大公
馬車から降りた大公が、挨拶を終えたこちらを見上げる中、俺が思うのは……大公の外見のことだった。
「……いや、あんな真っ青な髪って実在するものなんだなぁ。
俺の見間違いでなければ目も同じ青だよな? あれってすね毛とかも青色なのか?
……領内だと金髪、茶髪、赤髪くらいしか見かけないが……どの地域の出身者がああいう髪色なんだ?」
俺のそんな言葉に隣に立っていたライデルは、兜を脱いで今する話ですか? と、呆れ顔を返してきて……それから渋々答えを返してくる。
「先代と一緒に王都に行ったことがありますが、その際に結構見かけましたね。
青髪以外にも、黄色とか紫、ピンクとか緑髪もいましたね」
「……染めている訳じゃないんだよな? 天然でそれなんだよな?
……一体どういう色素がどう影響してああいう髪になっているんだろうなぁ……。
そして体毛の濃い緑毛のおっさんが裸で立っていたらパッと見、化物にしか見えない気がするんだが、そういうトラブルとかはないのか?」
「……き、聞いたことはないですが、確かに人間には見えなそうですね」
と、そう言ってライデルは笑いをこらえているのか鎧をカタカタと震わせる。
そんな会話をしている間も、大公はこちらを見上げたままで……こちらとしては向こうからのアクションを待っていたのだが、どうやらあちらもこちらからのアクションを待っている状態らしい。
……先触れもなくいきなりやってきて、こっちに何かを期待するとか、一体全体どういう神経をしているんだと思ってしまうが、このまま進展無しでも困ってしまうので、仕方なしに大公に向けて声を張り上げる。
「私はこの地を治めるウィルバートフォース伯爵だ、貴殿は大公とお見受けするが、何用か!」
すると大公は目を丸くし、驚いたような顔をこちらに向ける。
……なんだその顔は、まさか門を開けての大歓迎で迎賓室に通してもらえるとでも思ったのか?
お前らを迎撃するための軍事施設に、何が悲しくて入れてやらなきゃならないんだ、常識ってものがないのか、全く。
「……何用かと聞いている!!」
答えが返ってこないので先程よりも大きめに声を張り上げる。
それを受けてライデルは兜を被り直し、他の兵士達も歩廊に整列して武器に手をやり、いつでも戦闘態勢を取れるようにと、姿勢と息を整え始める。
「……うぃ、ウィルバートフォース伯爵、私は大公ウィリアムだ。
……数年前にあったという王太子殿下の不義を詫びに参上した、どうか門を開けてはくれまいか!」
「詫びなど不要! 私が求めるのは真実の公開と賠償だ! 不義と言うのならどんな不義を犯したのか国民に詳らかにするが良い!
そして私から奪ったものを、それによって発生した損害全てを賠償するが良い!
挙句の果てに門を開けろだと? 冗談を言うな! 迂闊にも盗人を家に迎え入れる愚者だと私を愚弄しているのか! 王族は道理というものを知らないのか!!」
まだだ、まだ弱い……まだ迎撃して良いレベルの無礼ではない。
そういう訳で無礼を誘うために少しキツめの言葉を返した訳だが……ウィリアム大公は、表情も変えることなく言葉を返してくる。
「ぐ、愚弄する意図はなかった、申し訳ない……。
そして真実の公開と賠償については、私の権限では出来るとも出来ないとも言うことが出来ない状態だ。
……こ、ここは一つどうだろうか、王都に来て直接殿下と話し合ってみては……」
「家に入り込めないとなったら、今度は家から主人を追い出すつもりか!!
もはや我が血族は私しか残っていない、そんな状態で屋敷を、領地を離れろだと……!
そんなことをしたが最後、私が不在なのを良いことに、その王太子がやってきて好き勝手するのが目に見えているぞ!!
更に言わせてもらうが、王都に滞在していた母と姉と妹を何の罪状もないのに捕らえ、人質としたことを私は忘れていないぞ……!
王都に立ち入ったが最後、私の身にどんなことが待っているのか、想像出来ないとでも思ったか!!」
「あ、あれは人質にしようとした訳では……!
た、ただ王城に滞在してもらい、貴殿との渡りをつけてもらおうと考えた殿下が……」
と、そんなことを言っているうちに大公の声がどんどん小さくなっていく。
言葉にしているうちに、それこそまさに人質なのだと今更ながらに理解したのだろう。
あるいは、歩廊の上の兵士や、距離を取りながらも様子を窺っている商人達からの冷めきった……非難の視線を受けてのことなのかもしれない。
ここが王都ならば好き勝手言えただろうし、好き勝手振る舞えたのかもしれないが、ここは王都から離れた……ある意味でのド田舎、王族の威光など通用しない土地だ。
王族が何か真っ当なことをやって、その恩恵を受けた民が御恩だと感じていたならば話は違ったのかもしれないが……王族やそれに連なる者達がこの地に住まう者達のために何かをしたことなど歴史を遡っても皆無で……そんな連中が常識外れの妄言を口にしていたなら、非難の目を向けるのは当然のことだった。
それから大公は何か手はないかと頭を悩ませているのか俯いて黙り込む。
そうしてしばしの静寂が訪れて……静寂が恐ろしいのか馬車の周囲に控えている護衛が落ち着きをなくしていく。
……仮にも大公だ、護衛なしということはないだろう、馬車の周囲に見えるのは4人、御者も含めれば5人、おそらく馬車の中にも1・2人はいるはずだ。
更には後方に見える商人に偽装している幌馬車も大公の一行だろう、それも含めると12人程の護衛がいることになる。
だけども大公はそれらの護衛を近くには配置していない……近くに配置したなら、護衛達が武器を構えたなら、それを口実に俺達が迎撃すると分かっているのだろう。
だから護衛には控えていろと指示を出している、魔法石の武器も持たせないようにしている、腰に下げている時代遅れの剣だけ持たせているというのが、なんとも露骨だ。
大公の護衛なら魔法石の武器を持っていて当たり前、剣だけなんてのは露骨に遠慮をしていますアピールとなっていて、逆にウザく思えてしまう。
……剣なんてのは時代遅れ、子供の玩具に近い武器だ、それを理由に迎撃するのは難しい、あれを抜き放たれたとしても理由になるかはなんとも言えない。
……護衛達の立場からすると、そんな頼りない武器しか持たせてもらえないというのは、不安で仕方ないことのはずで……そんな状況でどんどん空気が悪くなってきていて、周囲の商人達から攻撃される可能性さえあるかもしれないとなって、ソワソワとしてしまっているようだ。
不安で不安で仕方ない、静寂がその不安をより増させていく。
そんな空気の中、あれこれと悩んだ大公は……改めて顔を上げ、何か良い策でも思いついたのか、少しだけ明るい表情で声を張り上げてくる。
「ウィルバートフォース伯爵、貴殿は確か今年で14歳、来年で15歳だったな。
15歳となれば、王都の学園に通うのが義務……そうなれば結局は領地から離れることになるのだから、今のうちに王都に慣れておくというのは悪い話では―――」
と、そんな言葉の途中で、大公の馬鹿話に耳を貸す気がなくなった俺は、隣のライデルに問いを投げかける。
「なんだ、学園って? 父上からも兄上からも親戚からも、そんな場所があるだなんて聞いたことがないぞ」
「あー……自分もそこまで詳しくは……。
ただ王都に貴族が通う学園があるという話は聞いたことがあります、そこで最低限の政務能力をつけさせて国内を安定させる……とかなんとか。
あとは貴族同士の社交場にもなっているとかで、結婚相手をそこで見つけたりする……らしいですよ」
「あぁ? そんな馬鹿げたとこに通うのが義務だ? そんな法あったか?
法律書の第何巻だ、全巻何度も読み直したが、そんな法律見かけた覚えがないぞ……?」
「さぁ……? 一介の騎士に法の話をされても分かりませんって」
と、そう言ってライデルが肩を竦める中、この距離でどうやって聞き取ったのか、無視を決め込まれていた大公が声を張り上げてくる。
「法で定めた義務ではないが、王家と学園がそうすべきだと布告を出している!
きっと伯爵にとっても良い経験を得られるはずで、素晴らしい学生生活を―――」
瞬間、思わず顔がニヤける、その言葉を待っていたとニヤける。
今のは無礼だろ、迎撃して良い無礼だろ、隙を見せやがってクソ野郎共が、ついに王族を殺れる時が来たって訳だ。
……このままの流れで奇襲を仕掛けても良いが……大勢の目がある中、理由も説明しないでは道理に欠ける。
先程道理がないのかと問いかけたりしている訳だから……そこら辺の筋はしっかり通しておくとしよう。
「私を経験不足の未熟者だと愚弄しているのか! 私に爵位を譲った父上の決断を愚弄しているのか!!
父上は私に十分な教育を施したと、伯爵としてやっていけると認めたからこそ私に爵位を譲ってくださったのに、そんな訳の分からない場所で経験を得なければ、教育をしなければならない愚か者だと、大公はそう仰る訳だ!!
無礼にも程がある!! 未だ戦地にて命をかけて戦う父上まで愚弄されたとあっては、このブライト・ウィルバートフォース、黙っている訳にはいかないぞ!!」
俺のそんな突然の言葉に、大公は目を丸くする。
自分の言葉が無礼になるとは思ってもいなかったと言いたげな顔だが……いや、どう考えても無礼だろうよ。
一人前と認められて既に一年問題なく勤め上げている人間に対して、必要最低限レベルの政務の教育をしてやるって、それはもう無礼でしかないだろうよ。
「ま、ま、待ってくれ!?
そんなつもりはなかったんだ! 本当に私は詫びのためにやってきたんだ! 伯の望む賠償には届かないかもしれないが、詫びの品も用意した!
それだけでなく、伯が持て余しているという飛空艇の買い取りの準備だって進めている!!
既に王城ではそのための予算を組んでいて―――」
おぉっと、ここでまた無礼を重ねてくるとはなぁ、嬉しくなってくる。
我が家は確かに多くの飛空艇を所有しているが、持て余してなどいない。
他領ならば一隻か二隻を所有していれば良い方という状況の中、そろそろ三桁になるってくらいの数を所有しているが……それは必要だからと建造させたもので、一隻残らずフル稼働中だ。
……それらによって得られている利益は莫大で領地経営の要になっていて、ようするに王族連中はまた奪い取りに来たって訳だ。
俺からまたまた成果を奪い取りに来たって訳だ、自分達で散々無価値だと貶してきた、飛空艇の重要性に今更気付いて全てを奪い取ろうとしている訳だ。
ぶっ殺す。
まずは手本を見せる必要があると考えて、自ら攻撃すべく大槍を構えようとしていると……シルクハットを被り燕尾服に似たスーツを着た白髪白ヒゲの老人、お祖父様がスタスタと足取り軽くやってきて……こちらを見上げながら気さくな声をかけてくる。
「ブライト、元気にしておったか?
……何やら物騒なことを考えているようだが、今はその時ではないだろう。
……連中の無礼を知らしめ、賛同の声を集めるのが先よ。
焦ってはいかんぞ、焦って上手くいくことなどないし、貴族とは余裕を見せてこそ……焦る貴族は見苦しいものだ」
「……お祖父様、お久しぶりです」
そう返してから俺は、お祖父様にそう言われては仕方ないと……殺意を呑み込み、武器を構えようとしていた腕から力を抜く。
するとそれを隙と見たのか、いつの間にか尻もちをついていた大公は地面を這いずるように駆け出し……馬車に逃げ込んで、馬車もまた大慌てといった様子で逃げていく。
お祖父様もまた俺のことを溺愛してくれている……父上程ではないが、父上に負けじと常識外の愛を注ぎ込んでくれている。
そんなお祖父様の言葉であれば従うのもやむ無しで……俺は深く深く深呼吸して頭の中から渦巻く怒りを追い出してから、お祖父様を出迎えるために関所の内部へと通じる階段へと、ゆっくりと静かに‥…貴族らしい整った堂々とした態度で向かっていくのだった。
お読みいただきありがとうございました。
飛空艇の詳細や、大公の思惑については次回以降に