天才
打鍵を小気味良く、そして改行レバーで一気にタイプバーが動く。
「おお……こういう形だと便利だろうと伝えてはいたが、よくこの形に仕上げることが出来たなぁ」
博士が作った自動筆記機……タイプライターを机に置いてキーを叩いての感想はそんな内容だった。
基本的な仕組みは俺が提案しているので、感覚としてはキーボードを叩いているのと変わらない。
前世のものとはどうしても形状が違うし、何なら言葉が違うしで頭が混乱したりもしたが、ある程度書いてくると慣れてきて……どんどん文字を書き進めることが出来る。
大文字小文字の切り替えキーに、行間調整用のつまみなど必要なものは全て揃っている形で……うん、これなら忙殺されつつある手紙作業もかなり楽になりそうだ。
流石に貴族相手にタイプライターで書いた手紙を送ることは出来ないが身内……代官やら役人には可能で、これでかなり業務が楽になってくれるはずだ。
「おぉ……いきなり使いこなすとは……」
と、ライデル。
「兄貴はやっぱり凄いよねぇ、今回の博士の発明ラッシュも半分は兄貴のアイデアのおかげなんでしょ?」
と、フィリップ。
「これは……あたしも練習してみたいです!」
と、コーデリアさん。
「ブライト! 私の分もお願い!」
「使ってみたーい!」
と、姉上とプルミア。
発明品のお披露目ということで皆興味津々で集まっていて……俺は使い方を皆に説明しながら皆の前で実際に使って見せる。
「ひ、ひぃぃぃ~……もぉ~~また、また地味なお披露目、いやーですよぉー……。
新聞は嬉しかったですけど、もっともっと派手にやってくださいよーぅ……」
そして博士もやってきていて、俺は一旦手を止めて女性陣の方にタイプライターを押し渡してから言葉を返す。
「そうは言っても博士、電話は大陸間お披露目をしたいということで延期、タイプライターはまずは役所に普及させたいからとそちらでお披露目予定。
発電や鋼、魔法石関連は当然の機密扱い、そうなると蓄音機、カメラ、ミシンとなる訳だが……そちらは今販売をしてくれる商人と交渉中なんだろう?
そうなると下手にお披露目という訳にもいかないし、仕方ないだろう」
「か、カメラ? ミシン?
はぁ……今回の発明品の名前ですか? えぇっと……どれのことですか?」
ん、あ、しまった、ついつい前世での発音でやらかしてしまったな。
「ああ、風景記録がカメラ、縫い機がミシンだ。
特に意味がある訳ではないが、短く分かりやすい方が良いだろう? 今発明権や商標権の法整備を地方法院にお願いしているから、それが終わったら博士の発明としてその名前で登録すると良い」
「は、発明に商標の権利! わ、分かりますよぉ、そっちは言葉から分かりますぅー。
自分が、自分が! 自分が!! その第一号になるんですねぇ!
今までは貴族が独占するか貴族の家の名前で保護するものでしたけどぉ、これからは法律が守ってくれるんですねぇー!
うへへへへへへ、分かりましたよ、それで新聞に自分の顔を売り込んだんですねぇ、うへっへへへへ、良い前例になるからって、いやもう照れちゃうなぁもう、えへへへ」
「……まぁ、そうだ、実際博士はそれだけの成果を上げているし、助けられているからな。
雇ったという部下を含め十分な報酬を約束するし、出来るだけ望みを叶えてもやろう。
……それと、人類に最も貢献した人に贈る科学賞というものを制定予定だ。
博士にはその第一号になってもらいたい、博士が嫌でなければ今後博士の名前をとってアーデル賞と名付けても良いと思っている」
アーデル・トレイサー博士。
そんな博士の名前を冠した学問と研究に捧げた生涯で得た人類史最大の名誉。
博士にとってその衝撃は凄まじかったようで、一瞬で白目となって痙攣しながら膝から崩れ落ちる。
顔からあらゆる体液を放出しながらのその姿は中々の酷さで、誰も近寄ろうとしない……が、放置も出来ないので人を呼んでバトラー達に対応してもらう。
駆け寄り呼吸を確かめ抱えあげて……そのまま退場、空き部屋で介抱されるに違いない。
……まぁ、うん、確実に喜んではもらえたのだろう、とりあえずそれからはタイプライターを始めとした発明品に関することを皆に話していった。
カメラは俗に言うダゲレオタイプ、ミシンは足踏みを超えての魔法石での動力式、蓄音機は俺がよく知る蓄音機そのままで、発電蓄電は魔法石絡み、電灯のような灯りも魔法石式で……これらの発明品の中で一番注目すべきは、紡績機と製鋼法なのだろう。
紡績機については……正直詳しくない、前世の歴史の勉強の中で色々な形があるということを知りはしたが、流石に細かい形式までは知識がない。
だから博士の発明したものがどれくらいの性能なのかは前世とは比較出来ないが、魔法石を動力にした相当な大型で、複数人の作業員の手がいるものの、かなりの量の布を一気に仕上げられるというとんでもない代物だ。
効率で言うなら最新の紡績機の10倍以上……と、博士はそう言っていて、流石に真に受ける訳にはいかないが、5割から8割くらい増の性能はありえるかもしれないなぁ。
そして製鋼法、これもあまり詳しくないが、ようするに燃料を少なく多くの鋼を一気に作れるというものらしい。
卵型の炉を作り、下部の穴から上手く空気を含ませながらやれば良い鋼になるんだとか。
炉の中の部材や空気の含め方など、色々と工夫が必要ではあるようだが、かなりの安価で大量生産が可能らしい。
これはありがたい話だった、鋼はどこにでも使うが量産出来る程の余裕は流石になかったからなぁ、少しでも安上がりに済むのならありがたい。
……最近ではアスファルトを関所なんかの装甲に使えないかと検討しているような状態だったので、これで状況が改善してくれるのを祈るばかりだ。
と、大体そんな内容の話をしていると何かを激しく引きずるような音がして、次に聞き慣れた声が。
「ひ、ひぃ~~~、まだ、まだお話がぁ~~~、そのお話にも参加したいです~~」
「あ、生きてた」
博士がそんな悲鳴のような声を上げながら這いつくばるようにしてこちらまで戻って来たのを見て、そんな声を上げるプルミア。
それを受けて博士は少しだけ不満そうな顔をするが、すぐに機嫌を直してスッと立ち上がり、だけども背中を丸めながら話をし始める。
「少し前に相談として届いた書類読ませていただきました。
それに書かれていたブライト様の考えているアスファルト装甲、あれはですねぇ、悪くないアイデアで驚かされましたよー、いえ、本当に。
あれも考え方次第では凄く良いですよ、アスファルトなら砕かれた石片が散らばったりしないんで安全です、余計な被害を増やさないです、使い所次第では悪くないです。
ただアスファルトだけでは全然ですから駄目で駄目ですから、もうちょっと考えてくださいね~、ブライト様は元は良いんですけど政務にばっかり使ってるから頭が固くなってるんですよー。
つまりですね雑に作った質の悪い鉄板で型を作り、それに流し込んだアスファルトの中に硬度の高い花崗岩や不要な魔法石の破片を入れるんです。
そうするとですね、花崗岩と魔法石が相手の攻撃を逸らしてアスファルトが衝撃を包みこんでくれて、質の悪い鉄板でも攻撃を耐えることが出来るはずです。
名付けて傾斜複合装甲、ねぇ、悪くないでしょう? ただまぁ普通に質の良い分厚い鋼を使った方が良いのは確かなので緊急用とか仮設用ですかねぇ、戦時でもなきゃ用事はないと思いますよ~」
……なるほど、確か前世で使われていた複合装甲もそんな理屈ではあったかな?
それに比べるとかなり原始的ではあるが、現状で予算をかけずにやるなら確かにそれしかないだろう。
領内には花崗岩の砕石所があるし……そこら辺も分かった上で言ってるんだろうなぁ、この博士は。
所々無礼な発言があったけども、それを受け入れても良いくらいには頼りになる進言だった。
「ふっへっへっへ、だからだからお願いしますねぇ、アーデル大博士賞!
自分そのためだったら、何でも何でも、本当にブライト様のためになんでもしますからぁー。
……んお、なんです? その地図? へぇ、領内でキツネ狩りでも?」
と、博士は話の途中で未だに張り付けてある地図に今更興味を持ったようで、そちらにズズッと靴を引きずりながら近寄り、地図を下から上へと舐めるように見ていく。
「はぁー……なるほど、何らかの意思を持って動く集団を追い立てているんですねぇ。
ふぅーん、へぇー……ほぉー……。
相手も中々ずる賢い狐のようですねぇ、普通これだけの規模で追い立てられたらすぐ音を上げるもんですからねぇ。
……それでいて農場や牧場を襲うことなく狩りで食料補給を……?
へぇ~~、しかしこの屋敷から離れようとはしないんですねぇ……ああ、逃亡手段がないんですかぁ、そりゃまぁこの状況ではそうでしょうねぇ。
……そしてこの飛空艇が囮ですかぁ、しかしこれでは露骨過ぎて警戒されるでしょうな。
もっと……そう、遠くなく近くもないここに部隊を配置して一度ぶつかってしまえばよろしい。
そしてわざと負けて逆方向に逃げる……そうしたら飛空艇までの道が開けたように思えますから、きっと食いついてくれますよー。
囮というのはただ置くだけでは駄目で、うまく誘導してあげないといけませんねぇ。
ただブライト様、こんな子供を集団でイジメるのはあまり感心しませんねぇ、叱るにしても程々にしてあげないとー」
よくもまぁあの地図を見ただけでそこまでのことが分かるものだ。
確かに必要な情報は記されているが、何枚もの情報や紙が重ねってもいて、それらの時系列を理解するだけでも一苦労だろうに。
天才だからこそか……博士だったらこういう時に必要になる法則とかアルゴリズムとかを作り出せそうな気もするが、今は発明の方が大事だし、余計なことは言わないでおこう。
「子供だからこそ殺すことなく捕らえて反省させたいんだよ。
その後は解放するつもりだし、それから敵になったとしても構わないとも考えている。
貴族として大人としての責任を果たそうとしているだけさ」
「ははぁ、なるほど、ブライト様のそう言うところは嫌いじゃないですよー。
それじゃぁ捕縛用の道具も今度作っておきますよ。
ブライト様が大好きな雷の魔法石、あれの出力を弱めると人間の体を痺れさせることが可能なので、それで動けなくして捕らえるといった感じですね。
……まぁ~、出力を弱めるなんてそんなこと、何の発明にも成果にもなりませんけど、自分も大人ですからねぇ、子供のためなら仕方ないですねぇ」
……それはそれで素晴らしい発明だと思うが、博士としてはそうは思えないらしい。
そしてそれがあれば色々な場面で役立つことは間違いなく……より安全に使いやすく出来るようにしてもらえると助かるからここは……、
「そういう道具があれば騎士達も助かるはずだ。
安全な形で使えるようにしてくれたら十分な報奨金を出そう、何ならその道具にトレイサーと名前をつけても良いぞ。
そのおかげで上手く連中を捕らえられたなら博士の功績として広めてやっても良い、また新聞記事になれるぞ」
瞬間また博士が崩れ落ちる。
……この程度で? いや、まださっきの衝撃が残っていたのか。
……そりゃまぁそうか、突然失神したなんてなったら普通はしばらくの間は安静にするものだからなぁ、こんな風に立ち上がってあれこれとやっている場合ではないはずだ。
「……ライデル、面倒だろうが近くの宿に押し込んでおいてくれ。
我が家に置いておくとまたこんな有り様になるかもしれないからな。
……そしてフィリップ、さっき博士が提案した策を試してくれるか? 失敗しても責めはしないから安全優先で頼む。
プルミアも参加しても構わないが大人達の言うことをよく聞くように、暴走するようならしばらく外出を禁止するからな」
小さなため息を吐き出してから俺がそうまとめると、特に反論は上がらず……ライデルが博士を抱えて出ていって、そして部屋に残った面々はまだまだ飽きないのかタイプライターに食いつく。
そしてそれぞれに色々な文章を作り出していって……そうして結構な量のインクと紙を消費してしまったので、当面の間タイプライターは仕事だけに使うものとすると通達を出したのだが……それがまた皆に、お祖父様や母上にまで不評で、そうして俺は家族皆からの非難の声を受けることになってしまうのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は追い詰められる2人、となります




