視察
繁華街が賑わい過ぎるというのは、それはそれで問題だ。
治安の問題もある、商売の内容の問題もある……が、だからといって無くせるものでもない。
様々な問題や治安にも関わるものでもあるし、変に放置したりするよりかは、領主が徹底管理してしまった方が良いだろう。
不幸につけ込むような商売もある訳だが、そこで生まれる不幸をなるべく減らし、未来に希望を持たせてやって、程々の支援をしてやって……本当にこれで良いのかという疑問はあるものの、今のところは特に問題もなく、上手くいってくれている。
そんな繁華街は、屋敷近くの飛空艇発着所の向こう側に配置してある。
それなりに交通の便が良く、かといって中央街からは遠く……意図的に裏の街であるということも印象付けるためだ。
そこに足を運ぶことはほとんどないのだが……今日はコーデリアさんの希望もあって視察ということで足を向けている。
俺、フィリップ、ライデル、コーデリアさんの四人で。
コーデリアさんの護衛も一緒に来たがっていたが、領内でそんな危険もないだろうということで四人だけの視察となる。
「繁華街には特別に任じた警備隊を配置しています。
そのおかげで治安の良さは領内でも随一で……警備隊は正式な騎士のような者ではなく、こういった街や生業に詳しい者達に任せています」
と、そう説明しながら繁華街の中央通りを歩いていく。
大きく広く、左右に多くの建物が並ぶ中央通りは、昼間ということもあって落ち着いた雰囲気となっている。
夜になればもう少し賑わうのだが……流石に夜にコーデリアさんをここに連れてくるのはなぁ、問題でしかないだろう。
そして警備隊に雇ったのは以前に鎮圧したギャングやギャング崩れ、様々な事情で仕事を失った傭兵などとなる。
傭兵はまぁ良いとして、ギャングなんかを雇うことには異論もあったが、ギャング全員が重罪という訳でもなく、取り締まりが始まったと聞いて早々に降伏した者もいて、そういった者達まで処分する訳にはいなかったので、警備隊という形で取り込むことにした。
仕事に必要な腕っぷしや度胸を持っていて、繁華街で行われている商売にも詳しい連中を雇い、懲役ということで安くこき使う。
しっかりと勤め上げたら手当てを出してやって、そのまま働きたいのなら、傭兵達のようにしっかりとした報酬で雇うと、そういう形だ。
世に放ってまた罪を犯すよりは良いだろうと考えての措置だったが、これがまた上手くいっていて、ガラは悪いが犯罪率は低いという不思議な状況になっている。
しかし今は昼間、そのガラの悪さも鳴りを潜めていて……大きく立派な道のある静かな街といった印象でしかない。
コーデリアさんはそんな街並みで興味深げに周囲を眺めていて……俺達はそんなコーデリアさんにペースに合わせながらゆっくり足を進めていく。
……するとシルクハット姿で、カイゼル髭、50代くらいの男性が、鞘に入った剣を杖代わりに突きながらこちらにやってきて声をかけてくる。
「ブライトの旦那じゃねぇですかい。
こんな所までご足労いただかなくても、言っていただければこちらから出向いたんですがねぇ。
……それで本日はどのようなご要件で? この街は変わらず平和にいかがわしく賑わっておりやすよ」
その男は元傭兵の警備隊責任者で、普段なら寝ている時間のはずだが……何か用事があったのか、それとも俺の視察を察したのか、わざわざ起きていたらしい。
「今日は視察だ。妻のコーデリアが歓楽街のことを憂いていてな、責任者となる人員を用意すべきか悩んでいるのでな、現場を見てもらうことにしたという訳だ」
「ん!? お、え? 奥方が!?
そ、そりゃぁまた……予想もしておりやせんでしたよ。
……えぇっと、旦那相手ですから単刀直入に聞きやすが、このあたりを潰すとか、そういう話ではねぇんですよね?」
「もちろんだ、むしろこれからもこの街には相応の投資をしていきたいと考えている。
……だがまぁ、俺の歳が歳だからな、妻としては心配に思う気持ちがあるのだろう。
俺ではなく相応しい人物に任せたいと考える気持ちもよく分かる。
街の者達には出来るだけ迷惑はかけないよう配慮するつもりだから、協力をして欲しい」
「なるほど、そういうことで……。
そういうお話であればよく分かりやす、オレもこのお話を頂いたときにゃぁ旦那の若さに驚いたもんですからねぇ。
そして今後のための視察ということであれば歓迎で、それが旦那の奥方とあれば大歓迎でさぁ。
この稼業にご理解もいただけているようですし、ご案内でもなんでもさせていただきやす。
必要とあれば店のモンも叩き起こして店の前に並べやす、警備隊のほとんども寝ていやすが、こちらもいつでも叩き起こせやす、遠慮なく言ってくだせぇ」
と、そう言って丁寧な仕草で一礼を見せてくる。
名前はザルドゥ、元傭兵、傭兵の時の二つ名は貴族殺し。
貴族を憎んでいるとかではなく、指揮官狙いの戦術を好み、結果として多くの貴族を殺して名を挙げた男。
我ながらよく雇ったとは思うが、犯罪に手を出したことはなく、傭兵としての矜持は高く真摯でもあり、経験と能力も十分となったら見逃せない人物だった。
そろそろ現場に出るような年齢でもなくなって引退を考えていたようだが蓄えはなく、ザルドゥにとってもありがたい申し出だったようで、しかも大好きな歓楽街で働けるとなってザルドゥは、即座にこちらの提案を飲んでくれて、それからは精力的に働いてくれている。
ザルドゥは他の警備とは違って犯罪歴もなく、処罰的な意味もないので十分な報酬を払っているのだが……しかしその生活ぶりは良くないようだ。
良くないと言うか刹那的と言うか……余分な金があればお気に入りの店に投じてしまうようだ。
しかしそうやって常連になることで構築できる信頼関係もあるようで、店側の者達からも評判は良く信頼されているらしい。
……また仕事であれば忌避することなく人を殺す覚悟も持っていて、いつやらかすか分からないギャング達を管理させるにはこれ以上無い適任と言えるだろう。
「いえ、その必要はありません」
そんなザルドゥにコーデリアさんが言葉を返す。
「ただ少し話を聞きたいので、貴方のお時間を頂戴しても?
どこか話ができれば良いのですが……」
「へい、そういうことであれば我々警備隊の事務所か、ご貴族様でも楽しんでいただけるレストランがございやすが、そのどちらでどうでございやしょうか」
珍しく押しの強いコーデリアさんと、素直なザルドゥ。
ザルドゥの丁寧な仕草にコーデリアさんは微笑み……そしてザルドゥにレストランでとそう伝えてから、案内に従っての移動を始める。
「……姉貴にしては珍しいね」
と、それを追いかけながらフィリップ。
「……まぁ、俺が歓楽街に関わるのが許せないのだろう。
……年齢だけを思えばまぁ、当然の反応ではある」
「あ、そっか、兄貴ってそう言えばまだまだお子様年齢だったんだっけ」
俺もまたフィリップとそう会話しながら追いかけて……レストランについたなら個室に向かい、入室するとコーデリアさんによる質問攻めが始まる。
と、言ってもまぁ、どの質問も普通の内容ではあった。
普段の繁華街の様子、警備隊の仕事の内容、よくあるトラブルの内容、働く女性達の様子。
俺のことも気にしているのだろうけど、領主の妻としての領内の女性への気遣いも感じ取ることが出来て、もしかしたら領主の妻としての責務を果たそうとしているのかもしれない。
母上からその辺りのことを学んだのか、自分で思いついたのか……シャーロットの影響もあるのかもしれない。
まぁ、その辺りのことは自分で話してくれるまでは特に突っ込まないことにしようと思う。
男には分からない領域、分からない話というものもあるもんだしなぁ。
そうやって話をするうちに料理が運ばれてくる……特に注文をした訳でもないが、店が気を利かせてくれたのだろう。
料理全てが運ばれてくると、配膳係とも店主とも違う女性が姿を見せる。
夏だというのにコートを着込んだ50代かそれ以上、派手に染めたカラフルな髪を頭の上でまとめ上げて化粧もこれでもかと濃くしているが、どこか上品さもある女性。
ザルドゥが警備の責任者……歓楽街の男達のまとめ役なら、この女性は女性達のまとめ役。
歓楽街で働く女性達をまとめ上げて顔役として俺との交渉役をやっているエレナ婆だった。
まだまだ婆さんという年齢ではないと思うが、本人がそう呼んでくれと言っていて……そんなエレナ婆は席につくのではなく、俺の前に立って丁寧な一礼をしてから声をかけてくる。
「ウィルバートフォース卿、こんな街にお越しいただけるとは思いもよりませんでした。
しかも理由は視察とか、ありがたい限りでございます。
こういった街のことを気にかけてくださるお貴族様は貴方だけで……感謝をしない日はありません。
それで本日はどのようなご要件で?」
「ああ、それは―――」
と、俺はザルドゥにしたのと同じ説明を繰り返す。
エレナ婆はずっとこの歓楽街で働いてきた重鎮だ、昔は相当な美人だったとかで貴族が店にやってくることもあったらしい。
……まぁ、うん、この辺りで年齢の合う貴族と言うと父上か叔父上かになる訳で、そういう意味で全くの無縁とも言えない人物である。
長年の経験と人脈、父上達から巻き上げた資金でもっていくつかの店を経営しているだけでなく、ちょっとした顔役にもなっていて……ザルドゥと上手く連携してこの街を成立させてくれている。
そんなことを考えながら説明を終えると、エレナ婆は深く頷いてから言葉を返してくる。
「奥様にも興味を持っていただけたこと嬉しく思います。
そういった理由で興味をいただけたのであれば、奥様にもブライト様にも喜んでいただけることを説明出来るかと思います。
ブライト様以前のこの街の現状、女達の末路、未来がないからこその破滅的な言動……それらが今どう変わったのか、ブライト様がどう変えたのか……などなど。
特に金銭面と健康、将来への保証は大きく私達の未来を変えました。
……それを思いつける心根の美しさは類を見ないものと確信しています」
……俺がやったことはそこまでのものではない。
簡単に言えば公営化、公務員として女性達を雇い、その身分を保証し、健康診断などを義務付け、年金制度を整備したと、それだけのことだ。
それも普通未満……過剰な保障にはしていない。
それが過剰すぎれば無闇に就職したいと考える女性が増えてしまうはずで……それは望む所ではないので最低限に留めている。
しかしそれでもエレナ婆は過剰な感謝をしてくれている……程々で良いのになぁ。
……ただまぁ、それを真に受ける訳にもいかない。真に受けて絆されて態度を変えてしまえばそこにつけ込んでくるのがエレナ婆だ。
そういった手管には長けているはずで……一定の距離と警戒心は持たなければならない相手だ。
俺への敵意も悪意はない、ただプロとしてやることはやる。
そういった人物で……きっと俺のこの警戒心もエレナ婆にもバレているんだろうなぁ。
そんな事を考える俺に対しエレナ婆は、ニッコリと微笑んで……それからコーデリアさんの方へと足を向ける。
挨拶をし話をし、コーデリアさんとの距離を縮めながら必要な情報を与えるつもりなのだろう。
その口調はとても晴れやかかつ滑らかで……コーデリアさんとザルドゥとエレナ婆の会話は、なんとも予想外な形で盛り上がっていくのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続きだったり叔父上だったりの予定です




