旅行
――――王太子に従う騎士達の幕舎で 騎士の一人
幕舎の中、配置された机で一人の騎士が地図に様々な情報を書き込んでいた。
元々直轄地だった土地、新たに直轄地となった土地、そして更に直轄地を増やそうとする王太子の軍の配置と、それを止めようとする軍の配置。
それを正確過ぎて気味が悪くなるような地図に書き込んでいた。
王太子はこんな風に正確過ぎる地図を描くことを得意としていた。
地方地図だけでなく王国全体の地図も描くことが出来て、その一部は王太子の自室や王城のそこかしこに飾られている。
王太子の自室の地図の西側は何故か赤く塗られていて、東側は青く塗られていて……つい最近までその意図は謎とされていたが、最近の政局変動の影響でその意図が判明しつつあった。
赤く塗られているのはウィルバートフォース伯の支配地域で、青く塗られているのは王家の直轄地域。
そう塗り分けた地図を王太子は毎日のように眺めていた、睨んでいた……それ程にウィルバートフォース伯を敵視しているのだろう、そこまで行くともう病的ですらあった。
王太子として一貴族にそこまで執着されるのは困ったもので、それを知った者達は廃太子すべきとの意見に傾くことになった……が、それも今は元に戻りつつある。
直轄地を増やすための強引な動きは非難されるべきで廃太子へ傾く理由となるのだが、激変しつつある国内、世界情勢を見据えて王家に権利や力の集約を、という意見には理解出来る部分もある。
また今回王太子は卓越した指揮能力を発揮していて、指揮官の能力の重要さを戦場で嫌と言うほどに知っている騎士達は、それを見て王太子を支えるべきとの意見に傾いていっている。
まるで戦場を俯瞰しているかのような目の良さと情報処理能力、味方の戦力を極めて冷静に見極めて的確な配置をし、完璧に近い作戦を立てることも出来る。
事前に入念な作戦を立てて、とにかくそれを遵守させるという王太子のやり方は、状況の急変などに弱く、何度か対応しきれないこともあったのだが……誰も予想していなかった増援を開戦前に読み切ったり、画期的な戦術を生み出したり、補給管理などを完璧に行ったりと、目を見張る部分も多い。
そして今回大活躍をしている兵器、戦車の発明と畑の収穫量を数倍に出来るというトラクターの発明という大きすぎる功績。
足りぬ部分はあれど、それは周囲が支えれば良い話、未来の王としては視野の広さ、大局的な判断力、どこまでも冷静に戦力を動かせる度量など歓迎すべき才があることこそ重要と言えて、そんな王太子に覇王の片鱗を見た騎士の一部は、様々な問題があることを認めながらも強く心を寄せていた。
大陸は今荒れている、そこに覇王の才を持つ王太子が食い込んだなら、かつての大欠地王が失った海外領土を取り戻せるかもしれない。
大陸に一大拠点を築き上げ、時代が変わろうとしている今この時を掌握することで、未来永劫に王国の平穏を手に入れられるかもしれない。
今までは大陸が荒れているから、こんな王と王太子でもなんとかやっていけていると思っていた。
今では大陸が荒れているからこそ、この王太子に懸けるべきではと皆が考え始めている。
……欠点については英雄色を好むとして受け流せば良い話、学園だの何だのは仕方のない必要経費みたいなものだ。
そういった問題を起こすのだとしても、それ以上の功績を上げさえすれば誰も文句は言わない。
欠点のない人物などいないのだから……多少のことは周囲が呑み込んでやるしかないのだろう。
「おい、降伏の使者が来たぞ、やっぱあの戦車ってのはすげぇなぁ」
と、そこで一人の騎士が駆け込んできて、そんな声を上げ……地図を指でトントンと叩く。
この降伏でこの一帯が手に入ったと、そう知らせているのだろう、これで東部だけでなく南部の一部にも手をかけたことになり……王家の直轄地は倍増どころでは済まない拡大をしたことになる。
そうは言っても各地域を治めていた貴族達は存命で、実務もいきなり王家が引き継ぐことなど出来る訳がなく、名目上のことでしかないのだが……政治にあまり携わることのない騎士達の一部は、そのことに気付かないまま王太子を盲信していくことになる。
色々と問題を抱えながらのことではあったが、それでも王太子はそうして東部地域を平定を成し遂げるのだった。
――――執務室で ブライト
隠し倉庫などの片付けが終わって数日が経った頃、王都周辺からの手紙と新聞が届かなくなった。
フィリップの仲間達という王都周辺の情報収集のための伝手がなくなった現状、手紙と新聞が最後の頼りだったのだけど、それがぷっつりと途絶えてしまった。
なんらかの郵便事故が起きているという可能性もあるが、それ以上の何かが王都周辺で起きている可能性が高く……王都にまぁまぁ近い貴族達からの手紙からも王都で何かがあったらしいという不安が伝わってくる。
物資と商人が激しく行き交い、魔法石の需要が高まり、傭兵達までがかき集められている。
明確に何かが起きているが、何が起きているかがハッキリと伝わってこない、そんな手紙を書いている貴族達も警戒感が先立って王都に近付こうとはしていないようだ。
「ふーむ……?」
なんて声を上げながら椅子から立ち上がり、机の引き出しから国内の地図を取り出してボードに張り付け、手紙を送ってこなくなった貴族の領地と新聞社の位置を書き込み、そして警戒感を顕にしている貴族達の位置を書き込むと……うん、やはり王都で何かが起きているようだ。
王太子がまた変なことをしでかしたのだろうか?
今やっているのが学園と戦車、トラクターだったか、それ以外の何かをやらかし始めたのか……? あるいはそれらを更に推し進めるために何かをやらかしたのか?
そんなこと地図を見たからと言って分かるものでもないが、考えることは重要なはずで、真剣にあらゆる可能性を考えていく。
タイミング的に父上の戦線拡大を受けてのことだろうか? 大陸に介入しようとしているのだろうか?
王家が父上を派遣したのは、元々介入が目的ではあり……その可能性が高いようにも思える。
ただなぁ、王太子は何かにつけて突拍子がないからなぁ、こんな予想は無意味な気も……。
と、そこでノックがあり、返事をするとコーデリアさんが静かに入ってくる。
今日はしっかりと化粧をしてのおしゃれモード。
コーデリアさん好みの白を中心としたドレスではなく、赤や黒を中心としたコーディネートの力強い印象のドレスと帽子……どうやら今日はエリザベス嬢との茶会だったようだ。
エリザベス嬢とコーデリアさんは、友人と言って良いような間柄となっている。
エリザベス嬢が一方的に気に入って構っているような状態を、コーデリアさんが受け入れた結果がそれで……エリザベス嬢との茶会などを行う際には、エリザベス嬢が選んだドレスを着ることが多くなっていた。
濃い目の化粧もそういうドレスも、俺の好みではなかったのだけど、愛しい人がやるとまた違って見えるもので、
「今日もお綺麗ですね」
と、声をかけるとソファまでやってきたコーデリアさんは嬉しそうに微笑んでから腰を下ろし、真剣な表情となって口を開く。
「エリザベス様とのお茶会の際に、今までに見たことのない方を何人かお見かけしました。
……カーター子爵の下にどなたかいらっしゃっているみたいです。
そしてその様子を見たジョージナが……王城でお見かけした方々だと言ってました。
多分、王様の側近なんじゃないかって……」
王? 王の側近? そう言えば以前、王に何か動きがあるって報告があったな?
フリーニとアダムソンの地方法院出向組に簡単に調査はしてもらったが、はっきりした結果は出ないままで……それは王都を離れるという予想外過ぎる大きな動きをしていた、からか?
王が王都を離れること自体は珍しいことではない、特に今の季節ならただの夏季休暇という可能性もあるが……それでいきなりカーター子爵の下に、というのは明らかにおかしい。
普通は王都の近くから順番に巡っていって、その動きが新聞で報道されてこちらに伝わってきて、それを見てこちらも準備をして……となるはずなのだが、何がどうなっているやらなぁ。
そして何かが起きつつある王都は王が不在……と。
いやまさか、まさかそんなまさか……王が不在なのを良いことに好き勝手しているとか、そんなまさか。
自分が王太子ならそんなこと絶対にしないし、した所で得るものなんてないはずだが……。
……何の根拠もない話だが、これは王と王太子が全くの別口でやらかしたという可能性も出てきたなぁ。
そうなると子爵領で何が起きているかという調査をしたいが……カーター子爵に無礼は働きたくないんだよなぁ、諜報員を送ってそれが露呈した時のリスクと考えるとなんとも悩ましい。
「旦那様、もしであればあたしが色々と調べてきますよ? エリザベス様からはお茶会以外にもお買い物や散策のお誘いも来ていますし……」
考え込んでしまっていた俺の表情を見てか、コーデリアさんがそう言ってくれる。
コーデリアさんに頼って良いものか……? いや、それよりはいっそのこと……。
「そういうことならコーデリアさん、一緒に子爵領に出向きましょう。
以前カーター子爵に来て頂いたことに対する返礼もしなければなりませんし、二人で堂々と旅行をしながらの調査ならば無礼にもならないはずです」
俺がそう言うとコーデリアさんは嬉しそうに、本当に嬉しそうに目を輝かせてくれる。
「それはとてもとても素敵だと思います!
エリザベス様もきっと喜んでくださいます! えっと、それと行きたいお店とかもあるので、そこにも行って美味しいご飯も食べましょうね!」
そして上がったテンションそのままにそう言ってソファから立ち上がり、俺のことを椅子ごとその大きな両腕で抱きしめてから、準備でもするのか足早に執務室から駆け去っていく。
それを見送ったなら椅子の位置を戻し、それからメモ帳を取り出してすべきことをリストアップしていく。
そうやって5分か10分か、それくらいの時間が過ぎた頃にライデルとフィリップ、バルトロが執務室へとやってくる。
「兄貴もちゃんと甲斐性があったみたいで安心したよ」
と、フィリップ。
「近隣との友好外交はとても重要なことです、不在の間はお任せください」
と、ライデル。
「……もし仮に王が隣領にいた場合どうしますか? 隣領での暗殺は難しかろうと思いますが」
と、バルトロ。
フィリップとライデルにも色々と言いたいことがあったが、何よりもバルトロに言いたいことがあって、俺は咳払いをしてから言葉を返す。
「確かに王に殺意を抱いているが、だからといってなりふり構わず暴れるつもりはないし、カーター子爵に迷惑になるような形は避けたいと思うくらいの理性はある。
隣領にいたとしても特に何かをするつもりはない、どうしてそこにいるのか、いつまでそこにいるのか、今後どう動くのか……その辺りの情報収集はしたいがな、それ以上のことをするつもりは今のところはないぞ。
……それとだ、出来ればまずは王太子を殺したいと考えている、王太子より王を先にというのは、色々と問題がありそうでなぁ」
王太子を殺したい、その首を取りたいというのは既に公言していることだ、使者にそういう要求をしたこともある。
それには相応の理由があって、向こうもそれを理解はしているからそこら辺を理由に処罰を下そうとはしてこないでいる。
だから今の状況でなんらかの方法で王太子を殺したとしても、交渉の余地があると言うか、その後の関係を維持出来る可能性はある。
では王太子より先に王を殺したらどうなるか?
答え、王太子の馬鹿が即位してしまう。
即位し王と言う一応のストッパーがなくなった王太子がどんな馬鹿な真似をするかは予測不可能で、そのせいで俺の目的が果たせなくなってしまう可能性も十分にある。
そもそも俺は王族を殺したいと思っているが、この国を滅ぼしたいとは思っていない。
王を先に殺してしまってはこの国まで巻き添えにしてしまう可能性が高く……それはありとあらゆる面においての悪手だろう。
「……今すぐに王を殺すよりは、まずは王の人となりを確かめ、場合によっては取り入って今後のための隙を作り出すというのが最善だと思う。
飛空艇や最新の鎧など、こちらの技術を見せつけるのも悪くないかもしれない。
それによって王がこちらを脅威と考えてくれれば……王太子の首を差し出してくれるかもしれない。
……ここで無理をするのではなく、今後のための布石のための一手と思って、隣領でのコーデリアさんとのひとときを素直に楽しむことにするよ。
頑張ってくれているコーデリアさんを労う意味でも大事なことだろうからな」
と、俺がそう言うと三者同時に頷いてくれる。
そして、
「うんうん、おいらも護衛でついてくついでにシアイアとデートしてくるよ」
「そろそろお世継ぎもお願いいたします」
「王にドルイド族の姫と仲睦まじい様子を見せつけるのも妙手かと」
フィリップ、ライデル、バルトロの順でそんなことを言ってきて……それを受けて俺は苦笑いを返し、素直に旅行を楽しむかと思考を切り替え、準備のためにと立ち上がり執務室を後にするのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は旅行関連のあれこれとなります




