司教
あれから数日が経って……そろそろ母と姉と妹が帰ってくるらしい。
鉄道と飛空艇の発展で帰って来ようと思えばその日のうちに帰って来られたはずの母達が、あえてお祖父様の領地で療養していたのには理由があり……それは純潔の確認のためだった。
好色で知られる王太子、その人質となっていたとなれば、当然そういう噂も立ってしまう。
俺がすぐさま保護し教会に依頼して純潔の証明をしてもらったとしても、真実を隠そうとしているだけと言われかねず、姉達の名誉を傷つけてしまう可能性がある。
お祖父様の領地には、大きな教会があり、他国にも影響するような結構な立場を経験したことがある女性の司教様がいて、その人に確認してもらったなら、公平性が担保出来て噂が立つことはない……らしい。
まぁ、そうでなくても人質生活から解放されたばかりという状況では、気心の知れた女性が側にいることが重要なはずで、司教様やお祖母様がいる領地で休養するというのは、大事なことのはずだ。
……正直に言ってしまうと、前世でも女性との縁は無かったので、そういうケアだとか気遣いだとかは苦手も苦手で、お祖母様やお祖父様、その司教様がフォローしてくれるのはとてもありがたい。
とまぁ、そういう訳で俺は……あれからずっと屋敷に滞在しているお祖父様と共に、母達を出迎えに行こうと朝から準備を進めていた。
新聞や手紙の確認だけは欠かせないので手早く終わらせ、それが終わったならメイド達に歓迎の食事や、お茶や茶菓子の準備などもさせ……少しでも気が紛れてくれたらと、いくつかのアクセサリーやドレスなんかも用意をしておく。
人質生活からの心の切り替えというのは大切なはずで、これからは何の気兼ねもせずに贅沢な暮らしをして心を休めて欲しいという俺なりの気持ちを示すためだ。
そうした屋敷内の準備が終わったなら、次は飛空艇でも鉄道でも、母達が望む交通手段で屋敷に来られるようにと手配を進めて……と、そんな指示を出している時だった、関所からの連絡を受けたらしいバトラーが駆け寄ってきて、何があったかの報告をしてくる。
「ブライト様、王城からの使者がやってきているそうです、もう間もなく関所に到着とのことで……全身鎧で武装した護衛も連れてきているようです」
それを受けて俺は思わず、
「またかよ!?」
と、声を上げてしまう。
貴族としては良くないことだが、たったの数日でまた使者って、しかも武装しているって……呆れて声の一つも出てしまうというものだ。
仕方なしに歓迎の準備はバトラーに一任、更に迎撃軍を起こすように命令してから、お祖父様の下に事情を伝えにいく。
「儂は忙しいのでな、ブライトに任せよう。好きにやると良い」
すると返ってきた答えはそんな内容だった。
母達の歓迎と俺の婚約者探しと、お祖父様もまだまだ忙しいようで、使者なんぞに構っている暇はないようだ。
「分かりました、すぐに戻ります」
そう声を返したなら、倉庫へ。
屋敷の裏にある石壁作り、扉は鉄製、いかつい錠前のされたそこを開けて武装をして……それから以前のように駆けつけてくれたライデルと共に飛空艇駅へ。
関所に到着したなら、以前のように歩廊へと駆けていき……いつでも攻撃できるように兵士達に武器を構えさせる。
今回は全身鎧での武装をしているとの話で、前回のように穏便に済むとは思えない……いきなりの先制攻撃を受ける可能性もある訳で、いつでも反撃出来るように構えさせる必要がある。
そうこうしていると、貴族用の箱馬車と、兵員輸送用のワゴンが視界に入り込む。
ワゴンもまた馬に引かせているので馬車と言えば馬車なのだけども、天井がなく壁は稼働式の、展開するものとなっていて……展開次第に中の鎧騎士達が飛び出し、すぐさま戦闘に入れるという、そういう仕組みのものとなっている。
箱馬車が動きを止め、すぐさま展開が始まるかと思ったがそういう気配はなく……とりあえずいきなりの攻撃はないようだ。
箱馬車のドアが開き、中から一人の若者……真っ赤な赤髪の若者が姿を見せる。
大公のそれによく似た貴族服に……とにかく目立つ、絵の具を塗りつけたような真っ赤な髪。
赤髪と言っても普通は、赤みを含んだ茶髪で、あんな風に真っ赤になるものではない。
そんな髪をまとめるでもなく、手癖で軽く撫でたというような乱れ方で靡かせているその男の目はひどくつり上がっていて、なんとも好戦的な表情をしているように見える。
「ブライト! この悪逆伯爵め! 誘拐した女性達を解放するが良い!」
そして第一声、挨拶をするでもなくいきなり侮辱をされて俺は、内心攻撃したくてしょうがなくなるが……相手が何を言っているかも、何がしたいかも全く見えてこないので、とりあえず、嫌々ではあるが対話をしようと試みる。
「貴様は一体何者だ! 私のことをブライト・ウィルバートフォース伯爵と知って侮辱しているようだが、名乗ることも出来ない卑劣漢なのか!」
「あ、アラン・ディースだ! ディース男爵家嫡男!!
王太子殿下の側近の顔くらい知っているのが常識だぞ!」
知るかボケ、しかも男爵家かよ、よくもまぁ伯爵本人に対して訳の分からん難癖つけてきたよなぁ。
「常識を語るのであれば、まずは先触れを寄越すが良い。
次に貴族の罪を告発したいのであれば、裁判所か教会にその旨を連絡するが良い。
どうしても直談判をしたいのであれば、せめて裁判官なり司教なりと連れてこい!」
……まぁ、王族の一派に常識を説いても無駄なのだろうが、一応言うべきことは言っておく。
ここは関所、商人や旅人の目がある訳で……こちらの正当性はしっかり主張しておく必要がある。
「う、うるさい!!
重税で民を苦しめ、孤児や平民を遊びで殺し、女性に侍ることを強要している悪逆伯爵にそんな必要あるものか!!
その上、殿下のお気に入りの女性を誘拐するなど……恥を知れ! 貴様も貴族なら罪を認めてこちらに下るが良い!」
……してねぇよ、何一つとしてしてねぇよ。
徴税官を廃したことで税はうんと軽くなったし、前世含めて人殺しをしたことなんてないし、家族やメイド以外の女性と……触れ合う所かまともに会話をしたこともない。
領民達からの陳情に耳を貸したことはあるが、それは会話とはまた別の話だしなぁ……一体この馬鹿は何を言ってくれているんだ。
ここであれこれと反論しても良いが……この馬鹿さ加減だと反論したとして聞く耳は持たないんだろうなぁ。
ここで埒のあかない水掛け論をしていると、コレの同類と思われてしまうだろうし……とは言え、言っていることが最悪過ぎて放置も出来ない。
……一体全体どうしたものかと頭を悩ませていると、別の……白馬が引く、真っ白に塗られた、銀十字の紋章を掲げるバナーを揺らす馬車がやってきて、そこから一人の、真っ白いローブ姿の女性が姿を見せる。
どこか神官服を思わせるそのローブには、銀糸での細やかな刺繍がしてあり……同じく銀糸刺繍のされた、ベールと言ったら良いのか、そんな布を頭に巻いた50歳くらいの女性。
……お祖父様の領地にいるはずの女性司教が馬車から降りてきて、こちらを見上げ声をかけてくる。
「ウィルバートフォース伯爵、お久しぶりです……すっかりと見違えて、ご立派になられましたね。
……そして何か揉め事の様子、何があったかお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
セリーナ司教……俺が生まれた時に洗礼をしてくれたとかで、その後も宗教的儀式の際には顔を合わせている。
司教様であれば、今回のような揉め事にも慣れているし、揉め事を解決出来る権限も有している、こんなタイミングでやってきてくれるとは、ありがたいったらないと心の中で深く感謝しながら、事情を司教に話す。
その間、アランは何か言いたげにしていたが……流石に司教様に食ってかかる勇気はないようで、黙って事の成り行きを見守っている。
「……なるほど、それは見逃すことの出来ない事態ですね。
……アラン様、ウィルバートフォース伯爵は、他に類を見ない程善良で公平な統治をされているお方です。
その若さに見合わない程の功績は、教会だけでなく国内各地の様々な人にまで良い影響を与え、尊敬を集めています。
そんな伯爵をどうして、そうも誹謗中傷なさるのでしょうか? このセリーナに教えてくださいませ」
淡々としながらも力強く、幼子を叱るような表情で語る司教様に、アランは顔を真っ赤にして口をパクパクと動かし、先程のように怒鳴り声を上げようとしたようだったが……ギリギリ残っているらしい僅かな理性でもってそうはせずに、ボソボソと何かを語り始める。
言い訳でもしているのか……何か事情を説明しているのか、距離が離れていることもあってこちらまでは聞こえてこないが、司教様には聞こえているようで……アランが語り終えると司教様は小さなため息を吐き出し、ゆっくりと口を開く。
「アラン様、噂だけを根拠に貴族を誹謗するなど、それこそ許されない悪逆です。
証拠もなければ明確な証人もいない、確かに王太子殿下は力ある立場ですが、だからと言ってその言葉全てが真実であるなど、誰にも言い切れないのですよ。
……そして誘拐の容疑とは、まさかウィルバートフォース伯爵のご家族のことではありませんよね?
……はっきり言っておきましょう、教会は王太子殿下によるウィルバートフォース伯爵の母、姉、妹の誘拐及び監禁に関する調査を始めています。
王権を盾に女性を拐かし、その身を盾に死地に向かうことを強要し、挙句の果てに再会をと望み、尽力してきた伯爵を誹謗するなど許されることではありません。
調査の結果、もし殿下の疑惑が事実となれば、ただでさえ悪くなるだろう殿下の立場が、今回のことでより悪くなるのだと理解されているのでしょうか?」
そう言われてアランは膝から崩れ落ちる。
……また王族か、王族がこの茶番を仕掛けてきたのか。
お祖父様が母達を奪還したことに気付いて慌ててこの馬鹿を派遣してきたのか? こちらを誹謗することで自分のやらかしを正当化しようとしてきたのか?
飛空艇と鉄道のおかげで国内の行き来が楽になったのは良いが、そのおかげでこういう馬鹿が次から次へとやってくるのは、なんともなぁ……迷惑にも程がある。
……と、そんなことを考えているとアランが、まるで深い絶望の中で一筋の希望の光を見つけたかのような、そんな泣き笑いのような顔をしながらこちらを見上げ、声を張り上げてくる。
「……決闘だ!! 貴族の誇りをかけて決闘をしろ、悪逆伯爵!
決闘でもってオレの正しさを証明してやる!!」
……ああ、うん、はい、OKOK、分かったよ、決闘ね、己の命を懸けて神に裁定を任せたいって訳ね。
「受けて立つ!!」
と、そう返した俺はすぐさま駆け出して階段に向かい、階段を駆け下り、その間にライデルが開けさせた門を通り……そうして俺が受けると思っていなかったのか、それとも日を改めるとでも思っていたのか、呆然とした表情をしているアランへと向けて槍を構えて、それから司教へと声をかける。
「司教様、立会人をお願いします」
「……分かりました」
司教様がそう返したことで、この場での決闘が決定し、そうしてアランの部下達が……ワゴンの中で控えていた騎士達が大慌てで動き始め、アランに武器を持つよう、防具を身につけるよう促していく。
それでも尚もアランは呆然とし続け……決闘と聞いて集まってきた見物人達に向けて、なんとも情けない顔を披露することになるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は決闘やら、この世界での戦闘法やら
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