老臣
電話機のお披露目とその後の話し合いが終わり、皆が執務室を出ていったタイミングでお祖父様が入ってくる。
何か用事があると判断して俺はお祖父様の分のソファを机の前に用意してから自分の椅子に腰を下ろして待機し、コーデリアさんもいつものソファに腰を下ろしてそのまま待機する。
するとお祖父様は優雅な仕草でソファに腰掛け、それから一息ついて口を開く。
「ブライト、儂が紹介する老臣を何人か雇うと良い。
老いるまで忠節を尽くした者を代官とするお前の政策には賛成だ、よく考えたものだと思う。
が、周りに年を重ねた者が一切いないというのは問題だ。
特にお前は若い、若さというのはそれだけで嫌われ侮られ、それが正論であったとしても挑発として受け取られるという欠点がある。
若造が何を言っておるんだ、というやつだな……老臣が側にいればそれが無くなるというものでもないが、良き老臣が側に控えているだけで見栄えは良くなるものだ。
そして周囲からよく学びながら年を重ねると良い、それまでは若さを謳歌しながら若さという弱点を受け入れるように」
「お祖父様がそう言うのであればその通りにしますが……そういう役目ならばお祖父様が側にいてくれるという手もあると思いますが……?」
「嬉しい言葉だとは思うがな、このように片腕がなければ侮る者もいる。
特に今回は見栄えを気にしてのことだ、色々と後ろ暗いことのある儂ではないほうが良いだろう。
と、言う訳で二人声をかけておいた、そしてもう一人やってきてくれている。
入ってくれ」
と、お祖父様が声を上げるとドアがノックされ、俺の返事を受けて60代なのだろう、背筋をピッシリと伸ばした少し古い灰色のスーツ姿の男性がキビキビとした動きでこちらにやってきて、お祖父様の隣に立つ。
「バルトロ・エルモだ、若い頃からの一貫した騎士だが指揮官向きの男で経験はかなりのものだ。
縁あってその身を預かっていたのだが、儂がこちらに身を寄せたと聞いて近くまで追いかけてきていたらしい。
それでも声をかけずただ静かに様子を見守っていたというくらいには物静かな男だが実直で紳士、見栄えと言う意味では悪くない男だ」
と、お祖父様が紹介するとバルトロは手を胸に当てての礼をしてくる。
すっかり色が落ちた白髪はピッチリとした横分け、口ひげも綺麗に整えられて、茶色の垂れ目。
痩せていて年齢の割にはシワは少なく、いかにも軍人然とした態度で印象は悪くない。
「名前からして大陸出身でしょうか、ウィルバートフォース伯ブライトです。
今日は私のためにいらしてくれたそうで……お祖父様の薦めということでぜひ雇いたいと思いますが、エルモ卿はそれでも構いませんか?
また雇うにあたって条件などあれば、出来るだけ応えたいと思っています」
俺がそう声をかけるとエルモ卿は、更に背筋を伸ばして太く力強い、ハキハキとした声を返してくる。
「時の人たるウィルバートフォース伯に仕えさせて頂けるとは光栄の至り。
条件など言える立場になく、糊口をしのげれば文句もありません。
お察しの通り大陸の生まれですが故郷を追われ、息子は自立し妻は先立ち、身軽な身でありますので如何様にでもお使いください。
騎士としての本懐を成し遂げてみせましょう」
お、おぉ……なんだか凄い騎士らしい人が来たな。
ライデルだってもちろん立派な騎士なのだが、どちらかと言うと家臣というか身内としての印象が強く、いかにも騎士って感じではなかったのだが、エルモ卿は言葉で表現しにくい程に実直な騎士でございますと全身で表現してくる。
「では、よろしくお願いいたします、エルモ卿。
条件は我が家の筆頭騎士であるライデルと同格のものに、屋敷もすぐに手配させましょう。
鎧はエルモ卿の希望を聞きながらの調整となると思いますので、時間をいただくとは思いますが喜んでいただけるものを用意させます」
俺がそう言葉を返すとエルモ卿は、ただでさえ伸びている背筋を更に伸ばしてこくりと頷き、一言だけを返してくる。
「バルトロとお呼びください」
「では、バルトロ卿……」
「バルトロと」
「……ではバルトロと」
そう言ってから立ち上がった俺は、バルトロの側に立ち握手を求める。
するとバルトロは握手に応じてくれて……その目で真っ直ぐこちらを見ながら力強い握手をしてくれる。
それからバルトロはコーデリアさんの前に進み、ソファの前に跪きそっと片手を差し出し……コーデリアさんが手を差し出して応じると、手を重ねて手の甲に口付けをしたふりをする。
実際にはしておらず口を近付けただけだが、そういう儀式のようなことをしてから口を開く。
「奥方、このバルトロをどうぞお見知り置きを。
紳士として貴女達に近付く邪悪を打ち払ってさしあげましょう」
「よろしくお願いいたします、バルトロ。
旦那様のことを守ってあげてくださいね」
そしてコーデリアさんはしっかりとそれに応じる、母上とエリザベス嬢の教育がしっかり形となってくれているようだ。
その答えにバルトロは初めて笑顔を見せて……それから立ち上がり、すっと元の位置に戻り……俺もまた自分の椅子に戻る。
するとお祖父様がまた話し始める。
「もう一人は遠方にいるため時間がかかるが、既にこちらに向かっているとの連絡は受けている。
バルトロとはまた違った才を持つ男だが、十分に役に立ってくれるだろう。
他所の人間と会う時はソレとバルトロを常に控えさせろ、もちろんライデルやフィリップがいても構わないが、こういった威厳を持つこともまた大事なことだ、忘れないように。
……それとこの頑固者を上手く使ってみせろ、何しろこの男は儂に多大な恩があるにも関わらず、儂のやり方には賛成出来んと大声での批判をまくし立て、最後まで儂に忠誠を誓わなかった程だ、並大抵ではないぞ」
「分かりました、バルトロの忠誠に相応しい人物たり得るよう、励んでいきたいと思います―――」
と、俺がそう言った時、またもノック。
今日はまた執務室が随分と騒がしくなるなぁと驚きながら返事をすると、かなり薄汚れてしまった白衣姿の姉上が足早にやってきて……シャーレを俺の机にとんと置く。
「出来た……」
そして疲れているのか弱々しい一声。
慌てて立ち上がった俺がシャーレの中を覗き込むと、中央にいかにも青カビでございますというカビの塊があってその周囲には何もなく……そして外縁部にだけ白いツブツブが広がっているという、いかにもな光景が視界に入り込む。
「ついに発見ですか!?」
多分これがペニシリンが作り出す光景なのだろう、青カビの周囲には他の菌が一切繁殖していないという光景……話に聞いたことがあるだけで実物を見たことがないのでハッキリと断言は出来ないが、いかにもそれっぽく仕上げている。
「いいえ、発見自体は前から……。
ただ力が弱いっていうか、ちゃんと効果が目に見える青カビが見つからなかった……。
……でもこれなら他とは全然違って力強いから期待出来ると思う。
あとはこれをどうにか増やして分離させるなりろ過させるなりして、薬として仕上げれば良いんだよね、大丈夫……。
ルムルアさんも他の学者も、そういう薬の作り方を心得ているそうだから、何度かの実験を繰り返せば形になると思う」
「えぇ……マジか、早ぁ……姉上達を侮っていたなぁ。
もし完成したなら多くの人命が助かることになるので、このまま実験を進めてください。
必要な予算や人員は全て用意しますので、姉上のお好きなように」
俺がそう返すと姉上は何故だか暗く沈んだ顔になる、何かを求めているような何かが足りないようなそんな顔にも見えるような……。
「えぇっと、もちろん姉上が望む褒美も用意しますよ。
この大発見の発表についても全て姉上にお任せします。
全て姉上の良い様に進めてください」
何を求めているのかが今ひとつ分からなくて、そんな言葉を口にすると、ようやく姉上の表情がいくらか明るくなり……同時にコーデリアさんが呼んだメイド達がやってきて、ふらふらの姉上を支えてくれる。
「何せよ姉上、まずは体を休めてください。
詳しい話はまたそれからということでお願いします」
そう言葉を続けると姉上はなんとも疲れ切った笑顔を見せてから、メイド達と共に……シャーレを大事に抱えながら去っていく。
突然のそんな出来事にもバルトロもお祖父様も一切動じるような様子はなく、特に何かを聞いてきたりもせず、スルーを決め込む様子だ。
さすがの年の功ということなんだろうか……と、またノック。
えぇ……また?? と、思いながら返事をすると今度はバトラー、さっきまでここにいたバトラーが戻ってきたということは、緊急の報告があるようだ。
「ブライト様、関所からの緊急の連絡です。
また王都からの使者がやってきました……また関所の者達によれば見覚えのある顔とのこと。
名乗ってはいませんがオーザド伯に違いないとのことです」
その名を聞いた瞬間、机を殴りたくなって強く拳を握り……しかし理性でどうにか堪える。
恐らくは表情も強張っていたのだろう、コーデリアさんが立ち上がって心配そうな表情で近寄ってきて、握った俺の拳にそっと手を乗せてくる。
「……ああ、オーザドか、オーザド、あの男か。
ブライト、殺すのであれば儂も力を貸そう、アレには儂も思う所がある」
そしてお祖父様、どうやらお祖父様も知っているらしい。
「……失礼でなければそのオーザド伯についてご教示頂きたく思います」
と、バルトロ。
顔を上げて様子を見るにバルトロ自身が気になったというよりもコーデリアさんの代弁を買って出たという所なのだろう。
次に視線をやればコーデリアさんは心配のあまり泣き出しそうな顔となっている。
それを見て反省し……ため息をともに怒りを吐き出した俺は、ゆっくりと口を開く。
「オーザドは王家または王太子の飼い犬と言える貴族だ。
そして以前我が家を破滅させようと画策した男でもある、父上と兄上が戦場にいることは周知のことだと思うが、それもオーザドの策略の結果だ。
王家の権力を笠に着て好き勝手をし、法院に様々な形で働きかけ臨時法なんてものまで制定させ、難癖に難癖を重ねた上で俺の身柄を奪おうとした、奪った上で戦場に連れていくつもりだったらしい。
人質にしたかったのか戦場で恥をかかせる気だったか、それとも殺す気だったか……真意は分からないが、とにかく突然のことだったこともあって父上と兄上は対処がしきれず、臨時法の甘さを突いて自らが戦場に赴くという形で俺を救うしかなく……結果今がある。
そんな野郎がまたノコノコとやって来た訳だ、何が目的かは知らないがこの地にやって来た訳だ。
最早それ自体が侮辱と言える、そしてそんな愚かな真似をする程にオーザドは愚かな考えなしだ。
あの時にはこちらの言い分も法も何もかもを無視して好き勝手をしてくれたからな……今度も間違いなく何か仕掛けてくるぞ。
……バトラー、ライデルを呼んでくれ、二度目はさせん、武力でもなんでも使ってオーザドを抑え込むぞ。
愚物なだけあってやつは恐らく力に弱い、力を見せて脅してやればそこまでの騒ぎにはならないはずだ」
俺がそう言うとバトラーはすぐに執務室を出ていき、お祖父様もそれに続く。
そしてコーデリアさんは静かに俺の手を握り続け……バルトロが声を上げる。
「ウィルバートフォース伯」
「ブライトで良い」
「ではブライト様、今回の指揮は自分にお任せを。
一番利害関係に遠く冷静な対処が可能かと思われます、相手が貴族であれば尚更のこと、どんな相手であれ冷静に対処をすべきです。
必要であれば相手の殺害も躊躇はしませんので、どうかお任せを……お願い致します」
そう言われて俺に返す言葉はなく……ただ一言。
「分かった」
と、返すことしか出来ない。
だがその一言はコーデリアさんにとっては嬉しいものであったようで、表情が柔らかくなり、手から伝わる緊張も消えてくれる。
……どうやらバルトロは早速先程の言葉を証明してくれたらしい。
自分で紳士と言うだけの人物であるようだ、同時にお祖父様に認められる程の人物で経験豊富……冷静に対処できるということも疑いようはなく、俺はお祖父様に感謝しながらバルトロに全てを任せる決断をし……しかしそれはそれとして防具と槍を用意し、関所に向かうための準備を整えるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回久しぶりの関所バトル




