隣国王女
使者がやってきたのは領の最西にある港で、飛空艇でもって出迎えに行っても良かったのだが……格の問題があるので屋敷にて到着を待つ。
蛮族の使者相手に伯爵が出迎えに行くというのは大問題で……その代わりに歓迎の用意だけはしっかりとしておく。
庭師が手入れしている庭園の中央、普段は母上達がティータイムなどに使う場に会談のための席を整えて、いくらかの菓子と茶も用意しておく。
使者の人数は報告によると三人……だけども、彼らは誰もが大食漢、倍は用意が必要だろうと指示を出し……俺は山高帽を被り、宝石付きの杖を持ってのそこそこの余所行きの格好で出迎え準備を整える。
会談に同席するのはお祖父様だけ、母上達は蛮族に顔を見られたくないと、買い物に出かけている。
まぁ……居たからと言って何が出来るでもなし、お祖父様も興味本位で同席するだけで、対応は俺がすることになるだろうなぁ。
そんな感じで準備をし、屋敷の敷地内、大きな鉄格子の門が見えるくらいの位置で待機していると……使者の一行が到着したのだろう、大型の客車用の幌馬車が屋敷の前に到着し……出迎えのバトラーが報告でもあるのか、足早にこちらにやってきて小声をかけてくる。
(使者の一人が女性です、探りを入れましたが正体は不明……ですがなんらかの身分のある方かと)
そう報告してからバトラーは案内のために幌馬車の側へと駆け戻り……そして幌馬車からとんでもない巨躯が3人、姿を見せる。
14歳の俺の現在の身長は大体175cm前後、自分で言うのもなんだが年齢に見合わないかなりの高身長だと思っている。
……で、その巨躯3人は目測で2mかそれ以上の身長で、いずれもがっしりとした体格で、緑色のだぼっとしたローブのようなもので全身を包んでいるのだが、歩く際などにローブの上からでも分かるくらいに筋肉が盛り上がり、相当に鍛えていることが分かる。
……これが蛮族、前世の感覚で言うのなら彼らは獣人と言うことになるのだろう。
長身巨躯で、指先から腕や足先から太もも辺りまでを覆う体毛があることもあり、頭の両脇には闘牛を思わせる角が生えていることもある。
全員がそうではない、体毛が薄かったり全くなかったりする人もいるし、角がない人もいる……だが、体毛と角の両方があると、どこからどう見ても獣人でしかない姿をしていた。
だがこの世界には『獣人』という概念も言葉もなく、彼らはあくまでそういう『人種』であってただの蛮族、とされている。
そんな彼らはそれだけの体格なのだから当然見合った身体能力と戦闘能力を有している……のだが、体格以上の食欲が彼らの弱点となっていた。
人類の文明がまだまだ未熟な古代以前は、彼らの時代であったらしい、単純な暴力、腕力が支配する世界で……それはもう世界中で暴れまわっていたそうだ。
だけども文明が進み様々な武器や戦術が発明されていくと、腕力だけでは勝てない戦争が増えていって……普通の人間の倍以上、戦争時には5倍10倍にもなるという燃費の悪さという弱点を突かれたのもあって戦争に勝てなくなってしまう。
大量の食料がなければ文明を維持出来ないのに、穀倉地帯を次々に奪われていって追いやられて……いつしか蛮族と呼ばれるようになり、それまでの反動からか強烈な迫害を受けるようになり、世界中から居場所を失っていって……今では西の島でしか姿を見ることはないそうだ。
今の時代となっても王家が迫害を推進していたのは、いつかまた暴力の時代が来るかも? という恐怖があってのことなのだろうが……今はもうそんな時代じゃないだろ? というのが俺の感想だった。
……まぁ、前世の記憶がなかったら俺も迫害していたのかもしれないが、今の俺からすると異世界らしさを感じる異世界らしい要素の一つ、でしかない。
「ようこそ、我が屋敷へ、歓迎します。
……席を用意したのでこちらへどうぞ」
門を通り目の前にやってきた3人にそう声をかける。
先頭の一人は濃い茶髪の男で、角なしの体毛あり、角がない場合は木を削って作った角の模造品をなんらかの形で頭につけるのが彼らの文化で、その男はサークレットのようなものを被った上で角を固定している。
もう一人も男、白髪長髪の老人で、角あり体毛あり……だが、角が片方折れてしまっている。
もう片方にもヒビが入っていて……一体何がどうなったらそんなことになるんだろうなぁ。
最後は女性、報告にあった立場あるらしい人物で……髪の毛は薄い金髪の薄い緑のメッシュ入り、染髪技術はまだないはずだから天然の髪色なのだろうが、天然でああいう髪色になるのもまた異世界ってことなんだろうなぁ。
そんな髪を肩くらいの長さでふんわりとさせていて……傷一つない角ありの体毛なし。
瞳は髪色と同じ薄い金色で、大きくくりっとした目をしていて……顔だけ見るとなんとも可愛らしい、前世のアイドルと呼ばれる人達を思い出す造形の良さだ。
化粧をしていないがそれを全く問題とせず……肌にはシミ一つない。
……が、2m近い巨躯で推定マッチョ、なんともアンバランスだ。
ローブで覆っているためハッキリとした体格は分からないが、他2人に負けない肩幅をしていることだけは分かる。
そんな可愛らしい顔の瞳はキョロキョロと周囲を見回していて、庭園の草花や歴史のある屋敷に興味津々といった様子だ。
……その仕草からもしかして妹と同じくらいの年齢か? なんてことを思うが、あれで10歳は怖すぎるなぁ。
「歓迎していただきありがとうございます、まさかお屋敷にお招き頂けるとは思ってもいませんでした」
「過分な待遇痛み入る」
「えーっと……ありがとうございます!」
男性、老人、女性の順でそう言って、俺の案内に従って歓迎の席へと進んでくれる。
巨躯だろうことは分かっていたので、用意した椅子は特注品……いつかこういう時もあるだろうと、彼らの体格を考慮して作らせたものとなっている。
木製ではなく鋼鉄製で、大きめのクッションをいくつも敷く形にしていて……どうぞと促すと、彼らが鋼鉄を軋ませながら座っていく。
まず女性、そして老人、男性の順。
それを見届けたなら最初から席についていたお祖父様の隣の席に腰を下ろし、お祖父様の紹介をした後で、自分も名乗りをあげる。
「改めて、ウィルバートフォース伯ブライトです。
ドルイド族の皆様と、こうしてお会い出来たこと嬉しく思っております」
……そう、彼らはドルイド族を自称している。
初めてそれを聞いた時、どこがどうドルイドなんだよ!? と、突っ込みの声を上げてしまったが、彼らは古代の頃から自分達のことをそう呼んでいるそうだ。
「使者として参りました、ゴウケアです」
「ノアブアと申します」
「あ、えっと、コーデリアです」
男性、老人、女性の順……いかにも異国風の名前の2人に対し、何故だか女性だけはこちらでもよく聞く名前で、違和感が凄まじいが……まさか人の名前に突っ込む訳にもいかないのでスルーをし、話を進めていく。
こちらにやってきた目的は支援の礼と交流を深めるため。
礼としてあちらで採掘された魔法石や、国宝となっているいくつかの宝石も持ってきてくれたらしく、どこで手に入れたのか、こちらでよく出回っている革カバンに入れたものを差し出してくれる。
それを受け取りながら菓子や茶をどうぞと勧めると、男性と老人は菓子を一つずつ、女性は目を輝かせながら、それなりに洗練された作法でどんどん菓子を食べ進めていく。
「……ありがとうございます、これからもドルイド族の皆様とは交流を深めたいと考えていますので、今後は更に多くの支援をさせていただくつもりです。
まず始めにそちらには広い農地や牧草地があると聞いておりますので、最新の農業技術や改良された牧畜をお譲りしましょう。
……これで今までの歴史全てを水に流せとは申しませんが、そのお心がいくらか満たされることを願うばかりです」
彼らの弱点は燃費で、これはそれを改善する最大の提案で……男性は目を丸くし、老人はポーカーフェイスを気取ろうとしているが、汗を浮かべて動揺を隠しきれない。
そして女性は……夢中で菓子を食べ続けていて、ある意味で一番のポーカーフェイスと言えるかもしれないが、そもそも話を聞いていないのかもしれないなぁ。
「ご飯をたくさん食べられるようにしてくださるんですね! ありがとうございます!
ブライト様のご厚意には皆とっても感謝しています! あたしもしています! 子供達なんかブライト様を讃える歌とか歌ってるんですよ!」
……いや、聞いてはいたみたいだ、菓子を飲み下すなり、そんなことを言ってくる。
話は聞いていたし理解はしていたが、軍事的なあれこれにまで考えが回っていないだけのようだ。
そして意外にも好印象な様子……今までの歴史を思うと何をしても悪く捉えられそうなものだが、そうでもないようだ。
そんなコーデリアに「光栄です」という言葉と笑顔を返していると、男性が神妙な顔となって口を開く。
「……伯爵は我々に何を望んでおられるのですか?」
……まぁ、気になるよなぁ、大盤振る舞いにも程があるし。
「歴史を乗り越えての友好を望んでいます。
……更に言ってしまうのなら勇猛で知られるドルイド族を戦力として欲してもいます……が、それもあくまで友好が大前提、支援を盾に強制したりはしないとお約束しましょう。
不安であれば文章にもその旨、残しますよ」
「……どうしてそこまで?」
「これまでの歴史のことを考えれば、これくらいはしなければ友好など夢物語でしょう。
……それに国内最西の領地を有する私にとって、西の島に住まう貴方がたは隣人……隣人と友好を結べる上に戦力をお借り出来るのであれば、このくらいは安いものです」
……まぁ、嫁取りも望んでいるのだけど、それは今する話でもないだろう。
俺のそんな言葉に使者の男性が何かを返そうとした折、コーデリアさんが大きな声を上げてそれを遮ってしまう。
「やっぱりブライト様は良い人ですね!
戦力、大丈夫ですよ! ブライト様があたし達に合わせて作ってくださった鎧、あれがあればどんな相手でも大丈夫です!
あの鎧、本当に凄いですよね! 今は鉱山で使ってるんですけど、落盤があっても平気ですし、あれの手って凄い頑丈ですからガンガン鉱山を掘れちゃうんですよ、あの手でガリガリって!
あたしも鎧を使いましたけど、あれで殴ると大岩でも砕けちゃうんで、凄いですよね!」
……騎士鎧を鉱山で運用しているの? 試作品として贈ったあれを?
いや、普通の人間は鎧があったとしても落盤は耐えないよ? っていうか鉱山を掘れるようなものでもないけど?? 専用のアタッチメントとかがあるならまだしも、デフォルトの状態でやっちゃっているの??
しかも大岩を砕けちゃうの? 女性が殴るだけで?
に、人間掘削機ですか……??
「は、はははは……気に入ってくださったようで何よりです。
ただ想定していた使い方ではないので……職人達に言って鉱山用にカスタマイズしたものを作らせますよ。
それがあればより安全かつ効率的に掘削出来るものとなるでしょう」
それ以外に言葉が浮かばずにそう返すと、コーデリアさんはにっかりとした、輝く良い笑顔を見せてくれる。
そんな様子をキョロキョロと、俺とコーデリアさんの表情を見比べるように見やった男性が、何を思ってか神妙な顔をして、
「……ところで伯爵、こちらのコーデリア様なのですが、実は我らが王の愛娘でございまして。
こうしてお連れしたのは、王が伯爵との縁を望んだからなのですが……その、どうでしょうか? コーデリア様は?」
と、そんなことを言ってくる。
……まぁ、うん、女性を連れてきた時点でその可能性は考えていたけども、まさかの王女かぁ。
……お祖父様と俺の会話を盗み聞きしていたのかって思うくらいのタイミングの良さだけども、船で行き来していることを考えると時系列がおかしいし、まったくの偶然なのだろう。
そして婚約を希望しての手順としては突然で無茶苦茶で礼儀も何もなかったが……彼らにそれを望むのは酷かな、彼らなりの誠意を尽くしてのこれなのだろうから。
……そんな感じで偶然にもこちらが望んでいる条件を出してくれた相手に、さてどう返したものか……。
このまま話に乗ってしまって良いのか、少しは引っ張るべきなのか、あれこれと悩んでいると、ずっと黙って様子を見守っていたお祖父様が声を上げる。
「孫に過分な話を頂いたようで、光栄ですな。
……ですが貴族の結婚ともなれば、そう簡単には決断出来ないもの、まずはこちらの疑問に答えていただきたいものですな。
まず気になるのがコーデリア様の年齢、王家での立場、コーデリア様は今回の縁をどう思っておるのか。
次に縁を結んだとして、今後貴殿らは我々とどう付き合っていくつもりなのか、我が国の伯爵と蛮族とも呼ばれる貴殿らと縁を結ぶ危険性を理解しているのか、理解しておるのならばそれを越えた対価を提案出来るのか。
不躾とは思いますが、ここは率直に話を進めましょう、今この場での回答を頂きたい」
お祖父様のその言葉は本当に無礼で、他の貴族や他の国の使者にそんなことを言ってしまったのなら大問題なのだが……蛮族相手にはこのくらい問題ないと、そう考えてしまっているのだろうなぁ。
そんなお祖父様の態度をどう思っているのかは分からないが、男性はどう質問に答えようか悩んでいて、老人は無表情で……そしてコーデリア王女は、目をキラキラと輝かせての心底からの嬉しそうな顔。
……無礼な質問をされて嬉しそうな顔?? どういうこと??
と、俺が混乱する中、コーデリア王女は元気いっぱいに答えを返してくる。
「はい! あたしは20歳です! 一人だけの王女で王様にはなれません! 王様は兄さんがなる予定です!
あたしはブライト様のことすっごく良いと思ってます! 格好良いですし優しいですし、ドルイドのこと馬鹿にしないので大好きです!
ドルイドの皆の中にも結婚したいって言ってくれる人がいますが、ブライト様はその人達みたいな変な目してないですし、こっちの人達みたいな目もしてないですし、真っ直ぐ顔を見てくださるので、結婚しても大丈夫です!
結婚したら、あたしが出来る限り兵士を集めて旦那様に差し上げます!」
おーぅ……率直ぅ。
お祖父様の言葉の通り率直に返してくれたけど、微妙にズレてるなぁ、この人。
っていうか年上かよ、いやまぁ前世含めたら年下なんだけど、20歳かぁ……20歳。
……まぁ、前世の20歳にもこれくらいの子はいたか、結婚に前向きで邪心はなし、個人的な好みからは少しズレているけど、好ましい女性だとも思うし、健康にも問題なさそう。
……余計な警戒をしないで良いという意味では、凄く良い相手なのかもしれないなぁ。
そう考えた俺は、王女の望む通り真っ直ぐな視線を返してから口を開く。
「コーデリア王女にそこまで想って頂けたこと、前向きな言葉を頂けたこと、大変光栄で嬉しく思います。
……では私からも率直に。
私は今の我が国の王と王族を良く思っていません、数々の嫌がらせに略奪や誘拐からの脅迫を受け、我慢も限界、いずれは王と対決する時が来ると思っています。
……それでも私に味方したいとお考えですか?」
との俺の言葉に、お祖父様は少しだけ顔をしかめて……コーデリア王女は首を傾げ、そして男性と老人は凄く、物凄く嬉しそうな顔をする。
……あ、やっぱり迫害されていたことを根に持ってはいるんだ。
そしてそれを王家が主導していたということも知っていそうだ、ポーカーフェイスを気取ろうとしていた人達がそこまで表情を崩すということは、本音が面に出てしまったことに間違いはないようで……。
それを見て俺は蛮族こと、ドルイド族との縁を結ぶことを決意し、お祖父様に仕草でもって……事前に打ち合わせておいた合図でもってそれを伝えるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回はコーデリアとのあれこれです