怪我
北東関所は、東関所よりは力を入れていないが、もしかしたら王都の軍がそちらから来るかもと考えて、多少の改良は進めている。
元々の石積作りを活かしたまま鉄板などで補強し……騎士の出撃や帰還がしやすいように工夫などをし、見張りなどの増員も行っている。
近くに飛空艇の発着場も整備してあるし、鉄道も伸ばしてあるのだが……特に鉄道は東関所程の規模はなく、使用率もとても低く……赤字路線のようなものだった。
だけどもこういう時に急行できないでは困るので、無駄ではなかったと思っている。
飛空艇の発着場は関所に直接降りる形ではなく、関所から少し離れた一帯を整備する形で作られていて、そこに着陸したならそこで準備を整え、それから関所へと向かっていく。
向かうメンバーは、俺、フィリップ、アレス男爵。
アレス男爵は最新型の鎧を着込んでいる、アレス男爵用に多少の改良をしたもので、槍も特別大型のもの、槍に関しては遺跡で手に入った武器のデータが多少反映されているらしい。
まだまだ時間が足りず完璧に仕上げたとは言えない状態だが、多少は良い影響があるとかで……今回活躍することはないだろうが、見せつけることで少しでも威圧が出来たならそれで良し。
今回に限っては先触れ無しもありがたかった、そこを起点に相手を非難し、こちらとの距離を取らせた上で王太子へと誘導したら良いのだから、本当に今回に限っては大歓迎だ。
そういう訳でやってやるぞと意気揚々と関所に入り、階段を上がり歩廊に出ると……閉じられた鉄門の前で仁王立ちをしている若者の姿が視界に入り込む。
見た瞬間驚いた、褐色肌だった。
この辺りでは見かけないというか、物心ついてから初めて見たと思う。
褐色肌の若者で、髪は薄いピンク……それを腰辺りまで伸ばして縛ったりはしていないが、手入れはしっかりしているのだろう、とても綺麗に見える。
……色男と言って良いのだろう、フィリップのように化粧をしていて顔立ちはよく力のある目をしていて、全体的に絵画のようと言うか、違和感を覚える外見になっている。
服装もまた凄まじかった、上は白シャツ、下はズボンとそれだけなら普通の格好なのだが、シャツの胸元が大きく開いていて、襟代わりなのかその胸元を覆うように大きなひらひらがついていて……一言で言うと鬱陶しい格好だった。
自分の容姿に自信があるのか威風堂々、時たまその手で鬱陶しい仕草でもって長い髪をかき上げていて、それがまた鬱陶しい。
「……あれがマケライ男爵か……」
げんなりとしながら声を上げると、関所の職員が駆け寄り小声で「そうです」と返してきて……それを受けて声を上げる。
「貴様は何者で、何用か!」
するとマケライ男爵はムッとした顔をしてから、声を張り上げてくる。
「見て分からないのか!」
分かるか、そんなもん。
「何者で何用か!!」
いや、マケライ男爵であることは知ってはいるんだけども、大公ならまだしも相手は男爵、まずは相手に名乗らせるのが筋だろう。
「はぁ……マケライ男爵ラミールだ、知っているだろうが国内一の詩人であり、芸術家だ。
さぁ、大事な用があるのだから通したまえ、このラミールが来訪したとなれば、貴殿の名声も高まることだろう」
片手を胸に当て、片腕をピンと伸ばし、手のひらを上に向けて指先は下に向けて……と、よく分からないポーズでそんなことをいうマケライ男爵に、俺は少し悩んでから言葉を返す。
「お断りだ、無礼者。
先触れなしの来訪、男爵如きがその態度、そして問われて用件を言わない無礼さ。
この場で処断されないことを感謝しながら帰路につくが良い」
これで本当に帰られても困るのだけど、この言い方であればきっとこの馬鹿は帰らないはず、帰ってくれるなと祈っていると、マケライ男爵は分かりやすいくらいに顔を真赤にし……だけどもその怒りを呑み込んで、言葉を返してくる。
「……このような衆人の目がある所でする話ではないのだが、そこまで言うのなら仕方ない!
エリアン公爵閣下が貴様の姉であるバーバラ嬢を娶ってやると仰せだ。
伯爵家如きを相手にするとは業腹だが、少しの恩もあるから仕方なく受け入れてやるそうだ。
対価として借金の帳消しは当然として、それ以上の投資を公爵領にしろとのことだ。
そも貴族が商人の真似事をするなど許されるものではない、ノブレス・オブリージュを多くの者が勘違いしているが、公平に民を守ってこその貴族よ。
収入はその民からの税だけで良いのだ、そうであればこそ賄賂などに踊らされず公平な判断が出来る、裁判権も有している貴族が商売などという市井に染まるなど許されることではない。
そんな貴様に対する慈悲を公爵閣下がおかけになってくださるそうだ、光栄に思いたまえ!」
……。
そんな言葉を受けて俺が思うのは、何言ってんだコイツ、だけだった。
怒りとか呆れとかの前に、ただただ理解出来ないという感情が先行して……どう反応したものかと困ってしまう。
……まぁ、この馬鹿の言うことにも一理はある。
貴族が金、財産に執着することは、この国ではこの上なく下品とされている。
生きるためにあくせく働くのは貴族ではない、貴族は自然に上がってくる収入、地代やら何やらであるがまま生きるものだ……という考え方らしい。
そうやって生きているからこそ国と民を守ろうという気持ちが生まれて、いざ戦争があれば死を恐れることなく戦地に向かうことが出来るし、戦争に勝つために惜しむことなく私財を投じることが出来る……とかなんとか。
元社会人としては中々理解しにくい考え方だったが、実際に国のために破産寸前まで軍費を投入した貴族や、諜報活動のために屋敷や土地を売り払った貴族なんてのもいるし……戦場では貴族の死亡率はかなり高いのに、それでも求められれば多くの貴族達が躊躇することなく戦地に向かっている。
金に執着しないとは、収入だけでなく支出にも執着しないということであり、個人の財産や欲に固執しないからこそ、国のため家のため堂々たる態度を取ることも出来る……らしい。
指揮官と言うと後方で偉そうにしているイメージで、実際俺は旗艦で偉そうにしているのだけど、ほとんどの場合はそうではなく、戦地の最前線で指揮を執ることになっている。
突撃する時は先頭で、撤退する時は殿で……指揮官を討てば部隊全体が混乱するからと常に命を狙われ、戦地に行った貴族の3割かそれ以上が死ぬというのだから、とんでもない確率だ。
そうやって当主が死ぬと爵位を相続するための税が発生し、また死ぬと連続で発生。
下手をすると収入の10倍の税を、なんて話にもなるのだが、それでも貴族達の多くはそれを受け入れて、一種の誇りとしている。
それがノブレス・オブリージュ、前世で見聞きしたそれとは結構違ったイメージとなっているが……この国ではそうなっていた。
だからまぁ一理はある、あれこれと商売をやって金を稼ぎまくっている俺に多少の非があるのは確かなんだが……それでどうして姉上の結婚と借金の帳消しという話が出てくるんだ?
「……ぶっ殺すぞ」
と、隣でフィリップが呟く。
いや、普段冷静なお前が先に切れるのかよ……。
フィリップはかなりの苦労をして生きてきたから、色々と思う所があるのかもしれないが、今は落ち着いてもらおうとそっと手を上げて制止する。
……さて、どうしたものか、どう返すべきか。
ただ断るだけなら簡単だが……それで王太子との合流を促せるのか、少し頭を働かせようと思う。
と、考え込んでいると先にマケライ男爵が声を上げてくる。
「聞けば王太子殿下は、バーバラ嬢の魅力に骨抜きにされたそうではないか!
それ程の美貌であるならば、こんな僻地ではなく相応しい場所で輝くべきではないか!
さぁ、さっさと公爵閣下の使いたる我をバーバラ嬢の下まで通すが良い!」
……なるほど?
どこかでそんな噂を聞いて、姉上に興味を持ったエリアン公爵が、なんとか姉上を手に入れようとマケライ男爵を寄越したってことか?
自分で来なかったのは……借金のことがあるからか、そんな勇気がなかったからか。
どちらかは分からないが……その程度の野郎に姉上を任せる訳がないだろうに。
そもそもとして姉上が誰と結婚するかの決定権は当主である俺にある、実際は姉上の希望通りに姉上が思う通りにするつもりだが、世間的には俺に決定権があることになっている。
だと言うのになんだってこいつらは俺に喧嘩を売っているのか……訳が分からないにも程があるなぁ。
「公爵閣下はバーバラ嬢との婚姻が成れば、その褒美にこのマケライにその妹御を譲るとも仰せだ。
そうなれば貴殿は公爵閣下とこのマケライの義兄、誇りに思うが良い! 貴様如きがいくら望んでも得られない縁だぞ!!」
……こっちはプルミア狙いか、見た感じでは20代、どう考えてもプルミアとは年齢差があり過ぎるのだが……鼻息荒く、すっかりとその気らしい。
「……こっちも殺す」
「……殺してしまいましょう」
と、呟くようにフィリップとアレス男爵。
アレス男爵まで殺意に染まったかぁ……年頃の娘がいる身として思う所があったのかもしれない。
……さて、そろそろ言葉を返すべきか。
「どこで何を聞いたかは知らないが、王太子殿下と姉上の縁談など、話にも上がっていないわ!
確かに姉上の美貌は噂になる程のものだろうが、お前達のような下賤では話にもならん!!
王太子殿下の命令ならまだしも、お前らの要求など受け入れられるか!」
とりあえずそう返す。
……他にも色々考えてはいたのだけど、目の前の相手が馬鹿過ぎて変に策を練っても無駄になるような気がしてきてしまっていた。
裏を読ませるとか、深読みさせるとか……そういった手法が通用する相手とはとても思えない。
マケライ男爵の側に控えている中年男、執事風の男の妙に鋭い目は少し気になるが……落ち目の公爵家に仕えているような者なら、そこまでの才覚はないはずだ。
「んん? なんだ、殿下はバーバラ嬢を望んだ訳ではなかったのか。
……確かに殿下がそう望まれたなら、否応なく婚姻は決定していたはず……。
……なるほど、確かにな……王太子殿下の命令なら逆らうまいな」
マケライ男爵はそう言ってニヤつき始め、中年男が妙に慌てた様子を見せるが、何かを囁く前に声を上げる。
「はっ! 殿下がお前達のような下賤を相手するものか!」
さぁ、どうだ、食いつくか? 食いついてくれ、ここで食いついてくれたなら面倒がなくて良いのだが……。
「愚か者め! 我らは詩作において並ぶ者なく、王家の覚えめでたく縁繋ぐ者!
殿下にお会いし一言願い出れば、殿下もきっとそれを叶えてくれるはず……!
エリアン公爵閣下もお喜びになることだろう! 貴様の弱みを見抜いたこのマケライの慧眼をな!」
そう言ってはしゃぐマケライ男爵に、隣に駆け寄った中年男があれこれと囁くが、成功の快感に酔いしれたその耳に届くことはないようだ。
「……これにて失礼する! 早急に公爵閣下と話し合うことが出来たのでな!」
そして男爵はそう言って立ち去ろうとするが、そこで中年男が声を上げる。
「お待ち下さい! 妙案がございます!
決闘にて決断を迫れば殿下のお手を煩わせることもありません!
もちろん男爵のお手を煩わせることもありません! 代理人としてこのわたくしにお任せを!
男爵のご期待に応え見事あの無礼な伯爵を下してみせましょう!」
……おぉっと、そう来るか。
それを受けてマケライ男爵は少し躊躇した様子を見せたが……公爵が寄越したであろうそいつの意見を無視することは出来ないのだろう、渋々といった様子で頷き、こちらを見上げ、
「決闘だ!」
と、声を上げる。
「受けて立つ!」
そう返した俺にフィリップは驚きの表情を見せて、アレス男爵は決闘のためにと鎧を脱ぎ始める。
……まぁ、うん、受ける理由はないのだが、あの中年男のことが気にかかる。
その言動を見ているうちに疑問に思ってしまったのだ。
本当にあれは公爵の臣下なのだろうか? そう偽っている他の誰かの放ったスパイではないのか? と。
つい先程も王太子の名前が出て、そちらに話が誘導されそうになって焦って動いたように見えたし、今回も王太子に事が及ぶ前に焦って決着しようとしているように見えた。
……つまり王太子か、周囲が放ったスパイなのでは……?
仮にそうならここでどうにかして捕らえたなら、何か情報が得られるかもしれない……つまりは決闘ではっ倒して捕らえてしまおうという訳だ。
「アレス男爵……決闘には私が出る、男爵には立会人を頼む。
恐らくあいつは男爵の腕を知っている、男爵が出ると知ったなら即逃走を図ることだろう。
油断を誘うためにも私が出て勝利するのが一番だろう。
……なぁに、最近は男爵の手ほどきも受けている、あの程度の相手なら負けないさ」
と、俺がそう言うと鎧を脱ぎ始めていた男爵は、渋い顔をしながらも鎧を装着し直し、立会人としての準備を始める。
フィリップは何かを言いたげにしていたが……何も言わず、俺の防具や大槍の確認をし、準備を手伝ってくれる。
前回の決闘では関所を出たが、今回は関所内部まで連中を引き入れて、関所内の広場にて決闘を行うことにした。
逃走防止のためであり、こっそりと門を閉めるように指示も出してある。
普段は馬車などの荷物の検査などが行われる広場で、相対して……中年男は防具も大槍を持ち込んでいなかったので関所のものを貸してやっている。
「双方、誇りの象徴たる槍を前に!」
鎧を着たままのアレス男爵が声を上げる、もう一人の男爵のマケライは、離れた所で腕を組みニヤニヤとした顔でこちらを見やっている。
フィリップはいつでも飛びかかれるようにしているのか、アレス男爵の側で構えていて……そんな周囲を見回した俺は、中年男の槍と自分の槍の穂先を近づけていって……そして軽く重ねて決闘開始の合図とする。
前回はアランが奇襲を仕掛けてきた訳だが、今回は通常通りの開始となり……あえて攻撃はせず先手を譲るぞとの意思を見せると、中年男が顔を狙っての凄まじい突きを放ってくる。
それを避けて同じように顔を狙って突き返すと、中年男が苦い顔をする。
顔を狙っての一撃は決闘の定番というか、よくある手だった。
それでビビらせ以降を有利にする手で、ビビらず返せたなら一人前とされているとか。
同じく顔を狙ったことで中年男は俺がその辺りを知っている上でビビってないことを察したのだろう、距離を取って様子見をしようとしてくる。
ならばと追撃をする、顔は狙わず胴体を狙う、防具があるかもしれないが避けにくい位置を狙うべきだ。
アレス男爵の教えでは、こういう時は大きく踏み込んで腕を伸ばしての突きをすべき、なんだそうだ。
そうすることで敵との距離を取り、反撃に対応しやすいようにするのだとか。
だけどもその分だけ攻撃の鋭さは失われてしまうので……あえて距離を詰めての一撃を放つ。
踏み込んで鋭い一撃を放って、中年男は慌てて回避をすることになり、体勢を崩した所で槍を横に払う。
槍の腹で打ち据え、それで動けなくなれば拘束出来ると思ったのだけども、中年男は打たれても致命傷にはならないと踏んだのか覚悟を決めた顔となって、激しく脇腹を殴られながらの突きを放ってくる。
「―――!!」
「―――!」
周囲から様々な声が飛んでくるが、頭に入ってこない、放たれた突きにだけ意識が集中していて、体の中心を狙ってくるそれに対して俺は、体を少しだけ動かし胸当てのような形となっている防具で受ける。
途端に衝撃が胸を貫き、呼吸が出来なくなるが構わず槍を構え直して、勝ったと思っていた攻撃を防がれ、呆然としている中年男の喉に突き立てる。
「勝負あり!!」
直後響くアレス男爵の声、中年男がまず痛みで崩れて、そして俺も呼吸が出来ないままなことに少し慌てるが、すぐにフィリップが駆けてきて背中をトンと叩いてくれると、それで落ち着いて呼吸が出来るようになる。
ホッとしてため息をついていると……防具が砕けて床へと落ちる。
……とんでもない衝撃だったようだ、後で医者に診て貰う必要があるだろう、肋骨くらいは折れているかもしれないなぁと考える中、フィリップが中年男を医務室に運べと指示を出し始める。
これで中年男の確保は完了、後はフィリップに任せておけば問題なく処理してくれるはずで……俺は顔色を悪くしているマケライ男爵に向き直り、深呼吸をしてから声を上げる。
「……決闘はこちらの勝ちだ。
そちらの求めた姉上との婚姻に対するものとして、そちらは何を差し出すのか、お聞かせいただこう」
これも策の一つだった、あえてこちらの条件を未確定のまま決闘を始めた。
こうしておけば相手は恐らく、
「へ、返事はまた後程……!」
と、返してくるだろうと思っていた。
そう言って逃げて有耶無耶にするか、なんらかの手を打って来ようとするはず。
この場合相手が取り得る選択肢で一番あり得るのが……王太子に泣きついてなんとかしてもらう、というもの。
エリアン公爵の借金とマケライ男爵の決闘の対価、それらを支払えない二人は自分でどうにかするよりも、誰かになんとかしてもらおうとするはず。
そう考えて俺は関所の騎士達に門を開けるように指示を出し……そうして門が開くとマケライ男爵は挨拶なしに駆け出し、門の向こうに待機させていた馬車で去っていく。
それを見送った俺達は、とりあえず関所を通常通りに運営するように伝えてから……怪我がどの程度なのかを確認するために、医務室へと足を向けるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回はお祖父様の帰還とコーデリアさんです




