情報
医務室での診察……触診の結果は特に問題なし、ヒビが入っている可能性があるが、そのくらいは耐えてみせろということで痛み止めのハーブティーをもらっての帰宅となった。
屋敷につく頃には興奮で麻痺していたらしい痛みが強くなり、シャツを少し開いてみると結構な大きさの青痣が出来ていて……しばらくは痛みが続くことになりそうだ。
そんな俺の決闘騒動に対してのアレス男爵とフィリップの反応は、
「ご立派でしたな、良い決闘でございました」
「兄貴はさー、自分の命が皆にとってどれだけ重要か、もう少し考えた方が良いよ?」
というものだった。
……まぁ、うん、今後はもう少し気をつけたいと思う。
しかしあの中年男、老いを感じさせない決闘振りで、やっぱりスパイとか工作員の類だったのだろうなぁ。
医務室で確保し、しっかりと縛り上げた上で部下に預けてあり……屋敷近くの牢に到着後は、フィリップが対応してくれるとのことなので、任せておけばそのうち正体が明らかとなることだろう。
そんなこんなで屋敷に帰ると、真っ先にフィリップが駆け出し、俺の到着を待っていたらしい、玄関前で待機していたコーデリアさんに何かを語りかける。
……やられた、コーデリアさんに決闘のことと怪我のことを告げ口しているに違いない。
いや、まぁ、うん……俺がやってしまったのが悪くはあるのだが、そんなことを聞けばコーデリアさんがどうなるかは明白で、涙ぐみながら駆けてきて……タックルされるかと思ったけども、怪我を気遣ってか優しく抱き上げられ……そしてそのまま屋敷の中へと連行され、サンルームの大きなソファへと連れていかれて……ソファに腰掛けたコーデリアさんの膝の上に、まるで人形のように座らせられ、その状態で話しかけられる。
「武働きご苦労様でした……旦那様の活躍をコーデリアも喜んでおります。
……でも、もう無茶はしないでくださいね……」
前半は毅然と、後半は震える声で……貴族の夫人としての務めを果たそうとコーデリアさんなりに頑張ってくれているようだ。
「はい……もう無茶はしません。
これからはアレス男爵やライデル達に頼ることにします」
「そうしてください……。
あたしだけじゃなくて、お姉様もプルミアさんも旦那様がいなければ困ってしまいますから、本当に本当に気をつけてください」
俺の言葉にそう返してきたコーデリアさんは、ぎゅっと俺を抱きしめてくる。
そんな俺達の前にはサンルームを覆う大きなガラス壁があり、その向こうには庭が広がっていて……まず研究の帰りらしい姉上がその庭にやってくる。
庭の向こうにある森から髪を雑にまとめてメガネをかけての白衣姿で、身体中を土や木の葉で汚しながら護衛のノアブアと一緒に姿を見せて……そしてこちらを見て目をぱちくりとさせた後、ニンマリと笑ってその口元を手で隠してから、そそくさと去っていく。
するとそのすぐ後に姉上が去っていった方向からプルミアとプルミアの世話をしていたらしいメイド達が駆けてきて……プルミアもまた姉上と同じ顔をし、両手で口元を隠しながらじぃっと……じーっとこちらを見つめてくる。
背後のことなので見えないが、どうやらコーデリアさんは瞼を閉じているようで、そのことに気付いていないらしい。
めちゃくちゃに見られてこれからからかわれるだろうことに気付いていないらしい。
気付かないまま抱きしめていて……俺の頭に頬ずりをしたりしてくる。
そんな俺達の様子を存分に堪能したらしいプルミアは両手をからかうように開いて、口パクで「ごちそうさま」と伝えてきてから、どこかに去っていく。
……思っていた以上の罰を受けることになって、なんとも言えない気分になっていると、そこにバトラーがやってきて報告をしてくる。
「お祖父様が間もなくこちらに到着いたします。
療養のための部屋の準備は完了し、療養のための医師と世話係の手配も完了しております。
歓迎の席のための料理も用意していますが、怪我の程度によってはお出し出来ない料理もあるため、こちらで調整しておきます」
「……ああ、任せるよ。
お祖父様のお出迎えは俺達でやるから、お前達は歓迎の支度を頼む」
と、返すとバトラーは去っていって……そしてコーデリアさんは涙ぐんでいたのか、すんと鼻を鳴らしてから立ち上がり……俺を抱き上げたままの移動を開始する。
……え? まさかこの状態のまま歓迎しないよね??
なんてことを思って冷や汗をかくが、まさか今のコーデリアさんにそれを言うことも出来ず、そのまま玄関へ。
そのうち着替えをしたらしい姉上とプルミアも合流し……流石に恥ずかしくなったのか、そこでコーデリアさんが俺を解放してくれて、俺は居住まいを正してお祖父様の到着を待つ。
するとバトラーが迎えに出したのだろう、我が家の馬車が姿を見せて……玄関の前に停まり、門番達が門を開ける中、お祖父様達が馬車から降りてくる。
その姿を見て自然と足が前へと進む、そして馬車から降りてきたお祖父様に精一杯のハグをする。
それを受けてお祖父様はリラックス出来たのか体を柔らかくし、以前とは様子の違うハグを返してくる。
……お祖父様の左腕が失われていた、襲撃者に斬り落とされたのか、治療のためにそう判断したのか……どちらかは分からないが、お祖父様の顔色は悪く頬がこけていて、かなり苦しんだように見える。
「お祖父様、支度はしていますのでまずは休んでください。お話は夕食の時にでも」
「……分かった」
俺の言葉にお祖父様はそれだけを返してきて……俺は後ろに控えていた医師達に指示を出し、お祖父様を療養のために用意した部屋に案内させる。
本来は姉上やプルミアにもハグさせるべきだったのだろうけども……二人とも顔色を悪くして言葉を失っていたので、これで問題なかったのだと思う。
コーデリアさんは……お祖父様よりも俺のことを心配してくれていて、そんなコーデリアさんに笑みを返したなら、続けて馬車から降りてきた母上に意識を向ける。
お祖父様との再会が終わるまで馬車で待ってくれていたらしい母上は、苦笑しながら姿を見せて……駆け寄った姉上とプルミアにまずハグをしてから、コーデリアさんの手を取っての挨拶をしてくれる。
そしてそれから俺の前へとやってきて……顎をくいと上げて、室内で話をと促してくる。
ならばと執務室に足を向けようとするが、母上は執務室は嫌なのかその途中でサンルームへと勝手に入っていってしまう。
それに気付いた俺は慌てて足を止めてサンルームに向かい……母上がよく茶を飲んでいるテーブルの席に腰を下ろし、コーデリアさんと姉上達が気を利かせてかサンルームの隅の席に座ったのを確認してから、報告を聞こうと態度を改める。
「……どこから話したものでしょうか。
……そうですね、まずあの方を襲撃した者の正体は不明ですが、次期侯爵によれば王太子の手の者であろうとのことでした。
その根拠などは教えて頂けませんでしたが、嘘を言っているような態度ではありませんでした。
……そして次期侯爵についてなのですが、予想外の方が就任いたしました」
「……次期となれば伯父上、母上の兄君になるのでは?」
俺がそう返すと母上は、首を左右に振ってから話を続ける。
「いいえ、次期侯爵によれば兄では老い先が短く、税を無駄に払うことになるだけだからより優秀な自分が継いだ方が良いとのことで、兄もそれを承諾しての就任です。
グレイ侯爵クラーク……19歳の侯爵ということで、そのうち新聞記事の一面を飾ることでしょう。
お会いさせて頂いた印象としては柔和で笑顔の似合う……嘘まみれの子供。
一度として本音を語ることなく、常に笑顔を貼り付けておいででした。
先代程恐怖を感じる相手ではありませんでしたが、油断ならぬ人物であるとも感じました。
……ブライト、よく考えて付き合っていくように」
「分かりました、母上のお言葉、胸に刻みます」
母上は茶会や社交界の経験が多く、人を見る目は中々のものだ、そんな母上がそう言っているのなら、その通りだと思うべきなのだろう。
「しかし一応は友好的で、わたくしには常に気を使ってくださいました。
言葉の上ではこちらとの協力を望んでいて……実際その通りなのでしょうけど、その目的は明らかです、こちらの飛空艇が欲しいのでしょう。
……ブライト、お祖父様の領地については知っていますね?」
「はい、この国の北部一帯……特に寒く厳しい土地を治めておられたとか。
厳しい土地を拝領する代わりに領土の広さは国内随一で……しかし何の役にも立たない土地が多く昔は苦労をしていたそうですね。
……が、大規模の魔法石鉱山が発見されてからは、かなりの経済力も手に入れたとか。
最近ではその経済力で寒冷地域でも育つ農作物を集めたり開発したりして、他の産業も安定してきたとか」
「その通り、貴方のお祖父様はその功績でもって名を揚げ……お祖父様ばかりが豊かになることに嫉妬を抱いた方々が敵対し始めると……それを嬉々として受け止め粉砕し、更に領地を豊かにした方です。
そしてお祖父様の代では叶いませんでしたがグレイ侯爵家は代々、いつかは王朝をとも望んでいたとか。
その上で今回の襲撃……恐らく次期侯爵は良い大義を得たと喜んでいることでしょう。
その大義を理由に王都への攻撃を仕掛けたいのでしょうが……あの北限地から王都に攻め込む道は限られています。
陸地は途中に山岳があり道があっても狭く、海は氷が流れ込む冬も荒れる夏も通るには適していない。
……つまり飛空艇さえあればその問題が解決してしまうのです。
飛空艇を譲らなければ友好に期待出来ず、譲れば大敵となる可能性がある……油断の出来ない相手です、王家よりもこちらの方が厄介な敵となるかもしれません」
「……それ程の人物ですか」
「えぇ……統治の手腕も評判がよく、軍事の才もあるとのこと、それでいて性格は苛烈、侯爵位を次いだ途端、用済みだとばかりにお祖父様に死か追放かを選べと迫った程です。
お祖父様が何も反論せずにブライトの下に行くと言った時には、それはもう嫌な満面の笑みを浮かべておいででした。
わたくしでもあの笑顔は今までに見たことがありません……。
それとその次期侯爵からブライトへ、贈り物があると情報を預かってきました。
勝手ながら確認をさせてもらいましたが……恐らく王都で集めた情報のうち、理解出来ない、または役に立たないと判断したものだけを寄越したのでしょう。
これに礼状は不要です、そのような内容ではありませんし……アレとは常に適切な距離を保つことを心がけなさい」
と、そう言って母上はカバンの中から開封済みの手紙を取り出し、差し出してくる。
手に取り中の手紙に目を通してみると……確かにこれは、なんとも言えない情報だった。
中身を要約すると王太子の予言に関する報告書だった。
王太子の周囲には多くの令嬢達の姿があるが、その一人が次期侯爵が事前に送り込んだスパイのようで……そのスパイは王太子の部屋だけでなく王城のあちこちを定期的に探り、様々な情報を仕入れているようだ。
そしてその令嬢が仕入れた情報の中に、こんなものがあった。
……ある時、その令嬢は机の上に置かれた、王太子が書いたと思われるメモ書きを発見したらしい。
読み取れない文字や言葉が多く、内容も理解が出来ないものだったが、それでも念の為にとその内容を書き写したそうで……書き写したものを次期侯爵が受け取り、それをまたこちら向けに書き写したものがこの手紙ということだ。
……そんな手紙の中で真っ先に目を引く情報はこれだろう。
……王太子の予言によるとこの世界は何かによって……神々? によって均衡が保たれているらしい。
常に王太子が勝つように、程度の差はあるが常にそう天秤が傾くそうで、どういう運命を辿ってもほとんどの場合で何故だか俺が負けることになっているらしい。
……何故俺が? いやまぁ確かに王太子をぶっ殺してやろうと思っているけど、そう考えているのは俺だけじゃないだろうに、なんだってまた俺だけ名指し??
色々と疑問はあるが、とにかく王太子が勝てるようになっていて、王太子の周囲には有能な者が多く、俺の周囲には無能が多いらしい。
特に近隣領主の質は明暗がはっきりしていて……俺と王太子は基本的には交互にそれを軍として取り合うそうだ。
……なんで??? 近隣領主を軍として? どういうこと?? 軍の編成なら自領内で行いますけど??
王太子は簡単に有能な軍を手に入れて、俺は近場にばかり手を出すので無能な軍しか手に入らない、だけど俺は卑怯卑劣な手を使うからそれでようやく均衡が保たれるんだそうだ。
……えぇっと、どういうことなんだ? 卑怯な手って……飛空艇のことか?
あと全然均衡取れてなくないか? 常に王太子に天秤が傾くなら全然均衡じゃないだろ?? うーん??
他の手紙を確認してみても……大体同じような怪文書で役に立ちそうな情報がない。
たとえば……何故か各地の領主や騎士団員を数字で表現しているようで……王太子なりの評価なのかと思ったが、王太子が会ったことがないはずの俺や父上や兄上、お祖父様なんかの数字までがあるらしい。
他には飛空艇がどうして役立たずなのか、その理由も書いてある。
……飛空艇は大爆発するらしい。
なんで? そんな仕組みではないはずだが……。
続きを読むと爆発の理由は一切書いていないが、とにかくそういう催し物が行われることになっているから、絶対にそうなるそうだ。
……なんだって催し物でわざわざ飛空艇を爆発させるんだよ、花火気分かよ、頭おかしいんじゃないのか??
ともあれそれをきっかけとして飛空艇そのものの価値が疑われるようになり、各地で開発が頓挫……投資した資金や工場は水泡に消えて、飛空艇開発に手を出した者は皆苦しむことになり……それは大恐慌の遠因にもなってしまうらしい。
……いや、すげぇ予言だな、本当に恐慌なんてことが起きるなら今のうちに対策をすべきで……ああ、王都は一応それをしたのか、だから飛空艇技術がからっきしなのか。
……うぅーーん、クラークだったか、そいつがこの情報を寄越した意味が理解出来たなぁ。
役に立たない上に真に受けたが最後、混乱するしかなくなってしまう情報ばかりで、こちらを混乱させたい……と言うよりもからかっているのだろう。
こんなことばかり言っている王太子が一体全体どうして予言者扱いされているのか……まぁ、いくつか的中させたからなんだろうけど、こうなってくるとどんな予言が的中したのか気になってくるなぁ。
……後でフィリップに調べてもらうべきだろうか……?
うぅん、予知なんかに振り回されるのは良くないような気もするし……駄目だ、判断つかないから後で皆に相談して意見を仰ぐとしよう。
「……それで、ブライト。
今回の件、どうするつもりですか? まさか何もしないままでいるつもりはありませんよね?」
と、母上。
お祖父様のことをあれこれ言っている母上だが、やはり家族としての愛情はあるようだ。
まぁ、愛情深い人だからなぁ……そしてどうする、か。
「もちろん報復はします……が、王太子本人に手を出すのは時期尚早。
あちらの周囲の誰かに迫れたらと考えてはいます……それか経済的に王都を追い詰めるか……。
王太子が主犯というのはあくまで次期侯爵からの情報なので、その辺りにも気をつけて動きたいですね」
「ああ、まぁ……そうねぇ。
それで良いように使われたら厄介だから……分かりました。
あたくしもお友達から情報を集めてみます、そのために茶会を開きたいと思うのだけど、構わないかしら?」
「ええ、もちろん構わないですよ。
予算も気にしないでやってください……ただ私に参加などは期待しないでくださいね。
コーデリアさんに関しては母上の判断におまかせしますが、無理はさせないようお願いします」
「そんなこと言われなくても分かっております!!
コーデリアさんを、娘を大切にしない母とは思われたくありませんから!!」
母上はそう言ってからふんっと顔を背けて……流石に聞こえていたのか離れた所でコーデリアさんが照れている様子が視界に入る。
ともあれ話は終わりということのようなので、手紙を懐に入れて立ち上がった俺は、お祖父様の容態を確認するために、サンルームの外で待っているだろうバトラーの下へと足を向けるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回はお祖父様やら、情報の精査やらになります




