報告
夏には執務室の大きな窓が開けられることになる。
簡単には開かず、専用の長い棒のような金具が必要で、開閉に相応に苦労もするのでバトラー達が毎朝開けて毎晩閉めてくれる形となる。
そして春にはほとんど使っていなかった暖炉にも火が入れられて……これにより部屋が涼しくなってくれる。
夏場に暖炉? と、子供の頃は疑問に思ったりしたのだが説明を受けると納得出来る話だった。
まず暖炉の火により空気が乾燥するので湿気払いとなる。
更に煙突を通る形の上昇気流が発生するので、部屋の中に空気が循環するようになり、乾いた空気が常に循環することで涼しくなる……という理屈だ。
ついでに暖炉の中に独特の香りのするハーブを放り込めば虫除けにもなって、網戸のようなものがなくても虫が入ってこなくなる。
その匂いは前世で嗅いだ蚊取り線香にどこか似ていて……除虫菊のようなハーブなのだろうか?
とにかく、それがこちらの世界における夏の執務室の光景で……そんな執務室で政務に励んでいると、まずフィリップがやってくる。
しかし特に報告があるとかではないようで、自分用のソファを窓の側に置いて座り……窓から入ってくる爽やかな空気を楽しんでいるようだ。
他の部屋にも暖炉はあり、虫除けも行っているはずなのだが、執務室程の大きさの窓はなく、空気の通りも良くはなく……快適な空間を求めてここにやってきたらしい。
そしてまた来客、今度はバルトロが姿を見せて報告があるのだろう、俺の机の前にピシッと背筋を伸ばして立つ。
「賠償が決着したか?」
俺がそう問いかけるとバルトロは小さく頷き、それからハキハキとした声を返してくる。
「ご賢察の通り、決着いたしました。
地方法院に出向中のフリーニ、アダムソン両名の協力もあり、こちらの望みは全て通った形となります。
まずオーザド伯の領地であるいくつかの離島を得ました。大陸近くに三島、ここの北部に二島。
いずれも観光地であり、税収はかなりのものとなっており……また観光に来る客人と交流が出来ること、影響を与えられることに価値があると考えます。
そして現金もいくらか……と、言ってもあまり蓄財をしていなかったのではした金ではありますが。
それだけでは足りぬということで収集していた美術品も得ました、こちらは後日届きますので、その際に詳細を説明させていただきますが、簡単に説明すると飛空艇10隻分にはなるかと。
最後に人材です、件の決闘に参加した騎士、サー・マイクロフトに加えデイム・ジョージナを得ました」
……サーは男性騎士に与えられる称号、そしてデイムは女性騎士に与えられる称号。
我が家で雇っているライデルのような実務的な騎士というよりも、どちらも名誉的な騎士に与えられる称号で……バルトロがわざわざ引き抜いたということは、どちらも相応の人物ではあるはずだ。
「マイクロフトはその腕を買ってか? そしてジョージナとはどんな人物だ?」
「サー・マイクロフトはその腕だけでなく軍略においても中々の人物で、特に王宮に提出した補給線に関する論文は目を見張るものでした。飛空艇の運用に関しても彼の助言は必ずや役に立つはずです。
……デイム・ジョージナは女性ながら鎧を見事に駆るだけでなく、政務においても一流でその点を評価していますが……それ以上に保護の意味もあって獲得させていただきました。
勝手な判断ではあったと思いますが、必ずやブライト様のお役に立つことでしょう」
保護……保護か。
王都で活動しているオーザド伯が所有していた人材で女性、それを保護……つまり、
「美人なのか?」
と、俺がそう問いかけるとバルトロはこくりと頷く。
「はい、今年で18歳となる見目麗しいデイムで、その美貌は並ぶ者なしとまで称賛されております。
そのせいで半ば景品のような扱いをされていて……貴族間で売り買いされたり交換されたりとしていたそうです。
それを手に入れたオーザドは王太子への捧げ物としての価値を見出していたようでして……」
そんな説明を受けて俺は頭を抱える、なんかもうストレス性頭痛はお友達って感じだなぁ。
「色々と聞きたいことがあるが……まず18歳でデイムの称号を賜ったのか? それ程の活躍を?」
「いえ、美貌が最大の理由でしょう。
もちろん有能な人物ではあるのですが、その若さで称号を得られる程とは思えません」
「……そうか、ロクでもない話だ。
で、売り買いや交換とは? 王都ではそんな真似が当たり前のように行われているのか?」
「人身売買とはまた少し違った印象ではありますが、行われていたようです。
奴隷のような扱いを受ける訳ではなく、相応に尊重はされていますが、仕える相手は選ぶことは出来ないと、そのような形となります。
本人はこれを苦痛に感じ、どうにか逃げ出そうとしていたようですが、称号の重みもあって難しかったようで……貴族が邪な手で触れる前に保護出来たことがせめてもの救いだったと思います」
「……更にロクでもない話だ。
しかしわざわざこの機会に保護するような相手とも思えないな、保護を目的とするなら良い機会ではあったのだろうが、お前に任せたのはあくまで賠償交渉であり、賠償をもぎ取ることが目的のはずだ。
……さてはデイムは縁者だな?」
「お恥ずかしながらその通りで……妻の家系の者で情が湧いてしまいました」
「……分かった、まぁ良しとしよう。
しかし事前の相談が欲しかったし、勝手ばかりでは困ってしまう。
デイムと共に働きでもって返してくれることを期待する。
……得たものはこれで終わりか?」
「表向きにはそうですが、裏向きにもう一つ。
オーザド伯は王太子よりいくつかの遺跡の発掘を任されていたようで、そこから発掘品を手に入れていたようです。
それらは王太子への捧げ物として梱包されている途中だったようで……美術品として全て手に入れました。
自分は残念ながら発掘品に関する知識を持っていないため価値は分かっていませんが、ブライト様であれば見事役立ててくださるものと信じております」
「そ、そうか……しかしそれだけの物を得たとなると、運搬の際に妨害や盗難があるのではないか?
もし運搬がこれからならライデル達を派遣するが……」
「そちらに関しましてはフリーニ、アダムソン両名の責任に置いて法院騎士達を派遣し、護衛させているので問題はないと思います。
ご不安のようでしたらアレス男爵を派遣するか、飛空艇を派遣してどこかで回収してしまうのがよろしいかと」
そつがないと言うか何と言うか……親戚筋のお嬢さんを守るという自分のやりたいことをやりながらそれ以上の成果で俺を納得させてくるというのは、流石の老獪さだと感心してしまうなぁ。
正直発掘品がなかったら顔をしかめていた所だが、複数の発掘品があるのなら文句は言えないよなぁ。
……発掘品は、現状由来が不明にも程があるオーパーツだ。
この近隣の品だけがそうなのか、この国中のものがそうなのかは確かめておきたい所で、王都周辺の品が手に入ったならそこら辺の研究が一気に進むことになる。
また発掘品から手に入る技術やパーツは、どれもこれも有用で騎士の武器や鎧の改良が一気に進む品でもあるので、そちらの意味でもありがたい。
こうなるとデイムに関する独断なんてどうでも良くなるレベルで……むしろ主の欲を十分に満たしながら、己の欲まで満たした手腕を褒めるべきなのだろうなぁ。
「……分かった、よくやってくれた。
期待していた以上の成果と言えるだろう、他にも細々とした仕事に気を回してくれていると聞いている。
毎日届けられる報告書の内容にも感心するばかりだ……これからも私のために働いてくれ」
「は、お褒めのお言葉を頂戴し恐縮するばかりです」
と、そう言ってバルトロは背筋を伸ばし、黙って話を聞いていたフィリップが軽い拍手をしてくる。
恐らくフィリップは素直に感心してそうしているのだろうが……態度とかタイミングとかが、妙に煽っているようにも見えてしまうなぁ。
しかしまぁ、バルトロは気にした様子でもないようで平然としていて……その状態のまま言葉を続けてくる。
「今回得た二人の騎士についてご相談があるのですが、よろしいでしょうか?」
「……なんだ?」
「サー・マイクロフトは自分の副官として使おうと考えております。
自分ももう良い歳ですので、その補佐をしてくれる人材がいればより円滑に仕事をこなせるかと思います。
デイム・ジョージナはバーバラ様のお側に置いていただければと考えております。
ドルイド族の護衛、大いに結構ですが貴族としての交流の場においてはジョージナの方が活躍出来る場面もあるはず、同じ女性としてジョージナも学ぶことが多いでしょうから、是非にお願いしたく思います」
「副官も姉上の護衛も全く問題ないが……姉上に貴族としての交流の場があるかはなんとも言えないぞ?
研究一筋で、我が家のサンルームにいるか、姉上のために建てた研究所にいるか、森の中にいるかのどれかばかりだからなぁ……。
その場合は表舞台に出ることなく地味な仕事ばかりになってしまうが、問題はないのか?」
「は、本人にも確認を取りましたが、問題はないとのことでした。
またブライト様についても聞き及んでいるようで、その姉君を守れると聞いて奮起しておりました。
……最近耳にしたブライト様の女性の扱い方からも彼女を任せるのに不安はありません、どうぞお願いいたします」
「うん……うん??
いや、なんだ、その扱い方って、一体全体何の話だ」
バルトロの言葉の中にどうにも聞き流せない単語があって聞き返すと、バルトロは静かな顔でフィリップを見やる。
するとフィリップや何故だか照れた様子で髪をいじりはじめ……舌を出してウィンクをし、女性のようにしなを作ってのポーズを決めてくる。
「ごめん、前に相談したこと、ついつい話しちゃった」
そして悪びれもせずそう言ってきて……どうやらシアイアとの関係についての助言をペラペラと話してくれやがったらしい。
……まぁ、一番聞かれて困る相手だったはずのコーデリアさんには既に聞かれているから問題ないと言えばないのだが……言いふらされて良い気分のする話でもない。
コーデリアさんは、女性の扱いに手慣れ過ぎている様子の俺に不安を抱いていたようで、それがあの話で払拭されたとなってご機嫌で……それはもうご機嫌で、ドルイド族の知り合いなんかにあの話をしてしまっていて、そちらはまぁ許せるのだがフィリップのはなぁ、からかい目的も入っていそうなので素直に受け止めることが出来ない。
と、言うかだ、あの話を聞いて不安はないってどういうことだよ。
どういう理解をしたらそうなるんだ?? その美貌に振り回されて可哀想なことになっていた女性が安心出来る要素なんて一つも無かったと思うんだがなぁ……。
……まぁ良いか、女心を理解しきれるなどと思うなとそう言ったのは他の誰でもない俺なのだからなぁ、よく分からないままではあるが受け入れるとしよう。
「……そこら辺りに関しては深く考えないことにする。
デイムについては姉上とバルトロに任せるから好きにすると良い。
その経験を鑑みるに俺が下手に関わるのは良くないだろうし、そういう意味でも姉上の護衛は適任だろう」
あれこれと考えた末にそう返すと、フィリップはからからと笑いバルトロは静かに頷く。
そうして一通りの話が決着したかと安堵した所で、またもバルトロが言葉を続けてくる。
「それともう一つ、これはただの噂で確証のある話ではないのですが、陛下が動き始めたとの情報が流れています。
何を目的としてどう動いているのかはまだ分かりませんが、何らかの目的をもって本来なさらない動きをしているのは確かな様子。
最近の王太子の問題に関わることなのか、それ以外なのか、現状判断はつきませんが、なんらかの警戒はしておくべきかもしれません。
もしであれば王都周辺で交渉中のフリーニとアダムソンに調査を任せますが……?」
「……王の動きねぇ。
まぁ、調査自体は構わないが、目立たないようにな。相手が王となると下手な動き一つで問題になりかねない。
今は発掘品他の回収を最優先、それ以外のことは放置でも構わないだろう。
王ならば流石に迂闊なことはしないだろうし、何かをするにしても動き始めてからの対応で十分間に合うはず……一応の警戒はするが、それ以上は必要ないはずだ」
と、俺がそう返すと今度こそバルトロの話は終わったようで、それを見計らってかバトラーがティーセットを載せたワゴンを運んでくる。
バトラーが気を利かせてそうするくらいの長話となっていたようで……それから俺達は静かに準備が終わるのを待ち、喉を休めるためのティータイムを無言で堪能するのだった。
お読みいただきありがとうございました。
今回から新章開幕です




