電話
電話機が完成した。たったの数日で。
元々電信を作らせようと様々な技術を研究させていたし、飛空挺なんてものを量産出来るだけの技術があるので、理論が確立さえしたら簡単ではあったようだ。
前世のままの仕組み……ではなく、これにも魔法石が使われていて、やはり理解しきれない魔法石の不思議な力が中心部となっているようだ。
そんな電話機は机に置くマイクロフォン部分、音を電気に変えてくれる……つまり風変わりなスタンドマイクと、手に持って耳に当てるスピーカー部分だけの結構シンプルな構造で、スタンドマイクの横にあるスピーカーを引っ掛けるフックスイッチで起動する形で、交換台での運用を意識してダイヤルなどは存在していない。
そして今日はその試作品の実験の日、我が屋敷の執務室と数キロ離れた位置にある役所と電線を繋いであり、スタンドマイク下部にあるベルが鳴ったらスピーカーを取るということになっている。
執務室の机に俺、見学としてコーデリアさん、フィリップ、ライデル、アレス男爵、バトラー。
電話の相手は爺やで、そろそろあちらからコールがあるはずだ。
ジリリリリと呼び鈴が鳴り、スピーカーを取ると通話開始、まずこちらから声をかけてみる。
「こんにちは、爺や。どうだ、聞こえているか?」
『……は、はい、坊ちゃま、聞こえております。
まさか……こんなことが本当に……』
「そうか、悪いが他の皆にも会話させてやりたいから相手を頼む」
と、俺はそう言ってからマイクを他の皆に向けてスピーカーを差し出す。
それから皆が電話機を使って爺やと会話をし……それぞれ反応を示す。
コーデリアさんは頬を染めて興奮している、きっと飛空挺を初めて見た時も同じような顔をしていたのだろう。
フィリップは面白いオモチャを見つけたようなそんな顔だ、実際密偵仕事にも使えるだろうしなぁ。
ライデルは混乱と困惑、少し頭が固い彼には刺激的過ぎたようだ。
アレス男爵は何と言うか普通の反応だ、このくらいは何でもないと思っているのか、凄さに気付いていないのか……あるいは伝声管と同じ仕組みくらいに思っているのかもしれない。
バトラーは興奮気味だが、コーデリアさんと同じような興奮ではなく仕事に役立つとか便利になるという興奮のようだ。
そうやって全員の通話が終わったなら俺がまたスピーカーを受け取り、爺やに礼を言ってからスピーカーをフックに掛けて通話を終了させる。
「……兄貴が言うから疑ってはなかったけど、まさかこんなに簡単に遠くの相手と会話が出来るなんて驚いたよ」
と、フィリップ。
「これが未来技術というものなのですね……」
と、ライデル。
「すぐさま各地の代官の家に導入させましょう、多少のコストがかかったとしても利が上回ります」
と、バトラー。
「これは面白いですね、王都の誰かとも話をしてみたいです」
と、アレス男爵。
「良いですね……あたしも故郷の皆と話せたら良いのですけど……」
と、コーデリアさん。
「出来ますよ、時間と手間はかかりますが、今年中には可能になると思います。
既に準備を始めていますから、可能になったらまずコーデリアさん用の電話機を用意しますよ」
俺がそう返すと一同は目を丸くする。
どうやって?? と、そう問いかけているようで、それを受けて俺は言葉を続ける。
「この電話機は電話線で繋がってさえいれば会話が可能な訳だから、その通りにするだけだ。
あちらとこちらを電話線で繋ぎ、電話機を置く、簡単だ。
……ああ、どうやって電話線で繋ぐのかが疑問なのか? 答えは簡単だ、あちらとこちらを繋ぐ、とんでもない長さの電話線を用意するだけの話だ。
用意したならそれを海底に敷設し、それで完成……言う程難しいことではないぞ」
当然それなりのコストはかかるし、手間もかかる……が、前世でもかなり古い時代からやっていたことだし、こちらとあちらはそれ程離れていないから、なんとでも出来るだろう。
太平洋横断とか、そのレベルになると流石にまだまだ不可能だろうが……船で気軽に行き来出来る距離ならば、問題はない。
「あっはっはっは! 兄貴はいつもとんでもないこと言うけど、今回のは特別だねぇ!
……でもまぁ、兄貴がそう言うのなら出来ちゃうんだろうね、ロブル国と繋ぐのがそんなに簡単なら、国内ももっと簡単な訳でしょ?
……そうなると、本当に世界が変わっちゃうなぁ。
……海が海底ならえっと、陸地は地面に這わせる感じ?」
と、フィリップ。
心底面白いといった顔をしていて、同時にどこか興奮気味でもあり、新しい技術に興味津々なのかもしれない。
「いや、電信柱と呼ばれる柱を腕木通信塔の跡地を上手く使って建てて、その上部と上部を繋ぐ形で配線するつもりだ。
簡単に触れられる場所にあるとイタズラをする者も出るだろうし、意図せず踏みつけてしまうこともあるだろう。
通行の邪魔になるなどの問題もあるし、これは徹底するつもりだ。
上手くいけば経済軍事、治安などなど……様々なことに寄与することになるからな、強引にでも推し進める。
最終的には各家庭に電話機があり、気軽にどこの家とも会話出来るようになることを目指すつもりだ」
「は~……なるほど。
前々から兄貴が電信どうのって言ってたのは、そういう未来を見ていたからなんだねぇ。
確かに……それが出来れば色々な不便が一気に片付くね。
……でもこれが普及したら郵便局とかいらなくなっちゃうんじゃない? 失職者への手当とかもするの?」
「いや、いきなり郵便がなくなるということはないだろう。
全く影響がないとは言わないが、文書は結局郵便で送るしかないからな、数十年か数百年は問題ないだろう。
その頃には郵便局も自立しているだろうし、俺がどうこうする問題ではないだろうな。
……それより気にすべきは王家の動向だろうな、また技術を奪うなり妨害するなりしてくるに違いない。
そうなる前にある程度まで普及させてしまって、あーだこーだと言えない状況にしてしまおう。
幸い今はこれといった懸案事項もないからな、しばらくは電話関連に集中したいと思う」
王太子がやらかそうとしている戦車やトラクター関連は、特に動きがなく……そもそもとして一ヶ月そこらでどうにかなる話ではないはず。
軍務伯も無事に会談を終えたし、印象も悪くなかったはず……すぐにあれこれと動く必要はないはずだ。
南領のことも解決済みと言って良いだろうし、結婚式も無事に終わった。
すべきことは大体やっていて、これからやってくる夏は政務も落ち着く季節、新技術を普及させるには良い時期だろう。
「りょーかい、皆にも知らせておくよ。
電信柱、だっけ? あれの邪魔とかしないようにも言っておく。
それと王家の連中にも気をつけるように言っておくよ。
……あ、そうだ、王家で思い出したんだけど一つ報告があったんだけど、今しても良い?」
と、フィリップ。
どうやら本当に今思い出したといった様子で、電話という新発明への興奮で色々上書きされていたのかもしれないな。
「頼む、何かあったか?」
「えっとね、例の学院ってやつ、各地で反対意見が上がってるみたいでさ、ちょっと騒ぎになってるみたいなんだよ。
特に地方の貴族達から、跡継ぎを人質にするつもりかって声が上がってるみたい。
偶然なんだろうけど14歳の……つまり兄貴と同い年の貴族の子供が多いらしいんだよね。
そりゃ毎年一定数同い年ってのは生まれるものだけど、14歳だけはどーいう訳か特別多いんだって。
そして学院の入学は15歳から……つまりはそこを狙い撃ちにして王都に集めて人質にするつもりなんだろうって、そーいう感じ。
手間ひまかけて育ててもうちょっとで大人になるって後継者をいきなり奪われて……しかも3年も王都にいなきゃいけないっていうのが、結構な反発招いてるみたいだよ」
「あー……まぁ、そうだろうなぁ。
特にその辺りの年齢の3年っていうのは、色々経験させるにも成長させるにも大事な期間だろうしなぁ」
「そうそう、それにほら、15歳からはセリーナ司教様が提唱した成長のための旅をする年頃じゃん?
それをさせようと考えていた貴族達も反発しているみたいなんだよね」
「ああ、それもあったか」
成長のための旅、これはセリーナ司教様が書いた本で語られているものだ。
実際に司教様は大陸を自らの足で旅をしていて、何人かの弟子や貴族とも旅をしていて……その時に学んだことを熱意のこもった言葉で国内へと伝えていた。
曰く。
『若者にとって旅とは健全な苦行である。
不慣れな床で眠り、初めて会うこちらを知らない人々と会話をし、日が昇る前から歩き始め、いかなる馬や天候、食べ物にも飲み物にも耐えなければならない。
旅をすることで若者……特に貴族の子弟は過剰な自我と自尊心をへし折ることが出来る。
若者達は旅先で自らよりも偉大な人物や広大な国家を目にするため、帰国した時には遥かに謙虚になり、地位が低い者が相手でも礼儀正しく振る舞うようになり、自分が偉いなどという空虚な自信を持たなくなるものだ』
とのこと。
これに感化された貴族達は大陸に子供達を送り込んでの旅をさせていて……その安全は司教様や教会が保証し、その時流に合わせた安全なルートを構築、提案してくれて、1年から3年の旅を終えると、それはもう立派な大人となっての帰国となるそうだ。
俺も父上が領主のままであったなら、それだけの長旅となるかは分からないが、それでも大陸への旅はしていただろう。
そして王族が推し進めようとしている学院制度は、この成長のための旅を出来なくするもので……反発する貴族がいるのも納得出来る話だ。
特に軍人としての教育を是とする我が国にとっては、過酷な外国での旅と、安全な王都の学院暮らし、どちらが望ましいかは明白で……改めて考えると王族は、なんだってそんな馬鹿なものを作ろうとしたんだろうなぁ。
セリーナ司教様の顔に泥を塗ることにもなるし、なんらかの利点があるのだとしても損失の方が大きいように思える。
「……あとはあれだね、王太子の噂から王太子の見合い場とかハーレムとかも言われちゃっててさ、女の子がいる家はそういう意味でも反発してるみたいだね。
んで、これが結構な騒ぎになってるみたいなんだけど……どうする? 兄貴も関わる?
この流れが上手くいけば王家に結構なダメージ与えられると思うよ?」
「……いや、やめておこう。
反対の立場ではあるし、当主である以上入学なんて絶対にしないが……他の家とは立場が違いすぎる。
変に動いて厄介事に巻き込まれるのも面倒だからな。
正式に結婚したこともあって、俺はもう正式な成人かつ当主として扱われる。
仮に学院なんてものが成立したとしても、入学を強制することは出来ないはずだしな、どういう結果になるのだとしても放置で良いだろう」
「おっけー、分かった。
兄貴がそう言うならその通りにするよ」
と、そう言って俺とフィリップの会話が終わった折、ドタバタと誰かが屋敷の中に駆け込んでくる音がする。
……まぁ、うん、タイミング的にも足音的にも誰なのかはすぐに分かる、博士に違いない。
「ひ、ひぃー、ひっ、ひどいですよ! ブライト様!!
なんで、なんで呼んでくれないんですか! 電話機のお披露目会!
っていうか、こんな地味なお披露目会嫌ですよ! いやーです!!
もっともっと新聞記者と聴衆を集めて大々的に、自分の功績を讃える形で、皆で褒め称えまくる形でやってくださいよ!
こ、こ、これじゃぁ何のために作ったんだか、わかんないですよ!!!」
そして執務室に駆け込んできて、いつものナナフシダンスをしながら抗議をしてくる博士。
それを受けてコーデリアさんは怯えて俺に寄り添い……アレス男爵は驚き呆れ、残りのフィリップ達は何故か殺気を放ち始める。
「……ただの試験の場であって発表の場ではないぞ。
記者を集めての大々的な発表はちゃんと準備が整ってからやってやるから、その時には好きなだけ目立つと良い。
そもそもだ、こんな地味な形の成功で博士は満足なのか? もっと遠方の領地の北辺などの常識ではあり得ない距離で成功してこその偉業だろう?
地味なまま記事にしても地味な称賛しか得られないのは明白だが……それでもまぁやりたいと言うのならやってやっても良いが……」
「うへっ、うへへへへへ。
こ、こりゃまた早まったみたいで、うへへへへへへ。
流石にブライト様、よく分かっていらっしゃる、この発明の偉大さを、うへへへへ。
じゃ、じゃぁじゃぁ、自分の出番はその時ですね、その時に凄いお披露目をしましょうね。
あ、どうせなら隣国との通話が良いですね、凄く話題になりますよ、海を越えての通話!
うへへへへへ、お任せください、以前にお聞きした海底ケーブルとやら、敷設方法も含めて自分が、この自分が、自分が!!! なんとかしてみせます!」
と、博士。
海底ケーブル含めアイデアを出したのは俺……と言うか前世の人々なのだが、それを完全に自分の手柄にするつもりらしい。
……まぁ、うん、別に構わないけどな、仕事さえしてくれるなら、それで。
そう考えて俺が適当に手を振る中、執務室はどんどん殺気で満ちていって……そしてこの場に完全に興味を失ったらしい博士は、殺気に追いやられる形で執務室から逃げ出ていくのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は家臣達の会話やら何やらの予定です




