決闘
こちらが決闘の準備万端となる中、あちらは大慌ての大混乱だった。
決闘と口にしたは良いが、その覚悟も準備もしていなかったのだろう、アランの武器と防具の用意すらしていなかったようで、騎士達が自分の武器や防具をと差し出すが、アランはそれをまともに装備することが出来ない。
死の恐怖を前にして手が震えるのだろう、留め金を固定出来ず大槍を掴むことすら出来ずに落としてしまい、大きな音を立てながら大槍が石畳を転がる。
これは勝ったな、と確信出来る有り様で、それをなんとも言えない気分で眺めていると、セリーナ司教がこちらに声をかけてくる。
「伯爵、関所内で装備の確認をしてくると良いでしょう、事故のないよう武器、魔法石の確認も改めてお願いいたします。
アラン様にも準備の時間が必要かと思いますので……こちらから声をかけるまで関所内での待機をお願いいたします」
「……分かりました、そうさせていただきます」
司教様の言葉に素直に従って一旦、関所内へと足を向ける。
……今の言葉は、パニック状態のアランを気遣ってのものだろう。
アランに味方した、とも取れる発言だったが、司教様は俺だけの味方でも、アランだけの味方でもない。
神々と教会とそれを信じる者達の味方で……ああなったアランに助け舟を出すのは当然のこと、逆を言えば俺がピンチになったならその時は俺にも助け舟を出してくれるはずで……そういう司教様の態度と立場は尊重すべきだろう。
関所内に戻るとすぐさまライデルや、他の騎士達が俺の防具や大槍の確認をしてくれて……俺は柔軟や簡単なラジオ体操のような動きをして、体を温めていく。
「……坊っちゃん、重大な決断の前にお話ししたいことがあります」
するとライデルが、そう声をかけてきて……随分懐かしい呼ばれ方をしたなぁと、内心驚きながら「なんだ?」と返す。
重大な決断というのは、決闘に勝った俺がアランをどう処すのか……生かすのか、殺すのか、なんらかの罰を与えるのか、その決断のことを言っているのだろう。
その前に、決断に影響するような大事な情報を伝えたいと言ってきていて……ライデルは思わず坊っちゃんなんて呼んでしまうくらいに、真剣と言うか思い詰めた様子だ。
あのライデルがそこまで思い詰めるのなら、ちゃんと相手しなければ駄目だろうと真っ直ぐに視線を返していると、ライデルはなんとも神妙な態度で体をほぐす俺の前に立ち、ゆっくりと語り始める。
「坊っちゃんは凄く良い貴族です、それは間違いありません。
尊敬していますし感謝もしています、国内最高の貴族だって断言も出来ます。
あのアランって野郎の言ったことは完全な言いがかりだと断言出来るのですが……全く無根拠という訳ではないのです。
……その、大変言いにくいことなのですが、先代と侯爵様……つまり坊っちゃんの父上と、お祖父様は、その……坊っちゃんのような良い貴族ではないのです。
恐らくはその噂に影響されて坊っちゃんのことも悪徳貴族なのだと思い込んだのではないかと……」
「……何を言っているんだ? 父上もお祖父様もあんなにも優しくて良い人じゃないか」
「確かに坊っちゃんにとっては良い父、良い祖父なのでしょうが……」
俺が返した言葉に、ライデルはそう言って言葉に詰まり、俯いてしまう。
……え? マジで? 父上とお祖父様って結構やらかしてたりするの?
い、いやまぁ、改めて考えてみると確かにその片鱗みたいなものはあったよ?
例えば父上は領内の孤児の問題なんかを完全に放置していた。
俺が救済したから良いものの、それをしなかったら今頃孤児から何人の餓死者が出ていたか分からないレベルの惨状だった。
他にも俺が色々と改善しなければならない……俺なんかでも改善出来るような問題を放置していたりもしたけども……そのおかげで俺が活躍できちゃった訳だけども……え? マジで??
お祖父様に関しては……正直よくは知らない。
何しろ領地が遠方だし、血の繋がりはあるとは言え他家、政争や領地運営に関する細かい情報交換なんてするはずがないからなぁ。
……いや、婚約者を拉致ってくるみたいなことを言いかけた辺りに不穏なものを感じてはいたんだけども……えぇ? マジでヤバい人達なの??
「……婚約者の話が出た際に、侯爵様が好きな名を挙げろとおっしゃったと聞いています。
もしあの時坊っちゃんが言われるがまま名前を挙げていたら、数日後にはその家の令嬢達が拘束された状態で、坊っちゃんの前に並べられていたに違いないです。
……侯爵様ならばそのくらいのことは平気でなさるでしょう」
ライデルにそう言われて俺は、体操の動きを止めて頭を抱える。
今まで何をやらかしてきたんだよ、あのジジイ!?
それくらいはなんでもなくやるってことは、普段それ以上のことやらかしていて、それが平民にまで広がっているってことだろう!?
よくもまぁ、それで侯爵で居続けられているというか……司教様もなんで放置しているんだ?
……いや、もしかして対処するためにお祖父様の領地に滞在していたのか? 対処は出来ないまでも牽制とか? あれこれと俺に良くしてくれていたのは……お祖父様対策の一環だったのか?
……そんな父上とお祖父様に溺愛されている俺ならば、当然悪徳貴族に育つだろうと、そう王都や付き合いのない連中が思い込んでしまっていて、その末路があのアランと、そう言うことか?
ライデルがわざわざこんなタイミングで教えてくれる訳だよ……ここで、司教様の前でアランを殺したら、色々と面倒なことになりそうだなぁ。
……いや、そもそもとしてアランを殺すつもりはなかったのだけども。
俺の目標はあくまで王族、ここで男爵嫡男なんて小物を殺してしまったら変に警戒されてしまうから、殺すつもりは全くなかったのだが……これはちょっと考えて対処しなければならないよなぁ。
今回の決闘はアランが悪いのは確かだ、司教様もその点を理解していて、アランに公開説教もしてくれている。
だからアランを負かすのは問題ない、叩きのめすのも問題ないだろうが……決闘後は、慈悲深い態度で許してやらなければならないだろう。
必要以上の罰や賠償は求めずに、優しく諭して……司教様の顔を立てるような形での決着をするしかない。
……ただ、侮辱されっぱなし舐められっぱなしでは沽券に関わるので、叩きのめす際に骨の何本かは折っておかないといけないだろうな。
家の名誉のためならば司教様もそれくらいは許してくださるだろう。
……父上とお祖父様の件は……うん、今はこれ以上考えないようにしよう。
司教様でもどうにも出来ないことを俺にどうにか出来るはずもないし、それでも父上とお祖父様は俺にとって最高の父で祖父なのだから、その愛情を裏切ることは出来ない。
……よし、まずは決闘だ、決闘、そもそもとしてここで負けたら話にならないのだ、覚悟を決めて決闘のことだけを考えよう。
自信は……ある、それだけの鍛錬はしてきたし、いつ決闘騒動に巻き込まれても良いようにとライデル達があれやこれやと攻略法を叩き込んでくれている。
アランは見るからに鍛錬不足だ、身長は高く背筋はビシッと伸びていて、素材は良いしそれなりに運動はしている風に見えたが、特別鍛えているようには見えず、しかもあの動揺……。
決闘という言葉は知っていても、決闘の作法すら知らないように見えた、覚悟も準備も何も出来ていない未熟者……仮にあちらの方が実力が上だったとしても、勝ててしまうくらいに心が弱いように見えた、負け筋はないと言って良いだろう。
「伯爵、準備が整いました」
あれこれと考えていると司教様がやってきて、声をかけてきて……頷いた俺は、ライデルと共に関所の外に向かう。
決闘の際に連れていって良い家臣は1人まで、代役を立てる場合はその代役もその1人のうちに含まれる。
家臣がして良いのは決闘前の武器の手入れや、長引いた際に設けられる休憩時間での治療行為や、決闘中の降参……つまりはボクシングのセコンドだ。
声援や助言をすることも許されているし、水分補給、栄養補給の手助けをしても良いし、負けると思ったりこれ以上続けたらやばいと思ったりしたなら、タオル投げ……降参の声を上げることが許されている。
アランもまたそんなセコンドとして騎士の1人を側に置いていて……騎士は全身鎧を着込んでいるために顔色は分からないが、アランは真っ青を通り越して土気色のような顔色をしている。
……あちらの馬車側の石畳の上に、やたらと土がかけてあることを見るに、あそこで嘔吐でもしたか? 相当メンタルが弱いようだ。
「双方、誇りの象徴たる槍を前に!」
そんな俺とアランの間に立った司教様がそう声を上げ、片手で持った大槍の先をアランの方へと差し出す。
これが決闘開始の作法、アランもまた片手で持った槍の穂先をこちらに差し出してきて……穂先同士を軽く重ねたなら準備完了。
後は立会人の司教様の合図か、穂先をぶつけ合うことで決闘開始となり……俺は司教様の顔を立てるために合図を待つことにする。
と、アランがそこで動く、両手で槍を握って俺の槍を強く打ち据え、それでもって開始の合図としての奇襲を仕掛けてきやがった。
槍を両手で握って良いのは開始後の話、開始前にするのは作法違反で負けなのだが、司教様の声も間に合うことなくアランの突きが迫ってくる……が、それくらいはしてくるだろうと予想をしていたので打ち据えられた大槍をそのまま流すと同時に、大きく横に飛んで突きを避ける。
アランが放ったのはただの突きで、中に装填してある魔法石は発動させていない。
流石に奇襲でそこまでする勇気はなかったようで……鍛えていない人間の、ただの生ぬるい突きなぞ、当たるはずがない。
それでもアランにとっては全力での突きだったのだろう、横から見るとアランは哀れな程に体勢を崩してしまっていて、その隙をついて突き殺すことも出来たが……そうはせずに大槍を振り上げ、突くのではなく、シャフトと呼ばれる部位でもってアランの肩を打ち据える。
「ぐへぇっ!!」
悲鳴を上げて膝から崩れ落ちるアラン、それで槍を手放したなら決着で良かったのだけども、槍は握ったままなので攻撃を繰り返す。
剣道の面打ちの練習のように、何度も何度も、大槍を振り上げ振り下ろし、アランの肩や腕を何度も打ち据える。
続くアランの悲鳴、これで腕でも折れてくれたならまぁ、決着で良いだろうと最後の一撃を叩き込もうとしていると、そこに全身鎧の騎士が飛び込んでくる。
は? 降参じゃなくて参戦?? 舐めてんのか!? 貴族の決闘の邪魔をしやがったな!!
「この痴れ者がぁぁぁ!!」
思わずそんな怒鳴り声を上げてしまう、同時にライデルや司教様が声を上げていたような気もするが、自分の声が煩すぎて耳に届くことはない。
すぐさま俺は振り上げていた槍を構え直し、正式な突きの構えを取って装填した魔法石を起動させる。
魔法石には属性を持つ物があり、その属性によって放たれる効果が変わる、火の魔法石なら武器が火を纏い、氷なら傷つけた相手を一気に冷却して体温を奪う。
そんな魔法石の中で俺が愛用しているのは雷……と、言ってもこれもまた前世の雷とは全然違うものだった。
電撃を放てるのだが、その電撃は目で見えるし回避が出来る『遅い』ものだった。
普通、電気を見て回避するなんてことは出来ない。光ったと思ったら遥か彼方まで駆け抜けてしまっているのが電気というもので……それを受けた人間は感電してショックを受けて大火傷をするはずなのだが、こちらの世界ではどういう訳か爆発のような衝撃が発生する仕組みとなっていた。
つまり雷の魔法石の力でもって突きを放つと、目に見えるレベルの遅い電撃という形で、爆弾レベルの衝撃が放たれるという訳で……火で熱するとか氷で冷やすとか、悠長過ぎる攻撃よりも分かりやすくて強力なこの魔法石が大好きだった。
そんな電撃が槍から放たれ、騎士の全身鎧に着弾……うちの領で採用している全身鎧に比べて数世代前の古臭い全身鎧は、あっさりと砕け散ってしまい、中の騎士の姿が顕になる。
「女!?」
女だった、アランにそっくりの赤髪を綺麗に編み込んでまとめ上げた女性、それが男性用スーツと防具をつけた上で全身鎧の中に入っていたらしい。
女性は衝撃で気絶したようでそのまま崩れ落ち、突然のことで混乱する俺の下にライデルと司教様が駆けてくる。
「ウィルバートフォース伯爵の勝利! ディース男爵家アラン様の不名誉敗北とします!!」
そう声を上げて司教様はアランの下へと駆け寄り、そしてライデルは俺の前へと立って制止をし……そうして人生初めての決闘は、なんとも言えない形での決着となるのだった。
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次回はアランの末路とか……婚約者関連とか
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