王太子派
―――王都のある屋敷で ある貴族
揺り椅子に全身を預けてゆらゆらと揺れる、樽のような腹をした中年男。
くるりと跳ね上がったヒゲと髪を油でペタリと頭皮に張り付けた卵のような顔が印象的なその貴族は、周囲には王太子派だと思われていた。
……が、その実は大陸派、大陸国家に擦り寄る売国奴、こんな島国よりも大陸に領地を持ちたいと願い、そのためならばなんでもするというなんとも呆れ果てた男だった。
王太子に近付いたのは利用するため、王太子の方針に賛成したのも同じ。
そうやって大陸への派兵を決めさせ、この国の戦力を削り取ろうとしていたのだが……結果は男の狙いとは真逆のものとなってしまった。
初動から全く予想もしていなかった展開、上陸後を叩くだけで良かったはずの大陸軍がまさかの大敗、商業的な重要拠点である街が占拠されてしまい、奪還のために派遣された軍もまた大敗。
戦力を削るどころではない、男にとっては決して許容出来ないとんでもない結果となってしまって、どうしたものやらと考えると頭が痛くなってくる程だった。
だが悪いことばかりではない、その派兵に絡んでの王太子の動きがこの国に大きな不和を作り出してくれた。
歴史に名を残すこと間違いないだろう賢才、ブライト・ウィルバートフォース、彼と王家の確執は修復不可能な段階にまで至っていて、これもまた予想もしていなかったことだったが、大陸にとっては大きな利となるだろう展開だった。
あまりにも才気煥発が過ぎて、次々に成果を上げて成果を上げすぎて王家以上の存在感を放ち、王家以上に警戒すべき存在となってしまったが……王家との確執がなかったのなら今以上に栄えていたことは明白で、それを防げたという意味でも王家がより追い詰められていっているという意味でも、大陸にとっては利があると言えた。
そんな俊英がもたらした影響は大きく……最近の王城の混乱っぷりと言ったら、思わず笑ってしまう程だった。
まず王。
元々から王太子のやらかしに振り回されていた王だったが、今はそれ以上にウィルバートフォース家に振り回されてしまっている。
かの家が力を強めていること、外国と距離を縮めていること、王家への不快感を隠さないこと、王の兄を殺してしまったこと。
そういったことも問題だったのだが、かの家が隣国領土に勝手に支配地域を作ってしまったというのが大問題で、大陸各国からの抗議を処理するだけで忙殺されているようだった。
特にあの街から大きな税収を得ていた国と、大陸条約で交易保証を受けていた商人連合は怒り心頭といった有り様で、使者が毎日のように王城に足を運んでは、毎回違った内容の抗議をなんとも語彙豊富に展開している。
この件を解決するにはかの家の軍を撤退させるのが一番なのだが……そもそもの派兵を強制したのは王家、攻撃や占領、支配地域の確立をして良いと許可を与えた上での派兵をさせてしまっていて……敵国から抗議を受けたから撤退しろなど、王として言えようはずがなかった。
戦力も予算も出さず王命という名の口だけ出して、そんな理不尽を押し付けるというのは理屈が通らない。
言ってしまったが最後、ウィルバートフォース家の離反は確実で、他の家もそれに続くのは間違いなく、国家が崩壊することは明らか……少なくとも王朝の維持は難しいだろう。
そんな状況にあって大公ウィリアムは王の下を離れてブライトに接触をしてしまっていて……男が想像するにウィリアムとブライトは通じ合っていて、現王朝を倒した際には新王朝……ウィリアム朝を起こすとの密約を結んでいるに違いなく、そのことを掴んでいるはずの王に撤退命令を出す勇気などあろうはずがない。
長年続いた王朝を終わらせるだろう決断、歴史に汚名を残すだろう愚行……それを背負えるような器ではなく、だからこそ王は今日も振り回されてしまっている。
そんな王を支えるべき宰相も、最近では精彩さを欠いている。
噂を聞くに判断を間違ってしまったようだ、ブライトと手を取り合えたかもしれないというのに、余計なことをしてしまったようだ。
具体的に何をしたかまでは聞こえてこないが、余計なことをしてしまった結果、良い手駒であったアレス男爵を失ったそうで……そのアレス男爵は完全にブライトに心酔してしまったらしい。
そこからは右往左往、失敗したとの噂を払拭すべく動いていたが、そうやって隙を晒したせいで王兄の暴走を止めることが出来ず……結果は大惨事。
王家の名誉は大きく失墜することになり……宰相の評判も同時に深く傷つくことになった。
ウィルバートフォース家の派兵問題に対する答えを出せていないのも問題で、使者が来始めた当初宰相は「放っておけば解決する」と、そんなことを言っていたようだが、放っておいた結果がこの有り様というのは恥さらしなんて言葉では済まされない恥だった。
そして王太子……。
男は王太子に対しては同情的だった。
まず無能ではない、確かな才があり賢く勤勉……不思議な魅力と爽やかさもあって付き合っていて悪い気分になることのない相手だった。
確かに未熟な部分もある、癇癪を起こすという欠点もある、予想外の事態となって対処しきれず、混乱し続けてしまっているようだが……それも年齢や経験を思えば仕方のないこと。
王城という狭い世界に押し込められたあのくらいの年齢の子に、他にどうしろと言うのか……少なくとも男は、王太子を責める気にはなれなかった。
どう考えても周囲が悪い、王と宰相が悪い。
いくら才があろうとも子供の思いつきをそのまま採用したり、好き勝手にさせたりとすべきではなく……少なくとも何かをさせるのなら失敗を前提に準備をし、支えてやるべきなのに、それを一切せずに放置してしまっている。
ただの子供に全ての責任を押し付けようとしている。
これは男にとっては理解出来ないことだった。
(……まぁ、そのおかげで王太子に近付けただけでなく頼られ、良い立場になれたのだからありがたいばかりだが……自分だったら絶対にそんなことはしなかっただろうな)
椅子を揺らしながらそんなことを考えた男は、王太子の最近の様子を思い返す。
一時期混乱の極地にあり、癇癪を起こしてばかりの王太子だったが、何があったかは知らないがある日を境に態度を一変させた。
まず鍛錬をよく積むようになった、勉学に励むようになった、同時に女遊びも激しくなったがその分だけ成長を見せてくるようにもなった。
派手な動きはせずに着実に力を溜め込もうとしている……何かを目的に成長しようとしている。
恐らくは今のブライトには勝てないと悟って、彼を上回るための努力をすべきだと判断したのだろう。
それが正しい、まだまだ若いのだから研鑽に励むべき……最初からそう決断出来なかったのは、下手に才能に恵まれたからの悲劇、若気の至りだったのだろう。
王太子本人が言うには、そうやって来年に備えているそうだ。
来年こそが本番、来年の学園入学からが重要……それまでに己を鍛え、他の学生とは段違いのスタートを切るつもりであるらしい。
それ自体は悪いことではない……ないのだが、それでどうやってブライトの問題に対処するのかは全く謎で、男はなんとも言えない気分となっていた。
王太子を応援したい気持ちはあるが、売国奴という立場上は応援できず、しかし間違った努力をしているのなら、それを応援する意味はあるはずで……と、なんとも悩ましい。
一切努力しないように誘導するという手もあるが、それでブライトとの差が出来すぎてしまうと、あっという間の王朝交代もあり得るので迂闊なことは出来ず……日々頭を悩ませることになった。
ブライトへと手を出し、望むように誘導するという手もあるのかもしれないが……男が知る限りブライトは、そこまで愚かではない。
愚かと見下し手を出そうとしてきた者達全てを跳ね除けて未だに揺るがない堂々たる貴族だ。
大陸国家のことを思えばどうにか対処すべきなのだが……現状打つ手はないだろう。
下手を打って怒りを買えば彼の父と兄が大陸で何をしでかすか……とんでもない大暴れをし始める可能性もある。
ブライト自身は恐らくだが大陸への野心を持っていない。
手を出そうと思えば軍事的以外にも経済的に大陸に影響を与えられるはずだが、現状ブライトは積極的にそういう動きはしていない。
海を越えて各国が経済で繋がっている以上、全くの無関係ではないし、常に影響を与え合っているものだが、その動きは軽微なまま……領主に就任してから特別な変化は見られない。
ならば今は静観すべき時期のはず……動くにしてもまずは情報収集からだろう。
情報収集と言えばブライトの結婚式に軍務伯が参列したとの情報を男は得ていた。
つまり軍務伯はブライトに直接会い、ある程度の情報収集を行っているはず、そんな軍務伯と話が出来たなら、確度の高い情報を得られるはずだが……問題は軍務伯という人物が厄介な程に有能であること。
男程度の木っ端貴族がそんな風に探りを入れたなら、すぐさま裏の意図があると察し、その裏を読もうとしてくるはず。
リスクがあり過ぎる……恐らく軍務伯はそういった輩が現れるだろうことを読んだ上で自ら足を運んでいる。
ブライトの情報を得ようと近付く者達を捕捉する気なのだろう、その上で自らの味方となるかどうかを見極めようとしている。
こういった時流にあって敵味方をはっきりさせるということは、今後の動きのためにも判断を決めかねている者を威圧するためにも重要だ。
特に軍務伯は国家を守る意思はあっても王家を守る意思はない。
王朝が変わったとしても全く意に介さない……国家を守れるのならそれで良い、誰が味方になろうと敵になろうと気にもしない。
国家が継続し文化と伝統が残り、典礼が維持されるのならそれで良いのだ。
それが神々と国家によって与えられた義務だから、軍務伯として行うべき職務だから。
どこまでも誠実で頑固、仮に大陸全土を制覇してその王になれるとしても軍務伯は揺るがずにこの国の軍務伯で在り続けるだろう。
そういう意味で軍務伯と男は真逆の存在で……決して相容れることはない。
だからこそ迂闊に近づくことは出来ない、かと言って自らウィルバートフォース伯に近付くのも論外だ。
接点がなさ過ぎるし、王太子派で知られる男が近付くなどただの自殺行為でしかない。
……そういう訳で情報収集すら出来ないのが現状。
やはり打つ手がない……現状はただ情勢を見守るしかないのだろう。
あえて動くのなら王太子にどう接するかという話になるのだが……自己鍛錬中であるのなら、こちらも見守るのが最善なのだろう。
「ふぅー……」
ため息を吐き出す。
自分が描いていた絵図通りなら今頃自分が時流の中心にいて、全てを動かし大陸からの敬意を集めていたはずなのだが……そうはならなかったことに落胆してのため息だった。
そうして男は大きく椅子を揺らし……しばらくの間、その揺れに身を任せて揺れ続けるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
第三者から見る王城の今
そして次回はブライト視点に戻っての多分イチャイチャ話です




