慈悲
「えへへ、プルミアさんに言われてついつい盗み聞きしちゃったんですけど、旦那様の嬉しいお言葉を聞けてとっても幸せです。
……えっと、お叱りになりますか?」
十分に俺を愛でて満足したのだろう、解放してくれたコーデリアさんがそう言ってきて、俺は席に座り直しながら言葉を返す。
「いえ、盗み聞きは問題と言えば問題ですが、コーデリアさんに聞かれて困るようなことはないので叱りはしませんよ。
これからも気安い家族として接していただければそれで良い……のですが、客人などがいらっしゃる場合には自重してください。
このフィリップは忠義心篤く、問題はありませんが、そうではない客や臣下がやってくる場合もあるので……お願いします」
「はい! 分かりました!
……えっと、フィリップさんは旦那様の忠臣なんですね、あたしはコーデリアです、よろしくお願いします」
するとコーデリアさんはそう返してきて、満面の笑みをフィリップに向ける。
「あっはっは、よろしく、コーデリアの姉貴。
困ったことがあればなんでもおいらに言ってよ、力になるか、なれる人を探してあげるから。
……それと兄貴と姉貴が仲睦まじいって噂も流しておくからさ、浮気とかの心配をする必要はないよ」
フィリップのその言葉に俺が言葉を返そうとするとフィリップは、ひらっと身を翻して手をひらひらと振り、お小言はごめんだとばかりにコーデリアさんが開けたドアから外に出ていく。
それを渋々見送った俺は……コーデリアさん用に用意させた大きいというか、大きすぎるソファに座るように促し、用事を終えたのか、フィリップと入れ替わりとなる形でやってきたバトラーに、コーデリアさん用の茶などを用意するよう指示を出す。
それからすぐにコーデリアさん用のカップ……というかスープ皿に入った茶が届き、コーデリアさんは、彼女なりの作法でそれをゆっくり飲んでいく。
母上の授業は思っていた以上の成果を上げているようで、その所作は中々のものとなっている。
……これは本当に良い相手に出会えたなぁと、そう思いながらコーデリアさんに視線を送っていると、玄関の方からバトラーがやってきて声を上げる。
「セリーナ司教様がいらっしゃいました、客間にお通ししてもよろしいでしょうか?」
突然の来訪ではある……が、司教様なら問題はない。
借りがあるし色々世話になっているし……こちらに悪意がある訳でもないので、歓迎しろとの指示を出し、俺はコーデリアさんにはすぐ戻るから茶を飲んでいてくれと伝えて、一人客間に足を向ける。
客間は……分かりやすく飾り立てられた一室となっている。
窓枠にさえ職人の細工がこれでもかと施され、窓一枚一枚も特級品、暖炉に積まれたままの薪さえ良い品を選んでいて……花瓶や絵画などなど芸術品がそこかしこに飾られている。
ソファなども高級品で……二つのテーブルとソファの組み合わせがあり、一つは元々父上が使っていたもので、もう一つは俺が用意させたもので……俺が用意させたものはドルイド族に配慮したものとなっている。
領内にあった出来るだけ大きい……用途が違うようなソファを無理矢理置いていて、今職人に発注している、ドルイド族専用のものが出来上がったらそれと入れ替える予定となっている。
そんな客間の窓際に立って外の様子を見ていると、すぐに司教様がやってきて……席につくよう促してから、テーブルを挟んで向き合うソファに同時に腰を下ろす。
それからバトラーが持ってきた茶に口をつけて喉を潤し、司教様が茶を飲むのを待ってから、声をかける。
「今日はどのようなご要件で?」
「アラン・ディース様と、その姉タニア様の処遇についてご相談に参りました。
今お二方は教会で預かり、反省するよう日々厳しい修行を課していますが……どうでしょうか伯爵、ここは一つ寛容さをお見せになっては?」
「……それはまぁ、構わないと言えば構いませんよ。
彼らに対して思う所は……あると言えばありますが、とるに足らない相手でもありますし、司教様がそうしたいと言うのなら反対はしません。
……ですが一応、理由を伺いたいのですが?」
「理由は単純なもので、せっかくのおめでたい話題で賑わっている所に、水を差す必要もないかなと思ったのです。
このような些事が伯爵とコーデリア様の輝かしい未来の陰となることは、教会も望んでいません。
お二人には憂いのない輝かしい未来を送っていただき、そして救済のための架け橋となって頂きたいのです」
これは……本音だろう。そしてまぁ、分かる話でもある。
あの決闘騒動はかなりの市民の目に晒されていて、新聞でも特集を組まれてしまった。
今アラン達を殺せば、その末路も相応の話題となるだろう。
せっかくの婚約成立で領内が賑わい、いくつかの特集記事なども組まれて盛り上がっている中、そんな暗い話題をぶち込むのが得なのか損なのか……まぁ、損のほうが大きそうだ。
アラン達は論外としか言えないことをやらかしはしたが……力も権力も持っていない小物、殺した所で得るものはないに等しい。
……舐められたまま何もしないというのは問題だが、そこら辺のフォローは司教様や教会がしてくれるのだろうし……コーデリアさんのためにも、その方が良いだろう。
「分かりました、彼らの処分は司教様にお任せします。
……些事とのことですから、細かい連絡や対応もお願いします、こちらとしてはもう彼らに関わりたくないので……関わりを断つという形で意思を示させていただきます」
「ありがとうございます、伯爵ならばそう言っていただけるものと思っておりました。
その寛大なお言葉と態度は、国内国外問わず全ての教会に知れ渡ることでしょう。
……そして個人的なお礼にはなりますが、わたくしが持っている情報もここでお渡しできればと思います」
と、そう言って司教様は、懐にしまっておいていた折りたたまれた手紙をテーブルの上に差し出してくる。
それを受けて俺は手を伸ばし……手紙を開いて中に書かれた文章を読んでいく。
……内容としては王太子についての情報だった。
優秀とされ特に学問が際立っており、幼い頃から驚くような成績を残していたらしい。
運動方面は今ひとつで、武器を振るうことに忌避感があったが、真面目に学びはしていてそれなりの成績。
そんな中、様々なことに取り組もうとし……俺のあれこれへの手出しを始めた。
結果は上々、王家の評判を高めて、王家としての収入も大幅に改善、それらを王都に投資することで王都の経済、治安、衛生状況はかなり改善したらしい。
そしてほぼ同時期に王都の有力貴族達の令嬢にも接近を始めたようだ。
それが一人か二人なら正室、側室候補だという話で落ち着いたのだろうが……その数は二桁に迫り、一気に好色との噂が広まる。
また人材収集にも積極的なのだが、その収集法に問題があり、自分は王太子なのだから仕えろという態度を取るばかりで、それでも仕える者もいるが相応に反感も買っている。
その結果、王太子が望むような形での人材収集が出来なくなっていて、苛立ちを募らせている。
どうやらこちらの……ウィルバートフォース伯爵領の人材にまで手を出そうとしていたようだが、そのために派遣した使者を追い返されたことで、苛立ちと共に俺への反感も強まったようだ。
そんな苛立ちを隠すことが出来ずに求心力が低下……詳細は書いていないが女性に対する態度にも結構な問題があったようで、令嬢達からも距離を取られそうになり、自分は王太子だぞ、逆らうのかと脅迫のようなことを言っているらしい。
また王太子は、王都の外に出られないことにも苛立ちを強めているようだ。
なんでも国内各地にあるという遺跡巡りがしたいそうで……様々な理由からそれを禁止されると癇癪のような態度を起こしたんだそうだ。
仕方無しに王が近衛騎士団を派遣してやると、遺跡の調査を王太子の代わりに進めてやるからと提案したのだが、自分が行かなければ意味がないと拒否、王との関係も少しずつ悪化しているんだとか。
……そして最新の情報として、姉上達が王城を離れたことで癇癪はより強まり、どうにかして取り返せと周囲にぶちまけているようだが、周囲は冷ややかで……別の令嬢がいるんだから我儘ばかり言うなよ、みたいな態度を返されているようだ。
ふーむ……思っていたよりあちらは一枚岩ではないのだなぁ。
……まぁ、あくまでこれは司教様が集めた司教様の視点の情報で、全て正しいという訳でもないのだろうけど……司教様なりの誠意である以上は、それなりの精度もあるのだろう。
……そして、これをわざわざ渡してくるということは、司教様もまぁ、俺の目的はよく分かっているし俺の味方をしてくれる、ということなのだろうなぁ。
以前教会も姉上達に対する誘拐行為を調査していると言っていたし、教会は教会の思惑で王族と敵対……まではいかないまでも、なんらかの衝突をしているようだ。
「ありがとうございます、王都のことは新聞で読むか噂で聞くしか知らなかったので、司教様のような方の情報はとても助かります。
こちら参考にさせていただきます―――」
と、そんなことを言っていると玄関の方が少し騒がしくなる。
漏れ聞こえてくる声から察するに、誰かがやってきて何かを言っているが、今は来客中だからとバトラーが制止しているようだ。
何事だろうかと立ち上がろうとすると、ノックがあり「緊急です!」とのライデルの声。
……今日は確か関所に防衛強化のための視察に向かっていたはず、まーた関所で何かあったのか。
すぐさま立ち上がった俺は、司教様に中座を謝罪してからドアへと向かい……すっと外に出てライデルに耳打ちを促す。
(……ディース男爵アレス様の来訪です、ブライト様に用があるそうですが、その内容は直接でしか伝えられないとのことです。
直接伝えるためにこちらの屋敷に向かいたいとのことでしたが、そちらはお断りした上で、関所でお待ち頂いています。
……何やら焦っている様子で、関所の者達の話では騒動を起こしてもおかしくないとのこと、お急ぎ頂いた方が良いかもしれません)
それは頭を抱えたくなる報告だった、噂をすればなんとやらにも程がある。
と、言うかどいつもこいつもまず先触れを寄越したらどうなんだ! そしたらこっちだってそれなりの対応をするし出来るんだよ、チクショウ!!!
そんな報告を受けて俺はすぐさま客間に戻る、そして司教様にぶちまける。
男爵の目的は子供達に違いなく、それを預かり助命嘆願をしているのは司教様……無関係とは言わせない。
この厄介事、一緒に味わってもらいますよという俺の報告と視線を受けて司教様は……俺がしたがっていたように両手で頭を抱えてのため息を吐き出し……それからすぐに立ち上がり、渋々ながらの同行を願い出てくれるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回は男爵のあれこれです
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