捕縛
――――飛空艇に向かいながら ジェミィ
ようやく到着した発着所に鎮座した飛空艇を見て、ジェミィとロックが覚えた感情は感動だった。
最新技術の結晶、空を翔ける船、あれがあれば全てが変わる、今の生活から抜け出せる、夢に確実に近付くことの出来る……と。
その感動はとても大きく、大きいせいで彼らを盲目にしてしまっていて、飛空艇の周囲にある妙に多い防衛塔や、何故そこにあるのかという塀、露骨なまでに人が隠れていそうな荷物の山などを完全に見落としてしまっていた。
そもそもとして王都には飛空艇が少なく、発着所自体も数える程、それを使ったり近付いたり出来るのは王族や一部の貴族だけで、彼らが発着所のことをよく知らなくても無理はなかった。
ここまでの道中で一箇所二箇所目にすることはあったが、ウィルバートフォース領のもの程、先進的でもなければ大規模でもなく……多少不自然な光景であっても、そういうものかと受け入れてしまうという状況が出来上がってしまっていた。
「ふんっ!!」
そんな声が後方から響いてくる、そしてジェミィとロックの後方に控えていた仲間達へと何かが襲いかかり……大きな網のようなものが仲間へと降りかかる。
声を受けて振り返り、その光景を見てジェミィ達はナイフの扱いに長けた仲間がそんなもので捕まるかよと口角を上げるが、しかし仲間が慌てて取り出したナイフは網を切ることが出来ず、周囲に響くのは金属同士がぶつかる音。
まさか金属を編み込んだ網なのか!? と、ジェミィ達が驚く中、その網に雷の魔法石を発動させた時に見ることの出来る雷のような、しかしどこか弱々しい光が走り……網に捕らわれてしまっていた仲間達はそれを受けて体を痙攣させて……動かなくなってしまう。
と、同時にジェミィ達に気配が迫ってくる。
二つの大きな気配、片方はドルイド族の老人で、片方は筋肉質の大柄な男性、両者共にスーツ姿に防具を身につけていて腰に不思議な形状の棒を下げている。
……が、どういうつもりなのか素手でもってそれぞれジェミィとロックに襲いかかってくる。
ドルイド族の老人の戦士がいるとは聞いていた、名前までは調べきれなかったが、かなりの腕前だとは聞いている。
そしてもう一人はジェミィ達にとっても見慣れた男だった。
アレス男爵、王都で暮らしていた者ならば知らない者はいない、もちろんその強さについても知っている。
どちらもとんでもない強者だと言えて、ジェミィとロックはお互いの目を見て語り合い、ロックがドルイド族の老人と、ジェミィがアレス男爵と向かい合う。
戦って勝つ必要はない、どうにかこの場をしのいで逃げ切ればそれで良い、だから自分達にも勝ち目はあると、そう考えて二人は迫ってくる太く力強い腕に意識を向ける。
まず動いたのはロックだった。
老人の袖をしっかりと掴み、迫ってくる勢いを殺すことなく活かして自らの方向へと引き込み、同時に足を払うことで老人を転ばせようとする。
老人はそれに逆らおうとはせずにされるがままに引き込まれてあえて転び、しかしその勢いのまま回転することで再び立ち上がり、逆にロックの服の袖を掴み返しロックの腕を捻り上げようとする。
しかしロックの服は量産品の古着のシャツ、スーツと違って簡単に破けてしまい老人の狙いは失敗となる。
が、それで諦める老人ではないようですぐさま両腕を振るってロックを捕らえようとしてくる。
全身の筋肉を軋ませて空気を斬り裂いて、周囲に驚く程の音を立てながら迫ってくる腕をロックはどうにかいなそうとする。
しかし力が強すぎていなしきれない、受けることは当然出来ない、反撃をする余裕などない。
いなしきれないと言ってもいくらか動きを鈍らせることは出来て、そうして出来上がった隙でもってロックは自らを捕らえようとする腕を回避し続ける、跳ねて転げてステップを刻んで……どうにかこうにか老人の追撃をさばき続けることになる。
一方ジェミィにはそこまでの格闘戦の心得はなかった。
しかし身軽さにおいては一流で、それでもってアレス男爵のことを上手く翻弄していく。
「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
と、雄叫びを上げながら迫る熊といった様子のアレス男爵と、軽業師といった様子のジェミィ。
まるで遊んでいるようにどこか楽しそうに、アレス男爵を翻弄していく……が、アレス男爵もまた並の人間ではなく、戦闘においては国内一の天才と言って良い人物だ。
いつまでも翻弄されるのではなくジェミィの動きを学習し、どう対応すべきかを直感で閃き、ジェミィの予想の上の動きでもって完璧以上の対応をしてくる。
これはまずい。
そう思ってしまうくらいにアレス男爵の動きは洗練されていって、このままではいつか負けてしまうと焦りが募る。
しかし諦めず動き続けて……ロックもまた動き続けて、そんな激しい戦闘の中で目が合った二人は無言の合図をし合い、お互いの背と背を合わせる形を取って息を整える。
もっと呼吸をしろと痛む胸をどうにか落ち着かせて、そうしながら目の前の敵を睨んで……そしてお互いの背から伝わってくる意思をしっかりと読み取る。
こういう状況は初めてではない、今までも何度も経験してきた、そしてその度に乗り越えてきた。
だから大丈夫だと息を整えていると……老人とアレス男爵の動きが一旦止まり、飛空艇の壁が開いて階段となり、そこから誰かがゆっくりと降りてくる。
スーツ姿に独特のハンチング帽の少年……しかし顔は少年の表情をしておらず厳しく引き締められていて、その服装や仕草からいかにも貴族でございますといった空気が漂ってくる。
「投降するのなら悪いようにはしない」
その少年が声をかけてくる。
その目はジェミィ達と……その背後にいる仲間に向けられていて、網で痙攣させられた仲間達は一人残らず拘束されてしまったようで、残るはジェミィとロックだけとなっている。
「既に捕縛した者達も全員無事だ、怪我らしい怪我もなく、こちらで保護をしている。
……ここまで侵入してこれだけの大立ち回りをして、優れた才があるということは十分に分かった。
言いたいことがあれば聞いてやるし、事情によっては望みに応えてやることも出来るだろう、これ以上の抵抗はせず大人しくするように、それがお互いのためだ」
淡々として堂々として揺るがず真っ直ぐに響く声。
自分達よりも圧倒的に幼い少年から発せられた声とはとても思えず、そのことにジェミィとロックは珍しく狼狽することになる。
彼と自分達、一体何が違うのか? 生まれなのか環境なのか……極まった貴族とは幼くしてこうなるものなのか。
少年からは気高さと誇り高さも感じ取ることが出来る、周囲に控える家臣達の態度、表情……少年への憧憬の視線もそれがまがい物ではないということを示している。
着陸台座の上にある飛空艇の階段という高い位置から見下されているがそれが不快ではない、彼が背負う太陽の光が彼を祝福しているように見えてしまうことも何故だか納得してしまう。
それだけの器が少年にはあるのだと、心の何処かが認めてしまう。
そうしてジェミィとロックが領内に入り込んだ時点で薄々感じていながら、目を逸らしていた事実がここに来て形となっていく。
もう目を逸らすことは出来ない、それを事実と認めるしかない、正しく在る貴族がここにいて、それに従う人々も領民達も、誰もかもが幸せに暮らしている土地がここなのだと。
……しかしそれでもとジェミィとロックの目から光が消えることはなく、それを見て少年はどこか残念そうにため息を吐き出してから合図を出し、それを受けて老人とアレス男爵が同時に動く。
だが同時というのは彼らにとって好都合だった、ロックが袖を取って転がし、ジェミィがロックを抱きかかえながらの回避行動を取る。
結果、老人と男爵は全力での勢いのままにぶつかり合うことになり、そのままもつれて少しの間行動不能となる。
その隙を見逃すまいと駆け出すジェミィ達。
包囲されているようだが、完全ではない、絶対に逃げることの出来る隙があると駆けて駆けて……それを受けて少年が追撃命令を出そうとする。
が、それよりも早く響く声があった。
「待って! 任せて!」
いつかに聞いた声、少年よりも幼い少女の声。
同時に馬の蹄が響いてきて……騎乗した貴族令嬢が投げ縄を振り回してくるという、理解しきれない光景がジェミィ達の視界に入り込む。
「はぁ!?」
「嘘だろ!?」
同時に声を上げるジェミィとロック。
そしてそのせいで判断が遅れてしまう。
このまま駆け続けるのか、別の方向に逃げるのか、それとも回避行動に移るべきなのか、その判断をしきれず、更に二人を追い詰めるように響く犬達の声。
左右から挟むように駆けてきた二頭の猛犬から吠えられて思わず跳び上がってしまって、ジェミィとロックの体がぶつかり合って……そしてそこを狙いすまして投げ縄が飛んできて二人の体を締め上げ、その縄を引く少女が得意げな声を上げる。
「捕まえた!!
お兄様、この子達気に入ったので、僕のバトラーにする! 良いですよね! 捕まえたんだから好きにしても!!」
その声を聞いてジェミィとロックは、まさかそんなことを言われるとは思いもよらず、驚くやら困惑するやらでそれ以上何も出来なくなり、その場にへたり込むのだった。
――――痛む頭を押さえながら ブライト
突然の妹のぶっ飛んだ発言に頭が痛む。
ストレス性の頭痛っていうのは即発性がある上にキツいんだなぁ……なんて余計なことを考えてからため息を吐き出し、それからプルミアの方に歩を進めながら言葉を返す。
「プルミア、本人の意思と資格と罪状を無視してはいけないよ。
彼らが本当に望み、しっかり罪を償った後ならばそれも良いけど、いきなり雇うというのは無理があるかな」
「大丈夫! 躾けます!
きっと王太子よりは言うこと聞いてくれそうだし、素直そうだからなんとかなると思う!
二人も牢屋に入るよりはそっちの方が良いよね? えっと名前は?」
そう言ってプルミアは投げ縄で拘束された二人に視線を移す。
勝手に雇う宣言をされてしまった二人は唖然とした顔になっていて……プルミアのご機嫌な表情から逃げるようにしてこちらに視線を向けて、その目でもって色々なことを語りかけてくる。
こいつ正気か?
どういう教育してんの?
この子ほんとに貴族令嬢?
助けて。
多分、そんなことを考えているんだろう、これから犬のように躾けられてしまうかもしれない二人には同情的な気分になるが……しかし犯した罪を考えると、そのくらいは軽い罰ということになってしまうんだよなぁ。
分かっている範囲で関所破り、許可なしでの狩猟、屋敷への侵入、飛空艇窃盗未遂。
この時点で死刑になってもおかしくない状況で、徒党を組んでの反乱を企んだとか、そこら辺の余罪がなくても十分過ぎる状況だ。
個人的に彼らのことを許せないとか憎いとか、そういった感情はない。
対処しなければいけないから対処をして、目的や何を企んでいたかを吐いてもらう必要があるが……その後釈放でも構わないと考えていた。
……が、俺が構わなくても周囲は構う訳で、釈放という訳にはいかず縛り首が穏当な決着となっていただろうなぁ。
……うぅん、そうなると……この状況はどうするのが一番なんだろうなぁ。
……まずは本人達の希望を聞くべきか。
「あー……侵入者諸君、君達はいくつかの重罪を働き死罪もありえる状況だ。
そして捕獲した以上はその目的などの情報を吐いてもらうことになる。
しかし被害らしい被害がなかったことを思うに、素直に情報を吐いたのならばある程度の恩赦をかけてやっても良いと思っている。
……が、それでも無罪放免という訳にはいかない。
しかしだ、そこにいる妹のプルミアに誠心誠意、生涯仕えると言うのなら考えても良いかもしれない。
それらを踏まえて君達はどうしたい? 希望があれば……まぁ、考慮しよう」
そんな俺の言葉に二人は困惑した表情をし、俺とプルミアと周囲の光景を見て、何度も何度も見比べるようにして見て……それから二人同時に大きなため息を吐き出してから、希望を口にする。
「……仕えます」
「……仕えてやるよ」
それを受けて俺がならばと口を開こうとすると、それよりも早くプルミアが声を張り上げる。
「よろしい! 仕えると言った以上はちゃんと忠節をもって仕えてもらいます!
バトラーとして紳士として、しっかり仕えてくださいね、じゃないと王太子を叩いた鞭でひっぱたきますからね!」
それを受けて二人は目を丸くする、人間ってこんな表情が出来るんだってくらいの顔をして丸くした目でもって、こちらに問いかけてくる。
こいつ正気なのか??
どういう教育してんの??
二度目となるそれを受けて俺は大きな……それはもう大きなため息を吐き出してから手を振って周囲にとりあえずこの状況を片付けるようにと、そんな指示を出すのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回、その後のあれこれ、後始末です




