手帳
後ろは修道院、左右は海、細長く伸びた岬では身動きを取るのが難しい。
……が、それは相手も同じことで、数は多くとも狭い岬では横に展開することが出来ず、基本的には4対4を繰り返すことになりそうだ。
そんな状況で後ろに立つことになった俺は、変に手出ししても邪魔になるだけだろうと、後方からの助言に集中する。
相手の動きを広く見て声を上げて指揮ではなく助言に留める。
後方からただ見るだけでは旗艦程の視野はなく、情報分析官の助言もない、そんな状態で変なことを言ってかきまわす訳にもいかないのであくまで助言、それと武器をしっかり構えていつでも入れ替われるようにだけはしておく。
そんな感じで始まった戦闘は、やはり前進と後退が繰り返される形だ、しかし上から見ると現地で見るとでは大違いで、独特の迫力と緊張感がある。
ただの前進と後退に見えてそこには相手の動きを読もうだとか読み切ったという意思があり、そして隙が生まれて殺意に繋がり、攻撃が発生する。
攻撃が上手くいけば鎧が砕けて人が死んで……次の鎧が出てきてそれと入れ替わる。
そして前進と後退ばかりをしているように見えるが、突然の奇襲や全員突撃という選択肢があるにはある訳で、それも警戒しないといけないというのが中々厳しい。
そこに練度と鎧の性能、槍の性能なんかが複雑に絡み合ってきて……指揮や決闘では分からない、実戦でしか感じられない空気が存在していた。
無理に出てきてしまった訳だが、その価値はあったと思う……この空気を知った状態と知らない状態での指揮には明確な差が生まれるはずだ。
良い経験が出来たと、そんなことを考えているうちに屋敷を守っていた2騎が合流してきてこちらが合計7騎となり、その間に敵が3騎討たれて残り10となる。
鎧の性能差はそこまでないと思うのだけど、腕の差が出ているようだ。
特に俺の腕を掴んだ少年の動きが凄まじい、鋭く素早く容赦なく相手を攻撃して、どんどんダメージを与えていっている。
「そんなんでさぁ、よく盗賊やろうと思ったね!!」
と、そんな声を上げながら槍を振るい、突いて突いて叩いて叩いて。
魔法石を使うまでもなく相手にダメージを与えていって、鎧が欠けたり砕けたり、ちょっとした隙間が出来たならそれを見逃さず突いて、中へダメージを通す。
恐らく連中は盗賊ではないのだが、少年にとっては盗賊であるらしく、盗賊を罵倒する言葉は止まらない。
「ああ、弱すぎてイライラするなぁ、そんなに弱いんじゃ孤児より価値ないよ! お前ら!」
……俺にもタメ口だったし、恐らくはそういう性格なのだろう、中々苛烈というか強烈なキャラをしているよなぁ。
と、その時、味方の一人が敵の魔法石での一撃を肩に受ける。
鎧が大きく破損し中身が露出し……当人は衝撃で意識と朦朧としているらしく、屋敷からこっちに来た騎士の一人がそれを引っ掴んで後方に下がらせ、そこにもう一人が入り込んで空いた穴を埋める。
その怪我人はそのまま後方に控えている飛空艇へと連れていかれて……鎧はそこに捨てて騎士だけは怪我の治療のために飛空艇の中へ。
これはいよいよ俺の番かと覚悟を決めていると、生身の人間が一人近くまで駆けてきて、声を張り上げてくる。
「地下を発見! 現在探索中ですが時間がかかります!
……っていうか何やってんですか! 飛空艇に報告に行ったらいなくてアゴが外れるかと思いましたよ!
ほら、ほらほら、さっさと鎧から出てください! 俺が代わりますから!」
どうやら突入した騎士の一人らしく、これは素直に交代しなければならないかという所で戦場に動きがある。
先程魔法石での攻撃を行って再装填をしようとしていた敵の鎧に少年が魔法石での電撃を撃ち込み、チェンバーを爆破して撃破、ここまでの戦闘で2騎撃破したようで、この撃破で合計3騎、敵の残りは7騎となる。
……が、場を支配していた少年が魔法石を使い切ってしまったようで再装填を行う必要が生まれ、少年はそのまま再装填をしようとするが、
「下がれ!」
と、俺が声を上げたことで少年は素直に下がる、流石にあのままの再装填は危なすぎる。
そして俺はそれを埋めるために前進し……猛烈な勢いで叱ってくる生身の騎士に申し訳なく思いながら槍を構えて実戦に出る。
先程感じていた緊張感がより濃密になり、鎧の中が暑くなったかのような錯覚があって汗が吹き出る。
しかしそれに怯んでいられないと、他の騎士と足並みを揃えて動き……敵に隙があれば大槍を振るう。
手応えあり、俺もやれるじゃないかと思うが、すぐに敵の槍が迫ってきて一気に体温が下がる。
一瞬で汗が引っ込んだような感覚があって、そんな状態でも隣に合わせての前進後退の判断をしなければならない。
そうこうしていると味方が1騎2騎と連続撃破をしてくれて、残り5騎。
そしてようやく戦場に慣れてきた俺の目でしっかりと敵の隙を見て取ることが出来て……全力の突きを放つとそれが鎧の隙間に突き刺さり、そこから血が流れ出て撃破して残り4騎。
なんとも生々しい感触だが、これを騎士達は俺のため俺の領地のために何度も味わっている訳で、忌避感を示す訳にはいかない、受け入れて飲み込まなければならない。
ぐっと覚悟で色々な感情を押し込んで再度敵との間合いの取り合いを始める。
前進と後退の繰り返し、隙を見せずに隙を探し、神経を張り詰めて瞬きを惜しむ。
そうやって時間をかけていると……疲労がたまってきたのか、敵の動きが明確に鈍り、チャンスが見えてきた―――のだが、そのチャンスを活かす前に誰かが俺の背中をよじ登ってくる。
「怯んだ! 今だ今ー!!!」
誰も何もそんなことをするのは少年だけだった、よじ登って頭を掴んでまるで踏み台のようにして、無理矢理射線を作って再装填したばかりの魔法石の力を一気に吐き出し、電撃を放ち、それを食らって敵が怯んだ所に他の騎士達が突撃していく。
俺もすぐ続こうとしたが、少年は俺の背中に張り付いたまま。
「乱戦は危険過ぎるから駄目に決まってるでしょ」
と、少年はそう言って腕を絡ませてきて俺を動けなくし……そうこうしている先程仲間を飛空艇に連れていった騎士が戻ってきて俺の代わりに参戦。
そのままの勢いで敵全員が粉砕され、決着となる。
……最後は不服な終わり方となったが、まぁ仕方なし。
「魔法石を再装填! 敵の追加があるかもしれないから警戒を!」
と、指示をしてから屋敷の方を見ると、フィリップ達が木箱を飛空艇に運び込んでいる様子が視界に入り込む。
どうやら探索は終わったらしい、後は運び込みが終わったなら用事は終了で……運び込みが終わったのを見て俺達は飛空艇の下へ向かい、その場で鎧を脱ぐ。
着陸場のないここで飛空艇を着陸させるのは危険で、飛行したままの回収となるがその場合に使うクレーンは『中の人』の安全性を一切考慮していないので、着たままの回収は不可能。
という訳で俺達が鎧を脱いでいる間に損傷した鎧を搬入用クレーンで釣り上げて回収……それから残りの鎧も順番に搬入していき、残り1騎という所で声が上がる。
「来た! まだ遠いが数は20以上! かなり出来の良い鎧だ! あれは相手にしてられんぞ!」
飛空艇の甲板の上の見張りからの声。
「遠いなら慌てるな! 全て搬入してから撤退する!」
と、そう指示を出した俺は改めて周囲を確認し、証拠になるようなものが残っていないかを確認。
破壊された鎧の破片は電撃で吹き飛ばしての処理をしてあるし元々量産品、破片だけでこちらに繋げることは出来ないだろう。
問題ないようなら順番に縄梯子でもって飛空艇に乗り込み、船員に点呼をさせてから撤退の指示を出す。
飛空艇が高度を上げて……攻撃も何も届かない高度となったら移動を開始、まさかまっすぐに領地に向かっては台無しなので、あえての遠回り……海に出て西の島を通り、ただの輸送船の振りをしての帰還ルートを取る。
そんな道中、貴賓室で着替えを済ませた俺は、フィリップが回収してくれた資料のうち特に重要そうな革の手帳の確認をすることにした。
「なんで無茶しちゃうかなー、姉貴にはしっかり報告するからね?
どうしても無茶したいならさ、まず子作りして後継者残さないと……いや、ほんとコイツを残しておいて良かったよ」
「……ま、役には立ってたし良いんじゃない、鍛えてるだけあってそこらの騎士よりマシだったよ」
貴賓室の壁に寄りかかるフィリップと少年にそんなことを言われながら俺は、椅子に深く腰掛け手帳を開く。
色々と言葉を返したいが今下手なことを言っても言葉でボコボコにされるだけ、黙って手帳を読むことにし……そしてすぐに飛空艇で読んだことを後悔する。
気分が悪くなってきた、普段は酔わないのだがあまりの内容に気持ち悪さを感じてしまって、それが乗り物酔いに繋がってしまっているようだ。
「……兄貴、顔色悪いよ?」
「……お茶持ってこようか?」
……同じ灰髪で妙に似ている二人から妙に似ている声でそう言われた俺は、この二人になら言って良いかと口に開く。
「この手帳はサバトの参加者のもののようだ。
……サバトには基本的に高級娼婦が呼ばれていたらしい、貴族の子弟を相手にするとなると相応の美貌と知性、教養が求められ……一晩で鎧一騎分の金銭が必要だったようだ」
「ば、馬鹿じゃないの!?」
「……鎧って下手したら家が建つじゃん」
確かに馬鹿だ、価値観があまりに違いすぎるので日本円に単純換算は出来ないが、感覚的には1000万円とか2000万円とかそのレベルになる。
そんな娼婦本当にいるのか? って話になってくるけど今も普通にいるし、日本の花魁もそのくらいかかったらしいからなぁ……。
こちらでも高級娼婦は美術品としての絵画になっていたり歌で絶賛されたりしていて、つまりは花魁に近い存在なのだろう。
「……だが高級ではない娼婦を呼ぶこともあったらしい。
それを呼ぶのはこの手帳の主だけ、主が一人だけのサバトで呼び……その娼婦はそのままあの修道院から出ることはなかったようだ」
「……誰の手帳なのさ、それ」
「駄目な貴族ってのはほんと駄目だなぁ」
フィリップと少年が呆れてそんな声を上げる中、俺は手帳を読み進めながら首を左右に振る。
誰かに自分の所業を自慢するようにあれこれと書いてはいるが、名前や身分に繋がるような情報はない。
表紙裏や名前が書いてありそうな場所をチェックしてもそれらしい文字はなし。
警戒心があるのかないのか……ちょっとしたサインのようなものやイニシャルも見当たらず、まだ全てを読めてはいないが、この感じだと最後まで誰の手帳なのか明かされることはないだろう。
「……他にも色々書いてあるな、何人かの貴族がヤバい薬をやっていただとか、どんな趣味をしているだとか、娼婦に子供を産ませただとか、色々と名指しで。
自分の名前は書かないが他人の名前は平気で書いているんだなぁ……。
他の証拠も調べる必要があるが、要となりそうなのはこの手帳だな。
古さなどから考えて、こちらをハメるために誰かがあそこに仕込んだというのもないだろうし、本物と見て良いだろう。
こんなヤバいものをどう使っていくかは考えていく必要があるが……本来の目的ともう一つ。
このヤバい野郎が国の重鎮となっている可能性があるってのは見過ごせない、どうにか特定して排除しないとろくでもないことになるぞ」
やっていることがヤバすぎる、人道から外れすぎている、正気を疑うし正気なままやっているのだとしたらよりヤバいという話になるし……そんな爆弾が国の中枢にいていつ爆発するか分からないなんてのは、恐ろしいにも程がある。
「な? 兄貴は真っ当な貴族だって言っただろ? 兄貴についていけば間違いなくこの国は良くなるよ、家族や婚約者も大事にしているしな」
「……ま、兄さんにしては見る目あったね、戦場でもしっかりしてたし貴族っぽくない無謀さだったけど、仲間思いで良いと思う」
そんな俺にフィリップと少年がそう言ってきて……うん? と首を傾げた俺は手帳から顔をあげ、二人の顔を見て……じーっと見て先程の発言を思い返し声を上げる。
「兄弟だったのか!?」
『いや、気付こうよ』
俺の悲鳴のような声にフィリップ達は、異口同音にそう言ってきて……それから二人はそっくりな灰髪を揺らしてから、片やピエロの化粧のまま片や煤に汚れた顔のまま、なんともそっくりの爽やかな笑みを浮かべて、からからと心地良く響く笑い声を上げてくるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回は手帳他の使い道について、です
そしてお知らせです
書籍化作業に伴い、過去部分の見直しや修正を進めています
改めて読み直す必要などはなく、読みやすさや誤字修正などがメインです
が、書籍化に伴い1点、大きな設定変更があります
それがコーデリアの年齢で
20歳→18歳へと変更されます
担当さん判断によるものでキャラデザのためのものとか
キャラデザなどが上がってきましたらイラスト公開と同時に各キャラの外見描写も修正していくと思います
WEB版と書籍版が乖離しすぎないよう、適宜修正を入れていくと思いますのでご理解いただければと思います




