思惑
――――シティハウスで フィリップ
各地で騎士団迎撃の準備が進む中、フィリップはアレス男爵が滞在しているという、シティハウスへとやってきていた。
その目的は男爵との面会で……男爵から話を聞いて宰相の狙いを確かめるためだった。
フィリップの容貌を一目見た際アレスは、妙な警戒感を抱いたようだったが、ウィルバートフォース伯爵の使いであると知らせるなり態度を一変させ……寛いで良い客間だというのに立ち上がり、直立不動の姿勢でフィリップとの受け答えを始める。
「まぁ、聞きたいことは簡単でさ、なんで先触れを寄越さなかったり、先に事情を話さなかったりしたの?
男爵と言っても先触れくらいは知ってるでしょ? 王都暮らしだったのだからよく見かけただろーし」
「それについては宰相殿の命令です……宰相殿は深謀遠慮の方、その意図はオレ如きには読み切れず、宰相殿が主催する会議ではいつも話の流れを理解仕切ることが出来ず苦しんだものです。
ゆえに宰相殿にそうせよと命じられたなら、裏の意図など考えずにその通りにするくらいのことしかオレには出来ないのです」
「ふーん……あの時にさ、伯爵が門を開けなかったらどうしてた?」
「それでも宰相殿の命令は果たさねばなりませんから、なんとしてでも……関所破りをしてでもこちらにお邪魔していたことでしょう」
「……あっそ。
ぶっちゃけさ、宰相っていい人だと思う?」
「良い悪いで語れるようなお方ではないと思っています、しかし国家国民のために奮闘している方なのは確かです」
と、そんな質疑応答を終えてフィリップは、アゴに人差し指をやりながら頭を悩ませ……今まで自分が集めてきた情報や噂話、それと新聞記事などの情報を踏まえた上でフィリップなりの答えを得る。
(なるほどね、つまり宰相は兄貴と王太子をぶつけようとしているんだね?
恐らく王太子側にもあれこれ工作をしていて、今回の騎士団騒動も宰相の思惑通り、って感じかな。
宰相にとっては今回の件がどう転んでも構わないんだろうなぁ。
わざと男爵に無礼な真似させたりして男爵や騎士団長が殺されたら、その責任を追求して兄貴を攻撃、騎士団の攻撃が失敗し捕縛され、王太子の思惑が露呈したなら、王太子の立場を弱められるからそれはそれで良し。
兄貴も王太子も、ついでに男爵も宰相にとってはただの邪魔者、それがいなくなるなり弱ってくれたらそれでOKって訳だ。
……王族より国家、国が一番でその他はどうでも良いって噂は本当みたいだねぇ、これまでのやらかしで王太子を見限って、ついでに兄貴の激怒っぷりを知って、その両方を排除するための最初の一手って感じかな。
……なーるほどねぇ……ま、そんなことさせないし、そもそも兄貴がこのくらいでなんとかなる訳ないだろーにねぇ。
若造だと侮ってるからこそ、味方だとか言って惑わそうとしてる訳かな?
まぁー確かに兄貴は14歳の若造なんだけどさぁ……実際に会ってみないとあの良さは分かんないんだろうなぁ)
なんてことを考えてから改めてアレス男爵を見やったフィリップは、どこまでも真剣な表情で直立不動なままの様子を見て、小首を傾げながら尚も見やる。
(今回一番の被害者は男爵かな、まぁ子供の教育が出来ていないっていう問題はあるけど見方を変えれば男爵も息子も、宰相や王太子といった遥か上の存在に従っただけのこと。
お上の思惑に振り回された犠牲者で……悪意なし策略なしの普通の人だもんねぇ。
その上、破門まで覚悟で宰相の命令に従った……と。
……良かったねぇ、兄貴は男爵のことどうでも良いってさ、攻撃対象でも復讐対象でもない、その他大勢……。
それならまぁ、ちょっとだけ助けてあげても良いかもね)
と、そんなことを考えてからフィリップは、アレス男爵に向けて声をかける。
「男爵さ、もし伯爵に味方したいんだと思うのなら、宰相との関係は完全に断った上で、息子と一緒に戦場で活躍すると良いよ。
伯爵はどこまでも実務的な人だから、男爵らしく役に立てば、役に立つ男だと見せれば、それで受け入れてくれると思うよ。
ただし男爵らしく、貴族らしくっていうのを忘れずにね、道から外れることだけはないように。
これは皆が……伯爵家の家臣達全員が心得ていることだからね」
「はい! お任せください!」
ちゃんと考えているのかいないのか、全くの間を開けずに返事をしてきた男爵にフィリップは、少しだけ冷や汗をかくが……これ以上の助け舟も必要ないだろうと踵を返し、手をひらひらと振りながらシティハウスを後にし……ひとまずブライトへの報告書を書くかと裏路地に用意してある拠点へと、軽くリズムに乗った足取りでもって向かっていくのだった。
――――西へと進みながら 元騎士団長
外套を捨て騎士鎧を捨て、薄汚れた布服を身にまとって真っ直ぐ西へ。
受け入れるなど絶対にあり得ない命令を受け入れたその男は、不満を隠さない部下をどうにか制御しながら、王城で何度か見かけたその光景を思い出していた。
王太子の癇癪。
そう知られるその光景は、確かに癇癪としか表現出来ないものではあった。
募らせた苛立ちを行動と言葉に乗せて吐き出し、周囲のものを破壊する行為。
『なんでなんだよ! なんであいつら言うことを聞かないんだ!? ただのユニットのくせに!!
今からレベル上げて絆を結んでおかないと間に合わないんだよ! 普通に戦って勝てる相手じゃないんだぞ、蛮族は!!』
自室で一人、そう声を上げながら床を踏み、頭を掻きむしって苦しんで。
時折理解の出来ない言葉を織り交ぜてくるのも癇癪の特徴だった……だが何度か、その権限と強引さで侵入し隠れ潜み、覗き見たことで元騎士団長は、その言葉の意味をなんとなく理解し始めていた。
ユニットとはつまり、軍のことらしい。
王太子はこれからやってくるだろう敵に備えて軍を編成したいが、許可が降りないこと、軍の指揮権を握れないことに苦しんでいるようだった。
そしてそのユニットの鍵となるらしいのが、王太子が集めようとした人材や貴族令嬢達。
何故貴族令嬢が必要なのかは分からないが、どうやら王太子は彼女達と愛を育むことでユニット……つまりは軍が強化されるものと考えているようだった。
『なんでなんでなんで、なんで誰も味方しないんだ! あいつだってあの野郎だって、本来は俺の味方だろうが!
便利チョロインのバーバラまで俺に逆らいやがって……! あいつそんなキャラじゃないだろうが!!』
また別の日の癇癪、チョロインという言葉の意味は今をもって理解出来ていない。
どうやら王太子は、ウィルバートフォース伯爵令嬢バーバラ様が自分に素直に従うと考えていたようだが……何故そんな勘違いをしてしまったのだろうか。
伯爵と前伯爵との関係を思えばあり得ないことなのだが……。
『バーバラがいれば好き勝手出来たのによぉぉ、あいつはどんなことも断らないで喜ぶ、馬鹿女じゃなかったのかよ!
ゲームでしか出来なかったことが出来るはずだったのに、準備が全部無駄じゃないか!!』
仮にも伯爵令嬢、そんなことあり得るはずがないのだが……王太子はどうしてそんな風に思い込んでしまったのか。
……その答えもまた騎士団長は、なんとなしに察していた。
幼い王太子に突然芽生えた予知能力……それはかなりの確率で当たるもののようで、しばらくの間は当たりに当たり続けて、ありとあらゆることを見通すことで多くの利益を王家にもたらし、普通であれば看破出来ないような汚職や不正を看破したりもした。
あれだけの成果を挙げた自分の能力、それを盲信してしまうのは14歳という年齢を思えば仕方のないことであり……王太子はその能力に振り回されてしまっているのだろう。
予知が当たらなくなったきっかけは、恐らくウィルバートフォース伯爵家。
かの家との敵対で世界の流れの中にある何かがズレてしまい、予知が当たらなくなってしまったのだろう。
小さなズレを放置してしまった結果、後で大きなズレになってしまうというのは、騎士団の予算編成でもよくある話、そういったことが予知能力でも起きてしまっているのだろう。
それに気付いて何かがズレていると理解し、方向性を修正出来たならきっとまた予知が当たるようになるはずなのだが……今の王太子にはそれが難しく、能力に振り回され、結果癇癪を起こしてしまっている。
『グロもあるんだぞ、ただのR18じゃないんだよ、このゲームは!
このままじゃとんでもない目に遭うってのに、なんであの女達は逆らうんだ!
そうならないようにしてやっているのに、助けてやろうとしているのに、なんで分からないんだ!!
……べ、別のやり方をするか? いや、だって他にどうやったらハッピーエンドいけるか分からないし、本編以外のルートなんて漫画版にも小説版にもなかったし……』
また別の日、この時の癇癪については未だに理解しきれていない……分からない言葉が多すぎる。
ただ多くの人々を救おうとしているのは確かで、待っている未来が暗いものだからこそ、どうにかしようともがき苦しんでいるのも分かる。
(支えなければ……)
と、思う。
そもそも王家に忠誠を誓い、その手足となって動くのが騎士団の仕事、たとえそれがどんな王であっても王太子であっても、騎士団だけなのだとしても王の味方をし続けるのが自分達の仕事だ。
王族は国のため未来のため、時に民や貴族達に犠牲を強いることがある、それによって嫌われ批判されることがある。
それでも王族は国のために邁進し続ける、その尊い血と使命に応えるために過酷な道を歩み続ける。
それを支えてやるのが自分の仕事、そのためならば自らの手と名を汚すことも厭わない。
そう考えて元騎士団長は足を進め続ける、王太子の苦悩を知っているからこそ、あの光景を見たからこそ、全身に力が漲り心が奮い立つ。
そうして心震わせたまま足を動かし続けた騎士団長は、鉄道の利用は最低限にしてのかなりの時間をかけてウィルバートフォース領手前のある山塞へとたどり着く。
そこには騎士団のものよりは性能が劣るが、それでも王都で手に入る最新型の強力な全身鎧が全員分用意されていて……宰相が用意してくれたらしいそれを騎士団長達は喜んで受け取り、身につけていく。
そんなものを装備してしまった時点で、どう考えても盗賊に扮することは不可能なのだが……そのことに気付かないまま騎士団長は準備を整えてしまい、ウィルバートフォース伯爵領へと向けて出立してしまうのだった。
――――工事が始まった新居を眺めながら ブライト
屋敷の庭の隅、新居の工事を眺めることの出来る場所に椅子を置いて、そこにコーデリアさんと一緒に腰掛けて何も言わずに眺めて。
最近するようになったそんな時間の使い方の中で俺は、思わず言葉を漏らしてしまう。
「おっそいなぁ……いつ来るんだ? 騎士団」
あれからもう一週間、未だに騎士団がやってきたという報告はない、鉄道を使えば翌日の襲撃もあり得るのでかなり急いで準備を進めたのだが……まさかこんなに待たされるとは。
……もしかして徒歩で向かってきているのか? いや、流石にそんな馬鹿なことは……。
「あたしはこうしてゆっくり出来て嬉しいです、いつまでも来ないでくれても良いと思います。
ノアブア達もこちらに到着したばかり、こちらの生活やあの全身鎧に慣れようと頑張っている最中ですし、もうちょっとゆっくり出来たら嬉しいです」
するとコーデリアさんがそう返してきて……ついでに肩を寄せてくる。
それに肩を寄せることで応えてから、その顔を見やって言葉を返す。
「まぁ……ドルイドの戦士達との連携に関する訓練もこれから始めることですし、もう少し時間が欲しいのは確かですね。
……ライデルも最近は男爵との鍛錬に夢中なようで、もっと時間が欲しいとか言っていましたし……そうですね、あと一週間くらいあるとちょうど良いのかもしれませんね」
……あの男爵、武働きで出世したと聞いてそれなりだろうとは思っていたが、まさかのまさか、ライデルよりも強く軍を率いても優秀で驚かされてしまった。
ライデルのように守勢ではなく攻勢で本領を発揮するタイプのようで、事務仕事などはさっぱりなのに指揮能力は抜群、相手の裏をかいたり罠を看破したりといった能力もあるようで……何故それだけの頭があって事務が出来ないのやら、どういう訳かは分からないが、とにかく現場特化の人材であるようだ。
そんな男爵との鍛錬はライデルにとって得る物が多いらしく、最近は俺の側にいるよりも男爵の側にいることが多かったりする。
ちなみに息子は論外だった、兵士としてならそれなりなのだが、その程度でしかなかった。
まだまだ若いのだから仕方ないと言えばそうなのだが……努力を嫌う性格をしているようで、あれでは歳を重ねたとしても良い結果にはならないだろう。
男爵の良い部分を受け継いだのは息子ではなく娘……あの姉のようだった。
現在16歳で、鎧を完璧に使いこなし、我が家の騎士達と比べても遜色はなく、指揮能力も軍を任せても良いだろうと思えるくらいに悪くない。
男爵と一緒に実戦に出たこともあるそうで経験も豊富……令嬢としてはどうかとは思うが、悪くない人材であるらしい。
父親である男爵と再会し、正式に許されたことを喜んだ姉タニアは、俺に仕えようとしていたのだが……それはコーデリアさんによって却下された。
『旦那様に言い寄った女なんて駄目です、どんな理由があっても側におけません、しかも体だけの関係を要求したなんて絶対に許しません』
と、深く沈んだ……輝きを失った目でそう言われて、反対意見を口にする者はいなかった。
側には置けないが、距離の離れた関所辺りで働かせるのは問題ないとのことで、本人がそれでも良いと希望するのなら、そういう未来もあるのかもしれない。
今タニアはドルイド達と共に鍛錬をしている……ドルイド達の強さを見て、そこから何かを得ようと考えてのことらしいが……ああまで体格が違うと、逆効果になりそうな気もする、どうなるやらなぁ。
とりあえずタニアは悪くない名前と性格をしているとかで、ドルイド達には受け入れられているようだ。
「……あたしの護衛をしてくれている老いたノアブアは、無表情ですが旦那様にとても感謝しているのです」
あれこれと考えていると、コーデリアさんがいつになく真剣な声でそう言ってくる。
「暮らしが楽になって家族達が良く笑うようになった……というのも感謝の理由なのですが、いつか己の武で活躍してみたい、世界に挑んでみたいと考えているのに世界は遠くて……自棄になって喧嘩に明け暮れていたノアブアにとって、この戦いは初めての夢の舞台なんです。
それを与えてくれた旦那様には心から感謝していると、そう言っていました。
他の皆もそうです、皆感謝していますし、やる気いっぱいです、だからきっと皆頑張ってくれますよ。
……ただ、皆の鍛錬を見ていて気付いたのですけど、皆はこちらの人より早く疲れちゃうみたいなので、そこは気をつけてあげてください」
「はい、コーデリアさん達のその想いに応えられるよう、全力を尽くすと誓います。
……それとライデルは守勢の名騎士と呼ばれる男です、彼ならばきっと全員を無事に帰還させてくれるでしょう。
私もそうなるように動きますので、コーデリアさんは安心して……我が家を守っていてください」
俺がそう返すとコーデリアさんは何も言わず、照れ隠しなのか何なのか、俺の肩にぐわっと腕を回し、その勢いでもって俺を引き倒し……膝枕の状態を作り出してから、尚も何も言わず静かに頭を撫でて来て……俺もまた何も言わず、そのまましばらくの時間を過ごす。
そうして……騎士団がやってきたのは何の偶然か、この日から一週間後のことで、俺にとっての初めての実戦の幕が上がることになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回はいよいよVS騎士団です
ちなみに
フィリップ 軍事1 統治2 外交4
(あくまで密偵)
アレス男爵 軍事12 統治3 外交2
という感じです
男爵は状況次第でギリギリなんとかドルイド族と渡り合える逸材
そして今日も感謝の言葉を
皆様の応援のおかげで総合評価2万pt突破しました!
本当にありがとうございます!
増え続けるポイントと皆様の期待に応えるため、これからも頑張らせていただきます!!




