宝物庫
俺の出した結論は、マーカス卿の要求を呑むというものだった。
……が、そのまま呑む訳ではなく、相応の条件を出させてもらった。
条件のうちの一つはアドルフォ・フリーニとバーナード・アダムソンの二名を地方法院の裁判官にする、というものだった。
アドルフォ・フリーニはお祖父様が紹介したいと言っていたもう一名、バーナード・アダムソンはバルトロが紹介したいと言っていた法律家のうちの一人。
その二人を地方法院に迎え入れてもらう、そうなれば当然当家は地方法院への影響力を持つことになるが、他の家もやっていることであり特に違法とかではない。
その話をした時、マーカス卿は初めて苦々しい顔を見せてくれて、若造のくせによくもそんなことを思いついたもんだと表情で語ってくれた。
マーカス卿の力で一人は問題なく裁判官に出来るだろう、元々欠員があったからだ。
もう一人となると誰かに椅子を譲らせることになるので少し難しい、元々老人ばかりで誰かを年齢を理由に引退させれば良いだけなので不可能ではないが、相応の交渉や譲歩が必要となってくるだろう。
しかしそれでもマーカス卿はこの条件を呑んでくれた、それ以上の利益が見込めるからに違いなく……全く、どのくらいのお小遣いを得るつもりだったのやら。
もう一つの条件はこちらの選んだ法律家を関連するあらゆる交渉の席に同席させること。
すなわちアドルフォとバーナードとその仲間達を同席させろというものだ。
まぁ、これは条件と言うには普通過ぎる内容で特別なものではない、法に関わる話し合いの場に法律家が同席するのは極々当たり前の話で、マーカス卿はあっさりと呑んでくれた。
アドルフォとバーナードはまだまだ家臣としては新参で、俺との信頼関係は構築されていない……が、地方法院裁判官という煌めく最上の椅子を用意してもらったことには感謝しているはずだし、それぞれ信頼出来る人物からの紹介でもある。
まず間違いなく俺の代理人として、最大限俺の意に沿うようにしてくれるだろう。
更にもう一つの条件は、決闘でアレス男爵とやり合ったあの騎士を頂戴するというものだ。
これには色々な理由がある、彼の腕をそれだけ認めているというのもあるし、彼の怪我が思ったより重傷で我が家で面倒を見た方が回復に良いはずというのもある。
それともう一つ、オーザドの最後の動きを封じたいという意味もあって……オーザドには最後の最後の賭けとしてもう一度決闘をするという道が残されていた。
もう一度名誉と全てを賭けて、全てを取り戻す決闘を挑む。
これはそれなりの条件を満たせば可能ではある。
そして勝てば負け分がチャラになり、決闘前の状態に……全てではないがいくらかは戻せる。
そしてアレス男爵と傍目に良い勝負をしたと言えなくもない彼をもう一度起用したなら、万が一か億が一に勝つ、なんてこともあるかもしれない。
一発逆転の最後の賭け、自棄っぱちの最終手段、そのためには彼が必須で……正直そんなことをされたり、そんな話をされたりするのは面倒くさくて嫌過ぎるので、そのためのカードを失わせようと考えた訳だ。
俺が決闘を受けずに断れば良いだけの話ではあるのだけど、もうそれすらも面倒くさいので、あの騎士を頂戴することで頓挫させようという訳だ。
これらの条件を呑ませた結果、マーカス卿は自分の財産を失わないで済んだし、オーザドも家ごとの破滅は免れた。
それぞれ苦々しい思いをすることにはなっただろうが、マーカス卿の望んだ丸い決着になったと言えるだろう。
「ふっはっはっは! アドルフォもバーナードも若い! その若さで地方法院を見事勤め上げたとなれば、先々中央法院の椅子を手に入れるかもしれん。
そうなればウィルバートフォース家の影響が中央にまで及ぶということになる!
これ以上ない妙手と言える、よくやった」
色々な折衝を終えての数日後、執務室で机の向こうに置かれたソファに体を預けたお祖父様に事の次第を報告すると、そんな言葉が返ってくる。
「いずれは王都を落とすかもしれませんし、王族を殺すことは確定しています。
その後議会を作ることから考えても法律家の味方は多いに越したことはないですから、良い機会かと思いまして。
地方法院の席を家臣に用意してやったと噂が立てば仕官を望む法律家も増えるはず、我が家にとっては得るものが多いはずです」
「確かに大勝ちと言える。
しかしそこまでやって恨まれないか? マーカスはアレで腹黒だ、駆除が難しい羽虫でもある。
一度敵に回すと厄介だぞ」
「えぇ、その辺りは弁えています。
今後も王家や譲れないことに関わらないことであれば彼の望む丸い決着となるよう、協力すると言っておきました。
後は……若造として可愛がられるよう自重するつもりです。
地方法院に影響力を持ったとして、それを使う必要まではないと思っています。影響力があるという事実、それだけで十分だと満足していれば彼も理解を示してくれるはずです」
「なるほど、それならば良い。
もちろん手紙を欠かさないように、老人程そういうものを好むものだからな。
例の電信だったか、それも法院が優先して使えるようにしてやれ、そしてその功績者の一人にマーカスの名前を刻み込んでやると良い、きっと小躍りをして喜ぶぞ。
歴史に名を刻めることは間違いないのだからな」
「分かりました、その通りにします。
地方法院に影響力を持てたのですから、そのくらいは必要経費ですね。
……北と南を弱らせて法を握って、とりあえず周囲の平定は出来たようです」
全くそのつもりはなかったのだけど、本気でそんな予定はなかったのだけどこうなってしまった。
北も南も敵ではないとは言え厄介な存在だった、目の上のたんこぶくらいの厄介さで、相応の警戒をしなければならなかった。
北は完全に潰れて南は崩壊中、そして東は友好的で西は海、海の向こうは結婚相手。
東西南北に敵はなく、その一帯を管轄する法院も今回のことで味方に。
……意図せずこうなっちゃうんだから怖いと言うか、偶然の力の凄まじさに驚かされる。
逆に狙ってこの結果を引き出すなんてことは不可能だろうなぁ、王兄の討伐まで出来たんだからとんでもない。
俺の計画ではもっとじっくり進めていく予定だった。
丁寧な外交をし味方を増やし、王都までの道を整え、それから王族との交渉を開始する。
父上と兄上の戦力と自分で用意した戦力、更に味方の戦力があれば無血開城も不可能ではないはずで……そこからは臨機応変に目標に向かって進んでいくつもりだった。
我が領から王都までの間に存在する貴族領が不安要素だった、進軍の邪魔をされてはそこで頓挫してしまう、飛空艇があるとしても途中での補給やらが必要になる可能性はあり、外交で味方に出来るのならそうしたかった。
周囲の領主もまた不安要素だった、王都に進軍中、攻略中、交渉中に拠点である領地を攻撃されては大惨事だ、それを避けるために関所を用意し戦力を増やし、防衛力の強化で対応するつもりだった。
そんな予定を立てて準備をしていたのに、今年に入ってからの激動であっという間にこうなってしまった。
ならばこのまま一気に勢いに乗ってやってしまえば……? という思いもあるが、まぁ流石に自重すべきだろうなぁ。
数年かけてやるつもりだったことが、あっという間に出来てしまったからこそ、その余裕を活かして計画をより確実なものとすべきだろう。
「平定……平定か、逆に王都が落ち着くことはなさそうだ。
今は動きを弱めている王太子だが、以前からのやらかしが各所に影響しているようで、その辺りに関わる愚痴が、王都の周辺から盛んに聞こえてきている」
と、お祖父様。
お祖父様は俺の数十倍のコネを持っていて、やり取りをする手紙の量もそれ相応。
その分だけ情報が入ってきていて、まだ俺が知らない情報も仕入れているらしい。
「……えぇっと、工場や学園以外に何か愚痴を言いたくなるようなことが?」
「ああ、いくつかあるようだが、大きな事件と言うと宝物庫の件だな。
王城の宝物庫の宝を勝手に売り払ったらしい、歴史的文化的に価値ある宝をだ。
その上、売却先に難癖をつけたとかで、強権を振るって財産の没収をしようとしたそうだ」
「……はいぃ?」
思わず間抜けな声が漏れてしまう。
王城の宝物庫の中にある宝は、その言葉からイメージするようなお宝ではない。
金銀財宝とか宝石とか、そういうものも……まぁ、なくはないが、より貴重な歴史的な品がメインとなっている。
王家を王家たらしめている、この国を国たらしめている、これまでの歴史を示す品々。
前世で言う所の国宝、あるいは貴重な史料。
正倉院のような文化財の宝庫、それが王城の宝物庫のはずで、そこに納められている品々のことは一冊の本に記録されていて……貴族に欠かせない教養として、俺も大体の品のことを把握している。
それを……売った? マジで? 売っちゃったの??
「……売ろうと思ったとして売れる品なんですか?」
間抜けな声に続いてそう問いかけると、お祖父様はソファにぐったりと寄りかかってため息を吐き出してから言葉を返してくる。
「この世に二つと存在しない品だ、適正な値付けは難しいだろうが、売ること自体は出来なくもない。
……そもそもとして疑問ではあったのだ、お前の言う車工場や学園、それらの原資はどこにあるのかと。
王家の予算からかと思っておったが……規模を聞くにどう考えてもそれだけでは足りない。
しかし王太子はどちらも性急に進めていて……余計な予算が必要となったことは想像に難くない。
一応王太子も僅かな理性を保っていたらしく、売った品は致命的なものではなかったようだが、それでも……たとえば初代王の金貨を売り払ったそうだ」
おっふ……。
初代王の金貨は、その名の通り今の王家の血筋の初代……この国をまとめ上げた人物が残した歴史的な品だ。
大陸出身者であった初代王はこの島に流れてきて、文化的に遅れていたこちらの貴族に知識などを与えるなどしてリーダー格となって、島を統一後に大陸への攻撃を開始。
連戦連勝、多くの船や街から略奪を行い……その時の収益がこの国の基礎を作り上げた。
そうやって手に入れた財の一つが初代王の金貨と呼ばれる品だ、金貨と言ってもその言葉からイメージされるようなしっかりとした硬貨じゃぁない。
金の塊を溶かしてハンマーで叩いただけ、というそんな作りの代物で、まともな円形ですらないし、そのフチは素手で触ると切り傷を負ってしまうような状態なんだそうだ。
しかしそれは保存状態の良さを示す証にもなっているとかで……普通ならばそんなフチは使われるうちに削れていくものだ。あるいは悪い商人なんかはフチを切り取って懐に収めてしまうかもしれない。
古代の頃からそうされることなくその形状を維持しているということは、それだけその金庫が納められている宝物庫が荒らされることなく健在だったという証明となっていて、この国の歴史を担保する証拠とも言えて……その価値は宝物庫にあるからこそ発生するものだ。
宝物庫から出してしまえばただの潰れた金でしかなく、一瞬でも外に出してしまえばその瞬間に価値はなくなる。
……それを売った? マジで? 売っちゃったの??
「……初代王の金貨を始めとした様々な金製品を売り払ったそうだ。
あまりにも多くの金を持ち込んだために、商人が量に応じての価格調整を行おうとするとそれに激昂し、先程言ったように財産の没収をしようとした。
一度に大量の金が市場に出た場合、その値が下がるのは当たり前のことなのだが……王太子にはそれが通用しなかったようだ。
だがまぁ、その騒動に関しては法院がどうにか解決したそうで、大問題にはなっていないそうだ。
……売却以外のことはそれで解決した訳だ」
……ってことは売却自体は通常の取引として処理されてしまった訳か。
まぁ、そうだよな、そこで資金を得ていなければ王太子の動きが止まってしまった訳だしなぁ。
……最近は真面目に勉学に励んで鍛錬をし、まともになってきたと聞いていたんだが、それでも油断が出来ないというか、予想外の所でいらん不意打ちをかましてくるなぁ。
こちらとしては王家の正統性が失われる訳だからありがたくはあるのだけど、あまりにあまりな自滅をされてしまうと驚くし困惑するし、一応はこの国の貴族でもあるので誇りが傷つきもするなぁ。
「……マーカスがお前に近付いてきた理由の一つなのかもしれんぞ、王太子のやらかしは。
マーカスは確かに腐肉にたかる羽虫ではあるが、羽虫としての誇りを持っているし腐肉のことを愛してもいる。
奴なりに最近の情勢は思う所があるのかもしれんな」
と、お祖父様。
……確かに言われてみるとそうなのかもしれない。
最近の俺は色々とやらかしている、王兄騒動やら何やら、俺に責任がないのだとしても老人なら普通は顔をしかめて距離を取るはずだ。
だがマーカス卿はあえて距離を縮めてきていて……なんらかの思惑はあるのだろう。
その全てを読み切ることは難しいかもしれないが、もしかしたらマーカス卿は俺の方針に賛成しているか近い考えを持っているかもしれず、その場合はなんとも言えない味方を得られるかもしれないという訳か。
そう考えて俺が大きなため息を吐き出すと、お祖父様もそれに続いてため息を吐き出し、それから俺とお祖父様はしばらくの間、なんとも言えない気分で沈黙することになるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は家族に関わるあれこれの予定です




