紳士
エリザベス嬢との会談が終わり、少しの時間をコーデリアさんと過ごし、さて屋敷に戻ろうかという所で来客との知らせ。
誰かと思えば爺やで、爺やならばとそのまま会うことにする。
するとすぐに爺やがやってきて……疲れた顔をしているので、まずは椅子と茶を勧める。
椅子に腰を下ろし砂糖多めの茶を飲んで……一息、それから爺やが報告をし始めてくれる。
爺やにはアレス男爵家と領地の再建と指導をお願いしていた訳だけども、大体は上手く進んでいるようだ。
カーター子爵が気を利かせてくれたのか、それとも今後を見越してなのか仮設と言うか、簡単な作りの馬車駅の整備をしてくれたらしく、それによって物流と経済が少しだけ改善、問題のある事務処理も処理し直し、役人の引き締めなどを行い……とりあえずはまともに動き出したようだ。
男爵夫人もしっかりと爺やから学び、日々成長してくれているようで……娘のタニア嬢も悪くない才覚を見せているらしい。
「……と、そのような感じになっておりまして現時点での最大の問題点は、貯蓄が全くないことでしょうか。
更なる開発や災害時などの緊急対応がほぼ不可能、男爵一家の生活も余裕があるものとは言えず、厳しい状況でございます」
「……うん? 待ってくれ。
男爵には事ある毎にかなりの報酬を支払っているが、それはどうしたんだ?」
報告の途中、どうしても気になることがあって口を挟むと、爺やは苦笑いをしながら答えてくれる。
「借金がありましたのでそちらの返済に回させていただきました。
……当人達は借金とは認識していなかったようですが、契約書を確認すると借金な上にかなりの高利でしたので早期に解決すべき事柄だと考え、対処した次第でございます」
「あー……開発支援金だとか、運営補助金だとか、聞こえの良い言葉で誤魔化している感じか。
……我が領では禁止しているが他ではそうではないからなぁ……それに引っかかったか。
……どうせ元締めは南なんだろう?」
「はい、お言葉の通りで……事務処理は完璧に行い、借用書も回収しましたので今後に響いてくるようなことはないと思われます」
「……分かった、本当の意味の支援金という形でいくらか予算を回しておこう。
それと男爵には平時に騎士や貴族相手の私塾を開いてもらうことにしよう、男爵の育成手腕だけは本物だからなぁ、すぐに評判となって良い稼ぎになるはずだ。
それと夫人が使えるようになってきたなら、多少の問題があったとしても夫人に任せて爺やは体を休めるように。
それで何か問題が起きたとしても、それは男爵一家の問題で爺やに責を問うつもりはない。
……すまなかったな、もっと早く言ってやるべきだった」
「……お気遣いありがとうございます、坊ちゃまのお言葉の通り対応させていただきます。
……男爵家に関して懸念点がもう一つだけ。
後継者なのですが、あの子では論外でございましょう」
あ、やっぱりか。
「まぁ、あのアランではなぁ……しかし育成上手のアレス男爵が嫡男をどうしてああしてしまったのか……」
俺が疑問を返すと爺やは、
「……その答えは環境かと思われます、あくまで勝手な憶測ではありますが……」
と、そう言って話し始めてくれる。
アレス男爵は武働きで男爵となった成り上がり貴族で、領地は狭く貧しい。
その暮らしぶりも平民とそこまで変わりはない……というのに仕事場は王城で王都暮らし。
周囲は華やかで先進的な暮らしを送っているのに自分達はそうではなく、下手をすると裕福な平民以下の暮らしで、元々その暮らしに慣れていた男爵と夫人はそれが当たり前とすんなりと受け入れることが出来ていたが……王都で貴族として生まれたアランは別だったのだろう。
そんなアランにとって更なる成り上がり、現状の改善は夢であり急務でもあり……それが王太子に目をかけてもらえたことで手が届くかもとなって、焦ったのだろう調子付いたのだろう……そうして道を踏み外してしまったようだ。
理想と現実のすり合わせというのは大人にとっても難しいことで……まだまだ子供のアランにとっては不可能に近かったのかもしれないなぁ。
未だにおかしな態度をこちらに向けてきているのは、夢を奪い理想を遠ざけたのが、若くして成功し豊かな暮らしをしている俺だからで……両親や姉がそんな俺に対し敬意を示し、親身に接しているのもその反発をより強いものにしているのかもしれない、とのことだ。
……まぁー、分からないでもない、反抗期やら何やら入り混じってのあのザマなのだろう。
しかしなぁ、ただの平民や前世の学生ならそれも良かったのだろうが……貴族の子息としてはそれは許されないんだよなぁ。
「……そうなると養子を取るかタニア嬢を後継者とするかだが……あの弟を切り捨てられない辺り、タニア嬢も貴族の当主としては問題がありそうだ。
家族を想う心自体は悪いものではないのだがなぁ……」
と、俺がそんなことを言っていると爺やは、目を細めて言葉を返してくる。
「あるいは適当な女性をあてがい、その女性にコントロールさせるという手もあります。
あのくらいの年頃であれば、女性の前では良い格好をしたがるもの、それで発奮し態度を改め……5年も励めたなら見られる程度にはなるはずでございます」
「……お、おう、常に紳士であれと厳しかった爺やでもそういうこと言うんだな……。
……まぁ、それで上手く行くのなら悪くはないんだろうが、変にハマってしまって女性に溺れるだとか、女性に支配されるでは元も子もないぞ?」
「ご安心ください。
……坊ちゃまにはそういう手が必要なかったというだけで、教育係を請け負う以上は伝手と心得はございます」
……あ、そうなんだ。
いや、まぁそうか……貴族の子息を教育する以上は、そういうことも必要なのか。
ハニートラップ対策とか普通に必要だしなぁ……貴族同士の結婚となったらそういう作法も必要になってくるのだろう。
そして俺はいつの間にか合格を貰って、そういう授業は免除されていた……と。
そう言えば爺やがたまに女性の裸が描かれた絵画やらを飾っていたことがあったが……ああいうもので反応を見ていたのだろうなぁ。
いや、しかしまともな性教育を受けた記憶はなく、まだまだ14歳の俺にそれで合格を出すというのも大問題な気が……。
「普段から様子を見ていれば分かります。
メイドやご家族との接し方、紳士としての立ち居振る舞い、そして何よりも性犯罪への対処、被害者救済の手際を見ていれば、教育の必要がないことは自ずと分かるというものです」
表情から考えを読んだのか爺やがそう言ってきて……俺はただただ「なるほど」としか返すことが出来なかった。
そう言えば何度かそういう事件を処理したっけ。
領内の犯罪に関しては領主に裁判権があるから、嫌でもそういう事件に関わることがある訳で……その手際を見ていれば、そうだよな、そこら辺の知識があるのかは丸わかりだよなぁ。
「……旦那様はそういった事件の解決も出来るのですか?」
と、そこでずっと黙って話を聞いていたコーデリアさんが問いを投げかけてきて、俺はなんとも苦々しい気分になりながら答えを返す。
「いえ、解決とまではいきませんでした。
加害者を重く罰し、二度と被害者に近付くことのないように手配し、情報が広がらないように配慮し……被害者のケアを教会にお願いしただけですから。
後は教会が所有している聖域、そこに心と体を癒やしてもらうための施設の用意してもらえるよう、いくらかの寄付もしましたが……まぁ、それだけですね」
聖域、神々に愛されたその土地が、ただそこに居るだけで俗世の汚れが浄化される……ということになっている場所。
実際の所はただの教会の所有地なのだけど、心からそう信じることが出来れば嘘も本当になるというもので……被害者の心が僅かにでも軽くなるのなら意味はあるのだろう。
こちらの世界では聖職者がかなり真面目というか誠実で、教会の権威が失墜するような事件もほぼ起きていないため、ほとんどの人々が強い信仰心を持っていて……その効果は侮れない。
……なんだってこちらの世界ではそこら辺が上手くいっているのか、気になって調べたこともあったが……教会の人々が上手くやった以上の答えは出なかった。
政教分離という程ではないが政治には余計な口出しをせず、政情が混乱したなら仲介や救済の手を伸ばし……落ち着いたならすぐに手を引く。
バランス感覚が抜群と言うか欲に溺れることがないと言うか……セリーナ司教様レベルか、それ以上の人格者があちこちにいるというのだから凄い話だ。
この国では貴族の相続に関する厳しいルールがあり、相続税などもしっかりと整備がされていて、爵位や財産を相続できる子供は一人のみ。
他の子は何も相続することが出来ず、自分で人生を切り開く必要があり……貴族の生まれなのだからと下手な職につくと罰せられるという重荷付き。
そうなると相続できなかった子が向かうのは役所か教会かで……貴族として教育を受けた優秀な人材が集まるからこその清廉な教会ということ……らしい。
……相続できなかった子が恨みを募らせて貴族社会に報復やらしそうなものだが、そういった事例はほぼなく、教会の上層部が上手くコントロールをしているらしい。
絶対に何らかの秘訣があると思う、洗練された人心掌握術があるのだと思うが……そこら辺は秘中の秘、教会外部の人間に明かされることはないとのことだった。
「……旦那様、それでも十分過ぎる程に素晴らしいのだと思います。
あたしも夫人となったら出来る限りの協力をさせていただきますね」
と、コーデリアさん。
その瞳には強い光が宿っていて……俺はまっすぐに視線を返し頷くことでそれに応える。
また同時に爺やには指の仕草でもってさっきの話を進めろと伝える、アランへのハニートラップコントロールを。
流石にこの流れでそういった手管を推奨するような言葉を口にする訳にはいかず、苦心の末の仕草だったが、爺やはすぐに理解をしてくれたようで、小さく……俺にだけ気付かれるようなタイミングで頷いてくれる。
よし、これでとりあえずアランの件は解決だ、うん。
今はそれよりも……、
「夫人と言えば、そろそろ西の島……ロブル国に向かう日取りを決めましょう。
エリザベス嬢の情報を信じるのであれば、これから余計な騒動がやってくる様子、忙しくなる前に大事なことを済ませておきたいのです。
結納品の準備は万端で、飛空挺の準備もさせています、明日行きたいのであれば行ける状態で……後はコーデリアさん次第という状況になっています」
と、結婚に関する話題を振る。
理由は言った通り、今までは特別急ぐ理由もなかったが……変な予言をされてしまったからなぁ、余裕があるうちに話を進めた方が良いだろう。
「……はい、嬉しいです。
旦那様が構わないのなら、あたしは明日でも問題ないです、こちらの家族も結納をしていただけるのなら、いつ行っても問題ないと思います。
シアイア達の話によると、あたしと一緒にこちらに来たゴウケアが、婚約を成立させたという理由から大出世をしたそうなんです。
婚約だけでなく結納、結婚も成功させたとなれば更に名を挙げることになるでしょう、そのためなら必死に動いてくれるはずで……あちらでの取り仕切りはゴウケアに任せたいと思います。
いくら旦那様でもあちらでの常識などを今から学ぶのは大変だと思いますから、ゴウケアに任せてしまった方が良いと思います」
「なるほど、確かにそういう理由で出世した方なら懸命に動いてくれそうですね、お任せします。
……そして明日でも構わないと言うのなら明日行くことにしましょう。
早速準備を進めるよう、指示を出しておきます」
俺がそう返すと、コーデリアさんは嬉しそうに頬を赤らめる。
結納を急ぐということはそれだけ結婚したいという想いの証明でもあると、そう考えているのだろう。
……まぁ、うん、それは否定しない、個人的な理由からも政治的な理由からも結婚したいと思っているのだから。
今から準備を進めて明日早朝に出立、それから結納なら日帰りも可能なはずで……とにかく手早く準備を進めてしまおう。
と、そう考えて俺が立ち上がろうとすると、コーデリアさん以上に頬を染めて嬉しそうにしている爺やが先に立ち上がり声を上げる。
「全てこの爺やにお任せください。
坊ちゃまは奥様との時間を大事にしてくださいませ。
……この老骨、坊ちゃまの晴れ舞台を見られるとは思ってもいなかったので胸が弾んで仕方なく、疲れもどこかに消え去ってしまいました。
全てお任せを、抜かりなく手配させていただきます」
念を押すように、いつになく気合を漲らせてそう言ってくる爺やに、俺はただ頷くことしか出来ず……そうして俺とコーデリアさんは、老いを思わせない足取りで去っていく爺やを見送ってから、その言葉に甘えて二人の時間を過ごすことにするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回はいよいよ結納とご挨拶




