教育
肉祭りからしばらくの間は、平穏な日々が続くことになった。
何もかもがいつも通りで、誰も関所にやってこない平穏な日々。
南の方で色々と騒がしくなり、その影響があるにはあったが……それでも許容範囲内、こちらの平穏が崩れることはなかった。
南領領主が不在となり、ただでさえ傾いていた経済が悪化し、治安も悪化。
南領の港関係者、漁師などにはギャングとはまた違う荒くれ者と言ったら良いのか、暴力を是としながら犯罪を生業にはしていないような人が多く、それが自分達以外の理由で稼げなくなった際に、どういう暴れ方をするのかは……想像もしたくないもので、結構なことになっているようだ。
ちゃんと真面目に仕事をしていたのに毎日海に出ているのに、なんだってこんな目に遭わなければならないんだと酒を飲みながら暴れる荒くれ者というのは、なんとも扱いに困るものだろう。
また南領では蒸留酒の規制をしていなかったのも問題になっているようだ。
この蒸留酒というのがこの国では厄介な社会問題となっていた。
登場したのはかなり前、百年以上前のことだったか。
それまでの飲酒はワインやビールなどの『食事の一環としての飲酒』だったが、蒸留酒が登場したことで『安く手っ取り早く酔うための飲酒』というものが出来上がってしまった。
味も質も関係ない、ただ酔えれば良い。
更に当時の政治的なあれこれで蒸留酒の一種であるジンの税金を引き下げてしまうという大失策が行われてしまい……タダ同然の値段でジンを大量に飲めるようになってしまったらしい。
これがまた大問題となって反蒸留酒運動なんてものが巻き起こった。
『ビール通りは伝統的で活気に溢れ明るい飲酒を楽しむ人々ばかりになり、ジン横丁は退廃的で破滅的、誰もがだらしなく不注意で犯罪者しかいない』
……なんて風刺歌が出来上がる程だったようで、それ以来国内各領地ではそれぞれ蒸留酒を規制、様々な対策を打っていた。
我が領では昔から蒸留酒には特別税をかけることで対処していたが……南領では無対策。
経済と治安が安定していた頃には蒸留酒に走るような人も少なかったようだが、領主不在で一気に状況が悪化して……それはもう酷いことになっているようだ。
「まさにジン横丁さながらの状態になってるみたいだよ。
特に海岸の街が荒れまくりで……良識ある人はこっちに避難しようとしてきてるけど、関所は閉鎖されているから仕方なく関所周辺で寝泊まりしてるみたい。
あそこらで暴れるようなのがいたら流石にうちの騎士が対処することになるから、悪人達は関所には近付こうとしてないんだってさ」
いつもの執務室、ビフとボガーを鍛えるためにと二人を連れて南領に偵察に出ていたフィリップが、そんな報告をしてくれる。
「……全ての街が荒れている訳ではないんだよな? 避難民の数はどのくらいだ?」
痛むこめかみ辺りを指で押しながらそう返すと、フィリップが苦笑しながら言葉を返してくる。
「そりゃもちろん、内陸の農村とかは平和なもんだったけど……他がそんな感じだから警戒心剥き出しでさ、自警団作ってよそ者は一切立ち入れさせないって感じになってたね。
もちろん南領領主も代理を立ててはいるし、その人が対処しようと動いているんだけど、全然手が回っていないみたい。
そんな状況から逃げようとした人は多いのか少ないのか、大体300人くらいだったかな。
……あとこれは何の証拠もない、勝手な憶測なんだけど……多分誰かが騒動を煽ってるよね、じゃないといくらなんでもこんな短期間であそこまで荒れないと思うんだよね」
「あー……まぁ、あっちこっちで恨みを買っていたようだしなぁ。
南領の位置から考えると大陸からの介入という可能性もあるし、大陸からの影響を受けて革命どうこうと騒いでいる連中もいることだろう。
……下手をするとその全てが同時に騒ぎを起こしているのかもしれんぞ、そうなると領主が戻ったとしても対処しきれるかは危うい所だろうなぁ。
……そして300人か、300人ならまぁ受け入れてやっても良いだろう。
後でそちらの不手際でこんなに迷惑したぞと、ふっかけるためのカードにもなり得るしな。
……ただし革命どうこうの不穏分子を招き入れるのはごめんだ、その辺りの対処をライデルとフィリップに任せたいと思うが、どうだ?」
「ん? まぁ、やれと言われたらやるけど、当然人と予算はつけてくれるんだよね?」
「お任せください」
俺の問いかけに対しフィリップは首を傾げながら、ライデルは直立不動でそう返してきて、俺は頷いてから言葉を返す。
「ルイスやビフ達を使っても良いし、騎士を連れていっても良い。
必要ならノアブア達にも声をかけると良い。
ただしアレス男爵はダメだ、あれはお人好し過ぎて避難民というだけで全てを許す可能性がある。
……ああ、アレス男爵の息子と娘なら連れていっても良いぞ、良い社会勉強にはなるだろうから」
「え? あ、あぁうん……うん、孤児院の皆には手伝ってもらうよ」
「……ご、ご命令とあらば」
男爵の息子と言った瞬間、明らかにテンションが下がる二人、この二人からもそういう評価をされてしまっているのか……あの息子は。
「あ、そう言えば息子と言えばなんだけどさ、王都の学院ってやつ、なんか凄い噂になってるんだけど、兄貴はどうするつもりなの?
貴族は誰でも15歳になったら入学しなきゃいけないとかなんとか……。
貴族夫人となった姉貴も入学の必要あるのかな? 兄貴と姉貴がそんな風に王都に行かれたら、南程じゃないにせよヤバそうなんだけど……」
するとフィリップが話題を変えようとしているのかそんなことを言ってきて、俺はひらひらと手を振りながら言葉を返す。
「ないない、今更学院とか行っても意味がないしなぁ、そもそもそんな強制力は誰が何を言おうと発生しないだろうさ。
それと俺はもう貴族の子弟ではなく当主だからなぁ、他の貴族家の子供達とは立場が違うだろう。
……そもそも貴族の教育というものは、それぞれの家でそれぞれに家格や歴史、文化に合った教育を家庭教師が行うものだ。
それを学院なんてもので統一された教育を行うとか滅茶苦茶にも程がある」
「……まぁ、そーだよね、兄貴達もそうやって立派な領主になってるんだしねぇ。
あとはなんか、出会いを目的にしているらしいけど?」
「はぁ? 貴族の婚姻婚約は親が決めるものだろうに、学院で出会ったからどうだと言うんだ。
……まさか貴族同士の遊びを容認するつもりなのか? そんなことをしたら教会が激怒するぞ」
「……だよねぇ、おいらでもそう思うくらいだからねぇ。
……ちなみにさ、普通の貴族の家の子供の教育とか次男の扱いってどんな感じなの? 兄貴はほら、色々特例だったんでしょ? 他はどうなのかなって」
「ああ、まぁそうだな……俺の場合はまず親からして特例だったからなぁ」
と、そう返した俺は貴族家の子供の扱いについてを語っていく。
そもそもとして貴族の家では、子供をそこまで特別視しない、愛情を持たない家もザラにある。
何故かと言えば、医学の発展していないこの世界で子供は、いつ死ぬかも分からない存在だから……。
しっかり大人になれるまで生き残って貴族としての教育を修了し、貴族として知性とユーモアのある会話が出来るようになって初めて一人の人間として、家族として認識する……というのが『常識』だったりする。
父上やお祖父様、兄上でも『特例』で異常者扱いされてもおかしくないくらいには、そっちの方が常識だ。
子供と食卓を一緒にすることはないし一緒のベッドで寝たりもしない、世話は乳母任せ、教育は家庭教師任せ、貴族としての集まりやイベントなどで顔を合わせたり抱き上げたり、家族としてのうわべを飾ることはあるが……それ以外は一切触れないということもザラだ。
更に軍人になることが前提の教育が行われるので、厳しく辛く、規律や上下関係も徹底的に叩き込まれる。
そうまでされながらどうにか生き残り、教育を修了しても……長男以外は無価値。
家を継ぐ者だけは『実子』として相応に愛されるが、それ以外はただの予備扱い、一切を受け継がせてもらえず家を出ることは確定していて……しかし貴族としての誇りと義務は負わされるので、下手な仕事に就くことは出来ず、国に尽くす何かをしなければならない。
長男が成人した場合は、その時点で家から追い出されることもよくあることで、7歳~10歳の子供が他家に務めに出されたり養子に出されたり、寄宿舎に押し込まれたり、なんてのが通例だった。
そうなると家庭教師になるか学者になるか、教会関係者になるか……どの道平民として扱われヤンガーサンなんて言葉で呼ばれる彼らの生き方はかなり大変だろう。
そんな中で出世をする人々もそれなりにいる。
特に海外領土の駐在官になったヤンガーサンは、かなりの確率で出世している。
海外領土の駐在官は過酷な仕事だ、飛空挺が出来る前は船で移動が基本、10ヶ月から一年かけての船旅で亡くなる者も多いし、到着したとしても環境の違いで病む者もいる。
そんな過酷な仕事は誰もやりたがらないものだが、しかし誰かがやらなければならない仕事でもあり……そのための教育をしっかりと受けていながら先の展望のないヤンガーサンにとっては、あり得なくない選択肢の一つとなっていた。
軍人教育を受けていてそれなりにタフで、規律や上下関係をよく理解していて……かつての暮らしに戻りたいと、貴族になりたいと出世欲は誰よりも高い。
過酷な駐在官の仕事をしっかりとこなせる人材であるヤンガーサン、それを生み出すためにあえてそんな教育文化を根付かせたのではないか? と、邪推したくなる程にマッチした条件となっていた。
結果として我が国の海外領土の経営はとても安定している。そこから出世し、貴族に出戻りした者もそれなりにいる。
そういった者は実家から『実子』として歓迎されることになり……そこで初めて親からの愛情を受け取ることもあるんだとか。
「……つまりはまぁ、我が家は特例中の特例だな。
そして呆れる内容かもしれないが、そのおかげで国の今が、豊かな生活とそれなりの平和があるという側面もある。
……確立されたこの『教育』を壊す可能性のある学院の存在は、常識的な貴族なら決して許容しないと思うんだがなぁ……。
その辺りどうするつもりなのやら」
と、俺がそう言って話を終えると、何故だか執務室の空気が冷え込んでしまっていた。
誰もが沈痛な面持ちで冷や汗をかいていて……そんな中でフィリップはクイッとアゴを動かし、あっちを見ろと示してくる。
その先には……コーデリアさんのためのソファがあり、ソファに座って見学をしていたドレス姿のコーデリアさんは、顔色を悪くしながら目に涙をためて、ふるふると震えている。
「……う、うちの子もそうしなければいけないんですか?」
そして震える声でそう言ってきて、俺は大慌てで駆け寄り声をかける。
「い、いえいえ、そんなことはありませんよ!
我が家はおかしな、異常扱いを受ける家ですし、お祖父様や父上のその方針と愛を、俺も受け継ぐつもりです!
ですからコーデリアさんとの子供も全員、お祖父様達のように愛してやるつもりです。
これ以上ない程の愛を注ぐつもりです、決して他の家のようにはなりませんよ!」
するとコーデリアさんは立ち上がって、両手を広げてハグを求めてくる。
自分からするのははしたないと言われているからか自分からはしてこないが、して欲しいと精一杯にアピールをしてくる。
それを見てかフィリップ達は執務室から立ち去っていって……そして俺は背骨が痛くなる程のハグを、それから10分程堪能することになるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
以前も少し触れたネタですが改めて、今後の展開のためにということで
次回は章のラスト、その次はキャラ一覧、次の次からは新章の予定です、




