ、報道の自由はこれからの国家運営に欠かせないことですから、内容の検閲などはしないつもりです。
……が、彼らは貴族出身で色々と心得ている人物でもあります、ですからコーデリアさんに必要以上の恥をかかせることはないと思いますよ。
内容も相応に自重してくれることでしょう。
……ただ教会としてドルイド族との友好と和解は悲願だったようですから、そちらの方向での利用はされるかもしれませんね」
俺がそう返すとシアイアは少し不思議そうな顔をし、それで察したのだろうフィリップが代わりに問いを投げかけてくる。
「ちなみに教会はなんでドルイド族との友好と和解を望んでたの?
教会の方針ってのは分かるんだけど、そこまで熱心になるようなことなの?」
「そうか、フィリップはまだ見たことがなかったのか。
屋敷に帰ったら大司教様がいる教会の様子を描いた絵画と本を貸してやるからそれを見てみると良い。
教会が祀っているのは神々だ、この世界に存在する全ての神々を祀ることこそが教会の目的、悲願と言えて……その教会には、神々全ての神像が並んでいるんだ。
その数の多さこそ教会の権威の証、神の数こそがどれだけ広く教えを広げられているかの証明でもある。
しかし勝手に他者の神を祀っては問題にしかならないからな、大前提が友好と和解になるんだよ。
ドルイド族と友好関係を築ければドルイド族の神を教会を支える一柱として迎え入れることが出来るはずで、そこに神像を並べられたなら教会の権威は更に高まるはずだ」
「なるほどね~~……神像の数はそれだけの人達と仲良くなった証って訳かぁ。
……ちなみにさ、神像を増やすために新しい神様を作っちゃったりしたらどうなるの?」
「……それに関する記録も後で貸してやるが、教会における最大の罰が下ることになるぞ。
教会の教義には神々がそのお姿をお見せになったのは古代の頃とある、つまりは古代から続く信仰のみが教会が認める神々なんだ。
それを詐称することは教会への最大の侮辱になるからな……教会が何故多くの騎士を抱えているのかの理由がそれになる」
教会を受け入れていない国がやるのならば、まぁ教えが違うから仕方ないと許容されるが、教会を受け入れている国がやれば即開戦、各国に協力を訴えかけての聖戦となり、主犯に下される罰は……拷問死。
古代の頃からそれぞれの宗教が認定しているありとあらゆる刑罰の『全て』を執行するという、歴史上一度も『完遂』されたことのない極めて厳しい罰だ。
その罰のあまりの凄惨さには思う所があるが、カルト宗教のようなものが生まれないという利点もあるので一概に悪いとも言い切れない。
多くの神々を信仰しているからこそ考え方も柔軟で、その時の状況や時代の流れに合わせて、都合の良い教えをつまみ上げて新解釈をして、教義を更新していくというやり方も、時代遅れになることや閉塞感を生み出すことを防いでいて……本当に上手くやっているよなぁと感心させられる。
「なるほどねぇ~……じゃぁいつかお隣にも教会が出来るのかな?」
「さてな、そこはロブル国の判断次第だ。
教えの強制や脅迫も禁忌とされているからな、大司教様と司教様が中心となって友好的に話を進めていくことになるはずだ。
……まぁ、大体の場合は受け入れた場合の利点が大きすぎてすぐに受け入れることになるんだけどな。
今の教えはそのままで良く、教会の運営費は教会持ち、様々な福祉や教育、病気や怪我の治療なんかを教会がやってくれるとあってありがたい存在なんだ。
もちろんそこの昔からのやり方の邪魔をしたり、既存の仕事を奪ったりしないよう配慮もする。
……今回大司教様が足を運んでくださった理由の一つは、コーデリアさんと交流を持つことで今後の交渉に弾みをつけたかったから、になるんだろうな」
「は~~そういうことかぁ。
……んじゃぁ今回の目標はこれで達成? 王をやり込めて終わりってことで帰る?」
「……いや、折角大司教様がいてくださるんだ、ここで更に追撃を仕掛けるべきだろうな。
王の表情からも諦めているという感じはなかったからなぁ……きっと今頃また何かやろうと企んでいるはずだ。
しかし状況は圧倒的に有利、ここでこちらも動いて可能な限り相手にダメージを与えておくぞ」
「りょ~かい!」
と、なんとも軽い返事をしたフィリップとライデルとでの作戦会議が始まり……それを見てなのかコーデリアさんは、顔を覆ったまま立ち上がり……冷静になるためなのか、バルコニーの方へと足を向ける。
……その姿を見てこれは後でフォローしておく必要がありそうかなと考えながらも、まずはやるべきことをやろうと姿勢を正した俺は、フィリップ達とあれこれと……それはもうあれこれと悪巧みをしていくのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はコーデリアさんやら王やらとなる予定です
体調は無事回復しましたが、色々仕事が詰まってるので遅刻気味が続くかもです




