恐慌
あれからすぐに動いてくれたフィリップが集めた領内各銀行の頭取、大地主、農村の長や農業ギルドのような団体の長……などなど二十人。
更にアレス男爵なども参加しての会合は屋敷ではなくシティハウス……屋敷の近くに用意されたダンスホールなどがある小屋敷で行うことにした。
現在屋敷は修繕中だし、そこまでの人数の他人を屋敷に入れたくないと考えての対応だ。
人数が多いので場はダンスホール、そこに椅子を並べて参加者に座ってもらい……銀行の頭取の何人かは、俺がこれからしようとしている話の大筋を予測出来ているようだ。
何故集められたのかと困惑する人々の顔を見て優越感に浸っていて……露骨に良くない態度を取っていることはしっかりと覚えておくとしよう。
「さて、忙しい中集まってもらったのだから話は簡潔にしよう。
王都でトラクターという新しい農具が開発されている可能性がある、現段階ではあくまで可能性で確定ではない。
トラクターは魔法石を使って動く小型の列車のようなものだと思われ……馬や牛に代わって畑を耕してくれる道具で、何の苦労もなく今までの数倍の農耕地を耕してくれることだろう。
言ってしまうとこれを作るのはとても簡単だ、そこまで難しい作りでもないからな、我が領でもすぐにでも量産体制に入れるだろう。
そしてこれを上手く使った場合、俺の予測が正しければ畑の収穫量が10~20倍か、それ以上になるはずで……多くの農民が今の辛く苦しい農作業から救われることになる。
……この時点で問題点に気付けたものもいると思う、このトラクターの最大の問題点は繁殖や食事、排便をしないということだ」
ダンスホールの中央に立ち、扇状に広がる椅子に座る者達の顔を眺めながらそんな風に説明を始めると、ほとんどの者が表情でもって、どういうことだ? と、問いかけてくる。
アレス男爵や、見学をしているフィリップとルイス、バトラーやコーデリアさん、プルミアも疑問符を浮かべていて……一番正確に事態を把握しているのは、どうやら姉上だけのようだ。
一人顔色を悪くし口に手を当て、色々と想像を巡らせているようだ。
先程までしたり顔だった数人の銀行家達も、そこまでは考えが至っていないようで目を丸くしている。
そんな状況を見て俺は、しっかりと説明すべきなのだろうなと考え……紙を張り付けて作ったホワイトボードのようなものに簡単な牛と馬の絵を描く。
文字にしなかったのは全員が読み書きが達者かどうか分からなかったからだ。
「今、畑を耕してくれているのは牛と馬だ。
これらを手に入れる場合、農村はどうしているか……買うこともあるだろうが、自分達で増やすか、秘蔵のワインでも隣家に持っていって今度生まれてくる仔牛か仔馬をくれと頼むことが多いだろう」
と、そう言って仔馬や仔牛の絵を追加する。
「そして牛馬のために牧草を育て、牧草を食んだ牛馬は糞をし……それが肥料となる。
つまりだ、牛馬を使うことにそこまでの金銭は必要ないんだ、金銭を全く持っていない者でも扱うことが出来ている、農村では小さいながらも高度な循環が維持されている訳だ。
……だがトラクターは違う、トラクターは繁殖をしない、つまり借金をしてでも買う必要がある。
トラクターは食事をしない、動かすための魔法石を買う必要がある。
食事をせず糞をしないから肥料を作ってくれない、肥料もまた買う必要がある。
……他にも修理などトラクターを運用するにはとんでもない費用がかかる、恐らく農民達はその費用を銀行からの借金でどうにかしようとするだろう。
農民達は循環していた小さな世界から解き放たれて、経済の世界にいきなり放り込まれる訳だ」
トラクターを描き、魔法石を描き、肥料の袋を描き……それらのざっとした値段を書き込んだ上で俺がそう言うと、銀行頭取の何人かはその目を輝かせる。
これは良いチャンスだと、大量の貸し付けが出来る良い商機だとでも思ったのだろう……実際はその真逆なのだが、まだまだそのことには気付けていないようだ。
「凄まじい金額の借金をし、トラクターを購入し運用し、10~20倍の作物を作り収穫をする。
……仮に全ての農民がそうしたとしよう、隣家がトラクターを使うのを見れば我が家もあれを使うべきだと考えるはずだ。
そうやって一気に普及したと仮定しよう」
今度は農家の絵を……ピッチフォークを持った棒人間を描いていく、簡単な畑とトラクターの絵も隣に描く。
「多くの農民が銀行で借金をし、トラクターなどを購入し、収穫した野菜を売って返済をしようとするはずだが……それは不可能だ。
市場には10~20倍の農作物が溢れて値崩れが起きる、現状そこまでの農作物など必要とされていないからだ。
一度値崩れが起きるとその流れを制御することは難しい。
混乱が起きて恐怖に追いやられ、少しでも早く売り抜けようと値下げ競争が発生し……全ての野菜を売っても借金の返済どころか生活が出来ないような状況になる恐れがある。
結果、多くの農家が破産することだろう、それでも生き残る農家がいるはずで、トラクターの力で彼らが今後の農業を支えてくれるだろうが……問題は銀行だ」
そう言って農家の絵をペンで塗りつぶす、破産破産、この農家の破産と雑に塗りつぶしていく。
そしてその上に金貨とそれを示すマークを描いて銀行とし……この場にいる頭取の数だけ描いた銀行も一つ一つ塗りつぶしていく。
「農家の破産によってほとんどの貸し付けが回収不可能となるだろう、貸し倒れだ。
貸し倒れが続けば銀行も破産をしていくことになる。それが連鎖したなら次に始まるのは経済の恐慌だ。
仮にトラクターが他国にまで普及した場合は、世界中でそれが起きることになり、世界中の経済が混乱することになる。
……いや、これだけを原因とするのは乱暴か、だが遠因にはなるだろう。
……肥料もなぁ、飛行艇のおかげで遠方のグアノという肥料が手に入ってしまうからなぁ、トラクターと肥料の急激な普及が起きてしまったなら、今話したシナリオが再現されることになる。
……私はそれを避けたいと思っている、ゆえに誰が作り出したものであれ領内でのトラクターの販売と購入を当分の間、禁止する。
銀行がそれに関連する貸し付けを行うのも禁止だ、関連する投資ならまぁしても良いが、慎重に行うように」
俺がそう断言すると、混乱する者、不満そうにする者などが多かったが……姉上を始めとした数人は、それしかないだろうと納得した顔となってくれる。
「販売と購入を禁止はするが使用は禁止しない、私が代表として購入または生産し、無償で貸し与える。
だがその普及は緩やかに、事故などが起きないよう十分に運用の練習をし、整備工場などを用意しながらのゆっくりしたものとする、そのために私が普及を管理する形になる。
その間、市場で農作物の値崩れなどが起きた際は、農民達が困らないよう補填を行う。
そうしながら緩やかに普及させていって……10年後20年後に食料の飽和に合わせて人口が増えれば、市場も落ち着き暴落などは起きなくなっているはずだ。
むしろ食料が足りない時代がやってくるかもしれない、その時までは目先の欲に飛びつかずに耐えてもらうことになる」
……前世の学生時代、世界恐慌の遠因として論文に書いたんだよなぁ、トラクターの急激な普及による伝統農業の破壊について。
こちらの世界でも同じことが起きるとは限らないが……十分にあり得る話だ。
初期のトラクターはとても重く、それで農地を踏み固めた上で農家が破産してしまって放置されると、そこから砂嵐が発生し……と、悪循環。
まぁ、そこまで説明するとややこしいので今回は省くが……変に工業化が進んでいるせいで、あっという間に量産されてしまいそうで怖いったらありゃしない。
前世では確か、第一次世界大戦とかで労働者が畑から消えて、それを補う形で普及していったんだったか……。
こちらでは世界大戦とかはまだ起きておらず、そういった需要がないから普及していないが、王家が主導して普及させるとなったら、その先どうなるかは読みきれないし警戒はしておくべきだろう。
そんな俺の説明は……難しい言い方をしてしまったことで全員には伝わっていなかったが、少なくとも銀行頭取やフィリップにルイス、コーデリアさんと一部の地主には伝わったようだ。
とりあえずそこまで伝われば十分、後はお互いに教え合うなどしてもらって理解を深めてもらうしかないだろう。
と、そんなことを考えていると老齢の頭取がすっと立ち上がり、声を上げる。
「銀行連盟としてこの場にいる銀行全て、領主様の方針に従わせていただきます。
善良なる羊飼いに逆らう者はおりません、領主様のおかげで各銀行の経営も安定していますし……先日の騒動で見せて頂いた、自らの飛空挺を失ってでも民と街を守るという姿勢を思えば、他の道など選べる訳がありません。
各地の銀行に徹底させるとお誓いいたします」
羊飼いとはつまり迷える羊を導く者、俺のことをそうと認めて従ってくれるということらしい。
他の頭取達から反対意見やそういった態度が示されることはなく、アイコンタクトか何かで同意を得ていたようだ。
「了解しました、お言葉の通りに」
「りょ、領主様のお言葉の通りに」
「よくわからねぇですけど、補填してくださるなら」
「領主様がそう言うのなら、それが正しいのでしょう」
そして大地主や農民達も続く。
……最初に声を上げたのは声色を変えたフィリップだった気がするが、まぁその辺りは突っ込まないでおこう。
そうやって場がざわつく中……最初にしたり顔をしていた頭取の一人、特別若い男が声を上げてくる。
「しかし領主様の先見の明は凄まじいですな。
少し前に頂戴した、これから起きうる詐欺の一覧にも驚いたものです。
我々には到底思いつけないような、それでいて効果的な詐欺がずらりとあり、本当に驚かされました。
中にはちょうどこれから行われようとしていた詐欺もあり、本当に助かりました。
……その若さで一体どうしたらそれ程までの英明さを得られるのか、教えていただきたいものです」
おべっかなのか何なのか……なんとも言えない態度と声色で、反応に困ってしまうな。
「……父上や祖先に恥じぬよう励んだ結果だ。
それが領民達の安寧に繋がっているなら何より。
今後も若輩ではあるが、貴族としての誇りを忘れずに励まさせてもらおう」
とりあえずそう返す。
本音ではないと言うか、とりあえず繕っただけの言葉で、相手もそれに気付いているのだろう、薄ら笑いを浮かべている。
……なんだろうなぁ、コイツ。
なんてことを考えていると、今まで静かに見守っていたコーデリアさんと姉上がこちらへとやってくる。
二人の顔を改めて見てみると、興奮しているのか頬が赤らんで少しだけ汗が浮かんでいて……一体何がどうしてそうなったのかと驚く。
「旦那様って本当に凄いんですね! ちょっとした情報だけでそこまで先が見えるなんて!
あたしもいつか追いつけるように励みます!」
と、コーデリアさん。
「ブライト、やっぱり貴方よ、貴方についていけば良いの。
私は研究よね、研究をしていれば何か凄いことが出来るのよね、だって貴方がそうしろって言ったんだものね」
と、姉上。
コーデリアさんは純粋な好意で興奮しているようだが、姉上は何か様子が違っている……目の色も声色も独特で変な圧力すら感じてしまう。
「……ま、まぁ、私がそういった判断を下せるのも、全ては優秀な家臣達のおかげですよ。
今回もフィリップが良い情報を仕入れてくれたからこそですから……フィリップも褒めてあげてください。
……それとコーデリアさん、先日にお願いしたフィリップのことで話し合いたいので屋敷に帰ったら時間をください。
……あー……えぇっと、姉上もその後に報告などがあれば時間を作りますよ」
俺が話している途中、姉上はどんどん圧力を高めていって……特にコーデリアさんに相談があると言った時には、自分には何故時間を割いてくれないのかと、目だけでそう訴えかけてきていて……折れる形で姉上とも話をする約束をしてしまう。
……一体何がどうなっているやら。
訳が分からないままではあるがとりあえず一旦コーデリアさんとの会話はそれで打ち切り、それから解散までの時間に細かい打ち合わせと今度の対応を話し合い、今後の方針などもしっかりと定めて……感謝としていくらかの金銭を集まってくれた者全員に渡した上で、この会合を解散とするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回はシアイアさんやら結婚やらの話の予定です




