末路
数日経って、南領の状況についての報告書が届いた。
フィリップを中心とした調査隊がその後どうなったかを探りに出て入手した情報をまとめたもので、執務室でそれをフィリップから受け取った俺は、一枚一枚丁寧に読んでいく。
まずビフ達が仕掛けた情報工作は上手くいったらしい。
盗みや出歯亀、面談を目的として何人もが屋敷に立ち入り、そして例の光景を目にしたようだ。
運悪く……いや、俺達にとっては運が良かったのか、王女の寝相が相当悪かったようで、彼らが発見した時に二人は抱き合った状態だったらしい。
片や全裸、片や肌着、そんな状態で男女がベッドで抱き合っていれば言い訳無用で、王女がその屋敷に滞在していること、そしてその顔も知れ渡っていたこともあって、その光景の話はあっという間の拡散となったようだ。
数え切れない程の目撃者達が自分以外も喋っているからと好き勝手に話し……更には結婚式帰りに南領を通った貴族達が面白がって目撃者を呼び出して話をさせたりもし、市民だけでなく貴族層にまでその話が浸透することになる。
更には新聞社までが好き勝手に記事を書き……噂と一緒に鉄道網に乗って大拡散、王都にまで届いたことは間違いなく、収拾は不可能となったことだろう。
王族がこの件についてどういう判断を下すのかは分からない、流石にその情報は正式な決定が下されるまではこちらに伝わってはこないだろう。
……で、とうの本人達はどうしているのか。
まず王女は南領一番の高級宿に居を移したようだ。
そんなことをしていないで王城に帰れば良いと思うのだが、恥をかきすぎて落ち着くまでは王城に帰る気にはなれないようだ。
そしてそのまま宿に引きこもり、一度も顔を出していないんだとか。
で、南領領主。
これがまたなんともややこしいことになった。
元々の立場としては複数爵位持ちの公爵、その経済力と保有する交易船の多さから、砂糖カルテルの重鎮でもあり……貴族らしからぬ人物ではあったが、商人としては間違いなく超一流と言える人物だった。
それが今回のやらかし。
ビフ達のことを一応は目撃している公爵だったが、そのことを主張したりはせず、してやられてしまった自分のせいだと受け入れているようで……あらゆる形での責任を取ると公言しているようだ。
予測される処分は貶爵、爵位が下がるか剥奪されるか……それと王女に対するなんらかの責任。
あり得ない話ではあるんだけども、子供が出来ればその責任を取らなければならないし、その辺りの話し合いを今後王城と進めていくことになるようで、王都に出立するための準備をしているらしい。
……今南領の経営は傾いている、奴自らが陣頭指揮を執るべき時期にそれは致命的で、南領の経済はかなりの打撃を受けることになるだろう。
それに連動して砂糖カルテルも大打撃を受けることになりそうだ。
何しろ一番の輸入港が不安定化するのだからそれも当然で、砂糖カルテルはそこら辺の立て直しに奔走することになるだろう。
港があればそれで良いというものではない、大型の船が入港出来る上に大量の貨物を管理しさばき切れるかが重要で……南海に面したそうした港は少なく、しばらくは混乱が続きそうだ。
アレス男爵領で進めている甜菜栽培関係なしに結構なことになってくれそうで、これは全く予想外の副産物だった。
砂糖カルテルの弱体化は重要目標だったが、そう簡単に行く話ではなく時間をかけてゆっくり進めるつもりだったのだが、こうなるとはなぁ。
そして領主がそんなことになってしまうと、南領は大混乱となってしまう訳だが、そこは王都の連中がどうにかすることになりそうだ。
つまりは領地の接収に近いことが行われて……場合によっては南領領主はお家取り潰しまで行きそうだなぁ。
……そのまま王族の直轄領となるのは……俺にとっては良いとも悪いとも言える。
近くに王族の拠点が出来てしまうのは厄介だが、逆に言うと王族にいつでも手が届くようになる訳でもあり……王族を殺すチャンスは増える訳だ。
そんな状況なので、どうなるのが良いとも言い切れず、こちらとしては無関係を貫くのが一番だろう。
成り行きを見守り、結果が出てから対処する……それまでは一切関わらずに過ごすのが良さそうだ。
……こうなった以上、南領領主も王女もこちらへの興味を失っただろう。
かなりふざけた謀略を仕掛けて来ようとしていたのは確かで、それが少しでも上手くいっていたなら胸糞悪いことになったのは間違いないが……ただの仮定の話でしかない。
それを理由に攻撃というのもおかしな話だし……うん、放置が一番だろうな。
そんなことよりも二度とそんなことをさせないという方が大事だろう、領地を盛り上げて地力を付けて敵を減らし、ドルイドの護衛を増やしドルイドの強さを喧伝し、馬鹿な考えを起こすやつが減るようにし……しっかり対策を進めていこう。
と、そんな感じで報告書を読み終えると、いつものように本棚に寄りかかったフィリップが声をかけてくる。
「ビフ達の勝手には驚いたけど、一番良い形で決着してくれたのは確かだね。
こっちには被害なし、ビフ達への報酬だけで大した金もかかってないし、こっちがどんな作戦を練ったとしても得られない戦果。
文句無し無し、ビフ達も腰が抜ける程の金貨もらえて文句無し。
ノアブアさん達の鍛錬でこってり絞られたみたいだけど……それでも大満足の結果だろうね。
おいらの真似してるのか、自分のために報酬を使おうとしないのはよくないとこかな。
ま、それもね、あれだけ貰えたらそのうち使うようになるだろうから、それを待っておけば良いかな。
ただボガーだけはアレかな、あいつには幼い妹がいてさ、その妹に甘々なんだよね。
だから妹に注ぎ込みそうだなぁ……まぁ、妹はしっかりしてる子で、もう畑で働いて自分なりの家計管理しているくらいだから大丈夫だと思うけど」
「……しっかりしている家族がいるなら心配をする必要はないだろうな。
ビフはどうなんだ? 孤児仲間がいるから大丈夫だろうとは思っているが……」
「ああ、うん、ビフはほら、リーダー気取りだからね。
まだまだ未熟で全然リーダーにはなれないんだけど、心意気だけはある感じなんだよね。
で、今まではずっと空回ってたんだ、変な喧嘩したりおかしな盗みやろうとしたり、ヤバい孤児院をなんとかしようと迷走してたって言うのかな。
それが今はこうしたら良い、こうしたら前に進めるっていう目標、道がはっきり見えて張り切ってる感じで……だから問題ないと思うよ、根は真面目だからね」
なるほど、そういう感じかと頷く。
空回りはアレだが、この世界で孤児に出来ることなんて無いに等しいからなぁ……やる気があって実際に行動が出来ることは評価出来るかな。
向かう先を間違えずにしっかり学んでいけたなら、相応のリーダーになれるはずだ。
「……ところでコーデリアの姉貴はどうしてるの? 最近は兄貴の側ウロウロしてたけど、今日は見かけないね?」
あれこれと考えているとフィリップがそんなことを言ってきて、俺は思わず窓の方へと顔を向け遠い目をする。
結婚式の夜にちょっとだけやらかして俺の腰を痛めて、その恥ずかしさから引きこもっていたコーデリアさん。
その後、どうにか部屋を出てくるようになってからは俺の側に控えて色々な仕事を手伝ってくれていたのだけど……今日はなんとも言えない閃きを得て、護衛達と共に出かけている。
「あー……今はあれだ、猟場に行っているよ」
俺がそう返すとフィリップは目を丸くしてきょとんとする。
「猟場って、兄貴のために管理されてるってやつ? 貴族が趣味の狩猟をするための?
え? 姉貴って狩猟好きなんだ?」
「元々あちらでも狩りはしていたらしい。
そろそろ良い季節でもあるし、アーサーとランスに狩りを教えるためにも必要なことではあるんだが……理由は俺に良い肉を食わせたいから、だそうだ」
「は~……それはまた愛されてるねぇ。
……んでもさ、それなら近くの牧場に行ったら良いんじゃないの? 牛でもなんでも伯爵夫人の姉貴なら買えるでしょ?」
「その良い肉というのがな……美味い肉とかではなく滋養のある肉という意味なんだよ。
つまりだ、滋養のある肉を食って俺の体が強くなれば……というアレだ」
「んぐっ……ぶふっ、あはははははははは!!
い、いや、良いんじゃないの、愛されてて……ぶっふっ。
まぁ、ほら、実際兄貴はちょっと細いし、贅沢もしないしでさ、心配になる気持ちは分かるよ。
健康が大事っていうのは分かるんだけど、ちょっとくらいは贅沢とか遊びをしても良いんじゃないの? 普段から遊んでたらもう少し上手くいなせたかもだしねぇ。
トバッコしないしワインだってそういう場での必要最低限だけでしょ?
最近流行ってる葉巻とかも全く興味なし……少しは遊ばないと疲れちゃうよ?
その狩猟だって兄貴全然やらないじゃん」
「お前の言っていることも分かるがな……今のところは政務が楽しいからそれで十分なんだよ。
どんどん領地が豊かになって新技術が生まれて、王族とのやり合いも順調、上手く行っている経営っていうのもそれはそれで良い娯楽なんだよ。
狩猟もまぁ、否定はしないがなぁ……弓矢やらで追い回すってのも大変だからな」
こちらには猟銃がないので、貴族の行う狩猟とは騎乗し弓矢や槍などで行うものとされている。
正直それは好みではないと言うか……無理をしてまではやりたくないと言うか。
それならばまだ湖畔などで釣りをしたほうが楽しめるんじゃないかなと思う。
「……と、言うか、そう言うフィリップこそ何か遊びをしているのか?
稼いだ金のほとんどを孤児院に回して、お前こそ贅沢しているイメージがないが……?」
そう言葉を続けるとフィリップは、自分の頬を撫で服を撫でる。
「見ての通り、最高の化粧品に最高の服。
アクセサリーだって貴族が使うような高級品ばかり、おいらはちゃんと自分を着飾るっていう贅沢と遊びをしているよ?
兄貴からの依頼であっちこっち駆け回る時も観光したり、現地の盛り場とかに顔出したりしてるからねぇ。
これでもなんだかんだ遊んでるんだよ、兄貴と違ってさ」
「お、おお……そうか。
まぁ、アレだ、俺は俺で今が楽しいから心配してくれなくて良いぞ。
大体のことをやり終えて、子供が育って跡を継いでくれたなら、その時は色々やってみるのも良いかもしれないな。
葉巻もまぁ、楽しんでも良いかもしれない……が、今は領主としての責任を果たすことを何より優先するつもりだ」
俺がそう返すとフィリップはとりあえず納得してくれたのかそれ以上は何も言わず、静かに本棚に寄りかかり……そこで屋敷の外が騒がしくなる。
アーサーとランスの元気な鳴き声にざわつく使用人、護衛の声も聞こえてきている。
どうやらコーデリアさんが帰ってきたようで、ここから確認が出来るかと立ち上がり、窓の方へと足を向けて外の様子を確認する。
……と、懐かしいドルイド族としてのローブをまとったコーデリアさんの姿が視界に入り込む。
手には木の棒に穂先という原始的な大槍があり、動物の革? にロープを通してソリのようにしたものをもう片方の手で引いていて、そこには解体済みと思われる肉塊が山盛り。
一応肉塊一つ一つを大きな木の葉で包んだりはしているようだけど、それでも肉塊の山感が凄くて、それを見た使用人達がざわつき、逆に狩りに出ていた面々は満足げにあれこれと語り合っているようだ。
「……今日は山盛り肉料理か。
フィリップ、命令だ、お前もディナーを楽しんでいけ」
「……おっふ、おいら今日になって初めてお貴族様からの理不尽な命令を受けたよ。
おいらそこまで食べないんだけどなぁ……孤児院に持ってくじゃダメなの?」
「コーデリアさんが愛を込めた料理を、他に流すみたいな真似出来る訳ないだろ。
諦めてたくさん食べて行くと良い、滋養があることは間違いないぞ」
「……へーい」
そんな会話をしながら執務室を後にした俺達は、無事に帰ってきてくれたコーデリアさん達を出迎え、それからコーデリアさん達があちらの料理法で作ってくれた伝統料理、ほぼほぼそのまま焼いて食べるだけの石焼きバーベキューをこれでもかと堪能し、もう当分肉はいらないかなぁという、全く同じ感想を抱くことになるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は王太子やらを含む王都のあれこれの予定です




