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急報


 身嗜みを整えたなら、絨毯の敷かれた廊下を通り、階段を降りて食堂へ。


 一階の部屋はどこも天井が高い、4mちょっとあるんだったか、そのくらいの高さとなっていて……開放感のある造りとなっている食堂には、テーブルクロスで覆われた長いテーブルがあり、家族分の椅子が並べられている。


 父、母、兄、姉、妹、そして俺の分。


 だけども今は俺しか屋敷にいないので、最奥の……上座で良いのかは分からないけども、とにかく当主が座る椅子の前にだけ、朝食が用意されている。


 山盛り茹で野菜、ゆで卵、雑穀パン、何枚かのハム、それと牛乳とチーズ。


 前世の人々が見たらなんだこの不味そうな朝食と言うかもしれなけども、これでもかなーり改善した方だった。


 栄養学とか、そういったものが発達していないものだから、とにかく美味しいと感じたならそれで良し、生焼け肉齧って岩塩かじって、朝からワインがぶ飲み、砂糖いっぱいの甘すぎるパン食べまくり、野菜はほんのちょっとで食べないことが多く、フルーツがあったらまだマシな方。


 という成人病まっしぐらな食事が当たり前で、父親が結構な大きさの黒糖と岩塩を齧っていたのを見た時には、悲鳴を上げそうになったものだ。


 野菜は近くの畑で採れたてのものを持ってきてくれるから、茹でるだけでも普通に美味しいし、ゆで卵も前世のそれと変わらない美味しさ、雑穀パンも普通にパン屋クオリティで文句なく、ハムは保存のためか塩味がややきついけども、薄く少なくしてもらっているので、ギリギリ許容範囲。


 牛乳もまた朝一番に絞られたものだからか前世のもの以上に美味しく、体質なのか飲みまくっても腹を下すことはないのでガンガン飲んで、これまた高級品かと思う程美味しいチーズを一欠片。


 大満足、文句なく大満足……最初このメニューにしてくれと言った時には、料理人に正気か?! みたいな顔をされたけど、今では料理人もこのメニューの良さを分かってくれている。


 悪かった体調と便通が改善し、日々を元気に送れているのがその理由だそうで……メニューの改善が数少ない成功した知識チートなのかもしれないなぁ。


 そんな朝食を終えたら歯を磨き……虫歯がほんとうに、死ぬ程怖いので丁寧過ぎる程丁寧に磨き、口の中を整える。


 こちらの世界で虫歯になったら麻酔なしの力尽くで抜くしかないので必死だ、本当に必死だ。


 歯磨きが終わったなら執務室へ、執務室も1階にあるのでとにかく天井の高い部屋となっている。


 部屋全体が縦長、壁は黒塗り、床には絨毯……最奥に執務机があり、右手には天井まで届く高さの本棚がズラリとあって、左手には、これまた天井にまで届く高さのガラス窓がずらり。


 入口から執務机までは5mくらいか……謎の空間があって、そこを歩き進んだなら、執務机の向こうにあるガラス窓を背負う形となる椅子に腰掛ける。


 執務机の上にあるのは、ガラスペン刺し、インク壺、ブロッターと呼ばれる余分なインクを吸い取る道具に、手紙を固定するための針、封蝋に関する道具一式などが置かれている。


 執務机に座ったならまもなく、バトラーがやってきて、大量の手紙をトレーに載せて持ってくる。


 新聞を読み終えたら今度は手紙を読むのが貴族としての仕事だった。


 貴族としての手紙のやり取りは……前世の価値観では考えられない程に重要なことだった。


 ビジネスメールLv100と言うか、年賀状Lv500というか……そのくらいに重要で、欠いたならやっぱり待っているのは失脚だ。


 メールも電話もないこの世界には、大事なコミュニケーションであり情報収集であり、密談の場であり、作戦会議室であり。


 仕事の報告、季節のご挨拶、各地で何が起きているのかを知らせる報告や噂話、親戚などからのお願い事や、ご機嫌伺い。


 手紙を送ってこないやつは仲間ではないし同じ派閥ではないし友達でもないし親戚でもないし、家族でもない。


 仕事を円滑に進めたければ、仲良くしたければ、いざという時に頼りにしたければ、助け合いたければ、普段から手紙のやり取りをするもので……これを怠ったから失脚した、反乱を起こされた、殺されたという貴族の数は、数え切れない程存在していた。


 そんな手紙だけどもただ読むだけでは駄目だ、返事を出すのが当たり前なので、返事を出す前提で読みながら優先度をつけて仕分け、優先度毎に針に刺して固定し……それが終わったら再度読み直して書いてある情報を分析していく。


 信用して良い好人物や親戚からの手紙は全て真実として記録、微妙な相手の手紙は返事をするために必要な部分だけ記録、どうでも良い相手のものは適当な返事を書くだけなので記録なし。


 それから記録した情報を見比べて……その向こうにある真実、たとえば最近の王都で何が起きているのか、どんな流行が巻き起こっているのか、諸外国の動きはどうか、誰が元気なのか病気なのかを読み取っていく。


 それから優先度順に返事を書き……古典的な、古代と呼ばれる時代から続くような古い言い回しでのジョークや褒め言葉をしっかり並べ、貴族らしい手紙に仕立てていく。


 そういったことが出来るかどうかが結構重要で、出来る人物をユーモアのある人物と呼び、ユーモアがあると見なされたなら届く手紙が増えたり、交流の機会が増えたりするので、ビジネスメールや年賀状の100倍、500倍気を使って書き上げていく。


 わずかなミスがあったなら書き直し、小さな汚れも相手への無礼なので書き直し、書き終えたならインクがにじまないよう、ブロッターという道具で余計なインクをしっかり吸い上げ……多分大丈夫だけども、それでも一応不安だからと、窓の側の、太陽光の当たる位置に置いてインクをしっかり乾燥させる。


 畳んだり封筒に入れたりするのはそれからで……その間に別の手紙を仕上げていく。


 今日中に全ての返事を書く必要はないのだけども、そこは若さを活かして体力フル動員、強引に書き上げてしまう。


 若くして伯爵となった未熟者、侮られて当たり前の存在であるからこそ、ご機嫌伺いをしまくって『可愛らしい若造』と思われておきたい。


 特に老人達には気合を込めて手紙を書く、大した付き合いがなくとも病気がちという情報を見かけたならお見舞いの手紙を送る、いつか王族を殺すための、王城を粉々に粉砕するための努力は惜しまない。


 そうやって書き上げたなら、職人に依頼して作り上げた我が家だけの封筒に宛先を書き、畳んだ手紙をしまって……一つ一つ丁寧に封蝋をしていく。


 ここでミスしたら大惨事なので丁寧に……もう終わりが見えているのにここで書き直しは嫌だと丁寧に。


 と、そんな作業の途中で、執務室入口のドアが静かに開き、軽く会釈をしたバトラーが足早にこちらへとやってくる。


 仕事中だと知っていながら執務室に入ってくるような男ではないので何かがあったのだろう、緊急の報告があるのだろうと覚悟をしながら……まずは封蝋を終わらせてしまう。


 もしかしたら入口から執務机までの無駄な空間は、こういう間を作るためのものなのかもしれないなぁ。


 封蝋を終えて、道具を簡単に片付け居住まいを正しているとバトラーは、椅子の後ろに立って、上半身を傾かせて……耳元で囁くように報告をしてくる。


「来客でございます、お祖父様御一行と王家の使いがほぼ同時に東端関所に到着予定。

 ……ブライト様、如何いたしますか?」


 その報告を聞いて沸き立つ胸をどうにか抑え込みながら俺は、バトラーに指示を出す。


「お祖父様はお前が出迎えに行くように、この屋敷に案内後、寛いで頂けるように差配しろ。

 そして王の使いは迎撃軍を起こす、騎士連中に連絡し集合は関所手前、遅参は許さないと伝えておけ」


 するとバトラーは、そういう指示が出ることを予測していたのだろう、小さく「了解しました」と言って頷き、足早に執務室を出ていく。


 それを見送った俺は封蝋を終えた手紙をまとめて……郵便屋に渡す郵便箱へとしっかりと仕舞ってから執務室を後にし、迎撃軍に参加するための準備をすべく、武器などがしまってある屋敷の裏にある倉庫へと足を向けるのだった。


 


お読みいただきありがとうございました。


きりの良いところまでということで2話更新


次回は一週間以内に

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