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概ね善良でそれなりに有能な反逆貴族の日記より  作者: ふーろう/風楼
第五章 新たな季節

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廉直



 看板も何もない店の中に入ると教会騎士なのだろう、真っ白で一切の模様のないスーツ姿の男が二人。


 ネクタイも帽子もなくこれまた真っ白な革靴で仁王立ちしていて、その二人の案内で奥に足を進めると階段。


 そこを上がると白スーツ。

 

 階段を上がって廊下を進み、ドアを開けるとそこは大きな暖炉を構える横長の……恐らくダンスホールで、その中央にちょこんと丸いテーブルとそれを囲う五つの椅子。


 そして壁際にはまた白スーツがいて……一体何人の教会騎士を連れてきたのやら。


 普段一人か、連れてきたとしても従者か弟子を連れているだけのセリーナ司教様とは大違いだなぁ、なんてことを思いながら騎士達の案内で椅子に腰を下ろす。


 俺の右側にコーデリアさん、左側にセリーナ司教様、対面左に王、右にポープ大司教様、王の連れは騎士達と一緒に壁際に。


 俺を起点に右回りにコーデリアさん、大司教様、王、セリーナ司教様といった並びの円卓となる。


 そこに座るとまずガラスコップに入った水が出てきて、とりあえず喉が乾いているからと飲んでいると、ポープ大司教様がコーデリアさんの手を自分の両手で上下から包み込むようにしてから口を開く。


「セリーナからお話は聞いていますよ。

 熱心に教会に通い、セリーナに教えを求め、他の奥方達の模範となるよう懸命に努めているとか。

 素晴らしい、とても素晴らしいことです、ロブル国の姫君を迎えられたこと、教会の誉れとなるでしょう」


 そう言って大司教様はポンポンと……シワだらけで少し関節部が太くなった、枯れ木というよりも力強い樹木といった印象の手で、コーデリアさんの手をポンポンと叩く。


 叩くというか優しく手を置くと言うか、頑張った子供を褒めるために頭をそうしているかのような態度だ。


「ポープ大司教様にそう言っていただけて、とても嬉しく思います、何よりのお言葉です」


 そしてコーデリアさんは笑みを返しながら静かにそう声を上げて、にっかりと笑った大司教様は俺達のことも見やりながら口を開く。


「ああ、挨拶がまだでしたねぇ、ジョッシュ・ポープ、長く生きているだけの理由で大司教に選ばれてしまった運の悪い男です」


 それを受けて俺達は苦笑しながら自己紹介を返していく。


 視線が向けられたからという理由で俺、コーデリアさん、そして王という順番で。


 そんなポープ大司教様が大司教になれた理由の一つはその言葉の通り、長く生きていることにある。


 年功序列で大司教に。と言うとおかしな話に聞こえるが、この世界の医療技術で80代で健康、という部分が重要となる。


 普通にしていてはそうはならないだろう、生まれ持った健康な体と日々の節制があってこそのことだ。


 儀式以外では酒を飲まず、日々の食事は質素、挨拶まわりを兼ねての散歩など運動を欠かさず、女性関係やおかしな薬など、アレな遊びにも手を出さない。


 ポープ大司教様は教会が掲げる理想の暮らしを若い頃所か、幼い頃から徹底していたようで……それを破ったことは一度もないそうだ。


 結果として健康で長生き……正しく生きたからこそ神々に愛されてそうなった。

 

 そういう意味での年功序列。教会の教えの体現者であり、口だけの聖職者には真似出来ない境地にある人。


 大司教様の体で唯一悪い部分は、歩けない程ではないがそれなりに痛むらしい膝だけで、その膝も毎日の祈りのせいで痛めたもので、それはそれで教えを守った結果と言える。


 神々を前にして跪いて祈り続けて……それを幼い頃からずっと守り続けての大出世。


 もちろん他にも政治的駆け引きが得意だとか宗教論争が得意だとか、底抜けの善人で信奉者や味方が多いということも理由となっている。


 やろうと思えば色々なことが出来る立場だけどもそれを悪用したことは一度もないそうだ。


 悪用どころか大司教として許される範囲の権力すら振りかざすことをしない、もっと多くを望めるのにそれをしない、節制と規律、正しき信仰の体現者。


 彼がNo2となれたのは、そういう人物をNo2に据えたなら教会へのイメージが一気に改善すると当時の上層部が考えたからで……実際その効果は凄まじく、彼が大司教になってから数年で教会への寄付金が倍増したそうだ。


 教会に通う人が増えた、教会が行っている慈善事業が円滑に進むようになった、大きな教会のある地域の治安が改善した。


 彼が大司教になったからとたったそれだけのことで、彼が何らかの動きを起こす前に勝手にそうなってしまった。


 他にもぶっ飛んだ話としては彼に会っただけで病気が治っただとか、彼が滞在しているだけでその街の病院で安産が続いたとか、彼とすれ違っただけでマフィアのボスが改心したなんて話もあって……そうした一連のあれこれは彼が起こした奇跡として認定されていたりもする。


 何なら教皇にだってなれるだろうが彼はそれを望まない、No2の座ですら過分だと考えている。


 No2という立場でただただ正しく在り続けて、その目で上と下を正しくあれと見つめてくる。


 それを邪魔に思う者もいるだろうが排除は出来ない、理由がないし反発が生まれるしで、No2で在り続けてもらわないと誰もが困ってしまう存在となっている。

 

 結果として教会内部の悪事なども減って、過去の隠蔽なども暴かれたりもして……No2になったのが68歳の頃で、それからの十数年で教会は結構な大改革を行うことになったらしかった。


 そのほとんどが表沙汰にはなっていないので詳細は分からないが、ポープ大司教様は何もせずただその椅子に座って見つめているだけで、それを成し遂げてしまったらしい。


 それが意図としてのことだったのか、それとも偶然そうなってしまったことだったのかは分からない、聞いても答えてはくれないだろう、ただただそこで微笑んでいるだけだろう。


「そしてウィルバートフォース伯、若くして立派に領主を務め、様々な改革を行い、ロブル国との橋渡しとなってくれたこと、尊敬に値します。

 貴殿のような若き才能が生まれてくれたこと、それ自体が神々の自愛、奇跡の一つと言えるでしょう」


 そんな大司教様はコーデリアさんの次に俺にそう言って、円卓の上に手を伸ばしてくる。


 慌てて立ち上がって俺が手を差し出すとコーデリアさんにしたように両手で包んでポンポンと叩いてくれる。


 それから俺に椅子に座るよう促し……次に不満そうにしている王へと視線を移す。


「ああ、陛下もご機嫌麗しく。お元気そうで何よりですな……と言っても先日お会いしたばかりですが」


「あ、ああ、ポープ大司教もご健勝で何より」


 王としては後回しにされたことが不満なようだが、何かを言う勇気もないのか、そんな言葉を返す。


 蛮族であるはずのコーデリアさんが一番で、次が俺、そして王。


 露骨な差の付け方だけども、今の口ぶりからすると入国時とかに挨拶をしているようで……それならば後回しにする理由も一応の納得は出来る。


 つい先日挨拶したんだから良いでしょ? という感じだろうか、恐らくその時にはもっと丁寧な、大司教様として正しい形の挨拶をしたのだろう。


 まさかそれをもう一度ここでやれなんて言える訳がなく……いや、機転の利く人物なら何か皮肉めいたことが言えたのかもしれないが、この王にはそれが出来ず、ただただポープ大司教様の作り出す空気に呑み込まれてしまっているようだ。


「……そう言えば先程は何か剣呑な雰囲気でしたな。

 まさか陛下、こんな麗しい少女に蛮族などとそれこそ野蛮と謗られる言葉をお使いに……いえ、それはないでしょう。

 先進的な陛下であればそんな無粋な真似はしますまい。

 セリーナによるとこちらのコーデリアさんは、教会の庇護の下で神々に生涯の愛を誓われている、ロブルの方々の良き先例となれるお方。

 陛下からも祝福のお言葉を頂けるものと信じておりますよ」


 呑み込まれた所にどストレートな言葉、それを受けて王は目を丸くしちょっとは搦め手を使うなりしろよと、そんなことを言いたげな表情で訴えているが、大司教様は微笑みでそれを受け流す。


 しかし王は諦めず更に表情で訴えかけ、しかし大司教様は静かに微笑んだまま。


 王は変顔レベルで訴えるが、大司教様はやはりスルー……どころか王から視線を外してこちらに話しかけようとしてくる。


「か、神々の前で愛を誓われたとか。

 大変めでたいことだ、王として祝福しよう」


 慌てて王はそう言うことになり、それを受けて大司教様は静かに頷き、それから俺へと視線を移して口を開く。


「伯のお噂も聞き及んでいますよ、いくつかの大望も抱かれているとか。

 ……しかしこのジジイとしてはそれを止めない訳にはいかんのです。

 その腰に何故剣を下げているのか、それは神々が強くあれと言われたから。

 決して屈服せず絶望せず、その剣で家族を守れと言われたから。

 なればこそ、その剣で何を斬るのかはよくお考えになられるようお願いいたします。

 決してあらぬ方向には剣を向けぬように」


 ……なるほど。


 つまりは王にコーデリアさんのことを認めさせたのだから、俺にも一歩引けとそう言っているのだろう。


 ポープ大司教様はあくまで正しき教会の人、いくら寄付したからといってその信念を曲げることはない、正しく在り続けることが彼の責務なのだからここは絶対に譲らないだろう。


「ええ、もちろん、神々の前では私などただの小物ですから、その教えに縋ることしか出来ません。

 ポープ大司教様の導きにも感謝し、その通りにさせていただきます」


 どの道、今この場で王を害する気はなかった。


 まずは王太子から……先に王を討ったでは、王太子に権力を与えてやっているのと変わらないからなぁ。


 そういう意味では何の代償もなしに王から譲歩を引き出したとも言えるから……うん、悪くない結果だったのだろう。


 国是でもある蛮族への迫害、それに関わることで王からの譲歩というのは……俺ではまず無理だったろうからなぁ。


 コーデリアさんとの日々が公的に保証されたという意味では悪くない。


 更に言うならこれで堂々と、大々的にドルイド族との交流や交易をすることが出来る訳で、戦力経済力の拡大に成功出来たという考えも出来る。


 ここでポープ大司教様とやり合って勝てるとも思えないしなぁ、教会という魔境で善性だけで生き延びられるはずがない、相応の力を持っているはずで……ここは大人しく従うのが最善だろう。


「それは良かった。

 若き雄を正しく導けたこと、この老体の自慢とさせていただきましょう。

 ちょうどこれから新聞記者の取材を受けることになっていましたので、良いお話が出来そうですな」


 俺が素直に認めたからか、それとも寄付をしたからか、記者に全部ぶちまけるぞと言い出す大司教様。


 そうなったら後でやっぱなしみたいな撤回をすることも難しく、うぅん、全部仕込み済みという訳かぁ。


 寄付で完全な味方になることは出来ないが、それでも高額な寄付をしたことは確かだから最大限それに応えてくれはすると。


 多分だが俺が素直に、グダグダ言わずに大司教様の言葉を受け入れたことも関係しているのだろう。


 そういう決断を出来るのならば多少の譲歩をしてあげますよと、大司教様の表情が語りかけてきているようだった。


 ……うぅん、したたか。


 どっかの狸親父とはまた別方向の怪物だなぁ、あの狸親父は俗物だったけど、こちらはその真逆……清廉で高潔な人物だからこその厄介さがある。


 どうあってもあちらが正しい、どんな理屈をこねても正しさの圧力で押しつぶされる。


 だからと言って言いなりになる気はさらさらないが……今後どう対応していくかは考える必要があるだろう。


 そして恐らくだが大司教様はそれ……考えることを促そうとしている。


 短絡的にならずよく考えて剣を正しく使えと、俺をそう導こうとしている。


 14歳の未成年に対しての態度としては百点満点、文句の付け所がなかった。


「き、記者ですか……あれはあまり好きませんな、好き勝手なことばかり。

 妄想まで記事にされたのではたまったものではありません」


 一方の王は、歯ぎしりをしながらそんな言葉を吐き出してくる。


 ……まぁ、確かにそういう記者もいるし、王家はだいぶアレな妄想記事でバッシングされてもいる。


 ……が、王兄がアレだったからね、妄想記事だったはずのアレな内容が現実でそれ以上の事態引き起こしちゃっているからね。


 あらゆる意味で文句を言える立場ではないだろうになぁ。


「ほっほっほ、では正しく導けるよう、拙も励まさせていただくとしましょう」


 ヒゲを揺らしながら笑ってそう言ってのける大司教様。


 取材ついでに記者にピシャリと何かを言って王への貸しとするか、それとも俺には想像も出来ないような方法で何かをするか……。


 どうするつもりなのか、全く読めない表情で笑った大司教様は、騎士達に用意させたと思われる料理が運ばれてくると、そこで初めて屈託のない、本気での笑顔と思われる表情を見せてきて……そして常にそうしているのか、懐からエプロンを取り出して、その立派なヒゲを守るために慣れた仕草でエプロンを装着し始めるのだった。



お読みいただきありがとうございました。


次回こそ食事シーン!

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― 新着の感想 ―
・大司教猊下 こういう人が高位に就くことが出来た辺り、個人の功績のみならず、教会自体、組織としても健全な所が多少は残っていたのでしょうね。 -----------------------------…
これまで蛮族と言われてきた他国の姫との会見を通し、自身の過ちに気づいて潔く態度を変え、その後は王宮の罪を精算することに尽力し、ウィルバートフォース伯とともに世間を導いた……みたいな、良い感じの文脈で後…
教会と報道で言質取られてもうテコ入れ不可だし、国王というか王家からケンカふっかけるのもある意味No2司教に対する反故になるから、ウィルバートフォース家を潰すべく戦力集めてる王太子としては、国王はもはや…
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