博士
――――豪華に飾られた一室で
その人物は全く諦めていなかった、恥をかかされても諦めず、もう主流ではないと見なされても折れず、虎視眈々と捲土重来の時を狙っていた。
領主不在は良い機会と言えた、早速行動を開始し治安が悪化するように誘導し……そうやって巻き起こった混乱の中で着々と手駒を増やし、拠点を構築していった。
「各工房や農場主と結託して、給与の支払いを酒場で行いなさい。
そして酒場では給料日に割引をしてやって全てをかき集めるように。
それと蒸留酒をとにかく安く売って、平民共の理性を溶かしておくように」
わざわざ用意させた自分のための金貨数枚の価値のある椅子に深く腰掛けながら、臣下達に指示を出していく。
「一方で家庭の女達には酒場が全て悪いのだとささやきなさい、そのせいで男達が稼ぎを家に持ち帰らないのだと。
そこから禁酒活動を推進し、そのための寄付金として資金をかき集めるように。
ある程度の流れとなったら領主代理にも働きかけて禁酒法を制定させなさい、そうしたら善良な酒場は一斉に閉店し、こちらに客が集まるようになるから。
もちろんこちらは禁酒法を無視するのよ、酒場が潰れようが雇った連中が捕まろうが、気にせずどんどん稼いで、同時にギャング連中をかき集めて戦力とするように」
明らかに問題がある方法に臣下達は動揺するが、反論することは許されず……ただ黙って頷くことしか出来ない。
「そうなったら質の悪い密造酒を売って同時に10倍以上に値を吊り上げたまともな酒を売りなさい。
北の関所は閉鎖され、あの小狡い小僧の領地に逃げることは出来ず、西と南は海、東からは恨まれていると来たら、愚民共は結局この地で生きていくしかなく、嫌でも金貨銀貨を吐き出すことになる。
十分に絞り上げたらそれを元手に、次の手次の手と打っていって、最終的にはあの小僧への仕掛けを打っていくのよ。
……ふざけたことをしてくれやがって、ここの領主共々痛い目に遭わせないと気がすまないの。
だから徹底的に、全身全霊尽くしてやりなさい。
そのうち王都から応援が駆けつけるから、それまではアナタ達だけでやり抜くように」
臣下達はまたもただ頷き、その言葉を胸に刻みこむ。
失態を演じたとは言え、彼女はまだまだ王族……相応の権力があり、才覚と努力によって培われた実力もあり侮れない相手、ここで機嫌を損ねれば自分達のような存在は簡単に処分されてしまうに違いないのだから。
王国最南西の領地へとやってきて、新進気鋭の領主ブライト・ウィルバートフォース伯に仕掛けを打とうとしていたら逆にしてやられた王女。
してやられたことで名誉は大きく傷つき、今後の婚姻に確実に悪影響が出るだろうが……しかしそれで全てが終わった訳ではなかった。
彼女の心は折れていないし、力はまだまだ残っている。
……そんな時に歯止めとなるはずのこの地の主がいなくなれば、好き勝手を始めるのは明白なことだった。
そうして彼女は暴走を始めた、周囲を巻き込み被害を気にせず、ただただ復讐のためだけに。
家族や宰相達がそれを聞けば止めたはずだが、王都王城は遥か彼方で……そうして彼女はこの地で、高貴なるワインではなく低俗なる蒸留酒と密造酒を武器に戦い始めるのだった。
――――庭を散歩しながら ブライト
コーデリアさんと結婚して変わったことは何か。
……基本的にはそんなに変わらなかった。まぁ寝室のあれこれは変わりはしたけどそのくらいで、仕事も普段の過ごし方もそう変わらない。
コーデリアさんも母上から色々学んだりエリザベス嬢の下で社交に励んだりとで忙しいし、俺だって政務で忙しいし、大きく変わるはずがなかったのだけど……せっかくの新婚でそれではコーデリアさんも不満を持つかもしれないと不安に思っていたのだけど、特に問題はなかったようだ。
「結婚前から今と同じくらいに大切にしていただいていたと、そういうことですから」
と、そう言って笑顔を見せてくれていつも通り。
ただその言葉に甘えてばかりではいけないかと思って政務前の時間……コーデリアさんがまだ忙しくなる前の時間に、一緒の時間を作ることにした。
手を取り合って庭か街に出かけて散歩をして他愛のないことを話す。
意味がなくても良いから何か話して、お互いの今をしっかり知って……穏やかな気分になってから政務に励む。
そんなことを始めて数日、今日もまた庭でのひとときを過ごすことになり、会話を弾ませていると何やら騒がしい音がこちらへと迫ってくる。
「ブライト様ぁぁぁぁぁ、ブライト様ぁーーー!!」
聞いたことあるような無いような男の声、高音ながらしゃがれて聞き取りにくいその声の主は……誰だったか。
「ブライト様ぁぁぁぁ、完成しましたよぉぉぉーーー!」
「んん? ああ、博士か、何か出来上がったのか?」
30代男性、茶髪を長く伸ばし……と、言うか手入れせずに放置してのボサボサ、顔もボサボサのヒゲまみれ、そんなボサボサの中で青い瞳が爛々と輝いていて、薄汚れた白衣をなびかせながらこちらに駆けてくる。
博士とそう俺が呼んだ彼は、出会った頃からそういう格好だった。
見るからに博士と言いたくなる格好で、しかもやっていることも大体博士。
幼い頃から賢く言葉を覚えてすぐに本を読み始め、鍛冶師の父の工房の隅で端材などを使って工作を開始。
炉に使うフイゴを勝手に改造して『パパ』と喋っているかのように音を響かせるフイゴを作り、父親や周囲の人を大層驚かせたというのが七歳の頃。
それから音に関連する発明にドハマリしたようで……工房の隅で一人工作をし続けて今は三十代。
領主となった俺がたまたま立ち寄った工房でその姿を見かけた時には大層驚かされたものだ。
そんな工作生活でよく生きてこられたなと思ってしまうが、サーカス団などにその不思議工作を売りつけることで生計を維持していたらしい。
どの工作もとても出来がよく、サーカス内に飾ればお客さんに喜んでもらえて、そんな品々を次々に作り出してくれて、それがあれば大儲け出来るということでサーカス団はかなりの高額で工作品を買ってくれていたらしい。
何なら贅沢な暮らしが出来るくらいに稼いでいたそうだが、博士はその稼ぎのほとんどを工作に注ぎ込んで……なんとも破滅的な生活をしていた博士を見て俺は、何かの役に立つかも知れないと今まで結構な支援をしてきた。
まず専用の工房を作ってやった。発明用と言ったら良いのか研究用と言ったら良いのか、とにかく鍛冶工房の隅ではなく博士が好き勝手出来る場を与えてやった。
次に数人の助手と護衛をつけた、一人ではあっさりと生活破綻を起こして死にかねないのでその補佐と研究の手伝いが出来る人員と……発明品泥棒が出ないように頼りになる護衛も数人。
そして支援金も出してやった。合計で結構な金額になりはしたが、面白い発明を一つでも仕上げてくれたらそれで良いと思って今まで支援を続けていて……そしてようやく今、一つ目の発明を仕上げてその報告に来てくれたらしい。
コーデリアさんとの大事な時間を邪魔されたことには思う所があるが、社会性が皆無の博士には何を言っても無駄だろうから、受け入れるしかないのだろう。
「出来ました出来ました! 電信です!
これでもう腕木通信なんて必要ないですよ!! うへへへへへ、全部電信にしちゃって良いと思いますよ! うへへへへへ」
何故か妙に腰を低くしながらこちらを見上げて、笑いながらそんなことを言う博士。
俺の手を握るコーデリアさんの手に恐怖からか力が込められて……俺は安心して良いですよと痛みに耐えながら強く握り返し、それから言葉を返す。
「ああ、よくやってくれた。
これでとりあえず回光通信機のようにトンツー通信が出来るな、まずは電線の配備から―――」
「そ、そんな情けない電信じゃないですよ! 音です、音を飛ばせます!
うへへへへへ、フイゴの時と同じです、音を響かせてやればそれは声になるんですから、だから電気と振動を変換できるように頑張りました!
大体トンツーだけなら電気の仕組みさえ分かってればすぐ出来るんで、そんな面白くないの開発したくないし発表したくないですし、きっとお金にもならんですよ、皆真似できるし。
だから頑張りました、面白くなるよう頑張りました! 電信で音を飛ばせますよ! うへへへへへ」
……トンツーだけで十分だったんですけど?? まずは電信を実用化してくれたらそれで良かったんですけど???
何なんだこいつ。
素直にそんなことを思いながら痛み始めたこめかみ辺りを撫でて……ため息を吐き出してから言葉を返す。
「……そうか。
それでどの程度の音と精度なんだ? 会話は出来るのか?」
「自然な会話は難しいです、質が悪くて聞き間違えが発生しますから。
聞き間違えが起きないようにした符号的な会話と情報交換ならなんとかいけるでしょう。
もっと予算と手間かければ……一年後にはそれなりの会話が出来るようになるかもですが、自分はもうこの研究に飽きちゃったんで後は助手に任せて、次はブライト様が言ってた無線を作りたいと思います。
どんな無線か聞きたいですか? うへへへへへ、光です、光ですよ。
ブライト様がやってる光の点滅で情報を伝える、それをもっと高度にやるんですよ、光で鏡を振動させて電流に変えたら声になります、実験はまだですけど、うへへへへへ、絶対に可能ですよ、任せてください!!」
……つまり……光通信、か? あんまり詳しくないが多分やろうとしていることはそれだよな。
よくその発想に思い立ったと驚かされるが、いくら凄い発想だったとしても現状そんな技術活かしようがないだろうに……。
光が届く範囲にしか伝わらないのであれば現状は回光通信機で十分、光ファイバーがあれば違うのだろうけど、そんな未来過ぎる技術よりも今は電信を改良して欲しいし、その先に進むにしてもまずは電波からなんとか仕上げて欲しいものだ。
「あー……博士、まずは電波から始めてみないか?
確か電波のことも話したよな? 電波の研究が進めば博士の音声電信もより高度に、様々な使い方が出来て、博士の名も広まると思うんだよ。
……皆に褒められたいだろ? 凄い便利だって言われたいだろ? ならまず電波だと思うんだよな」
俺がそう返すと博士は目を丸くしながら困惑する。
俺が賛成してくれると思いこんでいたが賛成してくれず、まさかの提案をされて戸惑っているのだろう。
ただ俺は知っている、博士は名誉中毒だということを。
幼い頃から凄い凄いと褒められておだてられて、結構な稼ぎまで得てしまって……家族親類、果ては町長までが彼を褒めそやした結果、すっかりと中毒になってしまって、知的探求心よりもただただ名誉を求めるだけの化け物になりつつあることを。
そんな彼のことを貴族である俺が見出し、認めてやった時にはそれはもうドン引きするくらいにはしゃいでくれたもので……同時に彼は俺に対して結構な感謝を抱いてくれている。
そんな俺がそう言うのだからそうなかもしれないという思いと、自分の凄い発明を認めてくれないという困惑と、本当に電波なんて陳腐なものが役に立つのか? という驕りが彼の中でせめぎ合っているようだ。
そしてそんな彼の心情を表現しようとしている、今の表情と体の動きは……なんだろう、昆虫のナナフシに良く似ていて、それを見て怯えきってしまったコーデリアさんの手に更なる力が込められる。
「そぉー……ですかー? 本当に褒めてもらえますーかねぇー?
それならまぁー……やりますけどぉー、うへへへへ。
ダメだったらその時は光の研究しますからね? 予算たっぷりもらいますよ?
ブライト様が言った通りにするんですから、そのくらいは、うへへへへへ、良いですよね。
……あ、そちら噂の奥様ですか? おめでとうございます。
お祝いに今度、おめでとうございますって喋り続けるフイゴをお贈りしますね、足で踏めば踏むほどお祝いをしてくれますよ。
うへへへへ、何なら魔法石を込めることで自動で喋るようにもしておきますから、期待していてくださいね」
いらない、心底いらない。
だけどもそんなことを言えば博士のメンタルが変に落ち込んでしまうので何も言わずにただ笑顔を返す。
そしてコーデリアさんは一層怯えてしまって……なんとも言えない悪循環が博士がここを去るまでの間、続くことになってしまうのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は三章のキャラ一覧
次次回に新章第一話となります!




