魂胆
今日は隠し倉庫と言う名のお宝部屋の中身の整理を行うことになった。
元々は地下倉庫で、その入口を絨毯で隠していたようなのだが、なんらかの補修が行われた際に上に床板が張られてしまったようで……そのまま封印状態となってしまったようだ。
フィリップが床板を踏んだ際に違和感があると言わなければ発見されなかったその部屋には、何冊もの本と結構な量の書類、そして隠し財産のつもりなのか結構な宝石と銀貨があった。
大雑把にどれくらいの量があるかは把握してあるのだけど、宝石の種類の確認や銀貨がいつの時代にどこの国で発行されたものかなどの確認も必要で、フィリップ、ビフ、ボガー、ライデル、バルトロが執務室に来てくれて確認と整理を手伝ってくれている。
宝石の鑑定が出来るらしいフィリップと手伝いのビフとボガーが宝石の確認、硬貨のコレクションをしているらしいバルトロに銀貨の確認、ライデルと俺で本と書類の確認で……本も書類も我が家にとっては貴重な資料となるので、一つ一つ丁寧に読んで確認をしていく。
読み終えたなら重要度や書かれた時期での分類をしていって……大体3割程を読み終えた所で、コーデリアさんが見学にやってきて、まずはフィリップ達の宝石鑑定を覗き込み、次にバルトロの銀貨鑑定を覗き込み、それから俺達の下へとやってきて声をかけてくる。
「旦那様、お疲れ様です……何か珍しい記録など、見つかりましたか?」
自分用のソファを持ってきて隣に座り、柔らかに微笑みながらのその声に俺は頷いてから手を止め、言葉を返す。
「えぇ、色々な記録が出てきましたが、特に面白いのはこの裁判記録の束でしょうね。
領内各地での裁判や、地方法院での裁判の内容と結果、それとかかった費用についての記録があります。
特にご先祖様は費用についての記録に力を入れていたようで……要約すると裁判になると勝っても負けても費用がかかり過ぎるから、出来るだけ裁判になる前に解決しなさいと、そういうことを伝えたがっているようです、これらの資料はそのための教訓という訳ですね」
「……えっと、こちらの国での裁判はそんなに費用がかかるものなんですか?」
「裁判自体にはそこまでかかりません、領内各地の裁判も最終的には領主がスパッと解決させるのでそこまでの負担ではないようです。
……ただご先祖様が地方法院で争った裁判が凄まじい内容となっていまして、たとえばこちらの資料を見てみると……120年前の裁判ですが地方法院の裁判官とその実家、地域を担当している教会に結構な額の賄賂を贈っているようです。
その上で裁判を成立させるための軍事力、脅しのための兵力を集めているようでそれでもかなりの予算を使ってしまっているようですね。
そして裁判は判決までに3年かかり、その間の賄賂、兵糧、傭兵への支払い、協力してくれた者達へ送った肉やワインなどの費用で、結局税収5年分の予算が吹き飛んだそうです。
裁判のために借金までしたとか……更には何人かの死人も出ているとかで小競り合い程度の戦闘もあって訴訟相手共々大損となったようです」
俺のそんな言葉に驚いたのだろう、コーデリアさんは目を丸くしてのちょっとだけ可愛らしい顔を見せてくれて……ついでに話を聞いていたらしいフィリップ達も唖然とした顔をこちらに向けてくる。
……そもそもこの頃の裁判は裁判の体を成していない。
裁判に提出されている証拠も誰が書いたかも分からないような書類ばかりで、証言をしている者の身元確認もかなり曖昧。
証拠や証言の正確さよりもどこの誰々が真実と保証したということに比重が偏っているようで、そのどこの誰々を動かすための賄賂やらが決め手となってしまっている。
今の裁判は前世の科学捜査程ではないにせよ、賄賂はもちろん厳禁で、被告原告に近い証人は証言能力なしとされるし脅しなんてもちろん駄目だし、相応の捜査もするようになっている。
例えば殺人事件などであれば凶器という重要証拠や動機、アリバイなんかをしっかりと調べ上げるようにしていて……前世生まれの俺が想像する裁判にまぁまぁ近い内容となっている。
……だがこの記録の中にある裁判は全くの別物だ、ご先祖様はどうにか教訓を残そうとしてくれていたようだが、今となってしまっては教訓としての価値はなさそうだ。
そうすると資料的価値はないように思えてくるし何が面白いんだ? と、なるかもしれないが……裁判内容と判決がとても面白かった。
残っている裁判資料は大体300年前から100年前の間のもので、領主が地方法院に訴えるような裁判なものだから、その内容は大体が領地争いに関するもの。
あるいは漁業権だとか領堺にある森の扱いに関してだとかも多いが……この領地争いに関する判決内容が中々面白かった。
「そんな大損ばかりの話、面白くないかもと思ったかもしれませんが、たとえばこちらの資料だと今は南領が管理している山がこちらの領地ということになっています。
こちらでは北の水源が、カーター子爵が管理している平原もこちらの領地という裁判結果になっていますね。
そんな古臭い資料がなんだと思うかもしれませんが……これらは地方法院にも記録が残っているであろう、正当性の確実な資料ですから、今後役に立つこともあるかもしれません。
ご先祖様は全くそういう意図はなかったようですが……どれもこれも面白い資料になってくれそうですね」
と、俺が言葉を続けると今度はライデルとバルトロが反応を示す。
どちらもこれらの資料の価値を分かっているのだろう、後で自分も確認してみたいとソワソワとしてしまっている。
もちろんそれからまた別の判決が出たとか、なんらかの交渉が行われたという可能性もあるが……そういったハッキリとした決着をせずになぁなぁで今の境界線となっている可能性もある。
その場合はこの資料が領地返却または奪取の正当性を担保してくれる訳で、実際に領地を得るまでいかなくても、なんらかの交渉材料として使えるなんてこともあるだろう。
……なんてことは声を大にしては言えないのでニッコリと微笑んでみると、コーデリアさんも母上の下で学んでいるからか察してくれたようで、なるほどと笑顔を返してくれる。
ライデルとバルトロはどう役立てようかと思案し、フィリップ達は貴族怖いと表情で語っている。
そんな周囲の反応も確認してからコーデリアさんは、少しだけ前のめりとなって言葉を返してくる。
「……それなら今回の徹底調査は大正解だったと言う訳ですね。
歴史のあるお屋敷だとこんなことがあるのかと驚かされました、ずっと気付かれない地下室なんてものが存在しちゃうんですもんねぇ……。
……そう言えば他にも隠し部屋があったんですよね? そちらには何があったんですか?」
瞬間空気が凍る、特に隠し部屋の確認をしてしまった俺、フィリップ、ライデルは表情も凍る。
しかしそのまま何も返さない訳にもいかないので、覚悟を決めた俺が代表する形で言葉を返す。
「あの部屋は父上の個人的な趣味の部屋でしたので、深くはお気になさらず。
……しかも若い頃の、恐らく今では存在も忘れているような部屋だったようなので、我々も存在を忘れるつもりです」
余計なことは言わずに簡潔に。
……若気の至り、恐らく結婚後は使わなくなった部屋、そのまま忘れていたのか片付けや処分をしていなかった部屋。
あの部屋に突入したのが男だけだったのは幸いだった、女性だったら相応のショックを受けていただろうし、母上が知ったらどう思ったか……。
母上はなんだかんだとお祖父様の所業を呑み込んでいる人ではある。
それだけの懐の大きさはあるのだけども、それでも嫌悪感は抱いていたし、良い顔は出来ないというのが正直な所なのだろう。
……あの部屋にもきっと良い顔はしないはずで、母上にはあまり知られたくない話でもあった。
だからその日のうちに片付けた、処分出来るものは処分した、余計な人手は呼ばずに三人で……変な疑惑を呼ぶ訳にもいかないので部屋を出す前の段階で何か分からないレベルに壊すとか、部屋の中で燃やせるものは燃やしてしまうとか、最終的には飛空艇まで持ち出して海中に投棄するとか。
……最後のはあまり褒められたことではない、ただただゴミの不法投棄なので申し訳なく思う気持ちもある。
だけどもアレは流石になぁというのがあって、簡単に処分も出来ない代物だったのでそうするしかなかったのだ。
「……浮気は駄目ですよ?」
妙な勘を働かせたのか首を傾げながらコーデリアさん。
「しませんよ!?」
あまりにも唐突すぎて声が裏返る。
貴族としてはしませんと即答するのもどうかと思うのだけど、我が家ではそういうことになっている、俺の精神衛生上もその方が良いのだろう。
跡取りとかは……まぁ、コーデリアさんがなんとかしてくれるだろうし、戦場から帰還した兄上の子という選択肢もある。
「あっはっは、姉貴、そーいうのじゃないから。
男の情けってやつ? 兄貴も父親に恥をかかせたくなかっただけだよ。
あの部屋は……長年掃除していなかったからかカビ臭いし、天井壁床張り替えた後は物置にするのが一番かな。
一度カビが出た部屋はそうやって手を入れてもカビが隠れていることがあるから、中に入って寝ちゃ駄目だよ。
今バーバラ様が作ってる凄い薬があれば平気なんだろうけど、あれもまだまだ完成しないんでしょ? なら気をつけないとね」
「分かりました、フィリップの言う通りにします。
……そしてバーバラ様はカビ……とか菌とか真菌? とかのの病さえも治すお薬を作ろうとしていらっしゃるのでしたね。
本当に凄いお話です……ロブル国には厄介なカビの病気があるので、完成したらぜひ融通して欲しいです」
と、コーデリアさんはそう言って窓から西の方を見やる。
……そうか、海流の影響で温暖ってことは湿気を含んだ暖気が入り込んでいるということでもあって、カビなんかが発生しやすいのか。
カビと細菌と真菌をごっちゃにしているけど、まぁそもそもそういう定義もこちらにはないからなぁ。
大雑把にカビのせいとされている細菌性の病気も多そうで……と、そうなると確かにペニシリンの出番は多そうだなぁ。
まぁ、ペニシリンは耐性菌だとか使い方に気をつけないといけない薬だから、そう簡単には輸出出来ないのだけど、それでも用法を遵守するという条約の下で輸出するのも悪くないのかもしれない。
と、そんなことを考えていると、表情から俺の考えを読んだのかコーデリアさんが深い笑みを見せてくれる。
俺が輸出に前向きだと分かってしまったのだろう、本当に嬉しそうで……その笑顔に見入っていると、ノックがありバトラーが中に入ってくる。
「ブライト様、大陸より緊急の連絡です。
先代様が王党派、革命派両方の軍を撃破し、支配地域を拡大したようです。
その拡大速度はかなりのもので、首都に迫りつつあります」
その報告に流石に目を丸くすることになった俺は、問いを返す。
「……いきなり首都とはまた驚かされたな。
何があってそうなった?」
「どうやら税制の改革を政策として打ち出したようで、複雑な計算を絡めながら実質無税にすると新聞社を通して発表したようです。
それにより同調する平民が増えて、一部の地域では蜂起が始まり先代様達と合流しようとしているようです」
そう言われて俺は「なるほどなぁ」と呻いて頭を抱える。
「え? 無税ってそれでどうやって軍を運営していくつもりなの?」
そして当然の疑問の声をフィリップが上げて、俺は頭を抱えたまま言葉を返す。
「軍事物資は俺が融通しているからな、無税でも困らないんだよ。
それでもそんな政策、その後の統治を考えたらすべきではないんだが……父上達はその後の統治のことなんて気にしてもいないんだろう。
無税政策で国内を荒らすだけ荒らし、自分達が管理出来る地域だけ税制を戻していって、最低限の領地だけを確保するつもりなのかもしれないな。
複雑な計算にしているのも恐らくはそれが理由だろう、無税政策撤廃と言えば拒否感が強いのだろうが、一部改正だとか計算法を一部修正するだとか言って徐々に元に戻していく……という感じなんだろうな。
そんな方法で本当に上手くいくかは未知数だが……上手くいかなくても構わないんだろうなぁ」
「なるほどねぇ~。
でも急にそんなことし始めるなんて、どうしたんだろうね? 今までは堅実にやってた訳でしょ?」
「……理由があるとすると恐らくこれだろうな」
と、俺はそう言って紙を1枚手にとって、簡単な周辺地図を描いてやる。
こちらの島があって大陸があって、父上達の拠点が大陸沿岸にあって……そこからそう遠くない島二つが賠償として手に入った俺の領土で。
「……ここが我が家の領土となったことで海でこちらと繋がったと言うか、一つの勢力圏となったと見ることも出来て、そのおかげで父上は周辺海域でも自由な動きが取れるようになったんだ。
海路での物資輸送なども可能になったし、いざとなったらこの島に逃げるという脱出案も組み上がったに違いない。
その結果、精神的にかなりの余裕が出来て、それで賭けに出た……のかもしれないな」
「……ははぁ、そういう感じかぁ。
しかしそうなるときっとあの人は……」
「あぁ、まぁ、うん、そうだろうな」
フィリップの言葉にそう同調すると、フィリップはこちらを見て頷いてきて……きっと同じことを考えているのだろう。
そして俺達は、
『これだけじゃなくて何かロクでもないことをやらかそうとしているに違いない』
と、異口同音にそう言って、同時にやれやれと首を左右に振るのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回、父上やら何やらの予定です




