追撃戦
――――飛空艇の研究所で
造船所のように広い空間のある建物の中で、いくつもの動力炉が横一列に並べられ、それぞれ形が違っていてその全てに魔法石が込められていて、そこから出力される炎の大きさを比べながら、どうにか数値化出来ないものかと頭を悩ませる男が一人、ピシッとしたスーツ姿で唸り声を上げていた。
そんなウィルバートフォース家の誇るもう一人の博士の下に一人の助手が駆けてきて報告をし始める。
それはブライトが発案した科学賞についてで……助手は目の前の博士が受賞出来なさそうな雰囲気であることに不満そうな様子だったが、その博士……長い髪を首後ろで縛り上げピッチリと整えた銀髪の男性が声を上げる。
「伯爵からの手紙はないのかい?」
「いえ、ありますが……」
と、助手。
その手紙はタイプライターで書いた簡素なもので、博士はそれを読み上げるように促す。
「伯爵はその辺りの機微を心得ている方だ、手紙にしっかりと書いてあるはずだよ、我々へのフォローがね」
「……えっと、はい、確かに。
博士には予算増額を約束するとの文言が……しばらくはトレイサー博士が目立つことになるだろうが、気にすることなく好きなように研究を進めるように。結果を焦る必要はない、現状の結果でも満足している……とのことです」
「ああ、うん、本当に理解があって助かるよ、結果が出なくても好きなように研究して良いと言ってくれるのは伯爵だけだからね。
言ってしまうと伯爵はそこまで有能な男ではない、天才にはまず及ばず一歩踏み出す勇気がなく、人道などという幻想に縋る愚かさに染まりきっている。
しかし天才がどんな存在であるかを理解している、神々に与えられたその才をどう活かすかを心得ている。
だから伯爵は十分な予算だけでなく研究のための環境まで用意してくれるんだよねぇ……そんな伯爵のことを僕は飛空艇の次に愛しているなぁ。
僕はいつか空を制覇するからね、地を這う虫のようなあの野郎がいくつの発明をするとか賞を取るとかは正直興味ないんだよね、いやほんと、どうでも良いんだ、それで研究のモチベーションが落ちたりはしないんだよ、うん」
「……えっとあの、飛空艇が一番として次に伯爵様となると、奥様と御子息は……?」
「ん? ああ、うん、そうだね、そこの三番動力炉の次に家族を愛しているよ。
何しろ三番が一番有望だからねぇ、新型として採用出来るかもしれないよ」
そう言って博士は動力炉に意識を戻して頭を悩ませ始める。
そうやって博士は三日四日と何もせずに過ごすことがあるが……それでも頭の中では様々な計算などを行っているらしく、そのことをよく理解していた助手は、その空間の隅に置いてある自分の机に向かい、ペンを走らせての自分なりの研究を……博士が現実に戻ってきて声をかけてくるまで、懸命に取り組むのだった。
――――廃工場に隠れ潜んで ジェミィ
半分以上の人員を捕縛されてしまいながらも、どうにか集合することに成功したジェミィ達は、どうにか追跡を振り切ろうとありとあらゆる手を尽くしていた。
精巧かつ練り込まれた偽の情報で翻弄しようとしたり、この人物ならば今ならばという的確な狙いでもって買収を成功させたり、泥や馬糞の山の中に埋もれる程の覚悟をしめしたり。
時には医師以外には見抜けないだろうというくらいの出来の偽の死体を作り出し、自殺したと偽装してみせたりもした……のだが、相手は全く翻弄されることなく、揺るぐことなくジェミィ達に向かって突き進んできていた。
「……色々な肉や内臓を組み合わせて、完璧な崖からの落下死体を作り出したんだ。
落下の衝撃でぐしゃぐしゃになってそうとは見破られないはずの、完璧な……。
だってのに連中は、何か違和感があるってのと服装や持ち物が同じだけで別人の可能性もあるって、そんな普通は考慮もしないだろう理由で追跡を続けてきてさぁ、あんなのどうしろって言うんだよ」
と、ジェミィ。
「……多分バレバレだったんだと思うぞ。
頭蓋骨がどうしても良い出来にはらなかったからなぁ……落下で潰れたということにしたとしても、元が鹿の頭蓋骨じゃ違和感は残るだろ。
やっぱ二人で滝から落ちた方が良かったんだよ、それを見せつけた上で滝の流れに乗ってその場から脱出、流れの先で合流して仕切り直すべきだったんだ」
と、ロック。
それから二人はあーだこーだと言い合って……集まった仲間達はいつものことだからと特に気にはせずに、それぞれ靴の手入れをしたりベルトを閉め直したり、もう少しで再開されるだろう逃亡劇のために備えていた。
「……まぁ、そんな失敗がありながらもここまで来れたからな、あとちょっとで飛空艇が手に入る。
飛空艇さえあればここから逃げ出せるし、その後の活動に箔が付くことが確実だ。
ここで偶然、魔法石を見つけられたしな、これだけあれば当分飛空艇を動かし続けることが出来るぞ。
ロック、操船に関してはもう大丈夫なんだよな?」
「ああ、旧式だがマニュアルがあったからなんとかなるだろう。
そして魔法石なぁ、工場が稼働していた頃の在庫を何らかのミスで放置してしまったんだろうなぁ……地下倉庫に山盛り残っているっていうのはこれ以上ない幸運だった。
あれだけありゃぁ好き勝手出来るってのはその通り、逃亡手段として以上の意味を飛空艇が持つことになったしなぁ、こうなったらもう本気で奪うしかねぇだろうな」
「ああ、これだけ魔法石があれば武器用にも使えるし……前々から開発していた暗器で奇襲を仕掛ければ警備の連中もなんとか出来るはずだ。
とりあえずスティック型のを皆に持たせて……このシルクハット型も本気で使うのか? 安定しない武器を頭に載せて使うって正気か?」
「……ジェミィ、正気か?
使う時は手に持って使えば良いだろう……っていうか装填後の重さを考えると、頭に載せていると結構な負担になっちまうぞ」
それもそうかと頷いて……それからジェミィとロックはまずは暗器を集まった仲間に配っていく。
それから魔法石を装填分、次に小分けにして革のバッグに入れたものを全員に。
そうやっても山のような在庫全てを運ぶことは不可能で、残りは近くの農村で手に入れた人力荷車に乗せていく。
こんな鈍重な荷車、逃亡生活で使うのには相応しくなく、追撃を受けたなら放棄するか破壊されるかのどちらかになるだろうが……貧乏性なのもあって二人はそれを諦めきれず、飛空艇があるという発着所まで運ぶと、やるだけやってみると決めていて、体格の良い何人かに荷車を引くなり押すなりさせようとしていた。
出来るだけ大人数を配置して、可能な限り運んで……どこかに隠すなり放置するなりして、飛空艇を手に入れてから回収しても良いと、そんなことを考えていた。
諦めて捨ててしまった方が身軽になって、逃亡の成功率は上がるのだが……それでも諦めることが出来ずにいた……それすらも罠なのだと知らずに固執してしまっていた。
……そうして積み込みと出発の準備が整った所に、騒がしい音が迫ってくる。
犬が激しく吠える声と馬の蹄の音、更には馬のいななきまで聞こえてきて……馬の手綱を取る少女の元気いっぱいな声がジェミィ達の下に届いた瞬間、ジェミィ達は弾かれたかのように一気に駆け出す。
「まてーーーーぇ! この侵入者共ーーー!!」
これまでに何度も何度も、何度も何度も何度も聞いた少女の声、貴族令嬢とは思えない怒鳴り声。
「誰が待つかー!!」
と、ジェミィが律儀に返事をする中、荷車組を含めた全員が駆け出して、どうにか逃げようとするが身軽なあちらの方が速度で勝り、あっという間に追いつかれてしまう。
そうしてまず二頭の猟犬がジェミィとロックに襲いかかってくる。
……が、既に何度か襲撃を受けていたジェミィ達は犬対策もしっかりしていて、腕に巻いた分厚い革でもってその牙を受け止めて、ジャケットのポケットの中に入れていた粉を犬に向けて振りまく。
特製の撹乱粉、特別辛い香辛料や特別臭い草や、ありとあらゆる不潔なものを混ぜ込んで乾燥させたそれは、犬の鼻にはかなりのダメージを与えるようで、粉を振りかけられた二頭はすぐさま悲鳴を上げて、前足で鼻を押さえ込んで悶える。
「よくもアーサーとランスを!!」
それを見て少女は槍を構えながら突撃してくる。
騎士が持つ一般的な槍よりも細く軽く、だけどもしっかりと魔法石チェンバーがあるそれはジェミィ達にとってとてつもない脅威だった……が、そこから放たれた雷をジェミィが構えたステッキからの一撃が相殺してくれて問題なし。
ステッキは出来が悪いので使い捨てとなってしまうが、一度防いでくれるだけでも十分で、そうやって出来上がった隙でジェミィとロックは、少女からどんどん距離を取っていく。
その間少女は魔法石の再装填を行い、終わったならしっかりと槍を構えて再突撃。
その動きはまだまだ幼い少女では考えられないものだったが……それだけの経験と覚悟があるのだろう、少女はあのステッキからの一撃を見た後でも全く動揺せずに真っ直ぐ向かってくる。
「あれが貴族の覚悟ってやつなのかな!」
と、ジェミィ。
「嫌いじゃねぇけどな! 敵じゃなきゃ褒めてたよ!」
と、ロック。
そんな声を上げながら二人は仲間とは別方向へと駆けていって……仲間が少しでも安全に逃げられるように敵を引きつける。
少女を追いかけるようにして迫ってきたドルイド族達はそれが誘導であることに気付いているようだったが、だからといって少女を一人にする訳にはいかないようで、少女を追いかける形でジェミィ達の下へと迫ってきている。
その数30人かそれ以上か……ドルイド族の強さを思うと泣きたくなるような大人数だったが、それでも二人は諦めることなく駆け続けて少女の隙を狙う。
この追撃者達の弱点は明らかに少女だ。
自ら先頭に立って堂々と戦い、可愛らしさという魅力があって、味方を鼓舞するには悪くなく、中々の人物だと評価はしているが、しかしまだまだ幼い少女、戦場に出るには早すぎる。
一体何故そんな彼女が追撃をし続けているのか、言ってしまうと疑問でしかなかったが……貴族の誇りがそうさせているのかもしれないと、ジェミィ達は一応の納得をしていた。
あの時の出会い、屋敷への侵入、それからのジェミィ達の態度が彼女の逆鱗に触れたか、彼女の何かを傷つけてしまったらしい……と。
この日までに彼女の追撃を受けたのはもう何度目か……真っ直ぐな性格が災いしてそのパターンはすっかりとジェミィ達に見切られてしまっていて、追いかけてくるドルイド達のスタミナが切れたというタイミングで、ジェミィ達が反撃に移る。
「ごめんね!」
「家に帰るんだな!」
シルクハットを構えてそこからそれぞれ炎を放って……少女は手綱を操作しながら体を大きく横に倒し、落馬する直前といった構えでどうにか回避に成功する。
しかしそれで服の一部が焼けてしまって、馬も突然の炎を怖がってしまって暴れ馬という程ではないにせよ相応の混乱状態となってしまう。
そして少女は落馬をしてしまい、息を切らしながら合流したドルイド族がどうにかその体を受け止めて地面から彼女を守る。
それからドルイド族達はどうにか馬の手綱を取って、ジェミィ達から距離を取る形で……これから向かおうとしている飛空艇とは逆方向に逃げていって、ジェミィ達は良いチャンスを得たとほくそ笑みながら仲間と合流するために凄まじい勢いで駆け出す。
これで追撃の手が止まるに違いない、そして今この時しか飛空艇を奪うチャンスはない、相手は少女の怪我の有無の確認や状況の立て直しに時間を取られるに違いなく、最初で最後のチャンスが……幸運が二人の下に転がり込んできた。
そうして笑い声をこれでもかと上げることになった二人は、仲間と合流しそこから更に速度を上げての移動を開始して、目的地である飛空艇の発着所へと迫っていく。
……ドルイド族に背負われた少女が、
「中々良い演技だったでしょ!」
なんて言っているとは思いもしない二人はそのまま突き進んでいって……そうして目的地へと到着してしまう。
遠目からでも見て取れる飛空艇の姿、これから手に入る自分達の夢の船。
それを見ると嫌でも興奮してしまって……そうしてジェミィ達はなんとも迂闊なことに、周囲の確認を徹底的にするのではなく時間がないからと雑に終わらせてしまう。
ここで変に時間をかけてはせっかくのチャンスが無駄になるとそう考えて、二人はそのままの勢いでもって発着所襲撃のために動き出してしまうのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は罠発動とかになる予定です




