庭
――――花が咲き誇る庭のベンチで マーカス
「おじい様、ご機嫌ですね?」
ベンチにゆったりと座り、孫娘が楽しそうに飼い猫と戯れる姿を楽しんでいたマーカスに、淡い赤毛を丁寧に編み込んで三つ編みにした、十四歳になったばかりのドレス姿の孫娘が声をかけてくる。
「ああ、とても気分が良いんだ、この国の未来は明るいと知れたからね。
若者にしてやられて学びを得ることのなんと心地良いことか。
しかも彼はね、ご立派で最悪な祖父に頼ることが出来ただろうに自分なりに考えてそうしてきたんだよ。
なんて素晴らしいんだろうね、若々しさが溢れているよ、十四歳でアレとはね、彼がいるならこの国は、荒れ狂うだろうこれからの世界情勢の中でも大丈夫だろうって思えるんだ。
こんなに幸せなことはないね」
そう返してマーカスは珍しく雲一つなく青い空を見上げて、熱のこもったため息を吐き出す。
「まぁ、おじい様がそんなに言うなんて、とっても素敵な方なのですね」
「そうだね、君に負けないくらい賢い子だったよ。
……彼が結婚してなければ君と結婚させても良かったかもしれないなぁ」
「まぁまぁまぁ、わたしと同い年でご結婚を? あ、もしかして今話題のブライト様ですか?
知ってます、幼い頃から思い合っていたお姫様との愛のために蛮族と呼ばれた方々を助けて、数々の妨害を超えて愛を成就させて結婚。
最近も愛のために決闘をして大勝利したとか……お友達がその決闘を見たかったと悔しがっていました。
……もしかしておじい様はご覧に?」
「……えーっと……。
ま、そうだね、その決闘の場にお邪魔してきたんだよ。
そしてとても良い気分にしてもらえたんだ、彼のおかげでこの辺りは平和になるだろうし、仕事も減って楽隠居な日々が待っているかもしれないね」
「まぁ、とっても素敵。
王都からは暗い話題ばかり聞こえてきますけど、確かにブライト様のような方がいらっしゃるなら、安心出来るのかもしれませんね。
……そうなるとおじい様はブライト様の味方を?」
そう孫娘に言われてマーカスはにやりと笑い……それがあまりに良くない笑みだった為、口元を手で隠してから言葉を返す。
「まさか、彼は苦境の中で成長するタイプのようだからね、これからも彼の壁であり続けるつもりだよ。
たっぷりじっくり彼の邪魔をし続けるつもりさ、足もたくさん引っ張っちゃって嫌われないとね。
恐らく彼があの若さでああなれたのも幼い頃からの苦境のおかげ……そういう意味では王族には感謝しなければならないんだろうね」
「王族ですか……あまりいい噂は聞こえてきませんね。
例の後宮学園、わたしにも入学するように言ってきたんですよ」
「ああ、無視して良いよ、いざとなれば法院を動かして守ってあげるからね。
……王太子はねぇ、輝く微笑みと呼ばれる程美しく生まれてしまったのが最大の不幸だったのかもしれないね。
そのせいで勘違いしちゃったのかあの有り様……。
どんな面構えでも老ければ全員ただのジジイで、ジジイになってからが本番なんだけどねぇ……その辺りを分かっていないねぇ。
ブライト君も中々良い面構えだったんだけど、苦労と生真面目さがにじみ出た良い具合に老いた表情をしていたよ。
本当に十四才なのかと初対面の時に問い詰めようと思ったくらいに良い表情だった。
あれの両祖父も父も母も言ってしまうと俗物だ、あれらの血を引いて教育を受けて、ああ育ったのは神々の采配としか言えないのだろうねぇ。
それとも彼が重用しているという老人が名伯楽だったのか……老人は男爵家の教育もしていると聞くし、もしかしたら隠れた大人物だったのかもねぇ」
「おじい様がそんなにお褒めになるなんて、本当に初めてのことで驚いてしまいますね。
……あの賊もブライト様が討伐してくださると良いのですけど」
「ああ、あの世紀の大悪人を自称する賊のことだね。
……まぁ、ぶつかることがあれば潰してくれると思うよ、何しろブライト君の目的はもっともっと大きいからね。
彼の目的は恐らく歴史に残る悪事だけど、それを成した時には歴史に残る英雄となれる正義だ。
ただの悪人風情が勝てる相手ではないだろうねぇ」
「まぁ! それは一体どういうことなんです?
おじい様、ブライト様の目的とやらを教えてくださいませ!」
と、そう言って孫娘が隣に座ってすがってくるが、マーカスはただただ笑うだけ。
笑いながらシルクハットとヒゲを揺らしたマーカスは、なんとも愉快な時間ではないかと、この休日を心ゆくまで堪能するのだった。
――――元気いっぱいに庭を駆け回って プルミア
ウィルバートフォース家末子となるプルミアは、今日も元気いっぱいに庭を駆け回っていた。
一人で駆け回ることもあれば義姉と駆け回ることもあるプルミアだったが、今日は愛犬であるアーサーとランスと一緒に駆け回っていて、猟犬として鍛えられている二頭だったがプルミアの前ではただの飼い犬となって尻尾を振り回しながら駆けている。
普通、貴族の子女がそんな風に駆け回ったなら、はしたないとの叱責が家庭教師などから飛んでくるものだが……この家にあってはそれが一切なく、プルミアは何の気兼ねもなくはしゃぎ回ることが出来ていた。
これは家長であるブライトの方針が影響していた。
しっかり勉強をしてさえいれば後は好きにして良し。
貴族としてレディとしての勉強をしっかりしたなら後はプルミアの自由、日々をどう生きるか、何を目指すか、将来どうなるかも自由。
生き方や結婚を強制するつもりは一切ないようで、ある日プルミアは家庭教師と共にブライトの下に向かい「それで良いの?」と尋ねたことがあったが、その答えは、
「良いよ、面倒なことは俺がなんとかするから」
というものだった。
実際ブライトは姉であるバーバラを好きにさせていて……そこに嘘はなく、本当に自由にさせてくれるつもりらしかった。
いつだったかに母も言っていたことだが、ブライトの価値観は世間からはかなりズレている。
プルミアから見てもズレている……誰から見てもそうなのだろうが、何故か本人はそうとは思っていないらしい。
王都での暮らしは窮屈だった、人質という環境のせいもあったが王都を包みこんでいる空気や価値観がプルミアに言葉に出来ない圧迫感を与えていた。
誰もが俯いて鬱屈として生きていて、笑顔を輝かせているのは一部の貴族のみ。
その貴族すら上位の貴族や王族を恐れていて……誰もが何かを恐れて生きていた。
しかしここでは何もかもが違った、まずブライトが何も恐れていなかった。
恐れるのではなく怒って逆らって、自分に恐怖を与えようとする者達と戦っていた。
だからなのかブライトは他者に恐怖を与えないように気遣っていた、貴族としての最低限を弁えながらも非常識な言動でもって新しい貴族の姿を周囲に見せつけていた。
だから周囲もブライトを恐れていなかった、敬意を抱きながら敬愛し、ともに歩こうとしていた。
誰もが俯かず溌剌に生きている……と、プルミアにはそう見えた。
どうしてそうなったのか、その理由はブライトの心の中にある信条……のようなものがもたらした結果なのだろう。
生き方と言うべきか哲学と言うべきか、ブライトの中にある譲れない何かをプルミアは妹として感じ取ることが出来ていた。
その一つは自由、ブライトは自由を大切にしていた。
大切にすると同時に恐れてもいた、ブライトの言葉を借りるのなら自由には責任が伴う。
プルミアが自由な道を選んでも良いが、その後どうなるかは自己責任。
自分で選んだのだから責任は自分で取らなければならない、それが嫌ならブライトに全て委ねるという手もある、その場合はブライトが家長として全ての責任を取ってくれる。
そういう意味でブライトに自由はないのかもしれない、だからこそブライトは周囲に自由な選択を与えようとしていた。
プルミア達だけの話ではない、メイドを始めとした家人、使用人にも与えようとしていた。
仕事以外のことを強要せず、意見することを許し、自分に対する愚痴なども休憩時間のことであれば聞かなかった振りをする。
領民にも賊が相手であってもブライトは、その自由を尊重しているように見えた。
そして恐らくだが平等という言葉も、ブライトの心に根ざしているように見えた。
家格、身分、男女、ブライトはそれらの差をあまり気にしていないように思える。
もちろん貴族としての最低限は弁えている、礼儀は尽くしている。
しかし心の根底に誰もが平等と考えているような節がある、だからこそ王族や格上の貴族が相手であっても遠慮なく噛みつくし、格下の者への敬意と配慮を欠かさない。
女だからとプルミア達に何かを強制しない、男だからと余計なことを抱え込まない。
勝手な想像でしかないが、そういう考えを持っているように思える。
そして博愛。
これはわざわざ語るまでもなく、また内心に隠れていることでもなく、普段からこれでもかと表現していることだった。
義姉コーデリアにもその仲間達にも、もちろん家族にも家人にも臣下にも領民達にも……猟犬や庭を訪れたハリネズミや鳥にまで及んでいる。
自由、平等、博愛。
これがブライトの根底にあるようにプルミアには見えて……そしてそれは大陸で暴れているという勢力が掲げているお題目でもあった。
しかしブライトはその勢力と敵対する道を選んでいる、ブライトが全力で支援している父と兄が今大陸で戦っている相手がその勢力だった。
普段の語り口からもその勢力を嫌っていて討滅したいとまで考えていることが伝わってきているが……何故お題目は似ているのだろうか?
その答えもまたプルミアはなんとなく感じ取っていた。
ブライトこそが本物なのだろう、そして体現しているのだろう。
だからこそそれをただ利用している連中を許せないに違いない、大陸に混乱を広げている連中を。
そう理解するとブライトのことがますます好きになってしまう、兄として家族として。
幼い頃からも、王都から帰ってきて再会した時にも好きだったが、今のほうが大好きで……だからこそプルミアは、そんな兄の信条を体現してやろうと、元気いっぱい駆け回っていた。
これが今自分が一番やりたい、自由なことだから。
もちろん義務は果たしている、家庭教師達が唸り声を上げる程、完璧に勉強をこなした上での自由だ。
ハンチング帽に白シャツにズボン、腰にはプルミアの体格に合わせてもらった剣を下げて元気いっぱい、プルミアが自分らしいと思う格好で駆け回る。
と、その時だった。
屋敷の庭を囲っている鉄柵を何者かが乗り越えて侵入してくる姿がプルミアの視界に入り込む。
今改装中の屋敷の鉄柵には、ブライトによる改良が加えられている。
先端は尖がり有刺鉄線とブライトがそう呼ぶ防犯道具が巻きつけられて、簡単には乗り越えられないはずなのだが、何者かはあっさり乗り越えてきている。
瞬間プルミアは剣を抜き放ち声を張り上げる。
「侵入者ーーー!!」
これもまたブライトに教えられたことだ、何か緊急事態があったならその出来事を簡潔に示す単語を叫んで周囲に知らせること、出来ればその場から逃げ出し安全を確保すること、大人を頼ること。
しかしプルミアは最初の一つ以外は守る気がなく抜き放った剣をしっかりと両手で構えながら、
「アーサー! ランス! 狩って!!」
と、命令を発する。
瞬間、体が大きくなり始めた猟犬達が……それまで尻尾を振り回し愛嬌を振りまいていた二頭の犬達が、牙を向いて唸り声を上げて目の前のそれへと襲いかかる。
更には屋敷のあちこちから凄まじい気配と音が迫ってくる、具体的に言うと警備に当たっていたドルイド族達の足音が迫ってくる。
「嘘だろ!?」
そう声を上げた侵入者はすぐさま逃げ出し、鉄柵の向こうへ脱出しようとする。
しかしアーサーとランスが追いついて噛みつき、それによる失速をしたことでプルミアが追いつき一切躊躇なく剣が振り下ろされる。
それで倒せた! と確信したプルミアだったが……まだまだ経験不足だったのか、剣に振り回されて一瞬侵入者から視線を外してしまっていて、視線を戻すとそこには誰もいなくなっていた。
アーサーの口には誰かの革靴があり、ランスの口には千切れたズボンの裾、そしてプルミアの剣の先には斬り裂いたらしいコートの切れ端が残っていたが……それ以外には何もなく、そこでドルイド達が駆けつけてくる。
「鉄柵の向こう!」
簡潔なプルミアの報告を受けてドルイド達が鉄柵をよじ登り、有刺鉄線をものともせず乗り越えて追跡を開始するが、結局侵入者の痕跡を発見することは叶わず……そうして謎の侵入者騒動は、いくつかの証拠は残ったものの、誰が何をしにきたのか何もわからないままとなってしまうのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は侵入者やら何やら




