密書
迫ってくる叔父上に対し、本気を出せとの命令を受けたアレス男爵は本気の一撃で倒すことを選んだようだ。
槍を振り上げ、それを全力で振り下ろし、魔法石を使っての攻撃ではなく物理的な攻撃でもって叩きのめそうと考えのだろうなぁ。
その攻撃の鋭さは凄まじく、普通の騎士だったなら避けることも受けることも出来ずに叩き伏せられたのだろうが、叔父上は油断出来ない相手……しっかりと対処をしてくる。
最初からそう来ると読んでいたらしく、槍が振り上げられた時点で既に回避行動が始まっていて、振り下ろされる頃にはすっかりと回避が完了、すぐさま反撃が放たれる。
魔法石を起動させ一瞬の稲光、俺の大槍と属性は同じのようだがその光も衝撃音も弱々しく、槍や魔法石の質はあまり良くないようだ。
もしかしたらあえて質を落としているのかもしれない。完全な敵ではなく男爵を討ち取る気はなく、攻撃を当てられたという事実さえあればそれで良いのだろうなぁ。
あの男爵に一撃を与えられる程の腕前だと、そうアピール出来たら十分。
そんな叔父上の声が聞こえてきているかのようで……そんな稲光での一撃を鎧で受けた男爵は、地面に叩きつけることになった槍を持ち上げて、すぐさま横薙ぎに払い、叔父上の胴を打ち据えようとする。
しかしこれも叔父上は読んでいたようだ。槍が迫ってくる前に見事な跳躍を見せていて、跳び上がることで横薙ぎを回避する。
「嘘ぉ!?」
それを見て俺は思わずそんな声を上げる。
鎧は重い。その機能を考えれば当たり前と言うか、むしろ機能の割に軽いのかもしれないが、少なくとも軽々しく跳び上がれるような重量ではない。
ましてあの鎧を着込んでいるのは叔父上で、アレス男爵やコーデリアさん達ならまだしも、そんな身体能力があるはずがない。
そういう訳で何か裏があるはずで、その裏を見抜いてやろうと視線を鋭くしていると、跳び上がった叔父上は、アレス男爵の肩を踏んでもう一度跳び、こちらに近付いて残骸となった戦車を踏んで跳び、そしてこちら……関所の屋根の上にある歩廊に立つ俺の方へと迫ってくる。
その段階でようやく叔父上が何をしたかを理解する。
どうやら足部分に魔法石が込められているらしい。それでもって風か衝撃波のようなものを巻き起こして自分の体と上に向けて打ち上げているようだ。
足だけでそうやった所でバランスが取れないと言うか、打ち上げる勢いを制御できずにその場で一回転でもしてしまって地面に落下しそうなものだが、その辺りは体を上手く動かすことでどうにかクリアしているようで……そのまま叔父上は歩廊にまでその身を届かせ、見事な着地をしてみせる。
「なるほどなぁ、そうやって城壁を乗り越える手まで生み出していたのか」
思わずそんな声を上げる。
あんな戦車だけでどうやって連勝を続けたのかが疑問だったが、こんなとんでも騎士鎧があるのなら多少の納得は出来る。
平野では戦車による踏み荒らしで押し勝ち、砦や城を攻める際にはこのジャンプ戦法での突入を行って陥落させると、そんな感じなのだろう。
「油断したな、ブライト!!」
「まさか」
歩廊へと到達した叔父上が声を張り上げながらこちらに迫ろうとし、俺は肩を竦めながら指示を出す。
すると警備の責任者が、
「位置15に歩廊仕掛けェェェ!!」
と声を張り上げての命令を発し、関所内部……歩廊の下辺りでなんらかの操作が行われたのだろう、歩廊の際に設置された仕掛けが発動する。
それは念の為の対策に設置してもらっていたものだった。
……叔父上のようなトンデモ登頂対策ではなく、ハシゴやら攻城塔やらで騎士を送り込まれることを想定してのものだ。
バネやら滑車やらの力で鈎爪付きの鎖の網を投げつけるような仕掛けで、それを鎧に引っ掛けた上で鎖を巻き取ることで行動不可能にすることを目的としている。
生身の人間に使った場合には結構な悲劇が待っているが、想定される敵……王家相手に遠慮は無用ということでかなりの規模で量産されていたりする。
それが叔父上の鎧に襲いかかって見事に引っかかると、すぐに巻き取りが始まり……叔父上はこちらの意図をあっさりと読んだのだろう、完全に行動不能になる前に鎧の各所を脱落させた上で這い出て、鎧が柱のようになって作り出した隙間、辛うじて鎖が地面に届いていない部分から抜け出し、こちらに駆けてくる。
「ブライトォォォォ!! お前あの仕掛けは偏執的過ぎるぞぉぉぉぉ!」
そんな声を上げながら剣を抜き放って、俺に向かってまっすぐ。
俺の側には当然護衛の姿がある。フィリップもいるし、関所の関係者の姿もある。
しかし叔父上がそんな風に突っ込んでくるからにはなんらかの意図がありそうで、フィリップから剣を受け取って叔父上を迎え撃つ。
叔父上のように何か声を張り上げた方が良かったのかもしれないが、叔父上程テンションが上がらないと言うか、結果の見えている打ち合いで声を上げる気にはなれなかった。
ただ剣を剣で受けて押し合って……顔を近付け何のつもりだと睨む。
「しょうがねぇだろ~? 見学が多すぎるから体面は保つ必要があるんだよ。
あっさり降参じゃぁよ、お前が失脚した時の逃げ場が無くなっちまうだろぉ~?
とりあえずはお前に下ってやるんだから、こんくらいは受け入れてもらわねぇとな。
……それにお前とお仲間に価値を示すのも大事だろうしな」
そう言って叔父上は剣を押し込んできて……そうかと思った瞬間、弾き飛ばしてきて剣での打ち合いを仕掛けてくる。
器用に素早く、的確に連続で……俺の首を取るという狙いを隠さず打ち込んできて、俺はそれをどうにか冷静さを保ちながら受けていく。
そうやっていると叔父上は段々とおかしな動きを見せてきて、どうやらフェイントを仕掛けてやろうという腹積もりらしい。
叔父上はこういった小技が得意なんだろう、普段ならば引っかかるかもしれない巧みさでもってこちらの動きを誘導しようとしてくる。
……しかし叔父上のことは全く信じていないと言うか、不信感しかないからか引っかかることはなく、余計な動作が増えてしまって隙だらけとなった叔父上に、逆に猛攻を仕掛ける。
打って打って打ち込んで、一度か二度、頬辺りを殴ってやろうと画策していると叔父上は、俺が遠慮するつもりがないことに気付いたのか、なんとも嫌そうな苦笑いを浮かべる。
そうしてトドメとなる一発を、剣の腹でもっての一撃を頬に当てようとすると、その瞬間叔父上がしゃがんで攻撃を回避し、下からの突き上げを狙ってくる。
どうやらここまでの流れ全てが叔父上の狙いであったらしい。失敗すると分かっていてあえて誘導をし、わざと隙を作って攻撃を誘い、苦笑いの演技までして俺に迂闊な一撃を打たせたと、そういうことらしい。
これは不味いかと冷や汗が浮かび、心臓が跳ねて吐き気までしてくる……が、諦められるかと全身が勝手に動く。
最近の鍛錬の結果なのだろうか、それともコーデリアさんやアレス男爵という強者の動きを良く見ていたからだろうか。
体全体で踏み込んでの体当たりに成功し……そのまま横からすり抜けることで下からの突き上げを回避し、すれ違いざまに剣を振るって一撃を入れる。
狙い通り頬を打てた訳ではなく、脇腹を打つことになり……痛かったのだろう、叔父上が崩れ落ちる。
それは遠目で見れば俺が叔父上を討ったようにも見えるはずで、ある意味で叔父上の希望通りの結果となったと言えるだろう。
俺がそんなことをしているうちに下でも決着がついたようだった。騎士達全員がアレス男爵に打ち倒され、二台目の戦車も確保されているようだ。
そうなると気になるのは二台目の戦車の中身だが……身を乗り出して上から覗き込もうとすると、叔父上の確保をしていたらしいフィリップから声が上がる。
「兄貴、一応危ない目に遭ってるんだから警戒ってもんをしてよ。
仕掛けも使い切ってるし兄貴も消耗しているし、安全第一だよ。
中身の確認は男爵に任せて兄貴は貴賓室に移動しよう、そこで叔父さんへの尋問もやればいいでしょ」
そう言われて俺は……それもそうかと剣を返してから貴賓室に向かう。
とりあえずは決着。叔父上も戦車も確保し、被害は関所の破損程度……悪くはない結果になってくれたなと言えて、多少の満足感を抱えながら貴賓室に向かい……叔父上の到着と状況が落ち着くのを待つ。
叔父上が先か、中身の確認が先か……静かに待っていると茶などが届けられ、飲んでいるとまず男爵がやってくる。
「戦車の中を検めた所、二名縛り上げられた人物を確認、確保した上で連行しました」
貴賓室に入るなり、報告の声を上げた男爵は自分に続いて誰かに貴賓室に入るように促し……続いて二人の女性が貴賓室の中に入ってくる。
二人ともメイドであるようだ、しかし服の質や所作に明らかな差があり、全く別々の家に仕えていた人物であることが分かる。
一人は高貴な家、一人はそうでもない家……事前に王太子と男爵家に関係あると聞いているから、恐らくは王太子に仕えていたメイドと、クロスビー男爵家に仕えていたメイドということになるのだろうか?
どちらも20代……かなり若いメイドと言えて、事情もわからず怯えている様子。
……叔父上、まさかメイドを誘拐してきたのだろうか? そうなると罰を与えなければいけなくなるが……。
なんてことを考えているうちにメイドの二人は俺の前に立ち、それぞれ違った態度を見せる。
高貴な方は少しだけ威圧的、そうでもない方はすがるような態度……そしてそのうちのすがるような態度の方が声をかけてくる。
「……お初にお目にかかります。
私は名乗る価値もないしがないメイドです……お嬢様はご無事なのでしょうか?」
……なるほど? つまり目の前の彼女はポーラ嬢のメイド、なのか?
そうなると……この場で回答するのは憚られるものがあるなぁ、何しろもう一人が王太子の関係者だからなぁ。
だからと言って何もかも分からない状態で後回しは酷だろうから、相応の言葉を返す必要があるだろう。
「詳細については後で話そう。とりあえずは紳士として恥じるようなことはないと断言出来る、安心して頂いて構わないと思う」
そう返すとそのメイドは脱力し、倒れそうになった所ですぐ側に控えていたフィリップが抱き支え……そのまま医務室へと連れていく。
ではもう一人のメイドから話を聞こうとすると、メイドは何も言わずの襟の内側辺りを探り始め、一体何をしているんだと困惑していると、そこから何かを剥がし……それをそのままこちらに差し出してくる。
……襟に手紙を隠していたのか、なんだか時代劇の密書を思わせるなぁ。
それを受け取り、破ってしまわないようにゆっくりと開くと、いきなり飛び込んでくるのは『王妃である私―――』という文字。
「ふぅー……」
思わずため息を吐き出す、そして手紙を畳む。
これは読めなかったなぁ……予想外だった。手紙を畳んだからといって無かったことになる訳でもないが、思わずそうしてしまう、現実逃避したくなってしまう。
……と、そこにタイミングよく叔父上がやってきて、相変わらずヘラヘラとした様子を見せる叔父上に俺は、これ以上なく冷え込んだ半目を送る。
なんつー厄介事を持ち込んでくれたんだ。と言うか俺にこれをどうしろと言うのだ。
……いやまぁ、王妃に実権はないし、仮に王位の交代が行われたならその瞬間、権力から遠ざかることが確定している人間だから大したことはないと評価する者もいるのだろうが……だからと言って無視出来るような存在でもなく、触れないのが無難なんだがなぁ。
しかしこうやって手紙を受け取ってしまった以上は誠意を見せる必要があり……俺は深い溜め息を吐き出してから頭を悩ませる。
……そして、たっぷりと悩みに悩んだ俺は、立ち上がってとりあえず叔父上を一発殴っておくかと近寄っていく。
「おぉーい、まさか殴るつもりなのかぁ? こんなにお前に尽くしてやったのによぉ。
そりゃまぁ、色々とやらかしはしたが、被害もなく色々と手に入れたんだろう?
……短気を起こす前に事情を色々確認すべきなんじゃないかぁ?」
すると叔父上がそう言ってきて……その正論に何も言い返せなくなった俺はぐっと堪えることにし、とりあえず叔父上の言い分を聞くかとその眼前で、力のこもった仁王立ちを披露するのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は決着後の後始末です




