狸親父
「うわぁ……」
決闘場の柵のすぐ外に立って様子を見ていた俺が思わずそんな声を上げた理由は、決闘決着後、崩れ落ちるオーザドに近付く影があったからだ。
それはスーツ姿の法院職員で、オーザドの両側から腕を抱えるようにして立ち上がらせて、そのまま連行していく。
逃亡も自害も許さず、あのまま地方法院のどこかに幽閉されるのだろう、賠償交渉と賠償そのものを終えるまで自由は許されないに違いない。
貴族相手にあんな真似をするんだから既に法的手続きは終えているんだろうなぁ、そしてあのジイさん方はそれをすることで、俺からの「おこぼれ」に与ろうとしているんだろうなぁ。
これだけやってあげたんだから、たっぷりもらった賠償のいくらかを寄越して頂戴と、ジジイ共がそんな視線をこちらに向けていて……俺は愛想笑いを浮かべてそれらに頷いて返す。
多分今回の賠償は結構な金額になる上に騒動になる、俺達だけで解決するのは難しく、どうあれ法院の世話にはなる。
ならば概ねをドブカスジジイ共に任せてしまった方が楽は楽なんだろう。
「……お任せください、油断はしません。
知人の法律家に声をかけ協力してもらう手筈は整えております」
と、バルトロ。
いつの間にか側にやってきていて、そんな声をかけてくる。
「分かった、詳細はバルトロに任せよう」
「は……。
そこで一つご相談が、声をかけたうち何名かがウィルバートフォース家に雇ってもらえないかと、そう言っているのです。
いずれも優秀で信義ある者達なのですが、だからこそ王都の貴族達には好かれていないようで仕事に困っている様子。
今後ブライト様の進む先には、足元を照らす者も必要なはず……如何でしょうか?」
……なるほど?
信義ある法律家……つまり弁護士か、王都の貴族に好かれていないということは、グレーや真っ黒な手段を求められたのに断ったりしたのだろうか?
それか生まれが絡むしがらみか……?
この国の法律家の立場は独特だ、国内最高難度の試験に合格することはもちろんのこと、実家の家格や本人の見栄え、国家への功績度なんかも審査されることになる。
つまりはほとんどが貴族生まれで、貴族家次男か三男のヤンガーサンの中でも特別に優秀なほんの一部だけがその資格を有することが出来る。
……見栄を張るために貴族家当主が資格だけ取っている場合もあるが、今回それは考慮にいれなくて良いだろう。
とにかくそれだけ頑張ってまた貴族家の犬となって黒いことなんてやりたくないと考える者もかなりの割合いるもので……実家または実家の関係者を嫌っている者も少なくないし、逆に実家などから嫌われてまともな仕事が回ってこない、なんて者もいるらしい。
そういったいざこざから逃げ出して、新天地で心機一転頑張りたいと、そう考えている者がいるということなんだろうなぁ。
「……分かった、雇うとなると流石に面談をする必要があって全てを任せられないが、ある程度の人選はバルトロに任せよう。
必要と思う人材を揃えてくれて構わない、その全てと誠実に向き合って雇うかを検討しよう」
「ありがとうございます、必ずやご期待に応えさせます。
……ところでここからは純粋な興味からの質問なのですが、賠償でどのくらいのものを得るおつもりですか?」
「無論限界まで。
父上達とのいざこざだけならまだ許せたかもしれないが、コーデリアさんのことまで侮辱されてはな……ここで引く訳にはいかないだろう。
ここで引いては今後の評判とコーデリアさんの名誉に関わる。
こうなってくるともう俺の意思は関係ない、こういう状況にしたのはオーザドで、その責任をオーザドが取る、それだけの話になる。
……とは言え、アレに賠償になるような財産があるかは疑問だがな」
「そういった調査も法律家であれば得意でしょうから、任せておけば支障なく処理してくれることでしょう。
……まぁ、あの手の類のものは財産を溜め込むことだけは得意としているものですから、徒労と言うことにはならないはずです。
そしてもう一つ疑問が、観衆の盛り上がりはまだまだこれからといった様子ですが、この会場でこの後何を?」
「流石にこれで解散では盛り下がるだろうから、ここからは見習い騎士達の鍛錬をお披露目する。
新型鎧を投入して鎧を壊しても構わないと言ってあるから、それなりに盛り上がる見世物にはなるはずだ。
俺はコーデリアさんと一緒にそれの見学や食事を楽しむ予定だ。バルトロもここからは好きにしてくれ。
会場に残っても良いし家に帰ってくれても構わない」
「了解いたしました、では自分もレディとのひとときを楽しませていただこうと思います」
と、そう言われて俺は目を丸くする。
そして一瞬だが何言ってるんだ、お前? みたいな顔をしてしまう。
確か君、奥さんに先立たれたとかそんなこと言ってたよね? なんてことを考えていると、近くの席で待機していたらしい女性が……30代か40代か、ウェーブのかかった長い赤髪に露出がやや多めの青色ドレス、完璧なスタイルにしっかりとした力強い化粧をした女性がウィンクをしながらやってきて、バルトロの腕を取って二人で一緒にどこかへと歩き去っていく。
い、いやまぁ、いつまでも一人きりよりは誰かパートナーがいる方が良いとは思うのだけど、こっちに来て数日でそれ?? しかもえらく若いね??
しかもこの会場にしっかり呼んでたんだね? 暇になることを見越して??
抜け目ないと言うか何と言うか……流石に驚いてしまうなぁ。
その驚きをため息にして吐き出したなら俺は、コーデリアさんが待つ貴族席へと向かい……それからコーデリアさんや家族、母上姉上プルミアと一緒に今日という日を楽しむ。
あれこれと会話したり食事を楽しんだり……久しぶりに余計なことを考えないで良い休日のような気分で。
フィリップもシアイアと楽しんでいるようだし、決闘後のアレス男爵も婦人や子供達と顔を合わせているようだし、ゲストのカーター子爵一家も朗らかな様子、どうやら誰にとっても今日は良い休日、お祭りの日のようになっているようだ。
我が領のお祭りというか祝祭は、収穫祭と冬至祭くらいのものなのだけど……今くらいの季節や夏至の頃にもやって良いかもしれないなぁ。
祝祭はなんだかんだと経済効果があるし、ガス抜きにもなる。
今回は祝祭と言うには小規模だったので、もっと大きい規模の何かを考えても良いのかもしれない。
……それだけの規模の祭りをやって人を一箇所に集めるとなると、例の流行り病の話が気になる所だが、今のところは特にこれといった兆候は起きていないからなぁ、恐らくは大丈夫だろうと思う。
馬乳酒の普及が進んで、ちょっと風変わりな飲料として皆に受け入れられていて……そのおかげで胃腸の活動が良くなったのか、便通と体調が良くなったという話はよく入ってきている。
それを俺のおかげと考えて、わざわざ感謝の贈り物をしてくる人や集団……町とか商会とかがある程で、とりあえず領民の体調改善は順調だ。
衛生に関するある程度の常識は俺がどうこうする前に広まっていたし、公衆浴場なんかもこちらの世界は当たり前にあるし、姉上やルムルアのおかげで薬や対処療法にも期待が出来るし……これなら多分、何かが起きてからの対処でも間に合うはずだ。
……そもそも何かが起きるという確証もないからなぁ、これ以上の対策はやり過ぎになるかもしれない。
「旦那様、この料理美味しいですよ、一緒に食べませんか?
あたしはこっちのチーズポテトが好きなんです、バターポテトも悪くないんですけど」
俺があれこれと考え事をしていると、コーデリアさんがそう声をかけて何枚かの皿が載ってトレーを差し出してくれる。
一緒に楽しもうという誘いであり、気を使われたようでもあり、俺は笑顔を返してから、フォークを手に取りチーズポテトを堪能する。
これがまた美味しい、前世でも中々食べることの出来ないレベルのものとなっていた。
芋は掘りたて、チーズは手作りの一級品、美味しくなければおかしいレベルではあるのだけど……品種改良が進んでいないはずのこちらの世界でこの美味しさなのは驚かされる。
「とても美味しいです、バターポテトも好きですし……チーズの場合はチリパウダーをかけても美味しいかもしれませんね」
「あー! 辛いのは……苦手だけど好きです、分かる気がします」
そう会話を弾ませて、それからはコーデリアさんとの会話と時間に集中する。
こっちの世界では普通に香辛料が出回っていて、特に珍しくも高価でもないんだよなーとか余計なことは考えない。
飛空艇での商売を始めようとした当初、香辛料貿易で稼ごうとしたらコストの方が圧倒的に上という有り様だったからなぁ……。
いやいや、今はコーデリアさんとの時間だ、時間。
という訳でそれから夕方まで穏やかな時間を過ごすことになり……日が暮れ始めたら屋敷に戻り、あとはいつも通りに過ごして就寝。
で、翌日。
いつも通りに政務に励んでいると、バトラーがやってきて報告が入る。
「地方法院から裁判官がおいでになりましたので、客間へとご案内しました。
ブライト様と話したいことがあるそうで、オーザド伯との賠償の話かと思われます」
「……マーカス卿か?」
「はい、マーカス卿です」
仮にも地方法院の長が何しにやって来たんだ……。
地方法院は暇なのかと思ってしまうけども……実際暇なんだろうなぁ。
この辺りは色々と騒動があったけども、北と南は沈黙状態、そして我が家とカーター子爵は友好関係という形で落ち着いてはいるので当分は仕事らしい仕事もないはずだ。
マーカス卿は地方法院の長であり、決闘の場での騒動の主犯だ。
ただの事務処理だけで済む話を、あえてああやって騒動にして……自分の存在感をアピールし、地方法院ここにありと周囲に見せつけたに違いない。
アレによって今後賄賂の集まりが良くなるのだろうし、マーカス卿と懇意にしたいと蠢く連中も増えることだろう。
そういった小遣い稼ぎにはとても熱心で自ら足を運ぶことも厭わないのだが、一方で大それたことをしでかす人ではない。
する意味がないし度胸もない、そんなことよりも小遣い稼ぎを優先するタイプ。
つまりはまぁ、言ってしまうと小物なのだが……その実はしたたかで狡猾で賢明でもあり、敵に回したくない人物の筆頭格だ。
敵に回して勝つことは出来るが、小物過ぎるので勝っても得るものがない。
だというのに全力で抵抗されるとウザったい程に苦戦することは間違いなく……俺を含めた周囲にそう思われていることがもう彼の処世術の巧妙さを証明している。
会いたくないなぁ……と、心底思うが会わない訳にはいかないので政務をキリの良い所まで終わらせてから、居住まいを正し客間へと足を向ける。
するとたっぷりと蓄えたヒゲを揺らしながら、出された茶菓子を堪能している爺さんの姿があり……簡単な挨拶をしてから対面の席に腰を下ろし、声をかける。
「わざわざご足労いただきありがとうございます。
……本日はどのようなご用で?」
「ああ、うん、この菓子を食べてしまうから、ちょっと待っておくれ」
……どこまでもマイペースなマーカス卿だが、ここで苛立っても仕方ないと堪えて食べ終わるのを待ち……更にそこから茶を飲むのを待ち、話を切り出してくれるのを待つ。
「……えぇっと、話しにくいことなんだけどね、賠償のこと、全部をボクに任せてみないかな?」
ぶっ飛ばすぞ、このジジイ。
まんまと苛立たされたことを悔しく思いながら深呼吸した俺は、淡々と言葉を返す。
「ご提案頂けたことはありがたく、ですがこちらにも立場がありますのでマーカス卿に全てを任せる訳にもいきません」
「……まぁ、分かるけどね、夫人を公の場で侮辱されては黙っていられないんだろうし、そうなるとやれるとこまでやっちゃう訳でしょ?
名誉も財産もズッタズタっていうのは可哀想だし、余計な禍根を残すのも良くないと思うんだよねぇ。
あ、もちろんブライト君の顔は立てるよ、そこは分かってる。
財産だけじゃない所で利益を得られるように取り計らうよ。
たとえば決闘に出たあの騎士、中々の逸材じゃない? 君のとこで手厚い治療を受けているっていうし、そのまま仕官させても良いんじゃないかな?
他にもオーザド君は複数爵位持ちだからその一部とか、あんまり良くはないんだけど先祖代々の品々とか……うまーく交渉して引き出してくるよ?」
「元よりその辺り全て頂戴するつもりだったので……マーカス卿のお手を煩わせる必要はないでしょう。
マーカス卿があの男に慈悲深く接しようとすることには敬意を表しますが、だからと言ってこちらが譲歩する理由にはなりませんし、不当な要求には断固抗議するつもりです。
上限なし、これは法院が認めた条件だったはずですから」
「うーん、その通りではあるんだけど、困っちゃうなぁ。
……じゃぁ分かった、賠償の一部を我が家が負担しよう、もちろんボクだけじゃなくて実家も含めた意味でも我が家だよ。
その分だけオーザド君の負担を減らしてくれないかな、家が存続する程度に、これからもやっていけるくらいに」
……これはまた驚かされた。
何だってそんなことを? マーカス卿に何の得がある??
「……理由をお聞きしても?」
「うん、そこまで難しい話じゃないんだよ、ボクはね、ボク達が関わったこと全てを丸く収めたいんだ。
たとえそれが全てを賭けた決闘だとしても、どちらかの家がそれで断絶するなんてのは丸いとは言えないんだよね。
ボク達の今後に関わる話だ、逆にこれ程の事態を収めたならば……ボクは評価されて更なるお小遣いが望めるだろうね。
さらに言えばオーザド君とその関係者に大きな貸しを作れる、これを利用したなら更に丸い決着が出来る案件もあるんだ。
もちろんブライト君にも迷惑がかからないようにするよ、あらゆる貸しとコネを使って配慮しよう、オーザド君にもふざけた真似はさせないよ、何ならこの件でボク達に大きな貸しを作ったと思ってくれても良い。
そうやって何事も穏当に済ませる、なぁなぁで済ませる、万事平和に済ませる。
これはね、どちらかを手酷く痛めつけるよりも難しくて大事なことで……とっても儲かることでもあるんだよ」
だったら最初から上限なしなんて条件を認めなければ良いだろうと思ってしまうが、そんな段階で介入してしまったらそれはそれで揉めるし、押し付ける貸しが少なくなってしまうしで、今このタイミングが彼にとってのベストだったのかもしれない。
俺にとってのベストでもオーザドにとってのベストでもなく、マーカス卿にとってのベスト。
……こんの狸親父は……。
それから俺はしばらくの間、頭を悩ませて……そうして出した結論を目の前のニヤケ面のクソジジイに向けて吐き出すのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は条件やら決着やらとなります




