切札
――――リビングで報告を受けながら ブライト
買い物後のコーデリアさんとのひとときをリビングで休んでいると、使者の応対に向かったフィリップが帰ってくる。
現在リビングにいるのは俺、コーデリアさん、ライデル、シアイア、ジョージナで、その面々に軽い会釈をしたフィリップが報告をし始める。
ジョージナはブルースのことを知っているようで、立場的にも会ったこともあるのかもしれない、少しだけ反応を見せる。
その様子はどこか同情的でもあり、またフィリップの報告からもブルースがまぁまぁまともな人間であることが分かる。
立場は違うし敵対しているが、話が通じないという様子ではないようだ。
こちらの要求を受け入れられないだけで会話はしてくれるし、駆け引きをしようという態度でもある。
駆け引きをしようってことはつまり交渉の余地があるとも言える訳で、今まで来た王家の使者の中では一番と言って良い程にありがたい存在だった。
「……いっそ殺しちゃう?」
報告を終えて笑顔のフィリップがそう言ってきて、なんでそうなったと呆れ半分で言葉を返す。
「おいおい、物騒だぞ。
確かに俺は王族を殺したいと思ってはいるが、中央から離れていた大公家まで巻き添えにしようなんてことを思うほどイカれてはいないぞ。
特に交渉出来そうなまともな相手なら尚更だ」
「そーなの? でも大公ってのも王族ではあるんでしょ?」
「……まぁ、そうだが、王家の生まれってだけで家としては別だからなぁ。
王位継承権を持ってはいるが優先度は低く、大公家として独立することで王家とは家が別だと周囲に示しをつけたのが大公家だ。
そうまでしている相手を害する気は全くないぞ。
それと忘れているようだが、俺の最終目的は今の王朝を終わらせて新王朝を打ち立てることでもある。
そのための貴重な人材を殺してどーするんだ、殺して」
「んー? あ~~……なるほど?
王朝ってそういう感じなんだ? えぇっと今の王族全部ぶっ殺してあのブルースを王様にしたら……ブルースハミルトン王朝っていう新しい王家が出来上がるって解釈で合ってる?」
「ハミルトン王朝な、だがまぁその理解で間違っていない。
実のところ王朝交代に関しての明確なルールって言うのはないんだ、あまりここをガチガチに決めてしまうと王朝交代をしなきゃならないような緊急事態に対応できなくなるからな。
更に言うなら王朝の概念も法的根拠がある訳ではないんだが……一つの時代の終わりと新しい時代の到来、世の中が変わるということを示すための手段が王朝交代なんだ。
時代を終わらせるために既存の王家をなんらかの形で廃して、新しい王家を作り出す。
だが王族でもなんでもない平民を王様にしますでは、歴史や文化を重んじる人々や他国の王家からの反発もあるからなぁ、そうする訳にもいかない。
で、そう言うときに重宝されるのが大公家のような分家筋となる訳だ」
「はぁー……なるほど。
あのウィリアム大公もなんで殺さなかったのと思ってたけど、王様候補として生かしてるんだ?
で、ブルースも候補の一人と。
……えっと、ついでだからも一つ質問、なんで他国の王家が文句言ってくるの?」
「一つとしては婚姻などで血が繋がっている親戚だから。
もう一つとしてはそういう王家を軽んじる行為を放置していると、自分達が軽んじられる可能性があるから、だな。
王家の人間は王家のことを内部から見ている、見ているからこそ自分達がただの人間だということを知っている。
特別な力も何も無い、ただ王家という見栄を張っているだけの人間で、だからこそその見栄を傷つけられることを嫌うんだよ」
「あー……なるほどねぇ。
大陸の革命どうこうに王太子や他国が手出ししてるのもそれかぁ、確かに革命なんかは王家の天敵だもんねぇ」
「まぁ、荒れている所をちょいとつまんで利益を得ようだとか、恩を押し売りしようだとか、そういう意図もあるけどな。
父上達がやったように上手くいけば新領地が得られるチャンスでもある」
「ふぅーん……。
……あれ? でもさ、なんかその感じだと貴族も同じ扱いにならない? 特別でもなんでもないただの人って言えばただの人だよね?」
「まぁ、そうだな。
だからそう軽んじられないように、領地をしっかり治めて価値を示しているんだ。
俺を貴族扱いして敬っていれば平和で安心の良い暮らしを出来ます、ってな具合でな。
もし俺を廃したら他の誰かがあの土地を治めることになる訳だが、恐らくは誰もそれを望まないだろう。
それだけの統治をしているという自信と自負が俺にはある、つまりはそれが俺にとっての貴族らしさとなる」
「……あー、うん、普段なんとなくふわっと考えていることが今ハッキリ分かった気がする。
だから貴族だけど兄貴は嫌いじゃないんだねぇ、でも他の貴族も嫌いなまま……で王族はもっと嫌い。
だけど他の貴族も王族も兄貴のようにしっかりしてたら、嫌わずに好きでいられたんだろうねぇ」
「そういうことだ。
……しかし我が子もそういう貴族でいられるかは分からない、勿論そうなるよう教育はするが、孫やひ孫となると保証なんて無理な話だ。
……だから俺は代官の世襲を禁じたんだ、実力を示したものだけが代官になれるとした。
そのためには皆が必死に教育をするようになるだろう、教育を重要視するようになるだろう。
誰もが文字を読み書きし、新聞を読み政治を語り……代官だけじゃなく実力で領主を、自分達の代表者を選ぶ時代が来る。
そんな次代に押し流されたくなかったら、必死で学んで実力を身につけるしかない。
俺が死んだ後の孫もひ孫も、きっと必死になって学んでくれるはずだ」
との俺の発言を受けて、フィリップは目を丸くし、ライデルはうんうんと頷き、シアイアとジョージナはどこか不安そうにし……コーデリアさんもまた力強く頷く。
コーデリアさんにはこの辺りの話は既にしてあるから、しっかりと受け入れてくれているようだ。
「えっと、兄貴、普通ならさ、そんなことしないで貴族がずっと貴族でいられるような社会にしてくと思うんだけど……なんでわざわざそんなことするの?」
そしてそういう社会になることを望んでいたはずの、この場で一番貴族嫌いなはずのフィリップがそんな問いを投げかけてくる。
「いやまぁ、俺がそう動かなくても、どうあれ時代は変わっていくものだからなぁ。
飛空艇が出来て鉄道や様々な発明が出来て、工場だなんだと新しい働き方が増えてきて……新しい働き方に対応するためには教育が必須になってくる。
考えても見ろ、読み書きも出来ない人間が操縦する飛空艇に乗りたいか? そういう連中が働く工場で飛空艇の動力炉を作らせたいか?
無理だ、俺には絶対無理だ、そんな危ないことはごめんだ。
そしてこれは全ての分野にもいずれ同じことが言えるようになるだろう。
そんな感じでもう無理なんだ、もう時代は変わり始めたんだ、教育が必須になり教育を受けた者の目で全てを選ぶ時が来た。
未来に進むには国民全てに教育を受けさせるしかない、貴族や王族のためにそれを禁止なんてしていたら、他所の国にあっという間に置いていかれるぞ。
飛空艇で俺が周囲を出し抜いたように、教育と平民の力で出し抜かれて外交か経済か軍事で敗北することになって……悲惨な目に遭うことになるぞ」
そう説明するとフィリップは手を打って「なるほどね~!」と、そう言ってウィンクをしてくる。
……が、その態度がどうにもしっくり来なかった俺はライデルに視線を向けて問いかける。
「……この説明初めてじゃないよな? 今までも何度かしたよな? フィリップもその場にいたよな?」
するとライデルとコーデリアさんまでがコクコクと頷く。
それを見て「あっはっは!」と笑ったフィリップは、頭を掻きながら言葉を返してくる。
「いや、説明はされたと思うんだけどしっくり来てなくてさー……でも今ようやくしっくり来たって感じ。
だから王族殺すだけじゃなく王朝も変えて議会とかいうの作るんだね、この国の……皆の未来のために。
ただ王族殺したいだけじゃないんだね」
「いや、うん、その説明も何度もしたぞ……?
自分の欲で王族殺しなんてとんでもないことしでかすんだ、アフターフォローはしっかりやるし、それにちゃんと意味も持たせるつもりだ。
それをきっかけに国を良くして、生活を良くして皆にやってくれて良かったと、あれは良いことだったんだと思われるような努力は惜しむつもりはないぞ。
もちろんついでに自分の欲も満たすがな」
俺のその言葉にフィリップは何度も何度も頷いて……なんとも今更ながらの納得をしてくれたらしい。
なんだって今更?? と、そのことを疑問に思っていると、コーデリアさんが腰をかけたソファの後ろで控えていたジョージナが一歩前に進み出て胸を張ってから声を上げてくる。
「恐らくですが、これも教育の結果なのだと思います。
フィリップ殿はよく本を読み教えを乞い、日々学んでおられます。
その結果なんとなしに理解していたことを頭の中でしっかりと形に出来たと言いますか、自分なりの言語化に成功し正しく理解することが出来たのでしょう」
ああ、なるほど、そういう感じか。
フィリップは元が良いと言うか、俺やライデルが行った半端な教育でも十分過ぎる成果を上げていたが……そこから更に伸びて一歩進んだというか、色々なことをしっかりと理解し吸収出来る段階に入った、という感じなのだろうなぁ。
……もっとしっかり勉強させてやればよかったかとも思うが、フィリップの優秀さは代えが利かないからなぁ、ついつい頼ってしまうんだよなぁ。
「うん、そうかな、多分そう。
最近こう、色々視界が広がった感じで色々気になっちゃうんだよね。だから色々聞いちゃうんだけど、兄貴はちゃんと応えてくれるから好きだよ」
と、そう言ってフィリップは良い笑顔をこちらに向けてきて……それに苦笑した俺達はそれから王にどう対応するかを話していくのだった。
そうして翌日はカーター子爵と会談や食事をして過ごし、翌々日。
カーター子爵との予定の合間合間に何度かブルースがやってきていたが、その全てをフィリップに対応してもらい、何も前に進まないままの状況の昼前。
ホテル近くの店をもう一度見て歩こうと散策していると、異様に目立つ真っ赤なスーツの中年男が視界に入り込む。
真っ赤なスーツに真っ赤なシルクハット、真っ赤な靴にステッキ。
よくもまぁ揃えたものだなぁと驚かされるそれを着た人物は、老いからか色の抜けた金髪に豊かな口ひげ、垂れた横長の目のおっさんで……白髪、白スーツの二人を連れてこちらに歩いてきている。
紅白セットかよ。
思わずそんなことを思ってしまう人物の正体は恐らく国王。
ウィンザー朝4代国王エリークその人なのだろう。
俺へは興味津々といった視線、腕を組むコーデリアさんへは蔑みの視線。
その時点でもうカチンと来るのだが、目の前にやってきての言葉にも来るものがあった。
「やぁ、偶然だね、ウィルバートフォース伯」
知った風での偶然との一言、この野郎は本当に……。
しかしここで初めましてと挨拶する訳にもいかない、いや、俺からしたら実質初めましてなのだけど、実は俺とエリーク王は一度会ったことがあるらしい。
乳児の頃に。
そんなもん初めましてで良いだろうと思うけども、王として挨拶をし俺がそれを受け入れたということになっているので、初めましてとは言ってはいけないことになっている。
「これはこれは陛下、ご機嫌麗しく」
真顔でそうは言うが胸に手を当てての礼はしない、礼儀を払う気は一切ない。
「……君の機嫌はどうなのかな?」
「さて……望みのものがあれば多少は上向くのですが」
王太子の首寄越せこの野郎。
「はっはっは、ユーモアがあるようだ。
……そんなものよりも、もっと花でも愛でてはどうかね」
そんなものとはつまり王太子の首のことであり……コーデリアさんのことでもあるのだろう。
コーデリアさんは愛でる価値のある花ではないとそう言いたいらしい。
「既に十分愛でておりますので」
「自分の価値だけを重んじるのはどうだろうね」
知るかボケ。
と、言うか思っていた以上にストレートに来るなコイツ、もう少し申し訳なさとかで遠回りしてくるものと思っていたが、まさかのどストレートかよ。
交渉する気などなく意見をゴリ押ししようとしているのか……これで交渉のつもりなのか。
……いや、恐らく違うな、交渉して欲しければまずあちらの言うことを聞けということだろうな。
つまりこの野郎はコーデリアさんのことをここに至っても認めたくないのだろう。
予想の範疇ではあったけどな、多分そうくるとは思っていたけどな、そっちがその気ならこっちだって―――。
「これはこれは、この国の重鎮がお二人もいらっしゃるとは驚かされました」
「本当に、これはなんとも珍しい場に遭遇しましたねぇ」
と、そこで乱入してくる二つの声、思わずビクリと背中を震わせてしまった、そして目を丸くしてギョッとしてしまった。
最初の声は聞き慣れたセリーナ司教様の声。そして続いた嗄れた渋い声は……恐らく俺も初めてお会いするポープ大司教様の声だろう。
サンタクロースを思わせる腰まである長い白ひげ、ふわふわに膨らんだ髪の毛も長く膝くらいまで伸ばしている。
確か歳は80になったばかり、だけども背筋がしゃんとしていて俺と同じくらいの身長かつがっしりとした体つき。
金糸の刺繍が入った丸い帽子をちょこんと被り、真っ白なローブで身を包み、ゴールデンダイヤと言ったら良いのか、こちらの世界で特に貴重とされている金色のこぶし大のダイヤをはめ込んだ杖を手にしたご老人。
今回切り札としてセリーナ司教様にお願いして連れてきてもらった大人物を前にして、流石の国王も硬直し言葉を失う。
ポープ大司教様は教会のNo2だ、この国の教会ではなくこの世界の教会のNo2。
父上が大陸で勢力を増したこと、俺がまだ教会がないような各国に氷取引を通じて影響力を持っていること、そして飛空艇三隻の寄付とそれと同価値の寄付をしたことで足を運んでくださった最終兵器。
本当はもっと後に、本当にどうしようもない時だけに頼るつもりでお呼びしたのだけど……どうやらずっとこちらの様子を窺っていたようだなぁ、そして良い機会と見て声をかけてきたのだろう。
まぁ、当たり前か、俺だって同じ立場ならそうする、フィリップなんかを放って様子を窺わせるに決まっている。
そして揉め事になる前のここぞというタイミングで仕掛けてきた訳だ、俺だってそうしただろうなぁ、ここぞという売り時を逃す方がどうかしている。
……多分だけどずっとそのつもりで、近くの飲食店でも貸し切ってそこで待機していたんだろうなぁ。
「近くに良いお店を知っているのですが、どうですか? お二人の立場で立ち話も問題でしょう」
と、セリーナ司教様。
そしてすぐ側……20mも離れていない店をそっと手で指し示す。
その店は入口を閉じていて看板も下ろしていて、傍目には空き店舗といった雰囲気となっているが、それも全て司教様達の仕込みという訳かぁ。
そして俺とエリーク王はただただ頷くしかなく、何も言わず何もせずただただその言葉に従い……それぞれの護衛やらと共にその店へと足を運ぶのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は皆でお食事




