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施策


 ハグを終えて…‥お互いにソファに座り直して、それから俺は、そう言えばと気になっていた疑問を投げかける。


「そう言えば、お一人でいらしたんですか? 護衛は?」


「ああ、家臣達も一緒に来ておるぞ、と言っても数人だがな。

 王都へ行って所用を済ませてこっちに来て……あの子達を儂の屋敷まで送ってもらうために護衛の大半を使ったからなぁ……少なくて見栄えは悪いが、お前相手に見栄を張る必要もなかろうよ」


「……なるほど。

 その家臣達は飛空艇に乗せなくて良かったんですか?」


「うむ、ここの鉄道の様子も確認したくてな、鉄道で屋敷に向かうように言いつけてある。

 そのうちに到着するだろうから、部屋を用意してやってくれ」


「分かりました、手配しておきます」


 自分で確認しないんですね? とは言わない。


 家臣に仕事を任せるのも経験を積ませるのも貴族の仕事、みたいな所がある。


 特に自領で鉄道関連を任せている家臣なら、そういった経験は積極的にさせるべきで……恐らくこちらの領内の見学なんかも兼ねているのだろう。


 色々と改革を繰り返して今の形となったウィルバートフォース領を見学したいとやってくる人は、相応に多く……そういった堂々とした情報収集は、交流のきっかけにもなるので歓迎している。


 スパイとかなんだとか細かいことを言うつもりはない、どの道商人の行き来などでバレてしまうのだから、その機会を利用してコネを広げてやるくらいのつもりで受け入れたいと思っている。


 ……王家以外は。


「ところでブライトよ。

 噂では王都の連中に気付かれぬように小生意気な手を重ねたと聞く。

 ……具体的にはどんな手でもって、連中を出し抜いたのだ?」


 あれこれと考えているとお祖父様がそう問いかけてくる。


「……そんな大したことはしていませんよ。

 しっかりと現実を見て打てる手を打っただけのことです」


 と、そう言って俺は実際に何をしたかを説明していく。


 ……と、言っても本当に大したことはしていない。


 俗に言う知識チートやら内政チートやら、そういったネタを全て奪われ頓挫させられた俺は、この世界のことをよく勉強し、領内をこの目で見て回り、何か出来ることはないかと必死に探った。


 家臣や領民からもよく話を聞き、可能な限りの資料に目を通し……そうして自分に出来そうなことを一つ一つ、丁寧にやっていっただけのことだ。


 どこの誰にでも思いつくような、すぐにでも真似出来るような……普通の施策を一つ一つ丁寧に。


 チートなどのような凄まじい効果はないし、他領から大差をつけて抜きん出るような成果も得られないが……しっかり現実を見つめたおかげか、その全てが成功し、小さな成果を積み重ねて……結果として領内が賑わってくれたと、それだけのことで、やったことも結果も至って普通のことでしかなかった。


 まず取り組んだのは領内の孤児と馬糞問題。


 魔法石機関が発明されたのが何年前だったか……そうして国内各地に鉄道が普及した結果、需要が減るだろうと思われていた馬車の需要は逆に急増。


 鉄道によって人の動きがかつてない程に活発化し、駅から家、家から仕事場などなど鉄道ではフォローしきれないような細かい動きに馬車が必要とされるようになり……街中が馬車で溢れかえった結果、当然のこととして馬糞も溢れかえった。


 それをそのまま放置していたなら、疫病などの原因になる訳だが、いざ片付けようとしても量が多すぎて簡単な話ではなかった。


 新聞各社がこのままでは数年後に、大通りだけでなく王城の最上階すらも馬糞に埋もれることになると、大真面目でそんな試算をするくらいの量となっている上に、誰もやりたがらない仕事でもあるので、未だに他領や王都では問題になっているらしい。


 そんな状況を受けて俺は、馬糞の掃除を孤児に任せることにし……ただ任せるだけではなく、マスクや手袋や仕事着や掃除道具、掃除後の入る風呂やその際に使う石鹸や着替えなどを支援してやることにした。


 集めた馬糞は農家に譲って肥料にするか、整備した処分場で焼くか埋めるかし……集めた量に応じて賃金を支払い、更に孤児向けの夜間学校も整備し、そこで読み書き計算などを教え込むことにした。


 ただ孤児にやらせるだけでは子供を犠牲にしていると非難される訳だが、そこまで支援するならと新聞各社はもちろんのこと教会からも文句が出ることはなく……孤児達も飢えることなく未来に希望が持てると喜んでくれて、そういった感謝の気持ちがあるからこそ毎日懸命に馬糞掃除をしてくれていて、馬糞問題はあっという間に解決した。


 馬糞をあらかた片付け終えた子供達が街中の掃除もしてくれるので、清潔感のある街並みとなり、それを見た領民達がせっかく街が綺麗なのだからと自分の家なども清潔に保つようになり……それによって体調不良になることが目に見えて減ってくると、清潔こそが長寿の秘訣なんて記事が新聞に取り上げられるようになり、健康問題にも悪くない影響を残すことになった。


 次にやったのは徴税官の廃止。


 徴税官とは領主から徴税権を授与されて、領主の目が届かない領内各地で代理として徴税する連中だが……目が届かないことを良いことに、汚職まみれとなっていた。


 嘘の税収報告、中抜き、徴税を絡めての脅迫、脅迫のためのギャングの形成などなど……やりたい放題だ。


 父も兄もそれを軽く考えていたようだが、税とはこの領のためのもの、領民のためのもの、我が家の経営と誇りと歴史と沽券のためのものであり……それに手出しをされて黙っているのでは貴族とは言えない。


 家臣達に情報収集を命じ、情報を集め終えたならすぐさま軍を起こし、領内全ての徴税官とその家族を制圧、不正の証拠や証言を集めた上で裁判、そして処刑。


 ついでにギャングやそれに類する賊も罰し、それらの財産の全てを没収し……徴税官そのものを廃止。


 その代わりに各地に代官を設置し、徴税もそれをどう運用するかも代官に一任。


 代官を誰にするかを決められるのは領主のみとし……また世襲も厳禁とすることにした。


 代官に任命されるのは忠義を尽くした家臣だけ、長年父を支えてくれた忠臣達だけが代官として各地に派遣される。


 我が子を代官にしたいのならしっかりと教育した上で、俺に仕えさせ代官になれるだけの成果を残させろと、家臣達にそう言い含めた。


 結果として屋敷に届く税収は例年の数倍となり、忠義を尽くせば代官として悠々自適な暮らしが出来ると家臣達も奮起、代官達もまた我が子を次の代官にするためにと稼いだ金で我が子に高度な教育を施すようになり……そのための人材や施設が活発化。


 学校だけでなく塾や研究施設なんかも出来上がることになり……そうして増えた税収や没収した財産を飛空艇関連の事業に投資したら、必要な技術や人材がいつの間にか揃っていたので、それも大成功となっての万々歳。


 他にも細々とした……道路の整備をしたり、鉄道や飛空艇関連の法の再整備をしたり、魔法石鉱山の領有化をしたり、いちいち説明していられないような細かいこともして、今の我が領の状況があるという訳だ。


 そのどれもこれもが前世とは関係のない、今世で学んだことを活かした施策ばかりで……なんというか、自分には前世の知識チートとかは向いていないのだということがよく分かった。


 恐らくだが王都の妨害がなくても、失敗をしていたのだろう……他の貴族や他国の妨害で上手くいかなかったのだろう。


 ……だからと言って王家を許すつもりは微塵もないが、良い勉強となったのは確かで……殺す際には拷問などせずにあっさりと殺してやろうと思うくらいには感謝してやっても良いのかもしれない。


 ……と、そんな話をするとお祖父様は、何故だか涙ぐんでふるふると肩を震わせている。


 悲しいのか、感動しているのか、どちらにせよそんな話はしていないはずだと訝しがっていると、またも立ち上がって駆け寄ってきて、俺が立ち上がって応えると熱烈なハグをしてくる。


「ああ、やはりだ、やはりお前には神が授けた才があったのだなぁ。

 初めてお前に会ったのは、お前が2歳かそれくらいだったが、あの頃から眼差し鋭く礼儀正しく、実にわきまえた佇まいで儂の目を魅了してくれたものだ。

 ……お前は知らんだろうが、お前に会ってすぐあの男に、お前を養子にくれと迫った程だったのだぞ。

 それ程までにお前は輝いておったのだ……そして儂の目に狂いはなかった。

 初代様を超える才がこうして生まれたのは、このチャタム侯爵家の血の力によるものに違いない!!

 ああ……惜しい、惜しくてしょうがないぞ、何故我が家の子として生まれてくれなかったのだ」


 お祖父様の言うあの男とは父上のことだろう。


 お祖父様は貴族として父上と悪くない関係を築き上げているが……愛娘である母を奪われたとも考えているようで、父上とはなんとも微妙な関係となっている。


 そしてそんなお祖父様と父上が奪い合うことになったのが幼い頃の俺で……両者が俺を溺愛してくれたのは、相手に奪われたくないという、そういう想いも影響してのことなのだろうなぁ。


 ……その標的とされた当人としてはなんとも複雑な気分だったが、お祖父様も父上も俺が嫌がることをすることは一切なく、いつでも力になってくれて相談に乗ってくれて、その命を差し出してまで守ろうとしてくれていて……その辺りの事情を知った今でも感謝の気持ちが絶えることはない。


「私が成功できたのも、全てお祖父様の陰ながらの支援のおかげです」


 と、そう言ってハグを返すとお祖父様は、感動のあまりなのか、普段にはない凄まじい力でのハグをしてきて……そうして俺はお祖父様から、全身の骨が折れると思うくらいに痛いハグを、これでもかとされることになってしまうのだった。


お読みいただきありがとうございました。


次回は屋敷に戻っての仕事や日常、家臣団のあれこれになる予定です



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― 新着の感想 ―
面白いな。内政チートが前世のアドバンテージでなく本人の現世での地に足がついた努力。そして王家絶対殺すマン。 ぶれないから安心して読める。
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