調理
――――新しい屋敷のキッチンで ブライト
屋敷の隣に建てていた新築の屋敷、まだまだ完成には程遠いが一階と地下はある程度完成していて、その一部が使用可能となっている。
前世ではあまりない感覚だが、建築がどうしても長期間になる関係で、全てを完成させてから使い始めるのではなく、出来上がった段階から少しずつ使ったり泊まったりしてみて、気に入らない部分、使いにくい部分を指摘するのが当たり前となっているようだ。
そうやって改良と建築を同時に進めていって……場合によっては屋敷に暮らし始めてから10年後に完成、なんてこともあるそうだ。
屋敷の建て方も造りもそのためのものとなっていて……そういう訳で今日はキッチンの試用のためにコーデリアさん達と一緒に足を運んでいた。
ドルイド族が働く前提で設計されたキッチンは、かなり広い。
そもそもこちらのキッチンは使用人が働く場所であり、広く快適に作るという発想があまりない。
出来るだけ狭く効率的に……感覚的には奴隷を働かせる場所に近いのだろう。
だが俺にとってキッチンは清潔かつ快適に使って欲しい大事な場所で、その考えとドルイド族でも働ける空間という条件が重なった結果、ダンスホールかと思う程に広い空間となっている。
汚れが目立つように壁も床も真っ白に塗り、そこに最新式の魔法石を使ったコンロやらオーブン、ステンレスに近い合金の調理台に洗い場、ポンプ式の井戸に繋がった蛇口なんかも用意して、休憩の椅子を置くだけの空間も用意してある。
調理器具も前世の記憶を頼りに、便利なものを再現させていて……それらが吊るされている棚や壁も中々壮観だ。
そしてそんなキッチンにエプロン姿で立ち、最新式の道具を使いこなして良い香りを漂わせているのはコーデリアさんだった。
通常、貴族の女性がキッチンに立つことはない。
だけども隣国ロブルでは王族でも普通にキッチンに立つそうで、この屋敷の主として、ここで働くメイド達を雇う立場として自分で使ってみたくなったらしい。
ついでに俺に料理の腕を振る舞いたいとも考えているようで……コーデリアさんの表情はいつになく生気と活力に満ちて輝いている。
笑顔とも微笑みとも違う、表情だけを見るとニヤついているようにも見える、大好きなことを、自信満々でこなしている時の万能感、それに浸っていると言うべきなのかもしれない表情で、台所を動き回って次々に料理を仕上げていく。
そんなコーデリアさんを手伝うべく、侍女のシアイアを始めとしたドルイド族の女性達も動き回っていて、一方で我が家に長年使えているメイド達は顔を青くしながらその様子を見守っている。
いつでも助けられるように、手伝えるように……そう考えながら待機しつつ『まさか貴族の女性が、よりにもよって奥様がそんなことを』と、そんなことを考えて顔色を悪くしているようだ。
「親分のつが……じゃなくて奥様は良い人だなぁ。
働き者で元気で……お顔もとっても良いと思う」
そんな光景をキッチンの隅で見守っていると、屋敷の中だからか背中を丸めて小さくなっているロビンがそんな声をかけてくる。
流石に貴族の女性を番と言うのはまずいと、少し前に言わないように伝えておいたのだが……まだ言いそうになってしまっているなぁ。
「当たり前だろ、姉貴以上の人なんてそうそういないんだからな、ロビンも良い相手を捕まえなきゃだけど、だからって姉貴と同じくらいの人を探そうとしちゃ駄目だぞ。
あんな人、世の中に数える程しかいないんだから」
と、フィリップ。
お前はお前でいつの間にコーデリアさんに心服したんだ? いや、良い女性で得難い相手であることは認めるが……。
「運に恵まれたな、人格はもちろん政治的にも利がある相手で、タイミングも結果論になるが最高だった。
ドルイド族の協力がなければこじれていただろうトラブルもあったしなぁ……良い縁に恵まれたものだ」
俺がそう返すと二人は嬉しそうにうんうんと頷き……それからフィリップが言葉を返してくる。
「こんな良い空気のとこ申し訳ないんだけど、良いタイミングだから報告させてもらうね。
例の工作は兄貴に言う通り、全然上手くいっていないよ。
いくら大金を積み上げても他の条件がってのがあるからねぇ、経済が好調、治安が良い、医療や病院が先進的、食事や衛生に関する研究だって国内最先端。
給金以外の部分でのメリットが大きすぎる上に、若い兄貴が領主様っていうのも大きいよね。
この先40年50年、この暮らしを作り出してくれた兄貴が領主様でいてくれるっていうんだから、大金だけじゃ動けないよね。
そもそも大金も本気で支払ってくれるのかが分からないし、仮に色々契約を結んだとしても兄貴以外の貴族が真面目にそれを守ってくれるとは誰も思っていないみたいだねぇ。
……まさか本当に何もかもが兄貴の言う通りになるとはなぁ」
「強権で防ぐ事もできるが、それでは健全な競争を妨げるからなぁ。
そして健全な競争こそが人と国力を育てるんだ、領主としてその先例とならないとな。
……まぁ、全く引き抜かれないというのは予想外だったがな。
口車に乗る者がそれなりには出ると思ったが……工作員の割に口が上手くはなかったのか?」
「そこら辺はほら、以前兄貴がやった詐欺対策が効いているみたいだよ。
それなりの責任者とか職人は全員、兄貴が広めた詐欺講座を受けた上で自分達なりに考えて対策を打っていたようだからねぇ。
元々頭が良い人達が多いから、一度きっかけみたいなのがあれば色々考えて動くことが出来ちゃうんだよねぇ。
工作員が来たら追い返すんじゃなくてのらりくらりしながら話に付き合って、相手の容姿なんかを記憶した上で出来る限り話を引き出して、何も確約はしないまま追い返してこっちに通報。
おかげでほとんどの工作員の動きと所在を掴めているよ。
口は上手いようだけど、工作員としては今ひとつな連中ばっかりだねぇ……まぁ、うちも兄貴の指導がなかったらロクな人材がいなかったんだけどさ。
そんな感じで引き抜きが上手くいかなくて、だからと言って何の成果なしで帰る訳にもいかないのか、工作の範囲を広げているってのが最新の動きだね。
その結果……なんて言ったら良いのか、全く重要じゃない何人かは引き抜けたみたいだよ。
提示した金額に見合う人材かどうかはなんとも言えないけどね」
……引き抜かれたことを今まで報告しなかったこと、特に対策をしていないことを見るに本当にどうでも良い人材を引き抜いたようだなぁ。
工場などで働く末端の職人や事務員ってところか? それはそれでいくらかの情報が漏れるのだろうが……役に立つような情報は持っていないだろうし、余計な情報の確認やら精査やらで相手を撹乱出来るかもしれないのなら、むしろこちらにとってはありがたい話だろう。
駄目だったなら駄目だったと、そう報告してくれた方がありがたいものだが、その辺りが徹底出来ていないのか……いや、もしかしたら無能は処断みたいな、そんな古臭いやり方をしているのかもしれない。
だから処罰を恐れて手柄をでっち上げる、その後の影響までは考える余裕がなく、ただただ処罰から逃げ回る人材が出来上がってしまうんだがなぁ……。
「……んで、対策は相変わらず放置? このままで良い?」
と、フィリップ。
俺があれこれと考えているのを見て、それが一段落するまで待ってから声をかけてくれたようだ。
「向こうが度を超えない限りは放置だな。
脅迫だのと犯罪にまで走るようならこちらも相応の対処をするが、交渉程度なら好きにさせておけ。
……むしろ放置をした方が相手が油断してくれるかもしれない、余計な人材と予算を投じてくれるかもしれない。
多少の隙は見せた方が得になるはずだ」
「りょうかーい。
……それとなんだけど、工作員達の見張りをしている中でおかしな情報が手に入ったんだよね。
王太子……っていうか王太子派閥かな、それが北東連合に手出しをしようとしてるみたいだよ。
具体的なことはまだ分かってないけど、こっちへの手出しが頓挫して、大陸ではおにーさまが暴れ回ってる、なら北東連合ならいけるだろって安直な考えで動いてるんじゃないかな? 多分」
「は? 北東連合に手出し? 正気か?」
思わずそんな声が出る。
北東連合はその名前の通り、この国から見て北東にある連合国家だ。
大陸の一部ではあるものの、北海と呼ばれる冷たい海に囲まれた寒冷地で、農業生産力などに乏しく国力が弱く、それでもどうにか国際情勢の中を生き残るためにそこにあった四カ国が連合して生まれた国家だ。
だがまぁ、言ってしまうとそんなことをしなくても生き残れただろう国家群でもある。
生産力に乏しい土地を誰が欲しがるのかというのが一つ、この国と大陸東部の国家群の中間にあり誰にとっても重要な緩衝地帯としての役割があるというのが一つ、また歴史的に外交に優れた地域でもあり、各国に無礼を働かず恨みを買わず、敵対する理由を作らずに今までを生きてきたということが、彼らにとっての最大の強みだった。
「北東に手出し? 何を得るために?
……手柄? 名声? 大陸東部国家との緩衝地帯を潰してまで得る価値はないだろ??」
俺がそう返すとフィリップは肩を竦めてから言葉を返してくる。
「だーよねぇ……おいらにもそこはよく分からなかったな。
まぁ、本当なのかもまだ精査出来てないんだけど……感触としては本当っぽいかな。
そしてアレだね、どうやら直接的な手段でどうこうしようとまでは思っていないようだよ。
王太子派閥にはまだそのくらいの冷静さは残ってたって感じで……つまりあれだ、工作員を放って内部工作だけでなんとかしようとしているみたい。
んで腕の良い工作員はそっちに回してるからこっちにはアレなのが来ていて、でも同じ工作員だから多少の事情を知っていたと、そういうことみたい。
……ここからは勝手な予想だけど、王太子が北東連合に手を出したがって、でも派閥連中は戦争だけは回避したいと考えていて、だけども旗印の王太子の機嫌を損ねる訳にはいかないから妥協策として工作員の派遣をした、んじゃないかな」
「……二兎を追うものはと言うが、グダグダだなぁ。
そんな半端なことをするくらいならまずこちらに工作員全員を向けて、成功にせよ失敗にせよ、やるだけのことをやってからそちらにまた工作員全員を向ければ良いだろうに。
……しかしただでさえ兄上が大陸で暴れているというのに、更に火種を起こす気なのか……。
どんな工作にせよいずれはバレるだろうになぁ……ふぅむ、とりあえずそれが本当かどうか、その確認だけ進めるとしよう。
手出しなどは特にしない……北東連合までは手に余るしな、余計な手出しはしないでおこう」
と、俺がそう言うとフィリップが頷き、そしてすぐ側に立つロビンは、そもそも俺達の話を聞いていなかったのだろう、その視線をコンロの上でグツグツ煮える鍋へと視線を向けている。
そこから漂ってくるのはたまらない匂い……ミルクたっぷりのシチュー系の香りだ。
実際コーデリアさんはシチューのようなスープを作ってくれていて、材料的にはビーフシチューになる。
ただそこにロブル国だけのハーブや砕いた木の実なんかも入れていて、独特の風味と食感になっているらしい。
それと向こうの薄めのパン、前世のナンに似てはいるが、発酵はしっかりさせているので無発酵パンではないようだ、たくさんのクルミが入っていて、クルミを食べるためのパンといった印象が強い。
それと煮込んだ肉、正確に言うと煮たり焼いたりを繰り返して、味をつけたものをスライスして、サラダのような野菜盛りに乗せて食べるらしい。
ドルイド独自の育成方法で育てた野菜は生でも安全かつ美味しく、それを山盛りにして海藻なんかも入れて、爽やかな下地にこってり肉を乗せて、肉でサラダを巻き取るようにして食べるんだとか。
生野菜食文化があるからこそ成立した料理という感じがするなぁ。
他のもあちらには海鮮料理がたくさんあるそうだが、あちらでは海鮮料理は家庭料理扱いとなるそうで、宮廷料理や高級料理はサラダや肉が主なんだそうで……今日はロブル国のご馳走を振る舞ってくれるということのようだ。
そうした料理が完成すると盛り付けが始まり……それを見てシアイアは俺達にキッチンから出ていくように促す。
それに従いキッチンを後にして食堂に向かうと、俺やフィリップ、警備として屋敷の周囲にいたライデルや部下達の分はもちろん、ロビンのためのドルイド族用の椅子まで用意されているようで……俺達はまさか全員に料理を振る舞うつもりなのか? と、驚きながら席につく。
確かに大きな鍋で作ってはいたが、全員分はないような……? と、訝しがっていると、本邸の方で調理していたのか、ドルイド族の侍女達が何個もの鍋やら食器やらをカートに乗せて持ってくる。
そうして俺達は全員でテーブルにつくことになり……コーデリアさん達が作ってくれたロブル料理を堪能することになるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は食事タイムとかコーデリアさんとか




