前哨戦
――――応接間で フィリップ
ホテル一階にある応接間は、恐らくカーター子爵が用意したのだろう、いかにも子爵らしい空間になっていた。
高そうな家具に絵画に壺やら何やら、それらが並ぶのはブライトの屋敷も同じではあるが、少し古臭いのがいかにもカーター子爵らしい。
木材はどれも時間が染み込んだように濃い色をしていて、壁紙も既に流行りが過ぎたどこか古臭い色合い。
だけども高級家具は高級家具、ドカッと腰を下ろすとその柔らかさと柔軟さでしっかりとフィリップのことを受け止めてくれる。
それを味わいながらブライトに作ってもらった手鏡、ブライトがコンパクトと呼んでいた懐中鏡といった形のそれを取り出し開いたなら、髪の様子や化粧のノリ、そしてまつ毛などの状態を確かめて、優雅な仕草で足を組んでから、目の前の相手にどうぞと、手仕草で促す。
フィリップが腰を下ろしたソファの前には大理石のいかついテーブルがあり、その向こうには向かい合うソファがあって、そこには一人の男が腰を下ろしている。
長い金髪を雑に整えて、元は良いのだろうが手入れを怠っている雑な顔、切れ長な目も真っ青な瞳も宝の持ち腐れだなぁとフィリップが評価する相手は、30代か40代か、以前見かけた王太子や王の肖像画をどことなく思い出させる顔立ちとなっていた。
恐らくは王族、王の遠戚なのだろうなぁと考えながらフィリップは、何故だか相手が話を始めないので訝しがりながら口を開く。
「お話があったのでは? どうぞ始めてください」
声を高く絞りわざと色気を出してみたりして……それを相手がどう受け止めたのかは分からないが、胸の前で腕を強く組み、拳をこれでもかと力を込めて握っているようだ。
「ウィルバートフォース伯はどうされた……?」
力を込めて太くして、そんな声を振り絞る使者に対し、フィリップはどこまでも軽い調子で言葉を返す。
「奥様と買ったばかりの品々を吟味している所です。それが何か?」
分かってはいる、目の前の使者が何を言いたいのかは。
王の使者が来たのだから顔を出せということなのだろう。
しかし使者に使者で対応したからといって無礼な訳でも問題になる訳でもない、至って常識的な普通の対応と言える。
……王に関連する者への対応としては少しアレだが、極めて関係が悪く、会いたくも交流したくもない相手の使者であることを考慮したなら、使者で応対しただけ感謝して欲しいということになる。
それでもこの使者は、特別扱いされると思いこんでいたようで、そうされないことに憤慨してしまっているようだ。
「伯とお話したいのだが……?」
「分かりました、その旨お伝えしておきます。
日程が決まりましたら連絡いたしますので、滞在先など教えていただければと」
怒りを込めた声もフィリップはそんな言葉で受け流してしまう。
そしてすぐにコンパクトに視線を戻し……少しの乱れを見つけてはこれまたブライトが作ってくれたハンドバッグに入れておいた化粧品でもって乱れを整えていく。
「今、これからすぐにお話ししたいのだが……!!」
するとまた使者の声に怒気がこもる、フィリップは段々それが面白くなってしまう。
「それ程の緊急のご要件ですか? 分かりました。
どのようなご要件ですか? ワタクシが伺いますよ、ああそれとお名前もお願いします」
普段のフィリップならばまずしない言葉遣いで、しかし口調はそこそこにいつも通りで、フィリップなりに丁寧に応対しようとしての結果に使者は更に怒りを膨らませていく。
「ブルースだ、ハミルトン大公ブルースだ、この顔を見れば分かりそうなものだがな」
(大公ってことは王様の親戚か、ハミルトン……ハミルトン、兄貴が見せてくれた資料にあった名前だな。
でも確か何代か前がやらかして中央から飛ばされたとかなんとか……それが中央復帰のために張り切ってるって感じなのかな?
しっかし、そんなのを使者にするってナメられてるよなぁ)
ブルースの挨拶を受けてフィリップはそんな風に思考を巡らせ、さてどうしたものかと考え込む。
こうしてフィリップが使者に応対しているのはブライトの案だった。
無礼には無礼を、使者には使者を。とりあえずそれで反応を見ようという形だ。
下手にブライトが出ていって、王命どうこうなんて面倒くさい話をされても困る、まずは様子見、偵察……何事も情報を得てから。
ブライトらしい判断だった。
「えーと……ブルース・ブルースハミルトンさんですか。
それでブルース・ブルースハミルトンさん、ご要件は?」
そう名乗ったつもりではないことも、そう呼ぶべきではないことも分かってはいる、出来ることならここで無礼を働いて欲しいからと挑発をしている。
ここで相手がやらかしてくれたなら、今後こちらのペースで話を進めることが出来るし、不快を理由に一切会わないなんてことも出来るはず。
相手の目を見ることなく足を組んだまま、コンパクトや自分の爪に視線を向けたままで言葉を続けるフィリップ。
「ハミルトン大公ブルースと敬意を込めて呼べ! 貴き名をなんと心得る!!」
ついに我慢出来なくなったのか怒鳴るブルースに、フィリップは「ははっ」と小さく笑ってから言葉を返す。
「分かりました、ブルース・ブルースハミルトン大公。
それでご要件は?」
本来であればまず家名、次に爵位、そして名前。そう呼ぶべきとは分かってはいるが、あえてそうし続けるフィリップ。
それを受けてブルースの顔はその全体が痙攣してしまっていて……それでも暴発せずに耐えているのはフィリップにとって驚きだった。
挑発はフィリップの得意技、今まで何人もの冷静ぶった人間をやり込めてきたのだが、ここまで耐えてくるとは。
ここまで耐えられたのはブライト以来のことで、フィリップは内心でブルースの評価を少しだけ上げる。
「用件は簡単な話だ、ウィルバートフォース伯とお会いできればそれで済む話なんだ。
……陛下は伯との縁を求めている、我が娘をその縁にと仰せだ、受け入れて王家の末席を拝領すると良い」
顔を痙攣させながらも声は震わせずに、しっかりと言い切るブルース。
それを受けてフィリップは演技でも挑発でも何でもなくて、ただただ素の反応として舌をベロンと出して今にも吐き出しそうな、不快感で一杯の表情となる。
「うげぇ」
思わずそんな声まで出てしまう。
「えっと、ワタクシの先程の話聞いてました?
ブライト様は今最愛の奥様と一緒に、この旅行を楽しんでいる最中なんですよ?
そこでそんな話します? 普通しませんよ?」
そして素直な感想を口にし、それを受けてついに我慢の限界となったのかブルースが勢いよく立ち上がり、吠えるような声を張り上げる。
「普通どうこう言うのなら、王家の使者にこうは対応しないだろう!!
普通と言うのなら、王家からの好意を素直に受け取ったらどうだ!!」
「あっはっは、普通ならまず悪いことしたら謝罪するんですよ。
あれもこれも奪って踏みにじって傷つけておいて、結婚してくださいってそれこそ普通じゃないでしょ」
「だからこそ今こうしてわざわざ足を運んでまで下手に出て―――」
「あーあー、そういうの良いんで、下手に出るってならまず王太子の首から始めましょう。
そこがこちらが交渉のテーブルにつくための最低条件ですよ」
「馬鹿を言うな!? 一体何様だと思ってそんな条件を……!!」
「そのお言葉、そのままお返ししますよ」
「確かに王家にも非があるかもしれん、これまでの仕打ちには私も思う所はある!
しかし王家だぞ、この国を古代より支えてきた、誰よりも崇敬される貴き血に対する態度かそれは!!」
「はい、もちろんです。
もし相手が貴き血でなかったのなら、こちらもさっさとそれ相応の対処をしていましたので」
フィリップはどこまでも冷静で笑顔で、ブルースはどこまでも激昂し痙攣した顔で。
そんなやり取りを経て逆に冷静になったのか、ため息を吐き出したブルースは、ソファにストンと腰を下ろし……そこからしばらくの沈黙が訪れる。
応接間の奥壁中央に置かれた柱時計の音がコチコチと響くだけの静寂の中で、フィリップが笑顔を維持していると……それを見てもう一度ため息を吐き出したブルースが口を開く。
「……そこまでか、そこまでのことなのか。
多少の無礼があっても王家が相手とあれば呑み込めるものだろう」
「多少で済まされるようなことではないでしょう、あらゆる功績、家族、幼くして全てを奪われて、そしてまた得たばかりの家族を奪おうとしている。
言っておきますがブライト様は、奥様のことを溺愛していますよ。
その立場など関係無しに、個人として溺愛しております」
「……だとしても貴族であれば、そういったことを呑み込んで家のための婚姻をするものだろう。
愛しているのであれば愛人にしたら良い、それだけの話ではないか」
「他所のそういった手に頼らなければならない家ならそうなのでしょう、しかしブライト様は婚姻などに頼らずとも十分な結果を残されていますので。
それと今回のお話、色々なことを呑み込んでまで繋ぐような縁ではないと思われますが……?
それとその発言は二人の仲を応援しているセリーナ司教様と教会に対する挑戦と受け止められかねないですよ」
「……そこまでか、そこまでか……」
と、そう言ってブルースは大きなため息を吐き出す。
吐き出してフィリップの言葉を受け入れたようにも見えた……が、フィリップの細めた目にはブルースの性根の悪さが透けて見えていた。
全然受け入れていない、諦めてもいない。
こちらに同調する振りをして何か良い方法はないかと考えるための時間を作り出そうとしている。
ならばとあれこれと言葉を投げかけて思考を乱しても良いのかもしれないが、それでこちらの思惑通りに動いてくれるような相手ではないとここまでのやり取りで察していたので、あえて何もせずに優雅に構える。
お前に一手譲ってやったのだと余裕の態度を見せて内心で見下し……それが相手には十分伝わっているのだろう、表情に悔しさが浮かぶ。
「……後悔することになるぞ」
考えて考えて良い答えが出てこなかったのか、そんな言葉を口にするブルース。
「そういう段階はとうに過ぎてますよ。
そもそも後悔すべきはそちらです、幼いブライト様をああまで踏みにじって傷つけ、何のフォローもしなかったこと、存分に後悔してください。
今この状況を作り出したのはこちらではありません、そちらです。
そちらが先に仕掛けて、仕掛け続けてきて……これ以上させまいと仕方無しに抵抗しているに過ぎません。
それ程までにそちらはやりすぎたのですよ」
「……ならばこそこの縁を詫びとして受け入れる事はできないのか?」
「……こちらの話聞いてました? また一から全部説明し直しましょうか?」
「面子のことも少しは―――」
「面子、特権、歴史、文化、敬意、法。
そういったものを先に踏みにじったのはそちらですよ、そのことをお忘れなく」
もうこれ以上話を聞く気はないとばかりに言葉を被せるフィリップ。
そしてまたコンパクトを見やり始め……あまり情報を得られなかったなぁと少しだけ悔しさを滲ませる。
会話をしながら情報を引き出したかったが、相手が中々冷静でそれが出来なかった。
普通ただの平民にここまで言われたらもっと激昂するものなのだが……全くの無能ではないようだ。
結局できたのはこちらの態度を相手に伝えたこと。
今までは使者をほぼ拒絶状態だったので、しっかり伝えられなかったことを伝えられたと、それだけの成果となる。
……だがまぁ、前哨戦としてはそれで構わないのだろう、本番はここから……こんな小物ではなく王が狙いとなるのだから、まずはまぁまぁの戦果だったとそう思うことにしよう。
と、フィリップがそう考えているとブルースが立ち上がる。
そしてそのまま歩き出し……今日はこのまま帰るようだ。
「ブルース・ブルースハミルトン大公、本日はご足労頂きありがとうございました。
大公のお言葉はブライト様にしかと伝えておきますので」
コンパクトに視線をやったまま足を組んだまま、最後の最後までわざと名前を間違えてくるフィリップに対し、ブルースはそれ以上の言葉もなかったのか大きなため息を吐き出して……そうしてその場何も言わずに立ち去っていくのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は、前哨戦を終えての本戦? このままガンガン行く感じとなります




